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第7章:愚者の目覚めは月の始まり編
第282話::正しき道
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「―――つまりお前は裏で悪魔と教会がバッチバチだと?」
「バッチバチって・・・や、まぁそうなんだけどさ」
困った様な表情を浮かべて男は苦笑する。
俺達は現在、屋敷の食堂に集まり男の話を聞き最近開始されたエバンシオ王国とモライアス公国の連合軍とハイスタード帝国の戦争に関する情報を精査している最中だ。
情報と言ってもこの男がそう言ってるだけで何の確証も無いのだが、一旦この男の能力については認めた形で話を進める。
だが、不確定な未来の情報から男自身が精査して語る内容はどうしても何らかの思考や思想、その時の精神状態その他諸々が影響して時には重要な情報を取り零す事もあるだろう。
だから全てを鵜呑みにはせずに一旦整理しているのだが―――
「教会は結局何がしたいんだ?」
そこが分からない。男が言うには連合軍側の裏にはエル教会が居て、帝国側の裏には悪魔が存在しているらしいが、今回の戦争は永らく安定していたホルスにある国境線を連合軍側が一方的に突破して帝国本土へ侵攻した事に始まる。
そもそもその国境も元々は帝国が侵攻して来た事により引き下げざるを得なかった背景があり、本来なら公国の土地なのだ。
なので連合軍が侵攻していると言うのも少しおかしな表現ではあるが、ホルスに制定された不可侵条約も一方的に破棄され現在は連合軍がホルスを占拠している。
それを帝国が奪い返そうとはしているらしいが、連合軍の電撃作戦が成功し、帝国領内に深く迅速にくい込んだ部隊を後追いで前線に居た帝国軍の部隊が追い掛けて行きどうも人員不足は否めない様だった。
「勢力拡大は勿論なんだけど、その背景には恐らく何かもっと大きな計画が存在している筈なんだ」
「筈って何だよ・・・そこは分かるだろ」
「・・・・・・今は言えない。キミ達にそこに意識を少しでも回して欲しくないしそうなってしまうと良く無い。今の段階では教会が裏で糸を引いていると思って貰って構わない」
「うーん・・・」
肝心な所を濁す男に不信感はある。あるのだが、教会の裏に何者かが居たとしてそれが何だと言うのだろうか。
とりあえずは連合軍と帝国軍の裏には教会と悪魔が存在する。それだけ分かっていれば今の所は問題無いかと思った。
「帝国の裏には悪魔が居ると言ったが、それはどう言う事じゃ」
それ迄黙って聞いていたアリシエーゼかま口を開き男に質問する。
それを受けて男は顔をアリシエーゼに向けるが、その表情は何とも言えないものだった。
「どれくらい前からかは分からないけど、恐らく帝国が公国領に手を出して来た頃には既に悪魔は帝国の奥底に根付いていたと言っていい。今回帝国は後手に回ってる様だけどボクにはそれすら計算されている様に思えるんだ・・・」
帝国はかなり昔から悪魔に牛耳られている―――
その事に少なからず仲間達に動揺が走る。
だがそうなると疑問も湧いてくる。
「悪魔はそもそも地上へは出て来れないだろ?それなのにどうやって帝国に干渉したり出来るんだ?」
ホルスで悪魔達は確かにそう言っていた。
地上に干渉出来る様に煉獄とでも言うべき領域を拡大しようと躍起になっていたくらいだし、そこは本当なのだろう。
それならば地上に出て来れない悪魔達がどうやって地上の帝国と言う国家に対して干渉出来ると言うのか。
「教会はひた隠しにしてるけど、抜け道はある。余りにも強大な悪魔は別としても地上を混沌に陥れようとする悪魔は確実に存在するよ」
「・・・・・・」
男の言う事を全て信じるか否かは置いておいて、そう言った事も有り得るかと一旦納得する事にした。
「まぁ、そう言う訳だからどっちに勝たせてもどうも良く無い事が起こりそうだと言うのがボクの見解だよ」
そう言って大きく息を吐く男は椅子の背もたれには背を預けて弱々しく笑う。
話は大体分かったが、だからと言って俺達が出張った所で何が変わると言うのかが疑問だった。
「で、俺達に何をさせたいんだ?」
「ちょっと待ちなさい!そんなの決まってるじゃない!」
いきなり凄い剣幕で俺の隣で話を聞いていたイリアが口を開くが、何故そんなに怒っているのか分からなかった。
「いや、何でそんな怒ってるわけ?一旦落ち着いて―――」
「帝国は悪魔と繋がってるんでしょ!?だったら叩くべきは帝国でしょう!?」
「まぁ、普通はそうなんだが、此奴が言うには連合軍の裏には―――」
「だから!教会は悪魔と戦っているって事でしょ!?ならどっちに付くかなんて決まってるじゃないッ、それに何でこんな名前も知らない奴の言う事聞かなきゃならないのよ!?」
そう言ってイリアはビシッと人差し指を椅子に腰掛ける男に向かって突き出す。
確かに名前も聞いて無かったな・・・
イリアの指摘でそれを思い出すが、俺は名前は別として男の正体は大体想像出来ていた。
それはアリシエーゼも同じだろう。
「ははッ、そうだったね。まだ自己紹介してなかった。ボクの名前は新井光(あらいひかる)。生まれは暖くんと同じだよ」
「え、あ、はい。ご丁寧にどうも―――って!そうじゃない!そんな事はどうでいいのよッ、私達のやるべき事は決まったんだからさっさと動きましょうよ」
新井光と名乗った男は、イリアの発言に苦笑いしながら此方を見る。
やっぱりな
日本人顔で名前まで日本人。それに神様に貰ったかの様な特別な能力を有してるとなると、此奴が転移者なのほ明らかだった。
「ボクが転移者だって分かってたと言いたげだね?」
「そりゃそうだろ。こんな日本人顔の現地人、この世界では見た事ねぇしな。それにお前、気付いて無いかも知れないけど言葉が良く聞くとまだぎこち無いぞ?」
「えッ、本当に!?そうかぁ、完璧だと思ったんだけどなぁ・・・」
そう言って光は頭を搔く。話す言葉はこの世界の言葉だが、良く聞くとカタコトの様に聞こえなくは無い。
自分の能力を使ったのか、それとも自力で覚えたのかは知らないが日本人顔で言葉は若干ぎこち無く、とんでも無い能力も持っているとなったらそりゃ俺達と同じ転移者だと思うだろう。
「何ッ!?そうじゃったのか!」
あ、あれ・・・
てっきりアリシエーゼも気付いていると思っていたかそうでは無かった様で驚いているアリシエーゼを無視して俺はイリアに語り掛ける。
「お前はこの戦争に仲介して何がしたいんだ?」
「は?何って何よ!?私は帝国がした事の報いを受けさせるべきだと思ってるだけよッ」
「つまり、今はまだ局所的な戦闘で済んでるこの戦いを全面戦争に発展させて、完膚無きまでに帝国を叩いて降伏させる事がお前の目的なのか?」
「ち、違ッ―――でも帝国がやって来た事は許される事では無いわ!それに帝国は悪魔と繋がってるんでしょ!?だったら人類の敵じゃない!」
「だから帝国など滅んで良いと?」
「だからそうじゃ無いって・・・」
イリアは感情に任せて憤っていたが、俺の淡々とした問いに自問しながら答えていく。
その内に自分自身が何を望んでいるのか考え少し分からなくなって来たのだろう。
一旦、怒りの感情が萎んで行くのが見て取れた。
イリアが過去、聖女として何を見た来たのかは分からない。
帝国の残虐非道な行いや、その爪痕、侵略行為のその後を見て何を考えたのかも分からない。
だから憤っているその感情は正しいのかも知れない。
だがそれで帝国が滅びれば、もっと言えば帝国に済む一般の何気無い時を日々享受している人々を苦しませるのは違うとは思う。
「光が言う事を信じるならば、連合軍、帝国どっちが悪いって話じゃ無いんだと思うぞ。勿論、帝国がやった事は何らかの形でいつかほ償わせないといけないかも知らないけど、今はそれよりもこの戦争を止めて、裏で糸引く連中の思い通りにはさせない方がいいと思うんだよ俺は」
あくまで俺個人の考えであってこれは仲間達の総意では無い。
当然イリアの様に別の考え方を持っている奴も居るだろうし、そもそも戦争に加担したくは無いと思う奴も居るだろうが、俺の考えを丁度良いと思いそのまま語った。
帝国の裏に悪魔が存在すると言うならば、それを引き摺り出して殺せば良いし、教会がこの戦争を利用して何の罪も無い人々を苦しませる様なら教会もぶっ壊してしまえば良いと思うがそれは口には出さなかった。
「全然話に着いていけないが、結局旦那は悪魔ぶっ殺しに行くんだろ?」
「そうだな、人間様の世界で裏でコソコソやってる悪魔が居るって考えただけで虫酸が走るだろ?」
「あぁ、そいつの首を捥いで剣にでもぶっ刺して街を練り歩きたいぜッ」
ドエインの行動原理はホルスから一貫している。
結局は俺と同じ場所を目指しているし、そうならばこの戦いも何も言わず着いて来るのは必然だった。
デス隊は特に何も言わない。肯定も否定もしない彼等も行動原理は一貫している。
俺の為に動いて俺の為に死ぬ。その場所が魔界だろうが戦場だろうが関係無いのだ。
モニカは渋ってはいるが結局ユーリーは俺に着いて行くと聞かないので早々に諦めているが、サリーは違った。
「私は・・・どうするべきかしら」
ガバリス大司教から受けた依頼は、オルフェの魔界の調査、攻略と帝国の動向を探る事であったが、あの魔界自体がリリの眠る格納庫の様な場所であると判定した以上、攻略に何の意味も無くなる。
それに、仮に帝国の上層部が彼処がリリの眠る場所だと知っていたとしたら、それはもしかしたららリリを手に入れようと画策していたのかも知れないし、そうならば帝国の目的も分かった事になる。
それに、リリに関する事を仮に悪魔から情報を得ていたと言うならば悪魔との繋がりも、リリに付いて知っていた事も説明が付く。
何で悪魔側がリリを知っていたのかは説明出来ないけどな・・・
なので、サリーは俺達に依頼に同行する形で着いて来ている以上、一旦この結果や推測を依頼主であるガバリス大司教に報告し、仮ではあるが依頼完了とする方向にするのが普通だと思った。
だとしたらサリーが今後俺達に着いて来る必要は全く無いのだが、現状ガバリス大司教と連絡が取れない状況であるので、そう言った意味でもサリー自身悩んでいるのだろう。
「―――そうそう、ガバリス大司教だけど、今はホルスには居ないと思うよ」
「・・・それはどう言う事?」
突然の光の告白にサリーは一瞬目を細める。
「帝国も連合の裏に教会が居ると言う事は分かってるんじゃないかな?だから、教会のそれもかなり地位の高いガバリス大司教は交渉なり何なりに大いに役立つと考えてる筈だよ」
そしてそんなガバリス大司教はホルスから帝国により本国へと輸送されていると光は言った。
連合軍が攻め入ってるので同じ経路は辿れないので迂回して首都までは入らなくてはならず、まだ輸送途中で暫くは到着しないだろうとも光は言った。
「・・・・・・そう」
それを聞き一言サリーはそう言って、そして俺を見つめる。
わーかったよ・・・
分かってます
「まぁ、依頼主が死んじまったら報酬が貰えないしな」
俺はそう嘯いて、暗に次いでにガバリス大司教を救出する事を約束した。
「・・・・・・ありがと」
俺の言動に表情は変えなかったが、サリーが小さく呟く。
それを聞こえていないフリをして話を続けたが、何だか格好付け過ぎたか?と考えて妙に身体がむず痒くなった。
「イリア様・・・」
「・・・・・・」
ダグラスの声が聞こえて其方を見ると、ダグラスが心配そうにイリアに声を掛けていた。
それに反応せずにイリアは俯き何かをジッと考えている様だった。
「・・・・・・許せないのよ」
「ん、何がだ?」
「何故、人の土地を土足で踏み躙って、そこで暮らしていた人々の生活をッ、人生を奪って平気な顔をしてられるのよ!?しかも悪魔と繋がって手を組んで!そんな国存在しちゃ駄目じゃない!」
「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
突然、自身の想いを吐露するイリアに皆押し黙った。
本当にその気持ちは分からなくは無いが、先程も言った通りですの逆は良いのかと言う事になる。
「その気持ち分からなくは無いけど、帝国で暮らす一般の―――」
「分かってるわよ!でもッ、今もまだあの時の帝国の行いの影響で苦しんでる人達はいっぱい居るのよ!?なのにどうして帝国に住む人達がッ――――――ぁ」
激しく感情を顕にしていたイリアが言葉を途中で止める。
どうしたのかとイリアの視線の先を見ると、そこには食堂の隅でジッと黙ってことの成行を見つめるイエニエスさん一家が居た。
「・・・・・・」
イエニエスさん一家は帝国民だ。
生まれてからずっと帝国で育った彼等は今の会話をどう言う心境で聞いていたのだろうか。
少し配慮が足りなかったと思っていると、徐にイエニエスさんが口を開く。
「・・・・・・イリア様、大変申し訳御座いませんでした」
「ぇ・・・?」
イエニエスさんは頭を深々と下げて謝罪の言葉を口にする。
妻のテテスさんも、娘のクリスさんも同じ様に何も言わないが深々と頭をただ下げる。
「な、何で貴方達が、謝る―――んですか」
「・・・・・・私共は自らの国が行った行為を深く考えもせず今迄のうのうと暮らして来ました。私は妻は国が行った行いを理解はしていましたが、それを悪とは思っていませんでした。娘はあの当時は産まれたばかりでしたが、私達は自らの生活の事だけを考えて、公国や王国で暮らす方のことなど僅かばかりも考えておらずーーー今まで幸せを享受していた私共をどうかお許し下さい」
「ぁ、そ、そんな・・・私はそう言うつもりじゃ」
益々頭を下げて謝るイエニエスさん達に、イリアはたじろぐ。
だが、イリアの言っている事はイエニエスさんが受け取った通りにも思える。
侵略した側の人間が幸せに暮らすとは何たる事か、された側は今でも苦しんでいるのに何故のうのうと生きている、お前達に幸せを享受する資格は無い、国と共に滅びろ。
そう言っていると思われても仕方が無いのかも知れない。
イエニエスさん達が本当の心の奥底でどう思っているのかなど分かる訳は無いのだが、双方様々な想いがある事は明らかだった。
「・・・イリア、俺は戦争自体が悪だと思ってる。でもそこで暮らす一般の人々の多くは、例外も居るだろうがそう言った人達は何の罪も無いよ。でも、無知や無関心が罪である事もまた事実だとは思う。けど、俺達は知ったんだ、無知じゃ無い。だったら何をすべきかは考えなきゃならないんだよ」
「・・・・・・・・・」
俺なんかが何を諭してるんだと自分自身思わなくは無いが、イリアやイエニエスさんには憎しみだけで動いて欲しくは無いと思った。
そこから重たい空気が立ち込める食堂だったが、イリアはイエニエスさん達に頭を下げて謝罪した。
「・・・ごめんなさい、私どうかしてたかも」
「・・・いえ、私共の方こそもっと早くこの事に関して考えるべきでした」
ぎこち無いその言動を見つつも俺達の次の行動は概ね決まったので、今日はここまでにしようと皆を解散させた。
「イエニエスさん達とちゃんと話したらどうだ?」
「・・・うん、そうする。ありがと」
俺の提案に力無くそう言ったイリアはフラフラとイエニエスさんの元に歩いて行った。
それを見送りダグラスに視線を向ける。
「・・・」
俺の視線を受けてダグラスは無言で頷きイリアの後を追う。
任せて大丈夫だろう、イリアならきっと正しい答えに自ら進んで行ける。そう思いながら俺も食堂を後にしようと歩き始めると、横から声が掛かる。
「あー、えっと・・・今日泊めてくれない、かな?」
若干申し訳無さそうにしながらそう言った光を見て俺は溜息が漏れる。
はぁ・・・
そう言えば此奴居たんだった・・・
「バッチバチって・・・や、まぁそうなんだけどさ」
困った様な表情を浮かべて男は苦笑する。
俺達は現在、屋敷の食堂に集まり男の話を聞き最近開始されたエバンシオ王国とモライアス公国の連合軍とハイスタード帝国の戦争に関する情報を精査している最中だ。
情報と言ってもこの男がそう言ってるだけで何の確証も無いのだが、一旦この男の能力については認めた形で話を進める。
だが、不確定な未来の情報から男自身が精査して語る内容はどうしても何らかの思考や思想、その時の精神状態その他諸々が影響して時には重要な情報を取り零す事もあるだろう。
だから全てを鵜呑みにはせずに一旦整理しているのだが―――
「教会は結局何がしたいんだ?」
そこが分からない。男が言うには連合軍側の裏にはエル教会が居て、帝国側の裏には悪魔が存在しているらしいが、今回の戦争は永らく安定していたホルスにある国境線を連合軍側が一方的に突破して帝国本土へ侵攻した事に始まる。
そもそもその国境も元々は帝国が侵攻して来た事により引き下げざるを得なかった背景があり、本来なら公国の土地なのだ。
なので連合軍が侵攻していると言うのも少しおかしな表現ではあるが、ホルスに制定された不可侵条約も一方的に破棄され現在は連合軍がホルスを占拠している。
それを帝国が奪い返そうとはしているらしいが、連合軍の電撃作戦が成功し、帝国領内に深く迅速にくい込んだ部隊を後追いで前線に居た帝国軍の部隊が追い掛けて行きどうも人員不足は否めない様だった。
「勢力拡大は勿論なんだけど、その背景には恐らく何かもっと大きな計画が存在している筈なんだ」
「筈って何だよ・・・そこは分かるだろ」
「・・・・・・今は言えない。キミ達にそこに意識を少しでも回して欲しくないしそうなってしまうと良く無い。今の段階では教会が裏で糸を引いていると思って貰って構わない」
「うーん・・・」
肝心な所を濁す男に不信感はある。あるのだが、教会の裏に何者かが居たとしてそれが何だと言うのだろうか。
とりあえずは連合軍と帝国軍の裏には教会と悪魔が存在する。それだけ分かっていれば今の所は問題無いかと思った。
「帝国の裏には悪魔が居ると言ったが、それはどう言う事じゃ」
それ迄黙って聞いていたアリシエーゼかま口を開き男に質問する。
それを受けて男は顔をアリシエーゼに向けるが、その表情は何とも言えないものだった。
「どれくらい前からかは分からないけど、恐らく帝国が公国領に手を出して来た頃には既に悪魔は帝国の奥底に根付いていたと言っていい。今回帝国は後手に回ってる様だけどボクにはそれすら計算されている様に思えるんだ・・・」
帝国はかなり昔から悪魔に牛耳られている―――
その事に少なからず仲間達に動揺が走る。
だがそうなると疑問も湧いてくる。
「悪魔はそもそも地上へは出て来れないだろ?それなのにどうやって帝国に干渉したり出来るんだ?」
ホルスで悪魔達は確かにそう言っていた。
地上に干渉出来る様に煉獄とでも言うべき領域を拡大しようと躍起になっていたくらいだし、そこは本当なのだろう。
それならば地上に出て来れない悪魔達がどうやって地上の帝国と言う国家に対して干渉出来ると言うのか。
「教会はひた隠しにしてるけど、抜け道はある。余りにも強大な悪魔は別としても地上を混沌に陥れようとする悪魔は確実に存在するよ」
「・・・・・・」
男の言う事を全て信じるか否かは置いておいて、そう言った事も有り得るかと一旦納得する事にした。
「まぁ、そう言う訳だからどっちに勝たせてもどうも良く無い事が起こりそうだと言うのがボクの見解だよ」
そう言って大きく息を吐く男は椅子の背もたれには背を預けて弱々しく笑う。
話は大体分かったが、だからと言って俺達が出張った所で何が変わると言うのかが疑問だった。
「で、俺達に何をさせたいんだ?」
「ちょっと待ちなさい!そんなの決まってるじゃない!」
いきなり凄い剣幕で俺の隣で話を聞いていたイリアが口を開くが、何故そんなに怒っているのか分からなかった。
「いや、何でそんな怒ってるわけ?一旦落ち着いて―――」
「帝国は悪魔と繋がってるんでしょ!?だったら叩くべきは帝国でしょう!?」
「まぁ、普通はそうなんだが、此奴が言うには連合軍の裏には―――」
「だから!教会は悪魔と戦っているって事でしょ!?ならどっちに付くかなんて決まってるじゃないッ、それに何でこんな名前も知らない奴の言う事聞かなきゃならないのよ!?」
そう言ってイリアはビシッと人差し指を椅子に腰掛ける男に向かって突き出す。
確かに名前も聞いて無かったな・・・
イリアの指摘でそれを思い出すが、俺は名前は別として男の正体は大体想像出来ていた。
それはアリシエーゼも同じだろう。
「ははッ、そうだったね。まだ自己紹介してなかった。ボクの名前は新井光(あらいひかる)。生まれは暖くんと同じだよ」
「え、あ、はい。ご丁寧にどうも―――って!そうじゃない!そんな事はどうでいいのよッ、私達のやるべき事は決まったんだからさっさと動きましょうよ」
新井光と名乗った男は、イリアの発言に苦笑いしながら此方を見る。
やっぱりな
日本人顔で名前まで日本人。それに神様に貰ったかの様な特別な能力を有してるとなると、此奴が転移者なのほ明らかだった。
「ボクが転移者だって分かってたと言いたげだね?」
「そりゃそうだろ。こんな日本人顔の現地人、この世界では見た事ねぇしな。それにお前、気付いて無いかも知れないけど言葉が良く聞くとまだぎこち無いぞ?」
「えッ、本当に!?そうかぁ、完璧だと思ったんだけどなぁ・・・」
そう言って光は頭を搔く。話す言葉はこの世界の言葉だが、良く聞くとカタコトの様に聞こえなくは無い。
自分の能力を使ったのか、それとも自力で覚えたのかは知らないが日本人顔で言葉は若干ぎこち無く、とんでも無い能力も持っているとなったらそりゃ俺達と同じ転移者だと思うだろう。
「何ッ!?そうじゃったのか!」
あ、あれ・・・
てっきりアリシエーゼも気付いていると思っていたかそうでは無かった様で驚いているアリシエーゼを無視して俺はイリアに語り掛ける。
「お前はこの戦争に仲介して何がしたいんだ?」
「は?何って何よ!?私は帝国がした事の報いを受けさせるべきだと思ってるだけよッ」
「つまり、今はまだ局所的な戦闘で済んでるこの戦いを全面戦争に発展させて、完膚無きまでに帝国を叩いて降伏させる事がお前の目的なのか?」
「ち、違ッ―――でも帝国がやって来た事は許される事では無いわ!それに帝国は悪魔と繋がってるんでしょ!?だったら人類の敵じゃない!」
「だから帝国など滅んで良いと?」
「だからそうじゃ無いって・・・」
イリアは感情に任せて憤っていたが、俺の淡々とした問いに自問しながら答えていく。
その内に自分自身が何を望んでいるのか考え少し分からなくなって来たのだろう。
一旦、怒りの感情が萎んで行くのが見て取れた。
イリアが過去、聖女として何を見た来たのかは分からない。
帝国の残虐非道な行いや、その爪痕、侵略行為のその後を見て何を考えたのかも分からない。
だから憤っているその感情は正しいのかも知れない。
だがそれで帝国が滅びれば、もっと言えば帝国に済む一般の何気無い時を日々享受している人々を苦しませるのは違うとは思う。
「光が言う事を信じるならば、連合軍、帝国どっちが悪いって話じゃ無いんだと思うぞ。勿論、帝国がやった事は何らかの形でいつかほ償わせないといけないかも知らないけど、今はそれよりもこの戦争を止めて、裏で糸引く連中の思い通りにはさせない方がいいと思うんだよ俺は」
あくまで俺個人の考えであってこれは仲間達の総意では無い。
当然イリアの様に別の考え方を持っている奴も居るだろうし、そもそも戦争に加担したくは無いと思う奴も居るだろうが、俺の考えを丁度良いと思いそのまま語った。
帝国の裏に悪魔が存在すると言うならば、それを引き摺り出して殺せば良いし、教会がこの戦争を利用して何の罪も無い人々を苦しませる様なら教会もぶっ壊してしまえば良いと思うがそれは口には出さなかった。
「全然話に着いていけないが、結局旦那は悪魔ぶっ殺しに行くんだろ?」
「そうだな、人間様の世界で裏でコソコソやってる悪魔が居るって考えただけで虫酸が走るだろ?」
「あぁ、そいつの首を捥いで剣にでもぶっ刺して街を練り歩きたいぜッ」
ドエインの行動原理はホルスから一貫している。
結局は俺と同じ場所を目指しているし、そうならばこの戦いも何も言わず着いて来るのは必然だった。
デス隊は特に何も言わない。肯定も否定もしない彼等も行動原理は一貫している。
俺の為に動いて俺の為に死ぬ。その場所が魔界だろうが戦場だろうが関係無いのだ。
モニカは渋ってはいるが結局ユーリーは俺に着いて行くと聞かないので早々に諦めているが、サリーは違った。
「私は・・・どうするべきかしら」
ガバリス大司教から受けた依頼は、オルフェの魔界の調査、攻略と帝国の動向を探る事であったが、あの魔界自体がリリの眠る格納庫の様な場所であると判定した以上、攻略に何の意味も無くなる。
それに、仮に帝国の上層部が彼処がリリの眠る場所だと知っていたとしたら、それはもしかしたららリリを手に入れようと画策していたのかも知れないし、そうならば帝国の目的も分かった事になる。
それに、リリに関する事を仮に悪魔から情報を得ていたと言うならば悪魔との繋がりも、リリに付いて知っていた事も説明が付く。
何で悪魔側がリリを知っていたのかは説明出来ないけどな・・・
なので、サリーは俺達に依頼に同行する形で着いて来ている以上、一旦この結果や推測を依頼主であるガバリス大司教に報告し、仮ではあるが依頼完了とする方向にするのが普通だと思った。
だとしたらサリーが今後俺達に着いて来る必要は全く無いのだが、現状ガバリス大司教と連絡が取れない状況であるので、そう言った意味でもサリー自身悩んでいるのだろう。
「―――そうそう、ガバリス大司教だけど、今はホルスには居ないと思うよ」
「・・・それはどう言う事?」
突然の光の告白にサリーは一瞬目を細める。
「帝国も連合の裏に教会が居ると言う事は分かってるんじゃないかな?だから、教会のそれもかなり地位の高いガバリス大司教は交渉なり何なりに大いに役立つと考えてる筈だよ」
そしてそんなガバリス大司教はホルスから帝国により本国へと輸送されていると光は言った。
連合軍が攻め入ってるので同じ経路は辿れないので迂回して首都までは入らなくてはならず、まだ輸送途中で暫くは到着しないだろうとも光は言った。
「・・・・・・そう」
それを聞き一言サリーはそう言って、そして俺を見つめる。
わーかったよ・・・
分かってます
「まぁ、依頼主が死んじまったら報酬が貰えないしな」
俺はそう嘯いて、暗に次いでにガバリス大司教を救出する事を約束した。
「・・・・・・ありがと」
俺の言動に表情は変えなかったが、サリーが小さく呟く。
それを聞こえていないフリをして話を続けたが、何だか格好付け過ぎたか?と考えて妙に身体がむず痒くなった。
「イリア様・・・」
「・・・・・・」
ダグラスの声が聞こえて其方を見ると、ダグラスが心配そうにイリアに声を掛けていた。
それに反応せずにイリアは俯き何かをジッと考えている様だった。
「・・・・・・許せないのよ」
「ん、何がだ?」
「何故、人の土地を土足で踏み躙って、そこで暮らしていた人々の生活をッ、人生を奪って平気な顔をしてられるのよ!?しかも悪魔と繋がって手を組んで!そんな国存在しちゃ駄目じゃない!」
「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
突然、自身の想いを吐露するイリアに皆押し黙った。
本当にその気持ちは分からなくは無いが、先程も言った通りですの逆は良いのかと言う事になる。
「その気持ち分からなくは無いけど、帝国で暮らす一般の―――」
「分かってるわよ!でもッ、今もまだあの時の帝国の行いの影響で苦しんでる人達はいっぱい居るのよ!?なのにどうして帝国に住む人達がッ――――――ぁ」
激しく感情を顕にしていたイリアが言葉を途中で止める。
どうしたのかとイリアの視線の先を見ると、そこには食堂の隅でジッと黙ってことの成行を見つめるイエニエスさん一家が居た。
「・・・・・・」
イエニエスさん一家は帝国民だ。
生まれてからずっと帝国で育った彼等は今の会話をどう言う心境で聞いていたのだろうか。
少し配慮が足りなかったと思っていると、徐にイエニエスさんが口を開く。
「・・・・・・イリア様、大変申し訳御座いませんでした」
「ぇ・・・?」
イエニエスさんは頭を深々と下げて謝罪の言葉を口にする。
妻のテテスさんも、娘のクリスさんも同じ様に何も言わないが深々と頭をただ下げる。
「な、何で貴方達が、謝る―――んですか」
「・・・・・・私共は自らの国が行った行為を深く考えもせず今迄のうのうと暮らして来ました。私は妻は国が行った行いを理解はしていましたが、それを悪とは思っていませんでした。娘はあの当時は産まれたばかりでしたが、私達は自らの生活の事だけを考えて、公国や王国で暮らす方のことなど僅かばかりも考えておらずーーー今まで幸せを享受していた私共をどうかお許し下さい」
「ぁ、そ、そんな・・・私はそう言うつもりじゃ」
益々頭を下げて謝るイエニエスさん達に、イリアはたじろぐ。
だが、イリアの言っている事はイエニエスさんが受け取った通りにも思える。
侵略した側の人間が幸せに暮らすとは何たる事か、された側は今でも苦しんでいるのに何故のうのうと生きている、お前達に幸せを享受する資格は無い、国と共に滅びろ。
そう言っていると思われても仕方が無いのかも知れない。
イエニエスさん達が本当の心の奥底でどう思っているのかなど分かる訳は無いのだが、双方様々な想いがある事は明らかだった。
「・・・イリア、俺は戦争自体が悪だと思ってる。でもそこで暮らす一般の人々の多くは、例外も居るだろうがそう言った人達は何の罪も無いよ。でも、無知や無関心が罪である事もまた事実だとは思う。けど、俺達は知ったんだ、無知じゃ無い。だったら何をすべきかは考えなきゃならないんだよ」
「・・・・・・・・・」
俺なんかが何を諭してるんだと自分自身思わなくは無いが、イリアやイエニエスさんには憎しみだけで動いて欲しくは無いと思った。
そこから重たい空気が立ち込める食堂だったが、イリアはイエニエスさん達に頭を下げて謝罪した。
「・・・ごめんなさい、私どうかしてたかも」
「・・・いえ、私共の方こそもっと早くこの事に関して考えるべきでした」
ぎこち無いその言動を見つつも俺達の次の行動は概ね決まったので、今日はここまでにしようと皆を解散させた。
「イエニエスさん達とちゃんと話したらどうだ?」
「・・・うん、そうする。ありがと」
俺の提案に力無くそう言ったイリアはフラフラとイエニエスさんの元に歩いて行った。
それを見送りダグラスに視線を向ける。
「・・・」
俺の視線を受けてダグラスは無言で頷きイリアの後を追う。
任せて大丈夫だろう、イリアならきっと正しい答えに自ら進んで行ける。そう思いながら俺も食堂を後にしようと歩き始めると、横から声が掛かる。
「あー、えっと・・・今日泊めてくれない、かな?」
若干申し訳無さそうにしながらそう言った光を見て俺は溜息が漏れる。
はぁ・・・
そう言えば此奴居たんだった・・・
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