異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第5章:帝国と教会使者編

第203話:間者

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「態々お呼び立てしてしまい申し訳ありませんでしたな」

「・・・・・・」

「どうかなさいましたか?」

「・・・いや、とりあえず始めさせてくれ」

「そうですか、分かりました。ではこちらにお掛け下さい」

 教会の前での美魔女騒動が一段落して俺達はその教会の隣にある建物の二階、ガバリス大司教の執務室の様な部屋へ案内された訳だが、あの黒美魔女間者シスターの年齢が四十三であった事の衝撃が未だに尾を引き、俺はフラフラと促されるまま座り心地の良いソファーに深く腰掛けた。

「サリー、ありがとう。下がりなさい」

「・・・はい」

 サリーと呼ばれたその美魔女シスターは、ガバリス大司教に恭しく頭を下げ、そして頭を上げる際にチラリと俺を見てウィンクをして部屋を後にした。

 十代後半だと思っていたのに・・・

 十代と見紛う実年齢四十三のサリーに、アリシエーゼは犬歯を剥き出しにしてガルルと唸っているが、それを注意する余裕は今の俺には無かった。

 いかんいかん・・・
 戦いが始まる前から相手に飲まれてどうする

 俺は一度頭を振り、余計な雑念を振り払って、務めて真面目な顔でガバリス大司教に顔を向けた。

「改めてお礼と自己紹介をさせて下さいね。私はエル教会のハイスタード帝国支部長をしているガバリスです。教会内の序列は大司教となっております故、帝国側の教会活動の統括を任されております。今日は態々こちらまで御足労頂いて感謝しております」

 そう言って一見温和そうな顔で笑うガバリス大司教を俺は値踏みする様に観察する。
 歳の頃は五十から六十くらいか、頭は禿げ上がっており小太り気味だ。
 服装は、美魔女サリーと同様、これまた見た事のある立襟のカソックの様なものを着込んでいるが、色は修道服同様、菖蒲色あやめいろで、襟の部分は白となっている。
 これまた既視だが、首からストラの様なものを下げており、色は赤を基調としており、刺繍等は金色なのだが、それだけなら地球でもお馴染みの只の神父だ。

 んー、想像通りと言うか何と言うか・・・

 カソックを着たガバリス大司教の手元や、首からぶら下げているエル教のシンボルは金ピカで指に填めている指輪等は何かは分からないが、どデカい宝石も散りばめられている。

 ここにもお布施の匂いが・・・
 まぁ、でも―――

 俗物的な人物ならばそれはそれで想定通りと言うか、やり易いと思い俺は心の中でほくそ笑む。

「態々どうも。んで、今日はどう言ったご要件で?」

「えぇ、それなんですが、その前に―――」

 ガバリス大司教の言葉の途中で部屋の扉がノックされる。

「―――入りなさい」

「・・・失礼致します」

 ガバリス大司教の許しの言葉でサリーが部屋へと入って来る。
 その手には銀色のトレーが乗っており、トレーの上にはティーカップが三つと小さい皿にクッキーの様な菓子も乗っている。

「先ずはおもてなしをさせて下さい。コレは小麦と砂糖で作った菓子でしてな、帝国では貴族の間で流行っているのですよ」

 そう言ってガバリス大司教はサリーが俺達の座るソファーの前のテーブルに置いた小さい皿を指差す。

 クッキーじゃねぇか・・・

 地球にあったクッキーや菓子をイメージして、それらを久しく摂取していなかった為か、口内が少し唾液で湿った気がした。

 まぁ、でも流石にコレに手を出す訳には―――

「なんじゃ!?食事と聞いておったから期待しておったのにッ、この程度で腹は膨れぬぞ!まぁ、頂くのじゃがな!」

 ワーッハッハッハッと豪快に笑いアリシエーゼは小さい皿に乗ったクッキーを一掴みし全て手中に収めるとそれを口に放り込む。

「んぐッ、んッ、ほれはなはなはしゃのッ―――ん、はぁ・・・それにこの紅茶も中々のものじゃ!」

 口に放り込んだクッキーをバリバリと咀嚼してそれを紅茶で流し込みアリシエーゼは満面の笑みを浮かべてそんな事を言った。

「「・・・・・・」」

 俺とガバリス大司教は、その豪快な食べっぷりに沈黙するが、俺は今目の前で起こった事を理解出来ずに居た。

 いやいや・・・此奴は何をやっているんだ?

 敵か味方かも分からない奴が出した物を何の躊躇いも無く口に入れる等、俺の中に選択肢としては存在しない。

 毒とかその、色々考えたりは・・・

 俺達はヴァンパイアであり、ヴァンパイアを超えた異なる存在で、傷の修復能力とかその他諸々人間の域を飛び越えてはいるのだが、だからと言って毒が無効であるかは分からない。
 直接死に至る事は無いにしても、身体に何らかの異変が起こるかも知れないし、行動に制限が掛かるかも知れない。
 そう言う事を考慮したのなら、敵か味方かも分からない相手から出された物など今この段階では絶対に口には入れないと思うのだが―――

 まぁ、アリシエーゼだから・・・

 俺はそう無理矢理納得させて意識を現実へと戻した。

「お前・・・はしたないだろうが」

 俺はそう言ってアリシエーゼを肘で小突く。

「むッ、なんじゃ、別に良かろう。妾達は飯を食いに来たのじゃし」

 いや、話を聞きに来たんだ
 食事は話のついでであって、決してメインでは無い・・・

「―――ははは、気に入って頂けたなら良かった。もっと持って来させましょう。サリー」

 そう言ってガバリス大司教はサリーに合図を送り菓子を追加で持って来る様に指示を出す。
 チラリとサリーを見るとまたしても出て行く際にウィンクをしてくるのだが、うちのアリシエーゼも含めてだが、何なんだこの女達はと内心大きな溜息を付く。

「・・・此奴に付き合ってたら日が暮れちまうんで、話を進めませんか?」

「そうですか、では―――今日お呼び立てしたのは貴方達に依頼を出したいと思ったからなんですよ」

 依頼?

「依頼、ですか」

「えぇ、とある依頼を行う為、私共は事前にその依頼を遂行出来る人材を調査しておりましてね。その中で貴方達の名前が挙がり精査の結果、今日に至る、と言う訳でして」

 調査、ね

「そうだったんですか。その依頼内容がどう言ったものかは分からないですが、ガバリス大司教は帝国側の統括ですよね?帝国にも色々とコネがあると思うんですけど何故俺達に?」

 帝国には優秀な人間が数多く居ると聞いていますよと帝国を持ち上げながら聞いてみる。

「確かに、帝国には優秀な人間は数多く居るのですが、これはあくまで教会独自の依頼でしてね。勿論、帝国側の方達も依頼対象だったのですが、国に関係無く傭兵の方達を対象としているのですよ」

「そうだったんですね。そこは分かりましたが、肝心の依頼とはどんな内容で?」

 俺はまだ能力は使用しない。能力を使えばこんな茶番をしなくとも情報は入手出来る訳だが、それではつまらないし今日、態々出向いた意味も無くなってしまう。

「依頼内容は―――」

 ここで再度部屋のドアがノックされるが、きっとサリーが菓子の追加を持って来たのだろう。

「―――入りなさい」

「・・・失礼致します」

 ガチャリと音を立てて開いたドアからサリーが入って来るが、サリーの手には何も持っていなかった。
 俺はそれを訝しむが、サリーはドアを閉めガバリス大司教の横まで歩いて来ると頭を下げて言った。

「大丈夫です」

 その一言だけを言うとサリーは頭を上げて一歩下がる。
 一体何なんだと俺が思っていると、ガバリス大司教は一度頷き、顔を再び俺に向けるとこう言った。

「依頼内容は、帝国に複数ある魔界の内の一つを攻略して貰いたいのです」

 魔界?
 しかも帝国内の?

「・・・・・・それは―――帝国に内密にですか?」

 俺はチラリとサリーに目線を向ける。サリーは此方の視線を受け流して表情を変える事無くガバリス大司教の横に無言で立ち続けている。
 それに気付いてガバリス大司教は一度口元を緩ませた。

「―――あぁ、大丈夫です。サリーはですから」

 えぇ・・・マジかよ

 ガバリス大司教の言葉にもう一度サリーに視線を向けると、今度は俺に顔を向けてウィンクした。

 もう既に面倒臭ぇや・・・
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