異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第7章:愚者の目覚めは月の始まり編

第291話:タイミング

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 かなり遠くに居た俺の元まで轟音が鳴り響く。
 ゴリアテのある位置から見ると今俺達が居る場所は山と言うには小さいが丘の上に位置している。
 だからこうしてストレガンド人の部隊の他の者であろうが、そいつらが放ったであろう何らかの魔法の効果を丘の上から呆然と立ち尽くして見ていた。

「い、いや、嘘、だろ・・・?」

「・・・・・・うぅッ」

 天使共が放った攻撃の影響で今もゴリアテを停めていた場所は土煙が巻き上がりその結果を俺達に知らせようとはしていない。
 が、ここまで響いた轟音と少しの揺れがその威力を物語っており、気が付けば遠くに居た筈の絶望が今は俺の真後ろに立ちクスクスと笑っている様だった。

「――れ、―――んぞ・・・」

 先程からアリシエーゼが何か言っているなと今更ながら気になり顔を向けると、アリシエーゼはその甘い香りが漂って来そうな芳醇な蜂蜜を思わせる髪を逆立てて牙を剥いていた。

「おのれぇぇッ!許さんぞ貴様らぁああ!!!」

 アリシエーゼが吠える。
 大気を震わせたその咆哮が俺の耳を劈き周囲に伝播する。
 その瞬間、アリシエーゼは消えていた。

「あッ」

 と言う間にアリシエーゼはこの惨状を巻き起こしたやつらの元へと駆けて行く。
 風と音を置き去りにし、時折影移動を使って瞬く間に対象の元へと辿り着く。
 だが俺はそこで視線を戻した。

 どうでも良かったのだ

 仲間達が攻撃されたと言うのは理解していたが、それ以外何がどうなっているのか良く分からなかった。
 この後俺はどうすれば良いのかも分からずただ丘の上に立ち尽くす。

 一瞬、柔らかな風が頬を撫でる。
 その瞬間、ハッとして顔を上げる。
 別にその風に何かの匂いを感じたとか、風に乗り何かが聴こえて来たとかそう言う事では無いが、何故か誰かが俺を呼んでいる、そんな気がした。

 仲間達が居た場所を見ると既に天使の様な正体不明の奴らは消えていた。
 アリシエーゼが術者を殺しに行ったので、この魔法か何かを放った奴が死んで術が解除されたのか、それとも一度攻撃をすると消える仕様なのかは分からないが、兎に角天使の様な奴らは消えており歌声も鐘の音も聞こえない。
 それに気付くと粗同時に俺の目に薄らと光る何かを捉える。

 何だ・・・?

 丁度、仲間達が居た場所に土煙に混じりぼんやりと光る何かが見える。
 それは一つでは無く、目を凝らすと一つ、また一つと増えて行くのが分かった。

「――――――ぁ」

 土煙が完全では無いがかなり引いた所で俺はそれが何なのか正しく理解する。
 そう、その淡く光る物体は俺の仲間達だった。
 仲間達の身体が白藍しらあいよりも更に透明だが、発光しているのが分かるその光に俺は見覚えがあった。それに助けられた事が何度もあるので忘れる筈が無い。

「彼奴ッッ、やるじゃねぇか!!ハハハッ」

 俺は笑いながら駆け出す。丘を下り無事であろう仲間達の元へと。

 あの状況で咄嗟に絶対防御魔法かよッッ

 どんな攻撃も絶対に通さないその堅牢な城門に護られていた仲間達の元へと駆けて行き、何だ馬鹿野郎と、心配させやがってと悪態でも付いてやろうと考えていると目の端に光の柱が突然出現したのを捉える。

「なッ!?」

 動きは止めずにそちらを見ると、先程とは正反対、先程光の柱が登った場所から俺達を挟んだ奥の方からその新たな光の走らは出現している。

 まだいやがったのか!!

 確かにストレガンド人は三人プラス、アリシエーゼが殺しに行った奴らだけだったと思い舌打ちする。
 そして俺は瞬時に方向転換してその光の柱の元に向かった。

 影移動で一度上空に飛び、位置を完全に把握してもう一度の影移動でピンポイントで術の発動者の元まで移動する。

「ッ!?」

「来たぞ!!」

 直ぐにストレガンド人に見付かるが、俺はその時既に腰の短剣を向き放ち、その抜き放った力を利用して短剣を一人のストレガンド人に投げ付けていた。

「――ぎぐぁッ!?」

 左側の喉に突き刺さった短剣はそのまま突き抜け、最終的には首自体を吹き飛ばした。
 直後にドサリと音を立てて落ちる、この魔法の発動者の男の頭部がゴロリと転がるが、それを見て周りの護衛の人員だろうか同じ顔に刺青を入れた男達の動きが一瞬止まる。
 誰しもがギョッとしていたが俺は構わずに残りの奴らを片付けるべく、短剣を投げた動作から右足を軸にクルりと回転し、その回転した先に影を出現させておきそのままその影へと飛び込む。
 次の瞬間には動きの止まっていた一人の背後に出現して影に入る迄に行っていた動作を完了させる。
 つまりは回転の半分の位置で影に入り、影から飛び出しながらもう半分の回転を行う。
 影移動を挟みながら一連の動作を行い、回転し終わるとそこには俺の手刀で上半身と頭部が離れたストレガンド人が一人、ユラユラと身体を揺らしていた。
 その様はまるで無くなった頭部を探す幽鬼の様だったが、その頃に漸くもう一人のストレガンド人がそれに気付く。

 遅せぇよ

 俺は何の感情も込めずにそう心の中で呟き、俺が目の前から掻き消えた事で後ろを振り返るストレガンド人に両手の指を交差させて握りこんだハンマーを上から振り下ろしながら落下する。

 グシャリと硬いものを潰す感覚と音が俺の骨を通して聴こえてくるが、俺は頭部の潰れた目の前の男を前蹴りで弾き飛ばして地面に唾を吐く。

「クソッ、色々飛び散ったぞ」

 周囲を見渡しこの辺りにはもう敵影は無さそうだと判断して俺は再び仲間の元へと駆け出した。
 勿論、投げつけた探検は回収してから。

「旦那ッ、無事だったか!?」

「そりゃこっちの台詞だ!」

 俺が戻ると真っ先にドエインがそう言って駆け寄って来た。

「マジで終わったかと思ったが、イリアが機転を効かせてくれて助かった」

「そうみたいだな」

 そう言って俺はイリアを見る。
 イリアはチラリと俺を見て目を合わせるが直ぐに顔を騎士達に向け駆け寄って行った。
 イリアは騎士達に怪我が無いかを聞いていて、それに騎士達も答えている。

「もう敵は居ないか?」

「分からん、岩を打ち出すアレも、さっきの天使みたいなアレも相当射程距離が長い」

 ダグラスは周囲を注意深く睨みながら俺にそう言うが、恐らくもう居ないか、撤退したかだとは思うと俺の予測を口にすると、「そうだな、だが一応警戒はしておこう」と言って周囲を探索に出た。

「マサムネ達もダグラスと」

 デス隊にそう言って周囲を警戒させ、他に仲間達に怪我などないかを聞いて回っていると、アリシエーゼが帰って来た。

「心配させおって!死んだかと思ったぞ!」

 何だかこのやり取り俺もやったなと思いながらも喜ぶアリシエーゼを見て口元が緩んだ。

「―――どう、私凄く役に立ったんじゃない?」

 騎士達の元から戻ったイリアが俺にこれでもかとモニカの半分以下の胸を張り俺に話し掛けて来る。

「あぁ、マジで最高だよお前」

「ぇ、ちょ、ちょっと何よ!?」

 俺の素直な感想を聞きイリアは顔を赤くしてワタワタと慌て出す。

「何って、あの状況でしかもあのタイミングで魔法発動は完璧だよ。マジでかっけぇ、惚れそうだった」

 俺は本当に心から思った事を口にしたが、何故かイリアは更に顔を赤くし憤慨しだした。

「ア、アンタッ、いい加減にしなさいよ!ぶっとばすわよ!?」

「えぇッ!?何でだよ??」

「うっさい!!」

 先程までのドヤ顔はすっかり無くなり、顔を赤くして怒るイリアを見て赤鬼みたいだなと思ったのは内緒。


 本当に良かった・・・
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