異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第7章:愚者の目覚めは月の始まり編

第305話:奇行

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 呻き声が辺りから微かに聞こえて来る。
 爆発のあった場所からまだ離れているのだが、肉の焦げた臭いが充満し、大きく真っ黒な炭の様な物がそこら中にゴロゴロと転がり、その炭の様な物から呻き声が聞こえて来るのだ。
 分かってはいるがソレを人と認識するのを脳が拒む。
 足元が隠れる位の草が辺り一面に広がり戦争と言う特殊な状況下になければ本当に素朴で雄大な草原が広がっている場所なのだが、今はもうその面影は無い。
 焼けてしまっているのだ。正に焼け野原だが、戦場とオルフェ側の街道や街を隔てる様に存在していた森も今は激しく燃えている。

 元々アリシエーゼが暴れていた付近で爆発があり安否が気になったのでここまで駆けて来たが、この辺りからは生存者と呼ぶべきかどうかすら迷う者達が殆どだ。
 帝国軍なのかストレガンド人なのか最早分からないが、等しく燃えてしまっていた。

 一体何があったんだ・・・

 爆心地から少し離れた場所でコレなのだ。
 これ以上進んでも生きている者はいないのではと思ってしまう。

「マスター」

 全力で駆け出した俺の後を追う様に仲間達が着いて来たが、一度立ち止まり辺りを見回す俺にリリが話し掛けて来る。

「あぁ、どうした」

「・・・マスターの懸念は外れたよ。放射能反応はこの辺りには検出されていない」

「・・・そうか」

 俺は駆け出しながらリリに叫んで戦術核やそう言った物が使われたのでは無いかと言う懸念があったのでそれを調べさせていた。
 自らをアンドロイド―――では無く超特殊作戦実行型決戦兵器と名乗るのなら、何らかのセンサーやらが搭載されているのでは?と思って言っただけだが、どうやら予想通りだったらしい。

 っと言うかここまで近付いた段階で言われても遅いとは思いつつ、俺も動揺して駆け出して来てしまって仲間を巻き込んでいる段階で口には出せなかった。

 だってこんなファンタジー世界で核なんて・・・

 俺は後ろを振り返る。少し離れた位置で此方と言うか、目の前に広がる地獄の様な光景に恐れ戦き、完全に腰が抜けたり恐怖したりで近付いては来ていない。
 そりゃそうだろう。ある場所を境に風景が一変しているのだ。
 その境を、ここが地獄の入口だと言われたら信じてしまってもおかしくは無い。

 とりあえず先に進もうと俺は歩き出す。仲間達も俺の後に続くがその歩みは遅い。
 イリアは生存者を見付ける度に治療を試みようとするものの、状態を見て無理だと諦める、そんな事を繰り返している。
 イリアが先に参ってしまうんじゃと心配になりダグラスを見ると、俺の視線に気付いたダグラスがイリアの傍へ寄って行き何か話していた。

 イリアはダグラスに任せて俺は先へと進んだ。
 先へ進むと辺りが段々と熱を帯びて来ているのが分かる。
 空気が熱いのだ。まだ余波と言うか爆発のその熱が引いていないこの場所は先程よりもより、地獄の様だった。

 おいおい、土が結晶化してんじゃねぇか・・・

 足元を見ると、地面の土が水晶の様に半透明に結晶化しているのが見て取れる。
 どれだけの熱量だったのだと冷汗が吹き出るのを感じつつ辺りを見る。
 だが、この辺りは生存者などいよう筈が無かった。
 黒い炭の様な塊すらも存在せず、ただ結晶化した地面と空気中に漂う熱かま存在する殺風景な風景だった。

 顔を上げて前を見る。奥の方には帝国軍だろうか大勢の人間がいるのが分かる。
 まだ生きていて動いているし、と言うか元気に動き回っている。

 どう言う事だ・・・?

 状況が分からず前と後ろを交互に確認する。
 今俺が居る場所は地面すら結晶化する程の熱で焼かれて地獄と化しているが、奥の帝国軍の奴らが居る場所はそんな感じはしない。
 分からなかったので俺はその場で影移動を発動して上空に飛び上がった。

「おい、何だよコレ・・・」

 ある程度周囲を俯瞰出来る位置まで飛び上がり滞空時間の中で下を見下ろすと、そこには草木が燃えて焦げた大地と今も燃えてその炎が広がり続けている森かま見える。
 が、それは先程見た帝国兵が居る場所から先であり、帝国兵が居る場所は燃えたりなどしていなかった。
 言ってしまえばあの爆発やその余波は半円を描く形で広がっているのだ。

 これは明らかに人為的な、魔法か何かでやったとしか・・・

 そう考えていると、帝国兵達の集団の前にポツンと一人佇む人間が居るのに気付く。

「何だ彼奴は・・・?」

 帝国兵よりも数歩前に出ているその人間を上空から見付け凝視する。
 結構高くまで飛び上がってしまった為、詳細は分からなかったが、何だか異様な光景に感じられた。
 帝国兵は大いに盛り上がっている。勝鬨を、雄叫びを上げて恐らく尽く燃やされたであろうストレガンド人達に対して何かを叫んでいる。

 劣勢だった戦況があの爆発でひっくり返った・・・?

 見た限りではそうとしか思えなかった。
 そして―――

 あいつがコレをやったのか?

 帝国の人間よりも前に出て佇む一人の人間がそれを行ったのかともう一度その人間が居た場所を見る。

「ッ!?」

 居ない!?

 ほんの少し目を離した隙に先程まで居た場所から消えているその人間が居ない事に驚き、同時に心臓が一つ大きく鼓動した。

「――お前もあの女の仲間か」

 上空に居る俺の頭の上から聞こえた声にハッとしてその声のする方を仰ぎ見る。
 そこには炎に包まれた右脚を大きく振り上げている男が居た。

 頭の中で警報が鳴り響くよりも前に危険を察知してキルモードが発動する。
 それは俺自身の命の危険に対して自動的に発動し俺自身の脳を俺の能力によって自動的に制御する超危機回避プログラムの一種であるが、完全に人間としての身体的構造を考慮しない、危機回避や危機を発する元となる原因の駆除に最も効率的に最も適した行動を自動で脳が識別して意志や意識を介さずに行動を即座に電気信号で送り動く事の出来るそれが発動したのだ。
 それに先ずは驚く。それは今のこの状況が完全に俺の命の危機と言う事に他ならないのだが、更に俺は驚く事になる。

 俺の頭部目掛けて男が振り上げた右脚を振り下ろす。
 何かで加速された様に一気にトップスピードに入るそれは正に神速だった。

「ぅッ!?」

 この時俺は驚きと同時に自分の身体を駆け巡る衝撃に小さく呻き声を上げる。
 キルモードに強制移行した俺が影移動を途中でキャンセルしたのだ。
 影移動で回避を行う筈だったのに男の攻撃があまりにも早かったのか、それを途中で止め防御体制を取る事を選択し腕をクロスさせたと同時にそこに男の踵がめり込む。

「くぅッ――――ぎゃッッ!?」

 何とか防御に成功したと思ったその時には俺は地面に向かい蹴り飛ばされており、何も考える暇も無く背中から叩き付けられていた。

 地面に叩き付けられ一瞬意識が途切れる。
 身体を動かそうにもピクリとも動かない。
 どうやら骨やら内蔵やら色々とやられている様だと認識しつつ、その内修復されるので男だけを見据える。

 野郎・・・

 俺が俺じゃ無かったら死んでるぞと内心怒りに震えるが、男は俺を踵で叩き落とした後、自重で落下をして来てそして地面に着地をする間際に男の足元と地面の間で小さな爆発が起きる。

 ドンッと言う破裂音の様な音が鳴り、男がほんの少しフワリと浮き上がった様な気がした。

 爆風を利用してんのか・・・?

 何となくそうは思ったが詳しい事は分からない。
 男は着地して倒れている俺の元まで寄って来て言った。

「あー、死んだか?まぁアレじゃ死ぬよな普通」

 俺を見もせずにそんな事を言う男に俺はタイミングを見計らって飛び掛る。

「んな訳ねぇだろッッ」

「――うわッ!?」

 十メートル以上の高さから弾丸の様な速度で地面に叩き付けられた俺を死んでいると思ったのか、完全に油断していた男は俺が飛び起きて襲い掛かって来た事に心底ビビって腰を抜かしそうになっていた。

「テメェッ、いきなりッ、ふざけんなッッ」

「ぐぁッ!?ガッ、ッッ」

 馬乗りになって男の顔面を俺は殴打した。
 既にキルモードは解除されていて無意識に手加減をしていた俺の拳が男の顔面を的確に捉える。

「死んだらッ、どうすんだッ、オラッッ」

「ッッ、うぐぁッ!?」

 見る見る内に男の顔が腫れ上がって行くが、男が一方的に殴られている様を見て、帝国軍の兵士や騎士達がこの時になって漸く俺の元に殺到して来る。

「邪魔すんじゃねぇぇええ!!!」

 俺は感情に任せて此方に迫ってくる者達へ無差別に俺の能力を発動する。
 するとその瞬間、俺と迫って来る帝国兵達の間にバチリッと電気の様な物が走った。
 可視出来る程の大きな光であったが、その影響か何なのか俺の能力が弾かれる感触があった。

「な、何だ!?」

 また何かに鑑賞されて失敗したのを悟るが原因が不明で混乱する。

「マスターッ、先程の爆発の熱などでこの場に何らかの力場が形成されている!!」

 力場・・・?
 何らかのフィールドか何かかと思ったが、リリはその影響で俺の能力が阻害されていると伝えてくれた。

 やってくれるぜッ

 更に苛立った俺は馬の背乗りの状態を維持していた男の顔面にもう一発ぶちかましてやろうと拳を握ったその時、その男が呟く。

「―――爆ぜろ」

「しまッ――――」

 俺の声は爆発音で掻き消される。
 凄まじい衝撃を腹部に感じたと同時に吹き飛ばされて地面を転がる。

「ぐッ、フゥッ、ぁ、ぐ・・・」

 二度程転がり仰向けに倒れた俺は直ぐに起き上がろうとするが上手く上体を起こす事が出来ない。
 何とか腕の力で状態を少しだけ起こして目を回しそうになる。

 腹が抉り取られてるじゃねぇか!?

 何だか明らかにモザイク処理が無いと見せる事が出来ない状態で色々と飛び出していたり、腹部の右半分が吹き飛んで無くなっていたりするのだが、脳内で何か危険な物質が分泌されているのだろうか、痛さよりもあの男をぶち殺す!だから早く修復しろ!と言う感情の方が勝る。

 後少しで腹部が修復されると言う段階になって仲間達が俺の元に辿り着く。

「ア、アンタ大丈夫なの!?」

「んなのかすり傷じゃッ」

「そ、そんな訳ないでしょ!?今迄動けなかった癖にッ」

「ちょっと眠かったから寝転がってただけだッ」

 そう言って起き上がると俺はそのまま男の元へと向かおうとした。

「ちょちょちょッ!?旦那、待てって!」

「あぁッ!?」

 止めに入るドエインに殴りかかりそうな勢いで何か文句あるかと詰め寄ろうとすると、後ろからコツンと何か硬い物で後頭部を殴られる。

「痛ッ!?何すんだッ―――」

 突然の衝撃に頭を抑えて振り返ると、身の丈より大きな杖を持ったユーリーが目に入る。

「・・・オチツクノ」

「・・・・・・いや、でもあの男は俺を―――」

「・・・メッ」

 俺の言い訳に聞く耳を持たないユーリーを見て俺は毒気を抜かれる。
 はぁッと一度ため息を付いてから心を落ち着かせる。

「・・・もう大丈夫だ」

「・・・ウン」

 俺の様子を見て首を縦に振るユーリーにホッコリしつつ俺は帝国兵に肩を借りて起き上がる男に向き直った。

「テメェ何者だ」

「あぁッ?テメェこそ何者だよッ」

 俺の言葉にイラついた表情で返す男に再度ブチ切れそうになるが、その時に右手をユーリーがそっと握って来るのが分かり、チラリとそちらを見ると眠たそうな目で俺を見上げるユーリーを見て小さく笑う。

「お前は帝国の人間か?」

「そうだよッ、テメェらは連合だろ!」

 何故そう思う?と思ったが、腕章を取るのを忘れてた事を思い出す。
 厄介だなと思った。リリの言う特殊な力場のせいで俺の能力が使えないとなるとこの状況をどう納得させるかと逡巡する。
 だが、それよりも何よりも先ずはアリシエーゼの事を聞かないとならない。

「信じられないかも知れないが俺達は帝国側で戦ってる。先程まで連合のふりをしてあっち側に潜入してたんだ」

 そう言って俺はユーリーと手を繋いだ状態で一歩踏み出す。

「あぁっ!?んなの信じられる・・・わけ・・・・・・」

 男は俺の言葉を信じられないと返すが、途中から急に様子が変わる。

「??」

 目を見開いてこちらを凝視し出す男を不思議に思っていると、帝国兵に抱えられていた男がゆっくりと此方に歩き出す。

「ゆ、ゆい―――ぁ、そんな・・・」

「は?」

 よろよろよろめきながら此方に向かって来る男を不審に思いながら見ていると、訳の分からない言葉を呟いているのが分かる。
 突然の変貌ぶりに戸惑っていると男は、俺とユーリーの前まで来てそして、突然崩れ落ちた。

「お、おいッ、どうした―――」

「うわぁああああッ、結花ァァッ!!あぁッ、会いたかった!会いたかった!!」

 男は突然わんわんと泣き出し、そして俺と手を繋いでいたユーリーに抱き着いた。

「おッ、お前ッ!?」

 突然の奇行にユーリーが危ないと思って引き離そうとして気付く。
 男は本気で泣いているのだ。年の頃は三十後半から四十くらいだろうか。
 そんな良い大人が人目も憚らず声を上げて泣く様を見て俺の中に何かよく分からない感情が渦巻いた。

 何なんだよ・・・
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