異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第7章:愚者の目覚めは月の始まり編

第286話:一人時間

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「忘れ物無いか!?いいな、暫く帰って来れないんだからなッ」

久々の登場のゴリアテに乗り込んだ俺達は、御者を担当するドエインの叫びに、荷台と御者台を隔てる木製の壁を叩いて意思表示する。
俺達の返事を受けてドエインが御者台から黒王の様なもの凄いゴツくてデカい馬を操り馬車が動き出す。
外からイエニエスさんの声が聞こえた気がしたので荷台と言う名の客室の二階に上がり、更にそこから屋上へと梯子を駆け上がる。

「皆様ッ、いってらっしゃいませ!」

屋上から屋敷を見ると、イエニエスさん一家が手を振り見送ってくれていたので、屋上に出た俺とモニカ、ユーリーにムネチカが手を振り挨拶をした。
馬車は屋敷を出ると直ぐに右方向に曲がり、西地区の入口である大きな門まで進んで行く。

「結構が居るな・・・」

「皆さん戦場に赴かれるんですかね?」

「だと思うぞ」

モニカとそんなやり取りをしつつ、西門から出るであろう者達が作る列に目をやる。
数十の馬車が列を作っているが、西門で何かしら検査なりがあるのだろうか、なかなか列は進まなかった。
それでもここでゴネても仕方ないので俺達は素直に列に並び自分達の順番を静かに待つ。

結局は特に問題無くオルフェの外へは出る事が出来たが、当然ながらゴリアテに門兵は腰を抜かす勢いで驚いていたし、めちゃくちゃ怪しんでいたがその辺りの面倒臭いやり取りは全て俺の能力ですっ飛ばした。

「オルフェからも傭兵がどんどん前線に向かってるみたいだな」

「まぁ、稼ぎ時じゃからのう」

「今は膠着状態みたいだし、今の内に移動すれば大きな戦いに参加出来るって考えかしらね?」

今、連合軍と帝国軍は正面切って睨み合ってはいるが、それは本隊同士がと言う話だ。
恐らく局所的に色々な場所で今も戦闘は続いているだろうし、敵地に強襲を掛けたのに途中で敢えて本体を動かさずに帝国と相対している連合軍の動きも妙と言えば妙なのだが・・・

「まぁ、でも流石にオルフェまでは戦火は届いて無いし暫くは何も無いだろ」

俺は呑気にそう言って、ゴリアテの一階に備え付けられているベッドに寝転がる。
このゴリアテは壁に収納出来る机やベッドが無数に装備されており、二階も同じ様な作りになっているのだが、二階は現在デス隊とユーリーがなにやら戦争ごっこをすると言って遊んでいる最中なのだ。
ユーリーに、一緒に遊ぼうと言われたが何が悲しくて今から戦争をしに行くのに、戦争ごっこで遊ばなければならないのだろうかと疑問に思ってしまった為丁重に断り、代わりにデス隊を生贄に捧げたのだ。
モニカとサリーも一緒に二階に上がった為、現在一階には俺とアリシエーゼ、イリアにリリしか居ない。

「あの胡散臭い男は結局参加しなかったのじゃな」

「胡散臭いって・・・まぁ分からなくも無いが―――」

アリシエーゼは光を思い出してそう言って鼻を鳴らす。
昨晩急に、「ボクはやる事あるからそっちは任せるね」と言って出て行ったのだ。
完全に一緒に行動をすると思っていただけに衝撃的だったのだが、そもそも光から言い出した事である今回の行動なのだが、発案者が居なくて何をしろと言うのだろうかと今もその答えは出ずにいた。

「―――とりあえず俺達がどうするかは戦況もそうだけど色々自分達で見てから決めよう」

俺の言葉に皆頷くと篤が本気を出して作ったゴリアテの乗り心地の良さを皆静かに堪能するのであった。

結局その日は特に何も起きず只管進むだけだったが、同じ日にオルフェを出た傭兵達が乗っているであろう馬車とすれ違ったり追い抜かれたりした。
野営の準備を始めるが、基本的には食事は飴でも降らない限りゴリアテの外で行う為、食事の準備を淡々と進めて食事をし、篝火を用意して一応順番を決めて警備の任に付く者と寝る者で別れる。
ゴリアテはゴブリン程度が破壊しようとしても早々壊せる代物では無いのだが、何があるか分からないので面倒でも夜警はする必要があるのだ。

さて、今日修行を開始しますかッ

三交代制の夜警の二番目となった俺はマサムネに起こされてそそくさとゴリアテの外に出る。
外にはマサムネの他にリリもいたのである程度の担当範囲を決めて直ぐに別れた。
と言っても基本的には焚き火を囲んで時折、それぞれ辺りを警戒しに行くと言う様な事しかしないのだが、俺はこの時くらいしか一人になる時間は無いので、この時間を有意義に使う所存だ。

先日、リリにボコされてから俺は影移動のレベルアップに勤しんでいた。
だが、レベルアップと言ってもどうすれば良いのか全く分からず、アリシエーゼに聞いてみるも「知らん」としか言われなかった。
なので明確なビジョンを持って何か特別な事をしている訳では無いのだが、先ずは慣れだろうと思ってとりあえず使いまくる事にしていた。

幸いと言うかなんと言うか、この技はゲームの様に何かしらスキルポイントなりを使って発動する分けでは無い。
原則的にはノー代償なのだ。だが、アリシエーゼですら根本が分かっていないこの技を多用するのは憚られるが、そんな事も言ってられないと思うくらいには焦っていた。

もうリリにボコされる訳にはいかんしな・・・

そんな事を考えつつ俺は影移動を繰り返して夜空を翔ける。
文字通り翔けているかの様に連続して影移動を使っているだけだが、最初はジャンプした先に影を出現させその中に飛び込む。
目標地点は適当だ空高く――それこそ数十メートルの高さまで一気に移動する。
空中に出現すれば当然だが重力に引かれて落下する。
その落下を足元に影を出現させて移動の足掛かりとして、今度は目標地点を目線の先数メートルに設定する。
実際俺の影自体は移動の際見えないが、アリシエーゼが影移動しているのを観察しているとどうやら影へ入り移動を開始すると出口――つまりは設定した目標地点に影が現れている様だった。
その影から出て来て影移動が完了するのだが、此処で肝になるのは出口の影を出現させる時に位置、大きさ、形、向き等が調整可能と言う事だ。
そしてこの位置や向きは、出口から出て来た俺の進行方向に直結すると言う話なのだが・・・

位置は瞬時に指定は出来るけど・・・

向きや大きさ等が中々一瞬で指定するのが難しい。
時間を掛けて発動すれば思った通りに出来るが戦闘中の事を考えると中々厳しいなと思って一旦影移動を中断して地上に降りる。
影移動は例えば入口を下に出現したのならそのまま下方向に落ちていく形で入る事が出来る。
それを出口を地上とは水平に出現させると、下方向に入って向いていたベクトルが横へと変更される。
つまりは下に落ちたが出現は普通に歩いている様な形で出て来る事が出来るのだ。
それに加えて出現時にどうやって出現するかも指定出来る。
頭から飛び出すのか、手脚からか等であるのだがこれもまた瞬時に指示するのは中々難しい。

こりゃ、完全に使いこなすとなるとすげぇ時間掛かりそうだ・・・

前途多難なこの修行の先を思い、小さく溜息を吐きつつ俺は再び空を翔けた。

何度でも言ってやるッ
リリの奴は絶対泣かすッ
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