異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第7章:愚者の目覚めは月の始まり編

第294話:前線

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「コレはなんの冗談だよ・・・」

「「「「・・・・・・」」」」

 ドエインは前線の惨状を見て呆然としながらも何とか感情を口に出すが、それに対して俺達は何も言えなかった。

 目の前に広がる光景は地獄と呼んで差し支えが無い――いや、それ以外何と表現すれぱ良いのかが分からない程悲惨であった。
 ホルスで体験した万を越す魔物や悪魔との戦いは圧倒的物量に飲み込まれて俺達人間側の被害など一瞬で踏み潰されてしまっていたので、そう言った意味で言うとアレは非現実的でありただ必死に目の前の事に対処していた為、被害がどうの惨状がどうの等と気にしている暇が無かったと言うのが本音だ。

 だが、今目の前に広がっている光景は人間同士が引き起こしたものであり、辺りに転がり散らばる死体の山は全てその人間なのだ。
 だからか余計にこの地獄の様な惨状を正しく地獄だと表現出来たのかも知れない。

「ユーリーとかは連れて来なかったのは正解かもな・・・」

 俺達は前線を隔てる様に存在していた森を迂回するルートの内、右側の道選んで進んだ。
 助けを求めて来た帝国側の傭兵から情報を入手して結構全然の位置を連合軍が押し上げていると言うのが分かった為だ。
 左側のルートから森を抜けると丁度両軍が激しくぶつかっている渦中に飛び出てしまう事を懸念したのと一時的に帝国側に付いて俺達が行動すると決めたので連合軍の後ろを取ると言う意味でも右側のルートを選択したのだ。

 森を抜けると遠くに山脈が見える広大な草原が広がっており大きな街道も敷かれていたが両軍の陣営は見当たらなかった。
 結局聞いていたよりもかなり前線を押し上げていた連合軍の最後尾は遥か彼方、左側を見ると微かに見えると言う様な形だった。
 ただここまではある程度想定内であったし、別に今の様に死体がゴロゴロと転がっている様な事は無かったのでここで俺達はパーティを二つに別けた。
 バッチバチにやり合っている最中にこんなバカでかい馬車であるゴリアテで行けば目立つし身動きも取り辛いであろうと言う事で俺とアリシエーゼとドエイン、ダグラスそれとリリの五人で馬車から降りて進む事になり、残りは馬車と共に待機しておく事にした。

「思ったよりも帝国は押されておるのう。それにこの大穴―――」

 アリシエーゼは一頻り辺りを見回した後にそう言って目の前にある超巨大なクレーターの様な物を見る。
 俺達もその言葉にその大穴を見るがそれは数日前にストレガンド人の部隊が襲った街で見たクレーターの数倍ーー下手したら十倍程の超巨大なクレーターに言葉が出なかった。
 地面が抉れ深さも結構あるので超質量の何を落としたのかとも思ったが、俺達が襲われた際にストレガンド人が放ったアリシエーゼ達の言う召喚魔法もよくよく考えるとこんなクレーターの様な物が出来ていたなと思い、俺が思う様な隕石等を落とす魔法とは限らないかもなと思い直した。

「――コレを最初に落として数を減らしてから突撃って所か?」

「恐らくそうじゃな。あの逃げ出して来た傭兵共も言っておったじゃろ、目が眩むほどの光の後爆発が起こってあらゆるものが吹き飛んだと」

 逃げ出して来た者達に色々と話を聞く中で確かにそう言った話も出て来ていた。それがあの召喚魔法を意味するのだとアリシエーゼは言って、それでもこれ程の威力となると大規模な儀式魔法でも行わないと無理だと言いながら鼻を鳴らす。

「旦那、本当に帝国側に付くのか・・・?」

「何だよ、負け戦はやってられねぇか?」

「まぁ正直帝国がここまで押されてるとは思わなかったな・・・」

 まだ先の方で今も様々な声が響き渡りそれと轟音も鳴り響く戦場をみつめてドエインが言う。

「このまま行くと帝国は撤退をせざるを得ないと思う。そうなったら連合軍は一気に進軍するんだろうさ。その途中で街や村があるならストレガンド人とやらは何をするんだろうな」

「・・・・・・」

 逃げて来た傭兵の話を聞いて戦況は帝国に不利なのだろうと予測はした。
 そうならば連合軍は進軍して行くし、その途中でストレガンド人なりなんなりが街や村を襲うの既定路線だろうとも思ったのでそれを仲間に伝えた訳なのだが、そうなると帝国憎しだったイリアやその傾向が若干見られるドエインもそれよりもストレガンド人の方が何倍も脅威である事を認識しているので、それは止めないとと言う話になる。

 正直、俺はどちらでも良かった。光も結局俺達に何をやらせたいのか分からないし、そもそも俺達は金で動いていない。
 通常の傭兵であれば国から金を貰って戦争をするのが普通だ。
 そこに金以上の何か思想や信念的な物が入り込む事は無いのだが金の為に動いていない俺達は、では何の為に動くのかと言う話になる。

 いや、今更ウダウダ考えるなよ・・・

 そうは思っても考えずにはいられないのだが、結局この考えの行き着く先は分かっていたりする。

 胸糞悪ぃだろ

 それだけなのだ。このまま連合軍が進んで行けばあの破壊された街と同じ道を辿る他の街や村も必ず出て来るし、それを黙って見過ごす程俺は自分自身腐ってはいないのだなと呆れもしつつ、同時にこんな他人に対してお人好しとも思える行動が行える事に驚きもしていた。

「光が言う様などっちも勝たせない状況に手っ取り早くするんだったら両軍の奴ら全員殺しちまえば済む話なんだろうけど、効率的じゃないし何より面倒臭ぇだろ。でも放っておけばあの街の様に女子供まで惨い殺され方をしちまう。だからとりあえず今は連合のこの勢いを落とさせる為に動く」

 自分自信に言い聞かせる様にそう言い切るとドエインとダグラスが頷く。

「んで、妾達はとりあえず背後から連合の指揮官辺りを狙えば良いかのう?」

「それが一番手っ取り早いし、頭を討ち取れば流石に統制乱れてその隙に帝国側が押し返す時間も作れるだろ」

 簡単に打ち合わせを行い俺達は連合軍を背後から奇襲すべく走り出した。
 ドエインとダグラスには無理はするなと釘を刺すが、俺にとっても戦争など参加した事も無いので何が起こるのか全く分からない。
 寧ろ、騎士や軍人だった二人の方が余程そう言った事は分かっているのだろうし引き際もきっと心得ている筈だ。

 五人はそこら中に散らばる誰のものかも分からない身体の一部や遺体をは目もくれず地獄と化した戦場を駆ける。
 地面には大小様々な穴が空き黒煙が立ち上り、血の匂いが純満するがその一切を無視して駆ける。
 暫くすれば全員の表情が抜け落ちて行く。
 集中していっていると言えば聞こえは良いがそうでは無い。
 辺りの惨状に何かを想うときっとこの空間に充満した死そのものに充てられてしまうからだ。
 だから何も想わない。

 駆ける。

 駆ける。

 空がいつの間にか茜色に染まっていて、夕陽が地面を照らす。
 その色が足元を、戦場自体をまるで血の海に変えているがそれでも構わず戦場を駆けた。
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