異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第4章:偽りの聖女編

第146話:閉門

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「ぉぉぉおらッ!!」

 上空からかかと落としを一際巨体が際立つオーガの脳天へと叩き込む。
 グシャリと音がするが、これは俺の骨が砕ける音では無い。
 俺の足はデス隊がどうやって手に入れたのかは不明の黒魔泥ブラック・スライムコーティングが施されたブーツを装備している。
 これの対衝撃性能は凄まじく、どんな落下衝撃も、衝突衝撃も粗粗無効化してしまう。
 勿論、そのブーツに保護されていない太腿などは先程の様に損傷したりはするが・・・

 もう治ってるから問題、無しッ!

 頭を破壊したオーガの最後を確認する事無く、続いて飛び出して来たこれまた身体が通常種の二倍程有りそうなオークへ瞬時に肉薄して、篤手製のミスリル製の手甲でガラ空きだった横っ腹に左ボディアッパーを捩じ込む。
 オークは金属製の鎧を着込んでいた為、手甲と接触すると甲高い金属音が響くが、それと同時にまたしてもグシャリと鈍い音も響き渡った。
 このミスリル製の手甲は魔力の自然吸収率を爆増させており、かつミスリルの新の特性となる精神に反応する様に魔導回路を組み込んでいる為、魔力の無い穢人の俺でも念じるだけで魔力障壁等の出力を自在に変化させられる。
 そんなとんでもない能力を秘めた手甲に三割程の力を込めるイメージをして振り抜いた拳は、あまり手応えを感じさせずに着込んでいた鎧ごとオークの胴体を根こそぎ穿つ。

 すっげ・・・

 その思いもよらぬ威力に舌を巻きつつ、心の中でほくそ笑む。
 拳に伝わる衝撃が殆ど感じられない事に違和感はまだ残るが、それもその内慣れるだろうとたかを括り、俺は続けて腹を穿ったオークの後ろに続いていたもう一匹のオークに飛び掛る。
 目の前の仲間のオークが突然前のめりに倒れたかと思うとその影から小さい人影が飛び出して来た事に驚き、身体が一瞬硬直する。
 その隙は見逃さない。左ローでオークの右脚をへし折り、上体が下がった所にすかさず右フックを顔面に叩き込んだ。
 断末魔すら上げずに事切れるオークに一瞥すらせず、素早く辺りを確認する。

「右翼が差し込まれそうだ」

 そうボヤいて一足跳びにそちらに向かう。
 途中、上を見るとまだアルアレの魔法効果は続いている。

 この魔法にも注意しないと・・・
 俺にまで攻撃が来たらたまらん

 上を注意しつつ右側に展開し始めた小規模な魔物の群れに近付き、上空に飛び上がってから落下の速度と体重を乗せて屍食鬼グールの群れの一体を頭から叩き潰す。
 着地と同時にまた飛び上がり前に居る屍食鬼へと浴びせ蹴りの要領で右脚を鎌の様に屍食鬼の左肩から袈裟斬りにする様に振り抜く。
 ブチブチ、グシャグシャと肉や骨を断つ音を右から左に聞き流しながら横を抜けそうになった屍食鬼を視認して追撃を行おうとするが、目の上辺りに眩しさを感じて飛び退いて別の一体へと後ろ回し蹴りを胴体に当てる。
 蹴りを喰らった屍食鬼はまるで弾丸の様に真後ろへと飛んで行き、別の魔物とぶつかり爆散した。
 追撃を行おうと思っていた屍食鬼を見るとアルアレの魔法で頭を貫かれて絶命していたので次のターゲットを探す。

「グボォォアアアッ!!!」

 左の方で地を震わすかの様な咆哮を上げる大きな魔物を見付け、間髪入れずにそちらに向かった。

 おいおい、これってトロールか?

 咆哮を発した巨体は近付くと見上げる程の体長で優に五メートルを超えており、腕は長く四肢は異様に発達していて、まるで大木の様だった。

 トロールってイメージでは体毛とか無くツルツルだったけど・・・

 巨体で体毛は無く、頭も髪などは生えていない。
 毛皮の原始的な衣服を身に付けて木製の棍棒を携えている。
 そんなイメージを抱いていたトロールだが、目の前のそれは、筋肉質で巨体は間違ってはいないが、全身毛むくじゃらで手には岩を削り出したのだろうか、ゴツくて長い岩を携えている。
 それに・・・

 何で真っ裸なんだよ!!!

 屍食鬼と言い、この魔界の魔物は結構な確率で衣服を身に付けてはおらず、それが何を意味するのかは分からないが、不愉快極まりない。
 俺は内心で舌打ちをしながらトロールへと肉薄し、先ずは足を止めさせようと迫る勢いを殺さずに飛び蹴りをお見舞いした。

「―――ォッガァッ!?」

 足元の小さい存在など気にも止めてなかったのか、トロールは俺が接近していた事に気付かずに真面に飛び蹴りを膝の辺りに喰らい、低音の悲鳴を上げてその巨体を地に倒した。

 多少、障壁は硬かった気はするが、別に大した事は無いな・・・

 俺は拍子抜けしつつも、腕の支えでどうにか完全に倒れずにはいたトロールのその支えとなる腕にも攻撃を加えると、支えを失ってトロールは完全に倒れ込んだ。
 流れる様に頭部の辺りに移動して、ただただ無心でその頭に一発、二発と打撃を加えて行った。
 一発毎に頭部を破壊し、確実にその命を削って行く俺に対しトロールは何の抵抗をする事無く、三発程で全く動かなくなった。
 最後に俺は四発目を半分以上砕け飛んだ頭部の残りの部分へと叩き込んで首無しトロールを完成させた。

 アルアレの魔法は、オーク位の魔物には有効だが、今のトロールや、オーガの上位種等には致命傷を与える事が出来なかったり、素早い動きの屍食鬼には避けられたりするので、何だかんだ抜けてくる魔物は居る。
 が、屍食鬼が抜けて行って門まで辿り着こうが、大量で無ければアリシエーゼやファイが苦も無く排除出来ると思ったので、俺は大型の厄介そうなトロール等を中心に狙う事にした。
 そこからアルアレが放った殲滅魔法の効果が終わるまでの間、俺は暴れ続けた。
 殴って蹴って、飛び上がり蹴って、避けて飛び掛かり、手や足だけで無く、肘や膝等も使い縦横無尽に駆け回った。
 気が付けば、辺りには大量の魔物の遺骸が散乱しており、宛らハリケーンが通過した後の様だった。

 アルアレの殲滅魔法も既に終わってるか

 俺は上を確認してそして門の方へ振り返る。
 既に殆ど皆門の中へと入っており、皆が俺を呼んでいた。
 三小隊程が門の外で俺が取りこぼした魔物を処理していたが、その中にはファイと騎士に護られているイリアの姿もあった。

 そろそろ合流するか

 そう思って俺は門の方へと走り出す。
 その際に後ろを見遣ると既に通路の奥、十四層のフロアの方に溜まっていた魔物がどんどんと広場の方へ向けて動き出しているのを感じたが、その数はやはり多い。
 俺が広場の中央辺りに差し掛かると、広場全体に鳴り響く石材と石材を擦り合わせる様な地響きに似た音が聞こえて来た事に俺は眉を寄せた。

「何の音だ・・・?」

 俺は走りながら広場の周囲をキョロキョロと見るが、特に変化は感じ無い。
 が、門の方から仲間達が何か俺に向けて言っているのが聞こえて来る。
 何だ?と思い見ると、ファイやイリア、他傭兵達が頻りに俺に大袈裟な手招きをしていた。

 何か言ってるな

 俺はまさか後ろから何かが迫って来ているのか?と思い慌てて立ち止まり後ろを振り向くが、見た事のある魔物が通路の奥から溢れ出して来るだけなのを確認して、自分の考えが間違いである事を知る。
 また門の方を向き走り始めようとした時、先程とは何かが違う様な気がしたが、とりあえず走り始める。

 さっきから変な音してるし何なんだ?

 門の方で相変わらず焦った様に手招きをする奴らを見ている内にある事に気付く。

 あ、あれ・・・?
 何か門閉まって来てね・・・?

 広場に鳴り響く地鳴りの様な音が門の閉まる音だと気付くが、そもそも門が開いた時はこんな音だったか?思ったが、それよりも門が閉じていっている事実の方が問題だ。

 ちょっと、まだ門まで距離が結構あるんですが・・・

 焦って走る速度を少し上げるがそもそも身体強化も出来ず、魔力障壁も張れない俺はこの不死者としての能力を十全に扱えない。
 今もかなり身体が壊れないギリギリの所で頑張っているのだが、間に合うかどうかと言った所か。

「―――早くッ!早く来なさいッ!!」

「ハルッ!!」

 イリアとファイが門と広場のギリギリの所で此方に向かい叫んでいるのに気付く。
 早くこっちに来いと腕を降っているが、周りに抑えられ助けには来られない様だ。

 ってかイリア、そんなに叫んで大丈夫か・・・?
 魔法は維持しているんだろうな?

 等と関係無い事を考えるが、現実逃避かも知れない。
 門の大きさは本当に巨大で、近付いたら分かるが、先程のトロールの倍以上はありそうだ。
 横幅も十メートルはありそうだし、これがもし閉まって閉まったら自力で開けられそうには無いし、壊すのも難しいかもしれない・・・
 そんな巨大な門に近くまで来たが門の扉はかなり閉まって来ていた。

 いやいやいやッ!マジで閉まっちゃわない!?

 意味が分からなかった。突然現れた悪魔だろうあの人物が現れ門が開いたので、悪魔側が開閉を制御しているのだろうが、悪魔の狙いはそもそも俺では無かっただろうか?

 そのターゲットである俺を締め出す?何で??
 え、頭悪くね?

 後ろから迫る魔物の群れはまだ少し距離があるが、確実に迫って来ている。
 門が閉められるなら確実に閉めて門の中に退避する状況ではある為、イリアとファイが飛び出して行きそうになっているのも周りが必死で羽交い締めにして止めている状況を何故か他人事の様に見つめ、そして周りのその行動にも納得するが、ここで何か頭の中で今まで感じた事の無い類の情報の奔流が駆け巡る。

「ちょッ、まッ!あ、いや、マジで?」

 目の前にはもう締まりかけている門の扉が見えて、その隙間から、ファイやイリア、他の傭兵達が見える。
 まだ俺は門の手前、後十歩程の距離にいる。
 手を伸ばすが届かない。皆が何か叫んでいるが、もう何を言っているのかを理解する暇も無いが、門の中から手を伸ばしている。
 その手を取ろうと藻掻くが、まだ届かない。扉はその間も徐々に閉じて行く。

 間に合わないッ

 そう思うと何故か急に耳鳴りの様な、耳の奥の更に奥の方でキーンと言う音が静かに聞こえて来た気がするが、それに気付くと自分が体感している時間そのものがとてもゆっくりなものに感じた。
 スローモーションの世界の中で閉じ行く扉の隙間の更に奥にふと目が行く。
 無意識であったが、その視線の先にはアリシエーゼが居た。
 アリシエーゼは何故かふんぞり返って無い胸を張り、自信に満ち溢れた様な、そんな所で何やっている、早く来いと言っている様なそんな表情だった。

 その表情を見た瞬間、耳鳴りが止み、見ている景色が一変する。

 なん、だ、これ・・・

 それはまるで無機質なゲームの世界の様な、そのゲームの作成者側の様な、そんな感覚に陥る景色だった。
 俺の視界に映る全てにの様な物が現れたのだ。
 平面で展開されている訳では無く、立体的と言うか、奥に行く程そのグリッド線で囲まれた一つ一つの四角は小さくなっており、パースが効いている。

 グリッド線のマスの先、十三個目にアリシエーゼが居る。
 そう思った瞬間、この現象の全てを理解する。
 それと同時に扉の隙間が一センチ程になり、程無くして完全にズシンと言う激しい音を立てて閉じた。





 暗かった。そして次の瞬間、もう明るかった。
 扉が閉じる瞬間、俺の視界はブラックアウトし、浮遊感を感じた刹那、目の前が明るくなる。
 目の前にはアリシエーゼが居た。俺は、アリシエーゼの目の前に片膝を付き、跪く形となっていたが、もう分かっている。

「・・・出来た」

「・・・うむ」

 俺の呟きにアリシエーゼは優しく微笑み、そして俺の頭を抱える様に抱き締めた。

 出来ちゃったよ、影移動ッ
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