異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第7章:愚者の目覚めは月の始まり編

第275話:記憶障害

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「お前マジで何言ってんの?」

「何が?」

「何が?じゃねぇよ、俺の事をマスターだとか―――そもそも俺の事を何で知ってる」

「何で知ってるかなんてそんなの決まっているだろ、知り合ったからだ」

「だからッ、何時何処で会ってんだよ!?俺はお前なんて知らない!」

俺達は一度落ち着いてこの謎の女と話し合う事にした。
現状、十八層から地上に帰還の徒についていたが可笑しな事に行きと迷宮の構造が変わっていた。
簡易マッピングをした地図は役に立たずその時点で嫌な予感は皆していたと思う。
その予感は的中してしまうのだがこの魔界は入り組んだ迷宮を抜けると必ずその階層を守護する階層主が存在し、その階層主である各階層のボスを倒さないと次の階層に行く事は出来ない。
出来ないと言ったが、ボス部屋のどこかに基本的には次の階層に繋がる階段と扉が存在する。
その扉は魔法的なロックが掛かっている訳では無いので厳密にはボスを倒さなくとも次の階層には行けるだろう。だがそれを階層主は許さない。
なので各層のボスを倒して次の階層に向かうのが普通だ。

そんな階層主は一度倒すとゲームの様に再度復活する事は無いとされている。
また、ボス部屋は他の魔物が入り込まないと言われている。
それはボスが居ようが居まいが関係無くなので、ボスが倒された後のその部屋は傭兵達がセーフルームとして休憩に使うなど活用しているのだが、迷宮の構造がいきなり変わり地上に帰還するのにまた行きと同じように入り組んだ迷路を彷徨う事になり、更には倒された階層主は復活しないとされていたその階層主の様なものが復活までしていたのだ。
階層主の様なものと言ったのは、行きで倒した階層主とは別の魔物になっていたからだが、階層とボス部屋を繋ぐ階段の扉が閉まっていた時点でそう言った事も考慮すべきだったが、扉が閉まっていた事に疑問を感じながらも扉を開けるとそこには楽したボスでは無かったが魔物が居たのだ。
ボス部屋へは普通の魔物が入って来ないと考えると、そこに居たのはボスであると考えるべきで、結局俺達は再度ボスを倒して進む事になった。
それが十七層と十六層のボス部屋での事であったのだが、何故迷宮の構造が変わったのか、ボスが復活しているのか、こんな事は皆分からなかった。

だからもう考えずに進んだ。恐らく皆、思う所はあった筈だ。
だが進む。進んだ先に何が待ち受けているのかを想像するだけでましかしたら不安が押し寄せ潰されてしまいそうになっているかもしれない。
それでもホルスの壮絶な戦いを経験した者はその経験が自分を自分として保っていられたし、ホルスの戦いには居なかった、サリーやデス隊はそもそも間者として闇に生きる者達だ。
心の持ちようと言うか、そろそろネジが何処か外れているので全く動じない。
そんな仲間達と更には地上に向けて進むと十六層の迷宮も構造は変わっていた。
なので十五層のボス部屋へと続く扉が閉まっていたのを見た時は何かイレギュラーな事が起こっていると言うのは確定だと思ったし、同時に怒りが込み上げて来た。

とまぁ、こんな事を回想したが目の前の素性も分からない謎の女と十五層のボス部屋で出会い今に至る訳だが、この出会いもイレギュラー感が否めないのは俺だけだろうか・・・

「何時だと?そんな事も忘れてたのかお前は」

ハァと一度溜息を付き謎の女は言葉を切った後に俺を軽く睨む。
明めの藤黄とうおうに染まったショートボブを揺らしながら困った表情をする女は見るからに北欧顔で緑青ろくしょうに輝く瞳は宝石と身紛える程に美しい。
完璧過ぎて、美し過ぎて息を飲むとはこう言う事かと思うが、それでもまったく魅力を感じさせないのは偏にこの女の言動がそうさせていた。

自分のパンツ脱いで男に渡すとか・・・

今でも脱ぎたてのあの温かさが―――ゲフンゲフンッ―――何で他人に自分が履いていた下着をポンと渡す様な女を魅力的と感じられるだろうか。

「忘れたとかそう言う話じゃねぇよ。その前に会った事無いって言ってんだよ」

「やはり記憶障害だな・・・」

女は「ふむ」と言って顎に手を当てるが、てんで的外れだ。

「もうッ、何でそこに戻るんだよ!?マジで話が進まねぇんだよ!」

結局何を話しても俺の記憶の中には目の前の女は存在しない為それを伝えると直ぐに記憶障害だの何だのと言う話になる。
堂々巡りのこの不毛なやり取りに両手で頭を掻き毟り発狂した。

「お、落ち着きなさいよ!?この女がウソを言ってる様には見えないんだし、アンタが忘れてる可能性だってあるでしょ?」

だから無いんだよそんな可能性はッ

「じゃったらこの女狐に聞いてみれば良かろう」

謎の女の言動に完全に翻弄されていたアリシエーゼ達だが、ここに来て漸く落ち着きを取り戻していた。

「女狐とは私の事か?生意気なガキだな」

「うっさいわ!暖に粘着しおって!そんなに言うなら何処でどうやって暖と出会ったのか言ってみよ!」

アリシエーゼだけはこの女の言う事をあまり信じていないのか、「どうせ妄想じゃろ!」と息巻いていた。

「何処で出会ったかだと?そんなもの・・・・・・・・・・・・・・・」

アリシエーゼの言葉に自信満々で答えようとする女が何故か固まる。

「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」

女の言葉の続きを俺達も黙って待つが、いくら待ってみても一向に女から言葉が発せられる事は無かった。

「・・・・・・おい、どうし―――」

「待て、そこの小狐、お前何て言った」

俺の言葉を遮り女はアリシエーゼに顔を向けてそんなことを言う。

「誰が小狐じゃ!この女狐めッッ」

女の言葉にアリシエーゼが憤慨するがそんな事よりもと更に女が言う。

「私に何と質問をした」

「何とはなんじゃ!?単に暖とは何処で会ったのかと聞いたんじゃ!」

「ふ、ふん、そうだったか。そんなもの決まってる・・・・・・・・・・・・」

そしてまた沈黙する。

此奴、まさか・・・

「おい・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「やっぱりお主の妄想ではないか!女狐め!!」

「・・・・・・此奴は私のマスターだ」

先程とは打って変わって自信なさげに小さな声でボソボソとそんな事を言う女に皆がジト目を送る。

「あれだけ言っておいてお前そりゃねぇだろ・・・」

「だったらお前が私達の馴初めを語れ」

だから言い方・・・
馴初めってなんだよ・・・

「何でだよ!?お前が俺をマスターだとか訳分かんねぇ事言ってるだけだろうが!俺は最初からお前なんて知らねぇって言ってただろ!?」

「やはり記憶障害―――」

「それはお前だよ!!」

「!?」

俺のツッコミにあらんばかりに目を見開く女を見て溜息がどうしても出てしまう。

「本当に何なんだよお前は・・・」

「お前が私のマスターなのは変わらないだろ・・・」

「だからそれ何なの!?マスターって俺達は主従関係な訳?」

「そうだ、お前は私のマスターと言ってるだろ、馬鹿なのか?」

「いや、マジでそんな言葉遣いでよくそんな事言えるな・・・」

お前だの、馬鹿だのと言ってくる奴をそんな風に思えないし普通、主と仰ぐ者をお前とか言うだろうか・・・

「ではこの女狐の今までの話は全て妄想と言う事で良いな?」

だから言ったであろうとアリシエーゼは鼻を鳴らして話を切り上げようとする。
俺もこの女の事が何も分からない以上、頷くしかないのだが、どうしても確認しなくてはならない事がある為、女に顔を向けて言う。

「なぁ、お前の事は知らないし、お前のマスターじゃないんだが、その・・・」

なんと言って良いか分からず女をチラチラ見ながら言い淀むがそんな俺を見て女の子が眉を顰める。

「なんだ?今度は服を脱げとでも言うのか?」

「違うわッ!!」

何て事を言い出すんだこの女は!?

「だったら何だ。お前が私のマスターだと言う事は変わらないだろ」

「何でそうなるのか分からんわ・・・まぁ、それはいい。俺が聞きたいのは―――」

女の子をまっすぐ見据えて俺は本題とも言うべき話題に触れる。

「―――お前、か?」

俺の前に立つ女はその言葉にピクリと片眉を上げる。
その顔は一際真剣なものだったがそこでは無い。

「何だその転移者と言うのは?どこかの国からして来た者と言う事か?」

ほらな?
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