異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第7章:愚者の目覚めは月の始まり編

第293話:敗走兵

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 徐々に戦場が近付くにつれ周囲の雰囲気そのものが変わってくる。

「匂いが変わったか・・・?」

「分かるか。これが戦場の匂いじゃ」

 俺の独り言をアリシエーゼが拾いそう返して来るが、風に乗り漂ってくる匂いは独特でどう表現したら良いのか分からないが、紛れも無く俺が嗅いだ事の無い独特なものだった。

「お前、戦場を経験した事あるのか?」

「いや、無いぞ?」

「おい・・・」

 此奴、適当な事を言いやがってとジト目を送るとアリシエーゼは肩を竦める。

「人間同士の戦争の経験は無いと言う事じゃ。ほれ、前に話したじゃろ? ヴァンパイアの始祖とやり合ったと」

「あぁ、そんな話してたな」

「その時はじゃな、その始祖の配下共と妾とで戦争の様じゃった訳じゃ」

 数千にも及ぶヴァンパイアと其れを束ねる始祖とアリシエーゼ一人の戦いがどうのと言っているが、どう考えても数千は嘘だろうと思った。
 だがそれを指摘するとまたキーキーと騒ぎ出す為敢えて口を挟まない。

「―――それはもう壮絶な戦いじゃった訳じゃが、まぁ妾が負ける訳は無いのう!」

 ワーハッハッハと高笑いするアリシエーゼを他所に俺は意識を前方に向ける。
 アリシエーゼの話では無いが、明らかにそれまで被害を被っている街や村はあったにせよ、どこか戦争とは程遠い雰囲気だった。
 それが数日馬車を走らせると全く異なった様相を呈す。
 遠目からだが黒煙が上がっていたり、先程も感じた匂いもそうだがなんと言うか世界が変わる。
 突然奇妙な世界にでも足を踏み入れてしまったかの様な感覚は体感しないと絶対に分からないだろうなと思った。

「あー、はいはいそうだな。あの時のお前は凄かったよ」

「適当な事を言うで無いッ」

「あ痛ッ!?」

 俺の適当な返しに直ぐに反応したアリシエーゼは左肘を俺の右脇腹に突き入れてくる。
 それを真面に喰らい咳き込んで蹲っているとリリが俺の首根っこを掴み強制的に立たせる。

「マスター、他の女とはしゃぐのは戴けない。はしゃぐなら私との夜の秘密プレイ中だけにして貰おうか」

「・・・お前、マジで真顔でとんでもない事言うよな」

「事実だ」

「全部嘘じゃねぇか!!」

 リリは常にとんでもない発言をするのだが、何故全てが嘘なのだろうかと呆れる。
 そんな楽しい?時間はあっという間に過ぎるとは良く言ったもので俺達はゴリアテの屋上で奇襲の警戒をしつつじゃれ合っていたが、突然リリが進行歩行向かって斜め前に顔を向けて妙に真剣な表情で言った。

「マスター、十一時の方向から何かが来る」

 突然のリリの発言に何かとはなんだと思ったが釣られて同じ方に目を向ける。
 前方には巨大な森が広がっているが俺達は丁度その森を回り込む様な形に出来た道、それも二股の岐路に差し掛かる所だったのだが、リリは左側の道の先を見ていた。
 因みに恐らくだが最前線はこの森を挟んだ真向かいであると予想しているので、森を真っ直ぐ突っ切った方が早いのだが、こんな巨大な馬車であるゴリアテが通る事は当然ながら不可能であり、どちらかの道を使って大きく回り込む必要があった。

 両軍がどの位の間隔を開けて睨み合ってるのか分からないけど、左側の道を使うともしかしたらその両軍が展開している真ん中に出ちゃう可能性があるんだよなぁ・・・

 突然そんな緊張状態の中に飛び込む等したくは無いし、それで要らぬ問題が起こったらと考えると最早右側の道しか残されてはいなかった。

 でもなぁ、左側は連合軍の後ろに出るだろうし・・・

 別に連合軍が嫌な訳では無い。
 俺は公国だろうが王国だろうが、ましてや帝国であろうと特定の国に思入れなど無い。
 そこで出会った人々には多少なりとも思い入れがあると言うだけなのだが、連合軍側と先に合流したとなると当然ストレガンド人の連中と顔を合わせる事になる。
 そうなると当然、先日はどうも。きっちりお返ししてやるからなとなる。だが、それは俺達では無いとなるのだろうと想定されるがだったらそいつら連れて来いとなる。
 任務中なり何処に居るか分からないとなり、ならそもそもお前らは何でこの戦いに参戦してるんだと言う話から結局俺の能力を使って情報を引き出す事になる。

 んで、とんでもない計画が隠されてて―――となって公国に王国、しいては教会やばッとなるまでが規定ルートかな・・・

 右側の道を選んだ際のお決まりパターンとも言えるストーリーを自嘲しながら考えるがどちらにしても面倒臭い事になるのだろうなと乾いた笑いを口から吐き出す。

「何を笑ってるんだ。何かが此方に向かって来ると言ってるんだぞ」

「いや、だから何かって何だよ?」

「人だろ?」

「分かってんならそう言えよッッ」

 何故そんな回りくどい言動をするのだとリリに抗議するが当の本人は「雰囲気造りが台無しだ」等と訳の分からない事をほざいていた。

 はぁ、もういいよ・・・

 これ以上付き合っていると日が暮れてしまいそうだったので俺は意識を此方に向かってくる人間に移す。
 リリの言う通り左側の道から人族と思われる集団が此方へ向かって走って来るのが見て取れた。
 だが走ると言っても皆、息も絶え絶えどうにか小走りを続けているといった感じで人数も十程しか居なかった。

 敗走兵か?
 帝国と連合どっちだろう?

 まだ遠くて腕章までは確認出来ないが騎士と言う感じはしないので傭兵だろうと当たりを付ける。

 俺達は二股の分かれ道で馬車を停めているのだが、此方に走ってくる集団の先頭の人物が俺達に気付いて必死に手を振っているのが分かる。

「なんじゃ、救助でもするのか?」

「いや、単純に情報仕入れるだけだ」

 特に助ける気は無いが何かがあって逃げて来ているのだろうと思うし、そうでなくとも何かしら前線がどうなっているのか等の情報は手に入れる事は出来るだろうと思った。

 先頭の人間が大分近付いて来て分かったが、どうやらこの集団は帝国側に付いた傭兵の様だった。
 単に腕章が帝国軍を示すものだったと言うだけだが、そう考えるとこの腕章も敵軍の物を手に入れさえすれば簡単に相手側から情報を手に入れたり、諜報活動が出来てしまうなと考えてしまうがあながち的外れな考えでは無いだろう。

「――ハァッ、ハァッ、た、助けてくれッ!」

 ゴリアテの近くまで辿り着いた男は息も絶え絶え叫ぶ。俺はゴリアテの屋上でその男を見下げながらリリに言う。

「リリ、周囲を警戒してくれ。また狙撃でもされたら敵わん」

「仕方無いな・・・」

 そんなリリの返しを聞いたや否や俺は屋上から飛び降りて男の目の前に降り立つ。

「ッ!?」

 突然現れた俺に男は身体をビクリと震わせて腰に下げた剣の柄を握る。

「お、お前はッ、連合軍の奴か!?」

 今更かよと思わなくは無いが、ゴリアテにはどこの所属が示す物は取り付けていないし、言わずもがな俺達自身も腕章等は付けていない。
 なので俺達が帝国側なのか連合軍側なのか判断が付かないのだろうが、よくそんな状態で初めて見るこんな戦車の様なゴツいゴリアテとそれに搭乗すら俺達に助けを求められるなと呆れる。

 俺達が連合だったらどうするつもりだったんだよ・・・

 この男達は十人程居るので戦闘になってもどうにかなると言う算段もあったのかも知れないが、この男以外は今もう一人が到着しこちらも呼吸をするので精一杯と言った様子で今にも倒れ込みそうな勢いだった。
 そんな状態で戦闘になったとして何が出来るのだろうと思いつつも俺は温和な態度で男に接する。

「大丈夫だ、俺達は帝国側だ。腕章とかは馬車の中にしまってある」

「ほ、本当かッ!?」

 俺の言葉に半信半疑なのかまだ剣の柄を握ったまま男は警戒する。

「大丈夫だ、それより何があったんだ?」

「・・・・・・し、信じるからな!?」

 そう念押しして男は漸く剣の柄から手を離して、キョロキョロと辺りの様子を伺ってから俺に向き直った。

「連合の戦力が聞いてた話とまるで違った―――」

 そうして話し始めた男の話は前線の帝国軍に合流して人数が集まり次第、正面から一斉に総攻撃を仕掛けまだ人数が完全に集結していないであろう連合を叩くと言う作戦であったのだが、いざ攻撃を開始しようとした所、連合側が先に仕掛けて来てそれが余りにも強力だったと言う事だった。

「んで?」

「で、ってのは何だ・・・?あんな所に居たんじゃ命が幾らあっても足りやしねぇ!お前らも前線に行くつもりだったなら悪い事は言わねぇからやめとけ!このまま俺達とオルフェなりに行こう!こわなデカい馬車なんだ、俺達くらいは乗せられるだろ!?」

「いや、そうじゃねぇよ。俺が聞きたいのは連合の戦力がどう強力だったのか、どんな攻撃を仕掛けて来たとか帝国軍の様子とかその辺りだ」

「そんなのどうだっていいじゃねぇか!連合軍はこっち側にも兵を寄越して来るかも知れねぇんだからここだって安全じゃねぇんだぞ!?」

「どうでも良い訳ねぇだろ。何の為にお前らを待ってやってたと思ってんだ」

 そうこうしている内にこの男の仲間なのかただ一緒に逃げて来ただけなのか仲間達が集まって来る。
 俺とこの男の会話を聞いてなんだなんだと騒ぎ出すがこの時点で俺は面倒臭くなり能力を使う事を決める。

 この男が言う様にここでのんびりしている訳にもいかないからな

 そして瞬時に能力を展開して情報を抜き出す。
 それで得られた情報としては突然連合軍が攻撃を開始した事、どんな魔法を用いたのかは分からないが一撃で帝国軍の前線部隊の半数弱が壊滅した事、そこからはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と言う状態で完全に大混戦の様相となり、ストレガンド人を中心とした部隊が帝国軍の人間を殺し回っていたと言う事だった。

「完全に帝国は押されてるじゃねぇか・・・」

「だからそう言ってんだ!連合の強さは異常だッ、早くここから逃げようぜ!?」

 逃げて来た人間は皆怯えていた。
 息を切らせ、肩を揺らし焦燥仕切っていたがこれでも屈強な傭兵家業で飯を食う人間共だ。
 死線の一つや二つ超えて来たであろう人間が手に負えないと匙を投げるくらいの戦場である事は確かな様だと俺は振り返って仲間達を見る。
 そして一応掻い摘んでではあるが入手した情報を伝える。

「どうする?って聞きたいんでしょ」

「そんなの旦那が決めてくれていいのにな」

「ハル様ッ、殲滅っすよ殲滅!」

 ムネチカの脳筋発言は別としてイリアもドエインもさっさと決めろと言いたげだった。

「まぁ、妾はどうするか分かってるんじゃがなッ」

「マスターはどうすると思うんだ?」

「当然この隙に連合軍側に付いて帝国軍を殲滅する気じゃぞ!」

「そうなのかマスター?」

 アリシエーゼとリリが勝手に盛り上がるが、俺は回答を求められて苦笑する。

「残念ながらとりあえず帝国側で連合軍を撃退する」

「な、何故じゃあぁああ!?」

 俺の答えが想定外だった様でアリシエーゼは絶叫する。
 その叫びは少し肌寒い戦場の匂いのする周囲に木霊するがそれがかえってより一層俺に戦場を意識させた。
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