異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第3章:雷速姫と迷宮街編

第87話:異端者

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 「出たよ。クソ聖女」

 小さく呟いたつもりであったが、どうやら聖女の耳には届いたらしい。

 「何ですってッ!?クソとは何よ!」

 俺達を取り囲む兵士の数は軽く見渡す限りで五十程は居るだろうか。
 宿屋を背に俺達十人をグルリと取り囲み、皆武器をいつでも抜ける様に構えている。
 そんな兵士を引き連れて居るからか、クソ聖女はかなり強気に息巻く。

 「クソ以下の言葉がパッと思い付かなかっただけだ。気にすんな」

 俺は悪びれもせずにそう言い放った。

 「何ですって!!巫山戯んじゃないわよッ!」

 「巫山戯てなんていねぇよ。何だお前?クソで阿呆なのか?」

 売り言葉に買い言葉。聖女がああ言えば俺はこう言ってすぐ様切り返す。

 「ふんッ、阿呆なのかでは無い。阿呆じゃよ。聖女と言う肩書きだけで何でも思い通りになる、その肩書きがあれば自分は死ぬ事は無いと本気で思っておるんじゃからな」

 俺と聖女の言い合いにアリシエーゼも参戦する。

 こりゃ、更に荒れるか?ふふ・・・

 「な、何よ!巫山戯んじゃ無いわよッ!ガキの癖して!」

 「鼻たれの小娘何ぞにガキ等と言われる筋合いは無いわ」

 そう言ってアリシエーゼはふんっともう一度鼻を鳴らして冷たい目でクソ聖女を見る。

 「ハァ!?アンタの方がよっぽど―――そう言えば・・・」

 クソ聖女は語気を強めて言いかけて途中でニヤリと笑って言葉を一旦区切った。

 どうせヴァンパイアだの何だのだろ
 下らねぇ

 「私見たんだからね!アンタらの怪我が回復魔法も無しに治ったの!腕まで再生していたじゃない!あんなの超高位の神聖魔法じゃ無いと無理よ!!」

 「んで?」

 俺はクソ聖女の言葉にニヤニヤしながら返す。
 見るとアリシエーゼも同じ様にニヤニヤ・・・いや、ニチャっていた。

 良いね!その顔!
 最高にウザいぞー

 「で?じゃ無いわよッ!アンタ達不死者―――」

 「待って下さい!!」

 クソ聖女が言い終わる前に突然アルアレが割って入って来た。
 アルアレは俺とアリシエーゼの前に進み出て、クソ聖女と向き合う形で対峙する。

 「何よアンタ」

 自分の言葉を遮られた事で不機嫌になりつつクソ聖女はアルアレを見て言った。

 「聖女様、どうか発言をお許し下さい」

 そう言ってアルアレは右手を額の位置まで持ち上げ、そのまま一直線に腹の辺りまで下ろす動作を澱みなく行う。

 「・・・あぁ、そう言えば居たわね。が」

 堕落って何だ?と思ったが、そう言ったクソ聖女の顔はまるでアルアレが汚い物であるかの様な表情だったので、差別的、侮辱の様な言葉だろうと判断した。

 「・・・ッ、まずはこの状況を説明頂きたいのです。何故この様な状況になっているのでしょうか」

 アルアレは一瞬苦い顔をするが、直ぐに平成を装いクソ聖女に問い質す。

 「・・・・・・」

 だが、聖女はアルアレの問いに答える事は無く、只アルアレを汚物でも見る様な眼で見詰めていた。

 「・・・あの時、我々は聖女様御一行と共に窮地を乗り切りました。確かにこちらに口が悪い者はおりますが、これではまるで敵対している者への仕打ち同然です!」

 口が悪い奴・・・?
 アリシエーゼか?

 そう思って俺はアリシエーゼを見るとこちらはこちらで俺を見て指差していた。

 えッ!?俺!?

 そんな俺とアリシエーゼのやり取りを見なかった事にしたアルアレはそのまま続ける。

 「先ず、何故兵士をこんなにも連れて我々を取り囲んでいるのか、それを説明頂きたい!」

 アルアレには珍しく、少し怒っているのだろうか。語気を強めて言うアルアレであったが、そこまで何も言わずに聞きに徹していたクソ聖女が口を開いた。

 「先ず、何で堕落風情が私に意見しているのよ」

 はい、マイナス一点

 ちなみにこの点数は百点満点の減点方式だ。

 「そ、それは―――」

 「次に、何でアンタらを取り囲んでるかですって?そんな事も分からないの?聖女に舐めた口を聞いただけで死罪ものよ!それにこの二人は不死者でしょうが!陽の光の中何で活動出来るかは分からないけど、あの再生能力と言い、動きと良い言い、不死者かそれに連なる者に決まってるわ!こんな奴らは存在自体が悪!!人類の敵!討伐対象よ!!」

 はい、マイナス十点

 「ちょ、ちょっと待って下さい!それは―――」

 「最後に―――」

 クソ聖女はアルアレの言葉を聞かずに更に続けた。

 「そこの女!コイツのあの力は何!?巫山戯ないでよ!この女は異端者よ!即刻、異端審問に掛けて異端者認定されるべき存在よ!!」

 はい、マイナス一万点
 死刑確定です

 「・・・そ、そんな」

 クソ聖女の言い分に明莉は絶句し、顔を蒼白にする。

 俺は無表情に、無慈悲に、無感情でこの女を殺す事を決めた。
 ピクリと身体が反応するとすかさずアリシエーゼが俺の動きを制する様に左手を横に伸ばして止めた。
 それに対して俺は何か思わなくは無いが、俺もアリシエーゼも何時でもこんなクソ虫共は殺せると理解しているので、ここは何も言わずに従った。

 「一つ聞きたい、鼻たれ聖女よ」

 「は、鼻たれ!?」

 「あの戦いで其方の死に損ない共を助けてやったじゃろ?あの辺りの事や、そもそもあのコボルトは妾達が居らなんだ倒せなかったじゃろうし、そう言った功績も含めてそう言っておるのかの?」

 「そ、それは・・・」

 アリシエーゼの問いにクソ聖女は声を詰まらせ言い淀む。

 「寧ろ感謝して欲しいものじゃな。イヴァンとか言ったか?あの騎士も他の騎士や傭兵共も、ここに居る明莉が居らんかったら助からなかったじゃろうし、聖女とは名ばかりの鼻たれの代わりに救ってやったんじゃし、妾達があのコボルトを殺しお主達を助けた。それを無かったら事にしただけでは飽き足らず、よもや異端者とは。流石はエル協会が聖女認定しただけはある。大した徳の持ち主じゃよ」

 態々、周りを取り囲む兵士だけでは無く、通りにいる一般人にも聞こえる様に大きな声でアリシエーゼは言った。
 それを聞き、周りの兵士達は俄に騒めき出す。
 通りを通行していた一般人も何事かと足を止めて様子を伺っていた。
 アリシエーゼが態とらしく一人芝居をしている間に俺は兵士達の頭の中を覗き見て、こうなった経緯を探った。

 まぁ、予想通りだよ
 テンプレ過ぎて欠伸が出るわ

 この兵士達はどうしてこうなったのか説明を聞かされないまま今この場に居るらしい。
 クソ聖女からは半ば無理矢理、異端者が居るから捕らえるとだけ言われて出張って来た様だった。

 んで、どうせこのクソ聖女は俺が言った事を根に持って、んでもって明莉のあの力に恐怖を感じたと
 頭の中を覗き見なくても分かるわ
 アホくさ

 きっと明莉の能力自体に恐怖を感じたのでは無く、明莉のあの能力が聖女を聖女たらしめる証となり得る事に、自身を聖女と言う地位から蹴落とす存在となり得る事に恐怖したのだろう。
 そう思ってクソ聖女の思考も読み取るとドンピシャだった。

 下らない奴

 俺はそんな事しか思わなかった。只々、哀れで醜い存在だなと思う。
 教会からある日突然、聖女認定をされて今までの生活が一遍する。
 聖女の使命は誰もが知っており、その結末も予め決定付けられている。
 そんな境遇に元々の性格は歪められてしまったのだろうと推測は出来るが、だからどうしたとしか思わなかった。

 「な、何を言ってるのッ!嘘付かないで!アンタらは不死者とその仲間で人類に仇なす悪よ!」

 周りの兵士の動揺や通行人の一般人の反応は様々で、その反応を見た聖女は兵士達に聞かせる様に声を張り上げた。

 此奴を今すぐ論破して貶める事なんて俺の能力を使えば簡単だし、別に殺してもいい。
 だがここで少し考える。
 此奴らも魔界に行くのは同じだし、色々と役に立つかもなと思った。
 魔界に入るには傭兵団に所属しており、かつ目的階層に見合った人数を用意しなくてはならない。
 傭兵団に所属していなくても、魔界に入る団体にフリーとして雇われるなりして臨時の傭兵団員となれば入る事は可能だが、一々良さげな傭兵団を探す手間を考えると、俺達がこの聖女一団に加わればその辺りは解決する。

 自分の傭兵団作りたかったけど、今回は様子見だしいいか

 とりあえず魔界に入れれば良い。
 最後までこのクソ聖女に付き合う気は毛頭無いので、入るまで、または途中まで俺達の身元引受け人にさえなってくれれば良い。

 此奴らがどの辺りの深度まで潜るのかは知らないけど、挑戦するならもっと戦力を集めてからにしたい

 ここで俺はふと疑問が浮かぶ。

 あれ?魔界って地下に潜って行くタイプだよな?
 魔界、ダンジョンって言ってるくらいだし

 そんな事を考えていると自然に口角が上がっていたらしく、アリシエーゼがそれを見てツッコんで来た。

 「何、ニヤニヤしとるんじゃ・・・まぁ、どうせまた碌でも無い事じゃろうが・・・」

 「酷いなッ!?ただ、此奴らには肉の壁になってもらおうと思ってただけだぞ」

 俺がそう言うと、それを聞いていたアリシエーゼ以外の他の面々はギョッとしたが、アリシエーゼは、ふむと一つ頷き言った。

 「・・・成程のう。やっぱり碌でも無い事では無いか」

 「ただ効率と此奴らの有効活用法を考えてやっただけだ」

 「・・・まぁ良い。好きにするが良いぞ」

 「あぁ」

 俺は短くそう返事をしてクソ聖女に向き直った。

 「ア、アンタ達何の話をしているのよッ!もういいわ!此奴らをとっ捕まえて!」

 クソ聖女はヒステリー気味に周りの兵士へと命令する。
 それはもう、助角、やっておしまいなさいばりに右手をバッと前に突き出していたが、どっちかって言うと悪代官側だよな此奴は。等と心の中で思いほくそ笑んだ。

 クソ聖女の命令は兵士達にも伝わったであろうが、一向に動きを見せない兵士達を見て、聖女はキョロキョロと兵士達の様子を確認しだした。

 「ア、アンタ達!何やってんの!今すぐ此奴らを捕らえなさい!」

 キーキーと喚くクソ聖女だが、兵士達は一切の動きを見せず、ただ先程と何ら変わらぬ体勢を維持して微動だにし無かった。

 「私の命令が聞けないの!?さっさと動きな―――

 そこまで言ってクソ聖女は動きを止めた。

 ふふ

 「―――アンタ、何したの」

 クソ聖女は俺を警戒する様に此方を睨んで静かに言った。

 「何が?」

 「惚け無いでッ!あの時もダグラス達に何かしたでしょ!!」

 ダグラスとはあの大男の騎士かと思い出したが、直ぐに意識を戻す。

 「証拠は?」

 「は?」

 「だから、俺が何かしたって証拠はあるのか?」

 「何よ証拠って!アンタが何かしたのは間違い無いでしょう!?」

 「いや、だから俺が何をしたってんだ?魔法で此奴ら操ってるとでも?」

 「そうに決まってるでしょ!ダグラス達がいきなりあんな事になるはず無いし、精神操作系の魔法でも使ったんでしょ!きっと神聖魔法や精霊魔法の類いでは無いわッ、暗黒魔法を使ったのね!?」

 おー、暗黒魔法!

 まだ見た事の無い、この世界の暗黒魔法とやらに思いを馳せながら、同時にクソ聖女の戯言に笑いが込み上げて来た。

 「ハハッ、何言ってんだよ聖女様!俺は魔力無しの穢人だぜ?そんな奴が魔法何て使える訳ないだろ!?」

 俺は大袈裟な動作でクソ聖女に語り掛ける。

 「穢人!?巫山戯ないで!そんな訳無いでしょ!この魔法と言いらあの時の戦いでの動きと言い、穢人なんかに出来る事じゃ無いわよッ!」

 「あー、はいはい。どうでも良いよ。お前がどう思おうと俺が魔力無しって事実は変わらない」

 「この嘘付きめッ!異端の力でこんな事をする何て穢らわしい!!」

 「穢人だからな」

 俺は鼻を一つ鳴らしてクソ聖女の戯言を一蹴した。

 「これが魔法だってなら、神聖魔法には精神汚染とかそう言うの治す様な魔法も当然あるんだろ?だったらそれで治してみればいいじゃないか」

 心の中で出来るもんならなと付け加えながら俺は嗤って言った。

 「・・・もうダグラス達にはとっくに試したわよッ」

 クソ聖女は苦虫を噛み潰した様な表情でそう言って俺を睨んだ。

 おー、怖い

 「へー、治せなかったんだ?いやー、あれは傑作だったな!突然、うんこ漏らして泣き叫び始めるんだもんなら!」

 俺は態と下品に嗤いながらクソ聖女を煽った。

 「・・・この悪魔めッ!!」

 クソ聖女は親の仇でも見るかの様な正に鬼の形相で俺を睨んでいたが、それすらも今の俺にとっては心地良かった。

 「はいはい。んで、お前も今この場であんな醜態晒したいの?」

 「ッ!?」

 俺の言葉にクソ聖女はビクリと身体を震わせた。

 「ハハッ、そんなビビるなよ。大丈夫、これから一緒に魔界攻略する仲になったんだから、そんな事はしないさ」

 「・・・は?」

 「とりあえず、俺をーーそうだな、お前らの大隊長の所に連れて行け。あ、あとドエインとダグラスも集めておいてくれ」

 俺が周りの兵士にそう言うと、二人程先に施設の方に走って戻って行き、残りがクソ聖女を取り囲む。

 「えッ!?えッ!?な、何よ!?」

 クソ聖女はこの流れに着いて行けず、何故自分が兵士に囲まれているのかと取り乱した。

 取り囲んだ兵士の内二人がクソ聖女の両脇を固めて引き摺る様に通りを街道警備隊の施設がある方へと歩き出した。

 「ちょ、ちょっと!?何やってるのよ!離しなさいッ!」

 「お前ら、このクソゴミ虫が暴れたら、脳天叩き割ってぶち殺していいからな」

 俺はクソ聖女に聞こえる様に敢えて大きな声で言った。

 「・・・・・・」

 それを聞いたクソ聖女は黙り、されるがままに兵士に引き摺られて通りを歩いて行った。

 やだなー、本気でそんな事させる訳ないでしょ

 クソ聖女が引き摺られて行くのを確認して俺は仲間達に振り返って言う。

 「そう言う事だからちょっくら行ってくるわ!」

 そう言って俺は右手を上げて挨拶してまた踵を返して兵士達の後を追う。

 「先に飯食っておるからなー」

 アリシエーゼの気の抜けた返しに自然と口角が上がったのを自覚し、それを悟られまいと振り返らずに上げた右手をヒラヒラとさせて応えた。

 さて、ドエインもどうやら拘束されているみたいだし、助けに行きますかね!
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