異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第4章:偽りの聖女編

第180話:深淵

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 未来は誰にも分からない

 俺はこの言葉が嫌いだ

 例え一秒先の事であっても人間に確定した未来は分からないだろう

 それでも俺は嫌いだ

 未来は誰にも分からない

 この言葉を聞くと俺は逃げだと感じる

 色々な選択肢とそれにより分岐した数多の未来と言う道があると知りながらも、その選択した先がどんな未来なのか分からず恐れてしまう余りの逃げの言葉に感じる

 だからこの言葉は嫌いだ






 愛

 俺はこの言葉は嫌いだ

 心を受けると書いて愛とする

 相手の気持ちや人間性そのものを素直に受け入れ、どんな事も受け止める事を良しとしている様に感じる

 愛

 これについて語る時はどんな時だろうか

 恋人、家族、時には愛犬にも語ったりするだろうか

 そのどれに対しても自分がどれだけ相手を思って、愛しているのかを一方的に語る

 これではまるで心を受けるのでは無く、心を受け入れさせているの間違いだ

 一方的な愛は時に醜く、残酷だ

 だから俺は愛が嫌いだ








 俺は人間が大嫌いだ

 ただ百年かそこらしか生きる事が出来ない、地球、もっと言えば宇宙から考えれば矮小な、それが何億と集まろうが塵でしかない存在の癖に、能力の優劣、思想の優劣で争い、自分の掲げる正義が唯一の絶対正義であるかの様な振る舞いが滑稽で、見るに堪えない醜悪でしかない

 だから俺は人間が嫌いだ

 穏やかで争いの無い、平和な日常を口では望んでいながら、自身と違う価値観、宗教観、思想が存在するとそれを憎悪し排除しようとする

 だから俺は人間が嫌いだ








 俺は俺が大嫌いだ

 他人を信じられず全てに対して否定から入る姿勢が、自分に興味が無い人間には自分も興味を持たず、自分に好意を寄せる相手にしか自分も好意を寄せず、自分に向けられた敵意には敵意で返す、このくだらない生物が大嫌いだ






 大切と言ってくれた、命を賭けるに足る存在だと言ってくれた、仲間―――家族を護る事が出来なかった自分が大嫌いだ

 これではまるで相手は命を賭けくれたのに、俺は相手に命を賭ける存在では無いと言っている様だ

 最低だ

 そこまで頭の中かそれとも心がそう思っていたのか、それが分からない程に周囲と溶け合い、一体となる感覚を感じながら俺は意識が覚醒する。
 周囲を見回そうにも身体は一切動かず、目を開けているのかさえ自身では分からないが、ただ暗闇が広がるばかりで何も見えない。
 闇の中をプカプカと浮いている様な感覚だけを感じる事が出来るが、それ以外は一切何も感じない。
 時間と言う感覚も存在しない。そんな風に思える不思議な感覚に俺は何も思う事なく、ただその闇に身体を委ねながら漂った。

 言葉を発する事は出来ず、身体を動かす事も出来ない。そんな中で一つだけ、本当に一つだけ何も思う事の無かった心が、闇に浮かぶ感覚だけを感覚と捉え、考える事を辞めた筈の脳がそれを拾う。


 彼奴らは全員死んだのかな

 誰がどうとかでは無い。仲間や家族はあの後全員が死んだのだろうかとそれだけ思う。

「・・・・・・・・・」

 仲間や家族の事を考えたからなのだろうか、ただそう思った事で自身の変化を突然感じる。
 それはまるで、冷たく凍り付いていた氷か徐々に溶けていく様な、身体を陽の光に晒し、太陽の熱を身体中に感じ光合成をしていると実感するかの様な、雪遊びをした後で家に帰り直ぐにストーブに当たり翳した手がジンジンとして熱を発するかの様に、徐々に何か暖かいものを何となく上から感じる。

「・・・・・・・・・」

 それが感じられると、身体そのものを動かしているのか、感覚だけを其方に向けているのかは分からないが、今度は下の方から無視する事の出来ない何かを感じる様になる。

 何だろう?

 もう気になって仕方が無かった。上から感じた暖かさなどこの時には既に俺の中では忘れてしまっていたが、その暖かさよりも巨大な何かは俺の心をまるで絡み取るかの様にスルりと自然に俺の中に入って来ていた。

 俺の中心と絡み合う何かは、鎖を象っており、俺に絡み付き離さず、下へと引っ張ろうとする。
 何も抵抗出来ず、鎖が闇の奥、深淵へと引き摺り込もうとする事に、この頃になって焦りを感じ始めるが、一切の抵抗が出来ずにより深くへと堕ちて行った。

 何故抵抗しているのかは自分でも分からなかったが、深い所は行ってはいけないと、子供が親に理由も分からずあそこに行っては行けません、あれをしてはいけませんと言われていた事を思い出してから焦って必死に足掻くかの様に俺は抵抗するが、身体が動いているとは感じない。

 そもそも俺は今、どんな状態なのだろうか?

 あの絶望を感じた瞬間からその後がよく分からない。今こうして闇の中を漂っていると認識するまでの事が分からない。

 俺は死んだのか?

 死後がどんな所なのか、どういう状態になるのか、そんな事は結局死なないと分からないが、死後の世界がこんな感じだと言うなら納得出来た。

 深淵へと急激に引き込まれて行く中、俺は思考を加速させる。

 きっと俺は死んでいない

 どう言う状況かは分からなかったが、身体は動かないが今は考える事は出来る。
 時間を感じる事が出来ないと言う表現が正しいかどうかは分からないが、たっぷりと時間はある。そんな気がしているので、俺はその考えにて身を委ねる事にした。

「―――まだ残っていたのか」

 突然聞こえて来た声に俺は考える事を止めてその声がする方へと意識を向ける。
 それは闇の底の更に底の方から聞こえて来た気がして更に何とも言えない不安感を覚える。

 誰だ

 俺は声が出なかったので心の中でそう問い掛ける。

「―――まさか幻幽体アストラルボディへの干渉まで可能とは思わなかったぞ」

 幻幽体・・・?
 まさか・・・

「―――しかし、物質体マテリアルボディと分離していた幻幽体を同時に双方に干渉するとなは・・・まぁ、お前は物質体に干渉していると思い込んでいた様だが」

「――ィ―――ス」

「―――完全に支配したと思っていたが、咄嗟に切り離したのか?器用な事をするな。だが、もう手遅れだがな」

「フェイクスッ!!!!」

「ハハハハハハッ!どうであった!?楽しい夢を見れたであろう!?本当の絶望を知る事が出来て良かったではないか!」

 俺を掌握したのかッ!?
 いやッ、まだだ!

「・・・返して貰うぞッ」

 どうやったのかは分からないが、フェイクスは幻幽体と物質体を分離していたと言っていた。
 それが意味するところも、俺が逆にこうして掌握されそうな事、どう言う方法で等殆ど分からないが、俺の一番大事な、根幹、魂と言う方が正しい気がするが、兎も角それは奪わせていない。

「やってみると良い」

 遠くからとも近くからとも取れる距離で聞こえてくるフェイクスの声に惑わされる事無く、俺は一点に集中する。

 コソコソ隠れてんじゃねぇよッ

 俺が俺の意志を持ってフェイクスを認識すると、段々とその輪郭が朧気ながら見えてくる。

 ハハッ

 俺は思わず笑ってしまった。

「・・・何を笑っている、この状況が理解出来ないのか?」

「いや、別に。ただ思っちまったんだよ―――」

 今完全にその姿を表したフェイクスは人の姿をして居らず、黒い羽根を必死に羽ばたかせ、まるで自分を大きく見せようと必死な烏の姿をしていた。

「―――滑稽だなってな」

「何だと?」

 これは俺が勝手にイメージしているだけの姿なのかどうかは分からないが、フェイクスの姿は烏に見えるのだ。
 サイズも普通から少し大き目程度。
 なんと言うか、闇の深淵に鎮座する悪魔の真の姿は馬鹿デカい蛇や気持ち悪い蜘蛛の様なものを勝手に想像していたので、完全に拍子抜けした。

 それに俺は唐突に理解する。
 今この場と言うか状況は、きっと時間と言う概念を逸脱した場所、または概念上で展開されている。
 何故分かるのか理由を説明しろと言われても無理だがそうだと今は確信している。
 きっと、あの時最後に見た光景は、このクソ烏が見せた幻影だ。
 現実と言っていいかは分からないが、そこにいる仲間たちは無事である可能性が有り、そうならばと思うと笑いが止まらなかった。

「俺はさ、仲間を、家族を信じてるんだ。彼奴らは頼りになるんだぜ?」

「フンッ、お前を完全に掌握してしまえばそれで終わりだろう!」

「いや、そうはならないさ。ほら―――」

 そう言って俺は上の方を仰ぎ見る。
 釣られてフェイクスも其方に顔を向ける。まぁ、烏なんだが。
 暖かな光が差し込む様な、その光を身体に浴びてまるで昇天するかの様な感覚を覚えつつ、俺は自分が悪魔になったのでは無いかと錯覚するくらいの邪悪な笑みをフェイクスに向けた。

「―――お迎えが来た。じゃあな」

 俺はそう言って、上からの光に手を伸ばす。
 その伸ばした手が直ぐに掴まれる感覚がすると、直ぐに視界が暗転して、五感全てを急激に取り戻す感覚に捕らわれる。

「――ウッ」

「気付いたかッ!?」

 俺の呻き声に直ぐに反応したアリシエーゼの声が俺の耳元で聞こえて来たので、其方に顔を向けて目を開ける。

「暖くんッ!?」

「ハルッ!大丈夫か!?」

 アリシエーゼの心配そうな顔を見詰めていると、反対から明莉とファイの声が聞こえて来たので俺は立ち上がり、二人の顔を確認する。

 うん、やっぱり生きてたな

 俺はそれを確認して密かに安堵すると、外套の裾が引っ張られた。
 なんだ?と思い顔を向けると、そこには心配そうな表情を浮かべるユーリーが立っていた。

「やっぱりユーリーが引き戻してくれたのか」

「・・・ウン」

 そうだろうなと思っていたが、ユーリーの返事を聞いて俺はやはりなと納得した。

 さて、第二ラウンド開始だ
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