異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第7章:愚者の目覚めは月の始まり編

第267話:介入

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モライアス公国並びにエバンシオ王国の連合軍とハイスタード帝国は十五年程魔界都市ホルスを境とする国境線での不可侵条約を締結して、小さな諍いは有りはしたが今迄はその条約の名の元に仮初であろうが一応の平和を三国共に享受して来た。
だが、条約はホルスにある魔界の所有権を巡っての争いに対しての不可侵の取り決めであり、ホルスの街を縦断する形で設けられた国境線はそのホルスの街を離れて尚東西に永遠と伸び、至る所に三国の軍が駐留して日々衝突を繰り返していた。
国境線を押し上げること其れは即ちホルスを取り込む事と同義であり、ホルス自体での戦闘行為は条約により禁止されているが、魔界周辺以外ではその条約は効力を発揮しない。
そんな経緯があり三国は日々、少しでも前線を押し上げるべく十五年もの間戦闘行為自体は毎日の様に起こっていた。
ホルスに居ては分からないが、街から少し離れれば戦時中である事を直ぐに実感出来るくらいには殺伐としていたが、十五年間も一進一退の攻防が繰り広げられて来た前線はそこで戦うもの達―――公国も王国も帝国も関係無く全ての兵士や騎士はこの拮抗した現状は崩せない、こうやって日々小競り合いをしているだけのな日々が続いて行くと、それが壊されると疑う者は居なかった筈だ。

「―――それが今、このタイミングで崩れたと?」

「はい、しかし今回はモライアスとエバンシオ両国の連合軍が一方的に前線を押し上げた様です」

今、俺達はオルフェで借りている屋敷の食堂に一同に会して集めた情報を精査している。
俺の問いにマサムネは直立不動で報告を行っているが、どうやら今回は連合軍が帝国の虚を付いて電撃作戦を決行して強襲し帝国からしたら前線を押し下げられた形となっているらしかった。

「それにしたって国境線はホルスの中だけじゃなく街の外に永遠に引かれてるんだろ?それを全て押し上げるって相当だろ・・・」

其れはかなりの大規模な作戦であった事は間違い無いし、それを一朝一夕で計画実行するのは不可能に思われる。

「作戦の規模から言って相当前から入念に準備されて来たのだとは思いますが、今の所連合軍の作戦に付いては詳細は分かっていません」

マサムネと共に報告するコテツもそう言って直立不動の姿勢を取る。
魔界から地上に戻ったら不可侵条約が破られ戦争が再開されたと聞かされた俺達はそれから二日程だが情報収集に明け暮れた。

勿論俺も時間がある時に能力を駆使しつつ情報を集めたが、帝国側―――オルフェの帝国軍関係者も寝耳に水だった様で混乱しており情報が錯綜していて確度のある情報を此方で精査する事すら困難な状態であった。
ただ、今回の連合軍の動きは明らかに統率、計画された動きで有りあまりにも早過ぎる。
前線が押し上げられたと言う事はホルスも当然連合軍が占拠する事になった形なのだが、それだけでは無く今は既に帝国領に連合軍が進軍を進めている状態なのだ。

帝国は完全に後手に回って押し込まれてるな・・・

ホルス付近の国境線は横にだがその距離がかなり長い。
隙間なく軍を展開する事など確実に不可能なのでホルス付近から連合軍の大軍勢が今は帝国の首都へと進軍している形で、それを帝国は国境線に居た部隊を集結させる事で対応を行っている。

「帝国が国境線の部隊を領内に戻しているって事は連合軍も同じだろ?国境の部隊が進軍に加わってるんじゃ無いのか?」

そうだったなら、帝国もやるかやらないか、出来るか出来ないかは別に国境を護る者が居ないので王国または公国へと責めいれる隙がある事になるのでは無いだろうかと思った。

「・・・それなのですが、国境警備隊は動いておりません」

「は?どう言う事だ?」

「連合軍は国境警備隊を一切動かさずに今回の作戦行動を行っています。ただ、具体的にどの部隊が帝国への進軍に加わっているのか等は不明です」

マサムネは淡々と答えるのだが、俺は少し理解に苦しんだ。
国境線では日々、連合軍と帝国軍は密かに表立ってはいないがバッチバチにやり合っている。
それでも均衡を保っていた訳で、それは国境線の何処を取っても戦力差は無いと言う事だ。
もっと言えば、ある地点に帝国が軍を動かして突破を狙えばそれを連合軍は察知してそこに部隊なりを追加または他から集めて展開して防ぐ。
そんな事を永遠と繰り返している筈で、それは帝国側も同じ様に連合軍が何か企めば対応して来たと言う事だ。で無ければ十五年もの間均衡を保つ事は出来ない。

「それにしたって帝国はお前達みたいな間者を公国にも王国にも多数送り込んでるだろ。だったらそんな動きだって掴んでるだろうに・・・」

それは逆もまた然りなのだが、何故こうも簡単に突破され進軍を許すのかが理解出来ない。

「考えられるとすれば、その前線を突破した部隊が超絶優秀で手に負えないのか、或いは帝国が日和っていたかじゃろ」

それまで黙ってやり取りを聞いていたアリシエーゼが若干面倒臭そうにしながらそんな事を言う。

「・・・確かにそれくらいしか考えられないか?」

オルフェで帝国の動向を探るにしてごたついていてあまり確度のある情報が入手出来ず、ましてや連合軍の情報等はあまり手に入らない為、俺達は憶測で語るしか無かった。

「んで、サリーはガバリス大司教には連絡取れたのか?」

教会の動向を探って貰っていたサリーに顔を向けて質問すると、サリーは一度小さくため息をついてから口を開いた。

「・・・ダメねぇ、恐らく大司教に取っても今回の連合軍の動きは予想外だった筈だけれど」

「・・・そうか」

今回の連合軍の作戦に教会が一枚噛んでいると思えなくも無いが情報が無いのなら仕方無いと、俺は今後の方針について話す事にし、集まってる面々を見る。

「―――とりあえず俺達は今後どうするべきかな?」

「それはこの戦争に介入するかどうかと言う事かの?」

「まぁ、それも含めてどうしようかなって思ってさ―――」

結局の所、何故このタイミングで連合軍が仕掛けたのか、その理由だとかはもしかしたら傭兵として戦争に参加すれば分かるかも知れないが、そうまでして知りたいかと言う事だ。
少なくとも俺達はまだ正式に傭兵団として登録した訳でも無いし、傭兵の本業とも言える戦争へ参加せずとも資金面では当面困る事は無い。
なので別に我関せずを貫いても問題無いと思うのでその辺を話しつつ俺は全員の意見を聞こうと思った。

「連合軍に付いて帝国と戦うべきじゃないかしら」

俺の意見を一通り聞いたイリアがそんな事を言ったが、その表情は真剣だった。

「何で連合なんだ?」

「何でって、ファイさんだって参加してるかも知れないのよ?それに、元々この戦争は帝国から一方的に仕掛けて来たものなのよ。だったらこの状況は致し方無いし、私達は連合側に付くべきだわ」

確かにファイ達蒼炎の牙はエバンシオ王国でもトップクラスの規模と戦力を誇る傭兵団であり、王国に根を下ろしているので王国から要請が有れば断れないだろう。
そして国境沿いのホルスに駐屯しているファイ達の大隊はもしも傭兵団が依頼を受領したのなら真っ先に任務に充てられる急先鋒となるだろう。

「まぁ確かに彼処の傭兵団が国から依頼を受けてたのならファイが参加してても可笑しくは無いな・・・」

「でしょ?だったら―――」

「でもそれだけで連合側に付くかどうかは決めたく無い」

「・・・・・・でもさっき言った様に帝国が公国の領土を侵略したのがキッカケよ。それだけでも理由にはなると思うのだけれど」

イリアの言う通り、歴史的に見れば帝国が一方的に他国を侵略して来て反撃を喰らったのだからと言う見方もあるが、ハッキリ言って俺はどうでも良かった。
ファイの事や、ドエインの姉リラの事も有りどちらかと言うと王国寄りなのは認めるが、そもそもファイも参加しているのか分からないし、リラに至っては王国の物流拠点であり、防衛の第一線であるミザウアの街を任されている身なのでおいそれと他の作戦に回される事は考えにくい。
結局、俺のこの旅の始まりが王国からだったと言うだけで、もしも最初に帝国に転移して来たのならそこでの出会いが有り、誰かと絆を育んでいたのかもなと考えるとあまり王国に執着は無いのだ実際。

「・・・正直、この戦争に興味が無いんだよ。もしもファイから直接協力を要請されたのなら考えなくは無いけど」

「何でよ!?帝国が侵略して来た事でどれだけ多くの命が奪われたと思ってるのッ、許される事では無いでしょう!?」

何かヒートアップして来たな・・・

「それは分かってるけど、そんなこと言ったら王国や公国だって歴史的に見れば品行方正、清廉潔白な訳じゃ無いだろ?」

「・・・それはそうだけどッ」

結局、イリアは今もまだ聖女と言う呪縛から解放されては居ないのだろう。
ホルスにあった魔界が王国からは一番近い位置にあったから活動拠点が王国だっただけで、もし歴代の聖女がホルスの魔界を攻略していたのなら、他の国にある魔界へと活動拠点は移っていた筈だ。
つまり活動が永かった王国の民が苦しんでいるから連合側に肩入れしまくっていると言う事だし、それはそれで仕方の無い事だとは思うが、もう戦争自体が俺はくだらないと思ってしまう。
本当に人間の唾棄すべき所だと思うし、そんな事を繰り返しているのならそれこそもう滅んでしまえとすら思う。

イリアの考えも分かると理解を示しつつ俺は戦争には参加したくないと伝えると、皆それぞれ思う所は有るにせよ基本的には俺に同意した。
イリアは納得行かない様だが、実際イリア一人参加した所で大きな流れが止まる訳では無い。
俺やアリシエーゼの人外が参加すればもしかしたら戦況は変わるのかも知れないが、それだって分からない。
人間にも人外と言うべき力を秘めた者なと沢山居ると思っているし、俺が頂点だなどと自惚れるつもりは一切無い。

「アンタ達ならこの戦争だって止められるでしょう・・・」

そんな事をイリアは誰にともなく呟いた。
分かっている。そんなのは分かってるんだと思いつつも俺は敢えてその呟きを拾うことはせずにその後は淡々と話し合いを進めた。
結局は戦争に参加しないのならどうするんだと言う話に行き着くのだが、魔界は現在帝国も戦争状態に突入した事もあり立ち入り禁止となっている。

「―――ちょっと考えている事があるんだけどいいかな?」

自分自身の中で色々と考えを纏めつつ俺は徐に仲間達を見て切り出した。

「「「「ハァ・・・・・・」」」」

そして大半の仲間達がため息を吐き出したのを俺は聞き逃さなかった。

何だよッ
まだ何も言って無いでしょーが!
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