異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第4章:偽りの聖女編

第141話:ファイ

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「んで、話って何だ?」

「うん、先ずは急にすまないね・・・」

「もういいって」

 俺は笑いながらファイに言う。
 今俺達は、二人でホルスの外漆番街にあるこじんまりとした酒場へ来ている。
 周りを見ると、カウンター席が十席と二人用のテーブルが三つあるだけの大きさの酒場だが、既に店は満席。
 俺達は運良くテーブル席が空いていた為にそこに座ったが、テーブルが空いていなかった場合は、カウンターで男同士肩を突合せたかと思うと何とも言えなくなった。

 バーと言うか居酒屋と言うか・・・
 何とも言えない雰囲気の所だなぁ・・・

 そんな印象を受ける店内でファイと向かい合う形で座り、お互い酒とつまみを頼んで乾杯をした直後にそう切り出した俺に対して、先程から謝り続けているファイが少し言い出しにくそうにしながらも言葉を続ける。

「この間、あの聖女様達と次のアタックについて話した時に言った言葉は本当かい?」

 そんな疑問を口にするファイだが、俺は一体どの言葉なのか見当が付かなかった。

「言った言葉とは?聖女を豚って言った事か?」

「ぶーッ!ぅ、ゲホッ!ち、違うよッ!」

「お、おい!いきなり吹き出すなよ!?」

「だ、だってハルが変な事を言うからだろう!?」

「いや、俺が言った事って何だよ?それくらいしか思い出せないんだが?」

 騒がしくしてしまい周囲の注目を集めてしまった為、恥ずかしそうに周りに頭を下げ、俺を軽く睨むファイだったが、コホンと咳払いを一つして話を戻した。

「そうじゃ無くてキミ達はアカリさんの救出が最優先で、それが達成されたら直ぐに撤退するって言ってたよね?」

「あぁ、そう言えば言ったな」

「アカリさんが攫われてしまったのは前回のアタック中で偶然の出来事だ。その前までは聖女様達と最深部を目指すつもりだったのかい?」

 これはどっちだろうか・・・

 ファイが何を思ってこんな質問を俺にているのか少し図り兼ねた。
 そう言った心持ちで聖女に近付いた事に対して咎める為の確認なのか、それとも同じ様な考え方を持つものかどうかの確認か。
 そう考えたが、俺としてはこれでどう転ぼうと、俺達の方針自体を変えるつもりは無い為、素直に返答した。

「いや、元々はさ魔界には単純に少し中の様子とかを確認するだけの為に来たんだよね。でも途中であの豚共と会って、豚達がアタックしている間は他の奴らは入場も制限されるって聞いたから、だったら豚のアタックに参戦するって事にして一緒に入った方がいいかなって思って参加した」

「豚って・・・いや、それは置いておこう。でもそんな簡単に見学だけだからと途中で抜けられるとは思えないんだけど」

「まぁ、普通は抜けられないんじゃないか?契約がどうこうって言ってたし」

「な、ならどうやって途中で抜けるつもりだったんだい!?」

 どこまで話すかと逡巡するが、俺の能力の事は話さないと即座に決めた。

「まぁ、それはどうとでもなると言うか、何と言うか・・・」

「アカリさんのあの力もそうだけど、ハル達は色々と秘密がありそうだね」

「傭兵なんてやってんだ。秘密の一つや二つはあって当たり前だろ?」

「まぁ、そうなんだけど・・・何て言うか、ハル達は脛に傷のある者達とは違う、もっととんでも無い秘密を隠している気がしてならないよ」

 そう言って苦笑いを浮かべるファイだが、俺達が隠している事が、この世界でどれ程の意味を持つのかは分からない。
 分からないが、言ってこちらが得をする事があるのだろうかと考えると、現状無いとしか言えないので俺は言わない。

「そんな事言ったら、ファイだって何で聖女達と攻略を目指してんだ?単純に聖女の、教会の理念に惹かれたって訳でも無いだろうし、熱心な信者って訳でも無さそうだしさ」

「な、何でそう思うんだい?聖女様との魔界攻略に参戦するのは、とても名誉な事だよ」

「・・・お前、嘘が下手だな」

「そ、そんな事は・・・」

 俺が真顔でそう言うと、ファイは驚いた様な表情で自分の顔にペタペタと手を当てて自分の顔が今現在どんな顔をしているのかを確認する。

「・・・そう言う所だよ」

 そう言ってファイに微笑むと、俺の顔を見たファイは、はぁと溜息を付いて俯いた。

「ハルは嘘が上手だね」

 そんな皮肉を言うファイに更に声を出して笑う俺を見て、口を引き攣らせながらもファイは笑った。
 傍から見ればどう映るのだろうか。仲の良い友人の様に見えるのか、それとも俺がファイを虐めている様に見えるのか。
 そんな事を思いながら持っていたワイン入りカップを持ち上げて中身を煽った。

「話したい事ってそれだろ?」

「・・・・・・そう、だね。」

「話辛い事か?」

「・・・・・・うん」

「・・・そうか」

 俺はそれ以上何も言わずに只管、ファイの言葉を待った。
 暫く俯いて何かを考えていたファイが、顔を上げて俺の顔を真正面から見詰めて語り出した。

「・・・私は、私の領内、この国に住む人々が何の迷いも不安も無く、幸せを享受出来る世界を作りたい。ただ、日々田畑を耕し、物を売り、家族と笑い合い、子供を産んで育てて、そして穏やかに死ぬ。そんな代わり映えの無い日々を何も考えずに過ごせる様にしたい。人間同士の争いは何処にでもあるけど、人間同士だ。きっと話し合いで解決する道もある。けど、魔物や悪魔は駄目だ。私は此奴らをこの世から消し去りたい」

 大真面目にそう言うファイの言葉を茶化す事無く最後まで聞くが、やはりリラと同じ様な思想を持っているのだなと思った。

「うん、それは前にも少し言ってたな。でも、だからこそ何故ファイが聖女達に着いて行こうと決めたのかが分からない。結果なんて見えてるし、ファイなら想像出来るだろ?」

「・・・そうだね」

「まさか今代で、あのメンツで魔界が攻略出来るなんて考えてないよな?」

「まさか・・・そこまで楽天的でも無いよ私は」

「なら、ファイには魔界攻略に着いて行く別の理由があるって事だな」

「・・・そう、だね。これは、私達だけの秘密にして欲しい。誰にも言わないで、ハルの心に留めるだけにして欲しいんだ」

 ファイが大真面目にそんな事を言うものだから俺は思わず吹き出してしまった。
 それを見てファイは俺が何故ここで笑い出すのか理解出来ず、困惑しながらも抗議する様に口を尖らせた。

「な、何で笑うんだい!?私は真剣に話していいると言うのに」

「――ハハッ、すまんすまん。別に馬鹿にしている訳じゃないんだ。ただ今更だろう。俺達だって明莉の話は内密にして貰ってるんだ。俺がファイとの話を辺り構わず言い触らすとでも?」

「そう言う訳じゃないが・・・でも確かに今更かもね」

 ファイはそう言って微笑んだ。その顔はイケてるメンズそのものだった。

「んで、ファイが、蒼炎の牙が今回参加するのは何故なんだ?」

「・・・実は、私は密命を帯びて参加している」

 密命と来たか・・・

「どこからの命令だ?」

「・・・・・・国だよ」

「エバンシオ王国と言う事か?」

「・・・そう。ただこれは私が勅命を受けた訳では無い。我が蒼炎の牙団長が受けた依頼だ」

 蒼炎の牙団長と言うか、団への国からの依頼があり、団長がその依頼に適した人材としてファイを選んだと言う事だった。
 当初はホルスに居る蒼炎の牙団員全てを投入する筈であったが、ファイが第一中隊のみで対応すると団長を説き伏せたらしい。

「・・・何で全軍で事に当たらなかったんだ?」

「・・・無事に帰って来れるかも分からない任務に巻き込む事は出来ないよ」

「その依頼ってのは何なんだ?」

「それは・・・以前の話し合いで聖女様が言っていただろう?教会には今まで積み上げて来た魔界攻略で培って来た知識が蓄えられているって」

「あぁ、各フロアの情報から出現する魔物の情報まで色々と纏めてあって、歴代の聖女が引き継ぐとか言ってたな」

「うん・・・その情報を入手して持ち帰るのが私達の任務だよ」

 あぁ、だからこの前の話し合いでファイは契約の期間について言っていたのか・・・

 多分、通常のこの魔界攻略で交わす契約は、目的が達成されるまでの契約だ。
 魔界を攻略する為に最後まで聖女と共にするってやつだ。
 金は前金で、もし成功して帰って来れば成果報酬と地位、名声等も思いのまま。
 それか、死んで教会や周りからの賞賛のみ。
 だが、ファイ達の傭兵団はこの国では一、二を争う程の規模が有り、それは団員数が多く、国への貢献度が半端ないと言う事で、そうなれば必然的に権力も多大な物となる。
 そんな国も一目置く存在の傭兵団が攻略に参加するとなれば、それだけで他に参加する者は増えるだろうし、その点だけを考えても教会としては是が非でも確保しておきたい人材、傭兵団と言う事だ。

 多分、それに付け込んで上手く交渉した結果、ファイ達は終身雇用では無く、期間限定しての契約としたんだろう

 俺の予想は概ね当たっていた。

「つまりは、一週間以内に聖女達には全滅して貰ってその隙に情報―――この場合は紙媒体とかになっているのか?それを入手してファイ達は帰還する筈だったと」

「・・・・・・まぁ、そうだね。情報は聖女が聖書と呼ばれる本を所持していると聞くので、それを手に入れる事が任務だったんだよ」

「成程。で、何でファイは次のアタックに参加する事にしたんだ?」

「・・・欲が出たと言う事かな」

 そう言ってファイは少し悲しそうな表情をした。
 欲とは何の事だろうかと思っていると、ファイは手元の酒をグイッと一気に飲み干してから、店員におかわりを頼んだので、俺もワインを一つ頼んだ。

「欲ってのは何なんだ?」

「・・・キミ達と出会ってしまったから。ハルとアリシエーゼさんの能力はハッキリ言って異常だよ。強過ぎる。でも、だからこそ、もしかしたらって思ってしまったんだ」

 そう言う事か・・・

 俺達の強さを目の当たりにして、もしかしたら本当に魔界攻略を成功させる事が出来るかも知れないと思ったのだ、ファイは。

「俺達と一緒ならもしかしたらって思ったって事か」

「・・・うん」

「確かに、現に俺達は深層まで行ってるしな」

「でも、アカリさんを助け出したらハル達はそのまま撤退するのだろう?」

「そうだな」

「ハル達が抜けた場合、このアタックは失敗する。残った戦力では到底敵わない相手だと思うからね、あの悪魔は」

「だろうな」

「この任務はさ、団長からは失敗しても良いって言われているんだ。一週間で探れる所まで探ってあとは帰還しろってね。でも、ハル達と一緒の間ならまだ続けられる。それに、経験しておきたい」

「経験?」

「うん、私は何としても魔物を生み出す魔界をどうにかしたい。だから、今はまだ死ぬ訳にはいかないから、聖女様達には申し訳無いけど、途中で帰還する事は前提としている。でも、まだ私が達は魔界に関して何も知らない。だから、ハル達と一緒にいる間に知識をと経験を得ておきたい」

 成程、これが本音か・・・

 ファイの本当の目的を聞いて気分を害したかと言えば、それは無い。
 寧ろ、大いに俺達を利用してくれて構わないとさえ思った。

「俺達も途中で無理矢理抜けて聖女を、教会をんだから、ファイ達も同じ様に途中で抜けても、俺達ならそれについて後々問題にされる事は無いって所か」

「・・・・・・そうだね。それも否定はしない」

 多分、経験を積みたいと言うのは、ファイの本音ではあるだろう。
 だが、もっと言うならば、俺達に最後まで、攻略を成し遂げるまでをやって欲しいとも思っている筈だと思った。

「・・・まぁ、明莉が実際何処に囚われているのかが分からない。もしかしたら、最下層に居てラスボスを倒さないと救い出せないって可能性もあるしな」

「ラ、ラスボス・・・?」

「・・・いや、悪魔の親玉とか、全部ぶっ倒さないと駄目かも知れないし、そうなれば俺達はそうする。つまりそれは魔界攻略するって事にもなるな」

「じゃあ!?」

「仮に明莉が最下層に囚われていて、そう言う状況なら結果的にそうなるってだけだよ。その前に明莉を助け出せたなら、その場で退散するのは変わらない」

「・・・うん、それでも」

「まぁ、ファイの目的も分かったし、俺達が居る間に出来る事があるなら助けてやるよ」

「・・・ありがとう!」

 ファイは心底安堵した様な表情でおかわりした酒を呷った。

「それにしても、何で国は教会が秘匿するそんな情報を欲しているのかねぇ」

「・・・それは分からない。分からないけど、深入りしない方が良い類だよ、この件は」

「確かに。そんな面倒臭い事に首を突っ込むのはごめんだな」

「でも、ハルって思ってはいたけど、本当に教会に媚びる事も無く、恐れる事も無いんだね・・・」

 何故かは分からないが、俺になら打ち明けても問題無いと思ったと、ハニカミながらファイは言った。

「まぁ、俺は仲間達と面白可笑しく生きて行ければいいんだ。根っからの快楽主義者なんだよ。だから、変な据や面白くなさそうなものは心底嫌いなんだ」

 それから俺達は次のアタックについてや、それ以外も自分達の事を語り合った。
 感じていた通り、ファイはとても真っ直ぐで、自分の理想に向かってひた走る前向きなイケメンであった。

 今度、リラを紹介してみるか
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