異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第7章:愚者の目覚めは月の始まり編

第283話:研究素材

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「―――私は残るぞ」

「まぁ、そう言うと思ったよ・・・」

篤の変わらぬ物言いに俺は苦笑しながら返す。
場所は屋敷の庭の隅に態々作成した篤の工房の中なのだが、昨日の話し合いで早々にオルフェを発ち今起こっている連合軍と帝国との戦争に介入する事が決まったのでその報告を兼ねて、翌朝こうして工房を尋ねた訳である。
そこで一応聞いておくかと篤にも俺達に同行するかと尋ねると、戦争などくだらないと言い放ち行かないと断られた訳だ。

「暖も考え直せ。戦争などに手を出すより魔界でも攻略していた方が余程有意義だろう」

「まぁそうなんだけどね・・・」

悪魔の殲滅だけを考えれば、魔界を攻略してその最深部等に居る悪魔を狩った方が、帝国の裏で糸引いているかも知れない悪魔を引っ張り出すよりは余程確実だ。
だが、今回は少し見方を変える必要があると判断して決めたのだが、そんな話を篤にしてもさして興味が無さそうに淡白な反応しか返って来ず物足りなさを感じる。

「どちらにしろ此処に帰って来るのだろう?」

「・・・ん、そのつもり」

「なら私は此処で研究に没頭したい」

篤が一体何をやっているのか全く把握してなかったので、この機会に聞いてみる事にした。

「ってか、今何やってるわけ?」

「勿論、私の腕と暖――お前の装備を作成しようとしているのだが?」

「へ、へぇ・・・」

一体どんなものを創ろうと言うのだろうか・・・
篤の事だし、唯の義手な訳は当然無いのだろが、このファンタジー世界においてメカメカしいものは流石に創るまいと思うが、ここでリリが思い浮かぶ。

そう言えばアイツはロボだった・・・

どんな素材を用いてどんな機能を内蔵しているのか全く持って不明だが、感情もある様だしめちゃくちゃ強いしある意味究極のアンドロイドでは無いだろうか・・・
そんなリリがこの世界に存在するのだから、篤の創る義手に関してもロケットパンチくらいは出来そうだなと考え複雑な心境になった。

ファンタジーとは一体・・・

「なんだその顔は?」

「いや、何でも無い・・・」

「・・・そうか。だが、今とても高い壁にぶち当たっていてな。それを越えられず同志達と頑張ってみたものの未だに打開策を見い出せない」

「そうなの?篤の能力を使えばいくらでも発想なんて物は思い浮かぶと思ってたけど」

「そんなに万能では無い。この力を十全に使うにはある程度の発想力や閃きと言うものが必要になってくる。後は何かキッカケが有ればと言う所までは来ているのだがッ」

そんな話をしていると篤は段々とテンションが上がっていき、何だか不思議な様子を醸し出し始めた。
聞けば、もう数日は一睡もしておらず、篤以外の同志は今朝方ダウンして今は爆睡中の様だ。

工房の床で転がってるけど・・・

工房の奥の方の床で先程から豪快に鼾をかくコルとボンデラを視線の隅で捉えつつ、そう言う事だったのかと納得する。

「篤は寝ないで大丈夫なのか・・・?」

「あともう少しなのだッ、何かキッカケがあればぁぁッ―――む、そう言えば何か新しい素材は無いのか?」

巨人の謎の鎧を持って来て以来となる来訪に篤は期待する様な眼差しを向けるが、俺は頭を振る。

「無いよ。キッカケを与えられなくて申し訳無いけど」

「そうか・・・」

俺の返答に白地にガッカリして肩を落とす篤を見て、少しでも協力出来る事は無いかと考え始めたその時―――

「―――マスター、ここに居るのか?」

タイミングが良いのかどうかは分からないが、工房の入口の扉をノックする音と共にリリの声が聞こえて来た。

「む、誰か来たぞ――――と言うか、マスターとは?」

「・・・あぁ、それなんだが―――」

マスターとは誰の事を?と言う篤の問いに俺が答えようと口を開いたその瞬間―――

「私を待たせるとは何様のつもりだッ」

そんなリリの怒声とも取れる声と共に、工房の扉が凄まじい破壊音を伴って吹き飛び、木製のその扉がバラバラに砕け散った。

「おッ、お前ッ!?」

「何だ、居るんだったらさっさと返事をしろ」

心底、面倒臭そうにしながらリリが扉の無くなった入口から顔を出してそんな事を言う。

何様のつもりって・・・
俺はお前のマスターじゃ無いのか・・・?

「いや、お前が声を掛けてから多分二秒くらいしか経ってねぇだろ!?どんだけ気が短いんだお前はッ」

「二秒も私を待たせて反省の色が全く見えないとは偉くなったもんだなマスターも」

「・・・・・・」

此奴・・・

本当に俺との間に主従関係が成立しているのかと疑わざるを得ないその口振りに俺は頭を抱える。

「・・・・・・暖、誰だ其奴は」

完全に置いてけぼりを喰らった様な状態の篤が、当然現れたリリを見つめてそう言う。

「あぁ、此奴はリリって言ってこの間―――」

「そんな事より、今日の日課を忘れてるぞ」

「ぇ、日課?いや、そんなの無い―――」

俺の言葉を豪快にぶった斬り、意味不明な事を言い始めるリリに面食らい俺は戸惑う。

「ほら、脱ぎたてがいいんだろ?これをクンカクンカしないと一日が始まらないと言っていたしな」

「・・・はぇ?」

リリの言葉が俺には初めて聞いた言語かの様に理解出来なかった。
だが、そんな俺の心境などまるで無視してリリは徐に立ったまま自身の下着を脱ぎ始め、モゾモゾとしだした。
既に片足を下着から抜いたリリを見て俺は漸く我に返る。

「何やってんだよぉぉッ!もういいってそのネタは!何時まで引っ張るんだ!」

俺は叫びながらリリを止めようと詰め寄る。

「おっと――とッ」

それに対してリリは態とらしく片足立ちでよろめくが、絶対に態とだ。
日本の学生服を着たリリは当然スカートを穿いているが、そのスカートの丈は何故か結構短い。
そんな状態で下着を脱いだり、よろめいたり、更には片足立ちで飛び跳ねたりしたら、何とは言わないが色々と見えてしまう。
だが、それも計算尽くされたリリの謀略か、見えそうで見えない、そんな絶妙なバランスを保ちながら俺と押し問答をしていた。

「こらこら、そんな激しくするな」

「煩ぇ!それにその言い方やめろッッ」

まぁ、そんなやり取りを暫く繰り返していたが、急に「ちょっと待て」と真面目な顔で言い出したリリだったが、そこからいそいそと下着を吐き直しこう言い放った。

「こんな事に時間を使わせて何なんだお前は」

「それは俺の台詞だッ!!」

駄目だ此奴・・・
マジでポンコツだわ・・・

もう真面目に相手をするのも疲れたと俺は肩を落として項垂れた。
だが、篤はこの状況と言うか、リリが誰なのかすら分かって無いんだったと思い出し、悪いなと思いつつ振り返る。

「あれ??」

だが、そこには篤が居らず一瞬頭が混乱した―――が、直ぐに篤を見つけてそして視線を下へと向ける。

「お前、何やってんだよ・・・」

「――え、あッ、いやその・・・」

何故か篤が床に仰向けに寝転がり、鼻息を荒くしていたのだ。
俺の声にハッとして、モゾモゾとその場で立ち上がる篤だが―――

此奴・・・
絶対、リリのスカートの中覗こうとしてただろ・・・

俺の冷たい視線に気付いて篤が慌てて言い繕う。

「な、何を勘違いしているんだッ、決して本物を拝めるなどと思った訳じゃッ、見えそうで見えなくて焦れったかった訳じゃ無いぞ!!」

「・・・・・・・・・」

駄目だ、此奴・・・

ポンコツ二人をどう扱えばいいのか分からず途方に暮れているとリリが俺の傍に寄って来て言った。

「マスター、この変態は何だ?」

「お前が何だだよッ、ってかお前も変態だろ!」

もう一々反応するのは止めようと思っていたのだが、結局リリの言動に振り回されてしまい、どっと疲れが押し寄せる。

「んんッ、で、このレディは何処の何方かね、暖くん?」

何で今更紳士ぶるわけ・・・?

篤の言葉に大きく溜息を付きながら仕方が無いのでリリについて語った。
出会いから、リリの正体についてまで別に隠す必要も無いので話したのだが、俺の話を聞いている内に篤の表情が見る見ると変わっていった。

「―――まぁ、そんな感じでこれから一緒に行動していく事になった」

「・・・待て。ちょっと待て。いや、待ってくれ」

「はい?」

「待て待て待て。暖、ファンタジーだぞ?」

篤は、この世界はファンタジーの剣と魔法の世界なのに科学文明の申し子の様なリリが何故ここに居るんだと、そう言いたいのだろう。

俺も思ったよ・・・

「何故とかどうしてとか言われても俺にもリリにも答えられないからな。さっきも説明したがリリも記憶を無くしているか元々そんな情報を持ち合わせて無いか説明出来ない」

「・・・・・・・・・・・・」

俺の言葉が聞こえているのかそうで無いのか分からないが、篤は俯いてワナワナと震えていた。

「おい、どうした?」

「・・・・・・ッ」

ハァハァと激しく呼吸を繰り返し、それでも顔を上げない篤に若干不安になった俺は再び声を掛ける。

「お、おい、大丈夫―――」

「すぅんばらしぃぃぃッッッ!!!!」

「うぉッ!?」

「ッ!?」

突然、顔をガバリッと上げて唾を激しく飛ばしながら発狂する篤に俺は驚いた。
リリですら身体をビクリとさせ、咄嗟に俺の腕を掴んで後ろに隠れようとしたくらいだ。

「来た来た来た来たぁぁッッ!!来ましたよこれッ!!」

篤は「うひょー」とか言いながら飛び跳ねるが、俺達は呆気に取られ何が来たのか全く分からなかった。

「お、落ち着けよ・・・」

「これが落ち着いていられるかッ、早くッ、早くッ」

「い、いや、な、何が早くだよ!?全然分からないって」

「研究させてくれ!じっくり確り、隅々まで余す事無くッ、あぁッ!イケる、イケるぞ!」

駄目だ此奴・・・

結局完全にトリップした篤を宥めるのにかなりの時間を要した。
説明を求めるも要領を得なかったが、どうやらリリを形作る材質から何から全てをどうしても調べたいと言う事だった。
壁にぶち当たっていた篤はリリと言う存在に出会い、天啓を得たかの様に、水を得た魚の様に生き生きと、目を輝かせていた。
それを見て俺は、何だかほんの少し、本当にほんの少しだけ嬉しく思った。
リリは「絶対に嫌だ」と言っていたが、まだ俺達の出発も少し先だと言う事もあったのでリリにドヤ顔で言う。

「マスター権限の元に命じる!篤に協力し、包み隠さず全てをさらけ出せ!!」

そんな俺の言葉にリリは初めて見せる表情をする。
目を見開き、此奴本気か?と言わんばかりの表情を見て俺は満足してその場を篤に任せるとだけ告げて立ち去った。

後ろから「マ、マスターッ、待って――あッ、おい!触るなッ」とか色々と聞こえて来たが全て聞かなかった事にして俺は工房を後にした。

リリ・・・
篤の、マッドサイエンティスト具合に震えるが良いッ!

くははははッ
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