異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第4章:偽りの聖女編

第179話:能力進化

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 元々俺は他人の事など気にしない性格だった気はする。
 だから今更、神様に迷惑が掛かるかもとか考えていた事自体滑稽であったと今なら思う。

 もうこの段階になってフェイクスとお喋りしていようなどとは思わない。
 なので俺は何も語らず、一瞬にも満たない刹那で先ずは―――と思い、それを実行に移す。

「ゴァァアアアアッッ」

 身体の大きなトロルが突然発狂する。

「グァァアアアアッッ」

 そのトロルの近くに居たオーガも発狂し出す。
 それを合図に次から次へと周囲の魔物が叫び出し、そして―――

「な、なんじゃ、いきなり!?」

 アリシエーゼや他の仲間達は突然始まった魔物の集団咆哮に戸惑うが、何の事は無い。
 始まったのだ、魔物同士のが。
 自身の近くに居る者全てを敵とみなし、目に付けばそれに襲い掛かる。
 同じ魔物だろうが何だろうが一切関係無く、ただ、を遂行する。
 人間同士だっていつの時代も殺し合ってるんだ。
 魔物だけ、魔物同士は絶対に殺し合わないなんてそんな道理は無いだろう。

 俺達の仲間を、百舌鳥の速贄の如く丸太に突き刺し晒す。これをフェイクスはどうやって全体に伝達をしたのかは知らないが、魔物達に命令して実行させていた。
 宴だ何だとその気にさせておいて、餌を目の前にお預けをしてもそれに従っていたのだ、この魔物達は。
 つまりは、フェイクスの命令は絶対であり、それを破る事は出来ないと俺は考えた。

 それなら、フェイクスから同士討ちさせる命令出せばこの数の魔物を一斉に殺せる

 それでも半数とはいかない数が残るであろうと予想するが、それはその時に別の方法でそれこそでも逆に開いてやるかとほくそ笑む。

「とりあえず先ずはこの魔物の数を減らそうと思ってな」

 俺はフェイクスから目を逸らさずにアリシエーゼに伝える。
 フェイクスは怒髪天の如く怒った表情のまま俺を見ているが、動きは無く固まっていた。

「な、何ッ!?もう始めたのか!?」

「うん」

「うん、では無いッ!合図くらいせんか!それにこんな事するなどと言ってはおらんかったじゃろ!」

「まぁ、今さっき思い付いた事だしな」

 俺の悪びれる様子も無い反応にアリシエーゼはお冠であったが、まぁ今更だろう。
 フェイクスへの接続は思いの外すんなりと行った。
 もう少し抵抗があるかとも思ったが、特に何も無く拍子抜けすらしているが、何故こんなチョロいのに俺から神の元へと辿れると思っていたのだろうか。

「ではもう良いんじゃな!?」

 アリシエーゼの言葉に後に続く仲間達は武器を構え俺の指示を待っていた。

「あぁ、フェイクスは完全に掌握―――ッガ!?」

「ハルッ!?」

 突然俺は見えない何かに頭を弾かれた様な衝撃に襲われ多々良を踏んだ。

 なんだ!?

 一瞬意識が飛びそうになったが何とか踏ん張り、フェイクスに顔を向ける。

「貴様ぁッ、やりおったな!!!」

 フェイクスは頭を抑えながら俺を睨み憤怒した。

 弾かれたのか!?

 この感覚には覚えがあった。
 隼人に寄生したウニョウニョに繋がろうとした瞬間にも同じ様な衝撃を味わったが、同じだった事を示す様に俺は鼻から血が流れ、頭も割れる様に傷んでいる事を認識する。

 ウニョウニョの時は直ぐに弾かれたのに、此奴には数秒程であったが繋がれたのは何故だ!?

 俺は混乱する意識を外へと追い出して今この時に集中する。

「まさか、貴様の力がこれ程とはなッ、だがッ!!」

 フェイクスは叫びながら右手を上げて何かを行う動作をする。

「なんじゃッ!?」

 アリシエーゼやイリアが反応を示すが、俺にはただ右手を上げただけにしか思えなかった。
 だが、そこから導き出せる答えは俺の中にも存在する。

「魔法か!?」

 そう、俺は魔力無しの穢人だからか、自身は勿論、他の者が扱う魔力の流れの様な物は感じ取る事が出来ない。
 物理的な、それこそ熱を帯びているだとかそう言う現象なら当然感じる事は出来るが、純粋な魔力と言うのは俺には認知出来ない代物なのだ。

 フェイクスにこのまま魔法攻撃でもされたら最悪だと思い、俺はまたフェイクスへのアクセスを試みる。

「ッア、ガァッ!?」

 だが瞬時に弾かれてしまい、また凄まじい衝撃が俺を襲う。
 同時に一瞬意識が飛び、気付いた時には地面に片膝を付いている状態であった。

「ハルッ、大丈夫かい!?」

 ファイが駆け寄ろうとするが、俺はそれを手で制す。

 さっき迄とは違って防壁が張られていた・・・?

 アクセスした瞬間に弾かれたが、それよりも早く一瞬、防壁の様な物を砕くパリッと言う音と感覚を感じ取ったのだ。

 どう言う事だ?
 俺からのアクセスを遮断する為にフェイクスが張ったのか?

 そこまで考えてハッとする。

 こんな事を考えている場合じゃない!

 焦ってフェイクスを見ると振り上げた右手を既に降ろしており、何か最悪の結果を齎す魔法を打つだとかは無い様で一瞬惚けてしまった。

「何も起こらない・・・?」

「いや・・・」

 俺の懐疑的な言葉にアリシエーゼが否定して答える。俺は恐る恐るアリシエーゼが睨む方向を見る・・・
 今まで仲間同士で殺し合っていた魔物達が動きを止めているのが分かり、何故と考える間も無く、その魔物達の咆哮があちこちから響き渡った。

 再命令したのか・・・

 俺がそう逡巡している間に魔物達が一斉に此方に向かって駆け出した。
 俺は勿論、仲間達も皆、慌てて構えるが間に合わないし、体勢が整ったところで一瞬でミンチだ。
 同士討ちさせたが、まだそれ程数は減っていないので、このまま戦闘に突入すればそれは間違い無く予想通りとなってしまうだろう。

 魔法攻撃よりも、もっと最悪だった!

 もう頭痛がどうのと言っている暇は無い。
 そう思って俺はフェイクスへとアクセスを開始した。
 今度は防壁がある想定で、それを命を賭けても突破してやると意気込んだ。

 魔物達の咆哮が、叫びが聞こえる。
 仲間達の必死な声が聞こえる。
 明莉の悲鳴も聞こえる。
 だが、その声は段々と小さくなって行き、やがて無音となった。
 たぶんこれは、俺が感じている何億分の一もの短い、時間とすら呼べない刹那よりも一瞬よりも短いその中で感じているのだと朧気にそんな事を思うが、その頃には既に俺はフェイクスの防壁をぶち破り、フェイクスの根幹へと手を伸ばしていた。

 何時もと感じが違う?

 それはもしかしたら、自身の能力をより理解したからか、今までの認識下とは別の認識で能力を行使しているからか、はたまた別の理由かは分からないが、俺はそんな事を感じるが、それが何なのかはハッキリとは分からなかった。
 より明確に何かを感じられる様になった様な気がするが、今はそんな考察をしている場合じゃ無いと気を取り直しつつ、その根幹部分に触れる。
 当初感じたフェイクスの防壁はもう既に全て無い様だったが、これはフェイクスの防壁自体が弱いのか、それとも俺が次の段階へと進化してしまったのか。
 進化と言ってもその過程がまったく身に覚えは無いので、それは無いと思いつつ俺は再度周囲の悪魔を駆逐する為にフェイクスを介して再命令を下す。

 フェイクスへの接続を維持しつつ意識を戻すと、魔物達は既に同士討ちを再開しており、アリシエーゼ達は呆然としていた。

「何惚けてんだ。今の内だ、殺すぞ」

 俺は先頭に立ち、同士討ちを始めている魔物達を尻目に微動だにしないフェイクスへと歩み始めた。

「またお主がやったのか!?」

「当たり前だろ?」

 当然の様に答えるが、簡単にフェイクスへと接続を行い、更に簡単に防壁をぶち破り、その動きの一切を許さずに魔物達へ命令も行わせている様に見えるかも知れないが、少し違うと思った。

 常時接続していないと俺の制御が奪い返されてしまいそうな、そんな予感がしていた。
 何故かは分からないがそんな気がするので、今もフェイクスと繋がり、全てを掌握し続けている。
 それを行いつつ、同時に並行して色々と行う事が出来ている辺り、やはり何かしら俺の能力が変質したのかとも思うが、そんな事を考えているともう目の前に動きを止めたフェイクスと向かい合う形となっていた。

「ファイ、此奴の首を切り落としてくれ。俺は核を取り出す」

 そう言って俺はコキリと一度首を曲げて骨を鳴らした。
 そしてファイから返事が―――

 返事が―――――――――


 え、無い?

 この時何を思ったのかは自分でも分からなかったが、俺はバッと後ろを振り返る。
 過ぎったのだ、何かが。

「ファ―――」

 そして振り返った俺の目に映った物に俺の認識は追い付かない。

「―――イ・・・ぁ、ぇ?」

 俺が目で見て頭の処理が追い付いた頃、そこには大量の魔物が覆い被さり、押し潰されながら髪を引き抜かれ、腕を捥がれ、そのまま耳を、頬を、身体中を貪り喰われる仲間達であった。

 大量に魔物が群がる中でファイが必死に此方に手を伸ばす。
 その表情は言葉にするなら絶望、それ以外に思い付かなかった。
 そしてその伸ばした手が見えなくなる。魔物に奥へと引き摺り込まれ、断末魔さえ聞こえずにただ魔物達の咆哮と雄叫びと叫びと下卑な嗤いが響く中、俺も引き摺り込まれて行った。

 絶望と言う奈落の底へと。
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