異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第6章:迷宮勇者と巨人王編

第237話:物の価値

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「あー、ハーレムくんだー」

「へ?」

 人集りから内側へと出てきた勇者くんが俺の顔を見るなりそんな事を言い出した。
 俺はこの勇者くんが何を言っているのか、誰に言っているのか理解出来なかった。

 ハーレムくん・・・?

「こんな所で何やってるのー?ってか、めちゃくちゃ良い匂いするんだけどー」

「い、いや、ちょっと待て。その前にお前今何て言った?」

「うん?めちゃくちゃ良い匂いがするって言ったんだよー」

「そこじゃねぇよッ!!その前に何て言ったか聞いてんだよッ」

「えー?何だっけ?久しぶりーとかかなぁ?」

「違ぇよッ、そんね事一言も言ってねぇし、お前ッ、俺に向かってハーレムくんとか言っただろ!?」

「そうだったっけ?って言うか分かってるなら態々聞かなくていいじゃーん」

 あははーと笑う勇者くんに俺は頭が痛くなって来たが、此奴いきなり現れてなんて事を言い出すのだろうか。
 寧ろ、ハーレム野郎はお前だッと叫びたい衝動をグッと堪える。
 それにしても勇者くんが突然現れた事により、周囲の人間がより一層騒がしくなった。
「アレってもしかして・・・」とか「本物かよ!?」とか色々聞こえて来るが、どれもが勇者くんに向けての言葉だった。

 あれ、此奴もしかして有名人なの?

 俺はそんな疑問を抱くが、それよりも何だか収集が付かなくなりつつある周囲の人間をどうにかしようと俺は仕方無く能力を使い解散させる事にした。

「見世物じゃねぇぞッ、邪魔だ!」

 俺は瞬時に周囲全員に解散命令を下す。勿論、勇者くん率いる、本物のッ、ハーレムパーティは除外してだが。

「あれ、なに皆?どっか行っちゃうのー?」

 俺の一喝で急に此方に興味を無くした様に俺達を取り囲んでいた人間がゾロゾロと自分達のキャンプへと戻って行く様を見て、勇者くんはキョロキョロと周囲を見ながらほんの少しの困惑の色をした声色で言う。

「ハル様、私に言って頂ければ―――」

「だからいきなり殺すとかしねぇって!」

 ムネチカは物凄く残念そうな表情をするのだが、何故コイツはこんなにも好戦的なのだろうか・・・
 最近では、「あ、此奴脳筋だわ」と思う事も多々あるのだが、ちょっとマサムネやコテツに言って首輪を付けて管理して貰わないと危険かも知れないなと思ったり思わなかったり・・・

「ねぇ、皆行っちゃったよ?」

「知らねぇよ。俺達は飯食ってんだ、邪魔だったから丁度良い」

 勇者くんが何故か俺に「いいの?」と聞いてくるのだが、いいに決まってるだろと心の中で舌打ちしつつ、俺は定位置に戻って食事を再開した。

「あ、待ってよー、ねぇねぇ、キミ達何食べてるの?」

 俺が食事を再開しようとすると勇者くんはまるで子犬の様に俺に着いて来て、俺達の食事を確認すると興味津々と言う感じで聞いてくる。

「何って、ボア肉のステーキだよ。それとパンとスープだ」

「普通だろ?」とさも当然の様に言う俺に、勇者くんは目を丸くする。
 タレ目のクソ程のイケメンが鼻につくが、ファイとは違うタイプのイケメンで、ファイが爽やか正統派イケメンなら、この勇者くんはなんと言うか怪しい雰囲気のフェロモンバリバリタイプと言う感じだ。

「先ず魔界の中でこんな普通の食事をしてる時点で普通では無いよねー」

「周りの普通なんてどうでもいいだろ?食いたきゃ皆食えばいいじゃねぇか」

「だって態々食材やら調理器具を持ち運ばないとならないじゃないか。そんなの面倒臭いよー」

 だったら食わずに我慢しろよと言いたかったが俺は「あっそ」と素っ気なく返答してからステーキにかぶりつく。

「うわー、美味しそうだなー、いいなぁ」

「・・・・・・」

 俺の右隣にはユーリーがちょこんと座っているからだろうか、流石に押し退ける訳には行かないのか勇者くんは俺の左隣に入り込み、俺が夕飯を食べている所に反応も無いのに一人で語り掛けてくる。
 それを無視して、秘伝のタレを使用したステーキを堪能しているのだが・・・

「ねぇ、凄い良い匂いなんだけど何か特別なソースでも使ってるのー?」

「・・・・・・」

「あッ、そうだ!丁度良い物があるから―――」

「うぅぅッるせぇえ!!」

 人が飯を食っている最中に横でペチャクチャ喋りやがって!!

「飯くらい静かに食わせろってんだ!」

「わぁッ!?」

 俺が反応を示さないから一人で勝手に話している状態になっていた勇者くんだが、俺の突然の叫びに大袈裟に驚いた素振りを見せる。

「お前ッ、ラルファくんに何するんだ!」

「何って、何もしてねーだろ」

「ラルファくんが驚いて転んでしまったじゃないか!」

 戦士ちゃんが物凄い勢いで俺に食ってかかってくるのでラルファくんと呼ばれた勇者くんを見ると、俺の声に驚いたのか、尻餅をついて転がっていた。

「・・・・・・」

 だから何だと思わなくは無いのだが、此方としても次に会ったら絡んでみたいなんてちょっと思っていた為、その辺のモヤモヤする想いを飲み込み俺はラルファくんに声を掛けた。
 ステーキをモシャモシャしながらだが。

「おっと、急に大声出してすまなかったな」

 別にそれで手を差し出す訳でも無いのだが、一瞥して転がったままのラルファくんに声を掛けると「あはは、びっくりしたなー」とか言ってヘラヘラしながら立ち上がる。

「大丈夫。それよりもさ、さっきから食べてるソレ、少し食べさせてくれないかなー?」

「なんで?」

「だって凄い美味しそうな匂いじゃないか。絶対特別なソースとか使ってるよねー」

 そうだったなら是非食べてみたいと言う。
 各地の戦場や魔界を巡りながら色々な物を食べ歩いているらしく、美味しい物には目が無いとも言っていた。

「だから何でお前に食べさせないといけないんだ?」

「え、いや、だから俺は美味しい物には目が無くてさー」

「出会ってまだ時間も立って無い、お互いの事を知りもしない、信用すら築いていない相手を食事に招待しろと?」

「・・・いやー、そこまでは言ってないんだけど、一口くらい良いじゃないかー」

 別に一口くらいあげてもいいのだ、俺だって。
 ただ、何となくこのラルファと言う人間が気に食わないと言うか、信じる事の出来ない奴だなと、本当に何となく思ったのだ。
 サリーとはまた別の胡散臭さと言うか、腹の中では何を考えているのか分からないタイプの様に感じ、此奴の持っている武器には興味があるが、人自体には急速に興味が薄れて行った。

「まぁ、いいぜ。その代わり対価を払え」

「対価?お金って事かい?」

「それが一番分かりやすいが何でもいいよ。この危険な魔界に食材や調理器具を一々持ち込んで、食事により英気を養っているパーティの大事な食事をほんの少しでも譲って貰うんだ。お前に譲った分誰かが食べられなくてこの後其奴のパフォーマンスが落ちるかも知れない。そう言う事を加味してお前自信が対価を決めて払ってくれって言ってるんだ」

「・・・・・・」

 俺の言葉にラルファは押し黙った。対価を何にしようか考えているのか、それとも俺が言った言葉の裏までも考えているのかは分からないが、顎に手を当てて暫く返答は無かった。
 その間、後ろに付き従う様に立つ、戦士ちゃんと僧侶ちゃんは俺をずっと睨んでいた。
 エルフちゃんは?と思い周囲に目を向けると、何故かモニカの二歩前くらいに立ち、ジッとモニカを見詰めていた。
 因みに勇者くんとのやり取りの間に、煩わしくなったのか、ユーリーはモニカの元へと行った様だった。

 何か話してんのか?

 だが、モニカが口を開いている様子は無い。エルフちゃんはこちらからだと後ろ姿しか見えないので確認出来ないが、モニカはただ困惑した様な表情を浮かべているだけだった。

「―――分かったよー、ステーキ一口に小銀貨一枚払おうじゃないかー」

 エルフちゃんの様子が気になって観察している間に考えが纏まったのか、勇者くんは自信満々に俺を見て言った。

 たかが肉一口分に小銀貨一枚。
 日本円にしたらたった一口で一万円程だろうが、ハッキリ言って可笑しい。
 常に供給過多気味ですらあるボア肉のただ焼いただけの肉一口分の値段としてはこれ以上無い値段の提示なのだが、それでも俺の答えは決まっていた。

「あっそ、じゃあこの話は無かったって事で」

「ぇ?」

 余りにも予想外だったのか、イエメン顔が崩れる勇者くんの顔を確認すらせずに俺は食事に戻った。

「ちょっとッ、どう言う事ですか!?」

「そ、そうだッ、肉一口に小銀貨一枚もの値段を付けたんだぞ!?何が不満なんだ!」

 ハーレム要員の戦士ちゃんと僧侶ちゃんが弾かれた様に顔を上げて俺に食ってかかる。

「理由を説明して欲しいなー」

 復活した勇者くんも参戦するが、ちょっぴり剣呑な雰囲気を漂わせている。
 俺はそんな事気にする素振りもせず、かつ見向きもせずに言い放った。

「お前に興味が無くなった。それだけだよ」

「「ッ!!」」

 俺の言葉に戦士ちゃんと僧侶ちゃんの怒気が膨れ上がるのを感じつつ口角を上げる。
 が、直ぐに勇者くんがそれを制する様に口を開く。

「二人ともやめてー。いいよ、仕方無いから行こう」

「いいのかよッ!?」

「そんなッ!?」

 そんなやり取りをしつつそのまま勇者くん一行は俺達から離れて行く。
 だが、勇者くんこと、ラルファは最後に俺に告げる。

「俺はただ、キミ達と仲良くなりたかっただけなんだけどなー」

 寂しげに聞こえたその声に俺は座りながら振り向いてステーキをぶっ刺したフォークで突きつけながら言った。

「俺も一つ言っておくぜ。対価にの話をするんだったら俺もコレをくれてやらんでも無かったぜ」

 俺の言葉とフォークが指し示すものが、ラルファが腰に下げる剣の事だと分かり、ラルファは怪しく嗤った。
 特に何も言わずにそのまま離れて行くラルファの背中を少し見詰めていたが、そこから分かる情報は何も無いので俺はそのまま食事を再開した。

 クソッ、飯が冷めちまったじゃねぇか!
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