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第五章
決闘騎士の資格(4)
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赤の寮の扉を開けると、談話室には一年生の生徒たちが楽しそうに話し合っていた。
その会話の中央にはリィンが立っており、頭を掻きながら照れくさそうにしていた。
「お、真打登場だ」
誰かがそう言うと、談話室にいる生徒たちがアレフの方を見ては歓声を上げた。
アレフはあっけに取られていたが、先ほどのエトナの態度を思い出しては複雑な心境になった。
すぐさま、アレフは隣にいるエトナの顔を伺おうとするが、顔を見る前にエトナに背中を叩かれる。
叩かれた勢いで一歩前に出ては、その歓声を前に笑顔がこぼれた。
「よし、アレフ。闘技場に行く前に意気込みヲ」
歓声の輪に入ったアレフにリィンが声をかけてきた。
「意気込み?」
「ああ、なんていったっテ。一年生の授業初日にスカウト。その上、アーティファクトの適性検査で十個も起動させたんダ。そんな人間の意気込みを誰だって聞きたいだロ?」
リィンの言葉に歓声の輪は一段と大きな声援となった。
アレフは今までに味わったことのない歓声と期待に気持ちが昂った。
アレフはリィンの隣に並ぶと、周りの生徒を見ては息を整えた。
「俺は全然、決闘騎士とか分からないけど、頑張って決闘騎士になるよ!」
アレフは口上を言っては、歓声に包みこまれながらもリィンと共に闘技場へ向かった。
アレフたちが駆け足で向かった闘技場には、リーフとリグルスニー、隣には坊主頭の強面な男と、赤の寮の上級生の数十名ほど立っていた。
生徒たちが全員動きやすそうな服装をしており、アレフは自分たちがマントを羽織っていることに少し恥ずかしくなった。
「お、来たみたいだね」
リーフがアレフたちを見ると、それを追うようにその場にいる生徒の目線が集中した。
周囲の生徒たちがコソコソと話しているが、そんなことを気にせず、リーフは上級生たちの傍に寄るように言った。
アレフたちが傍によるとリーフは生徒たちに向き直った。
「今日は赤の寮の決闘騎士の選抜試験を行います。隣にいる代表騎士のショー・ミグルドを覗く、残り五人を決める試験です。去年は決闘騎士として舞台に立てた者もいるとは思うが、決闘騎士は実力で決めるもの。全員、本気で行うように」
「はい!」
その場にいた上級生たちが闘技場を轟かせるほどに大きな声で返事をした。
アレフは大きな声に体を飛び上がらせるが、上級生の真剣な眼差しを目の当たりにし、心の中で自身に渇を入れた。
「さて、これからアーティファクトを起動する。一語一句聞き逃さないように」
リーフはポケットから円盤状の金属材を取り出すと、口元に押し当てた。
アレフはそれを見ては、学校案内で説明された皇帝のアーティファクトであると一目で理解した。
円盤状のアーティファクトが仄かに青色に光りだした。
「怪我及び死傷を一切禁ずる」
リーフの発した言葉はそれだけだった。
それだけだったのでアレフは困惑した。
アニメのように派手な演出が起きるのかと思っていたが、実際は言葉を聞いただけだった。
アレフとリィンは困惑しながら顔を見合わせた。
リィンが疑問を言いかけたところにリーフの声が聞こえた。
「これで大丈夫。じゃあ、試験を始めようか」
リーフのアーティファクトは既に青色の光は失せていた。
アレフとリィンの困惑には目をくれず、闘技場の壁際まで歩いて行った。
それに従うように上級生たちも付いて行った。
現状を飲み込めない二人が佇んでいると、リグルスニーが傍に寄ってきた。
「アレフとリィンは、まずその服装をどうにかしなくては。さ、さ、こちらへ」
リグルスニーがそう言うと、闘技場の一角にある更衣室まで案内をする。
リグルスニ―に付いて行く二人だったが、この雰囲気に耐えきれなかったのか、リィンが小声でアレフに話しかけてきた。
「状況が全く分からないんだけド」
「僕も」
「リーフ先生が使ったのって、皇帝のアーティファクトだよネ?」
「多分そうだと思う」
「なんか、こう、派手な演出はなかったネ」
リィンの言葉はアレフが抱いていた感想と似ており、アレフはにやけてしまう。
それを見たリィンも釣られてにやけてしまう。
「随分と余裕そうね。チャレンジャー」
更衣室の前まで着くと、リグルスニーがアレフたちに向き直り話した。
アレフたちはにやけ顔を止めて「そんなことないです」と謙遜した。
アレフが更衣室の扉を開け、二人がヒノキの壁に囲まれた部屋に入ると、中は長椅子が一つと壁際にバスケットが数十個並べられていた。
バスケットの中には白い色をした布切れがあるくらいで、特に変わったところは見当たらなかった。
「さて、マントを脱いでください」
リグルスニーがアレフたちの背後から声をかける。
アレフとリィンは思わず目を見開く。
「リグルスニー先生。更衣室から出ないんですか?」
アレフは率直な質問を投げかけた。
ここは男子更衣室で女性のリグルスニーがいるのはちゃんちゃらおかしい話だ。
質問の意図を理解したリグルスニーは大声で笑い始めた。
「はっはっはっ! ああそうだった。別に全裸になれとは言わないです。ほら、そこのバスケットの中にマントを入れたら、白い布切れを羽織るのです」
アレフは少し恥ずかしさを紛らわせようと、きょろきょろとあたりを見渡しては、目に留まったバスケットまで寄った。
すぐにマントを取っては、代わりに白い布切れを羽織った。
バスケットから手に取るまでは分からなかったが、かなり大きな布切れで、アレフの体はすっぽりと覆いかぶさった。
リィンもアレフと同じくして、白い布切れを羽織ると「これはどうやって使うんダ?」とリグルスニーに質問した。
「その状態で、頭の中で強く念じるんだ。動きやすい服装をイメージしてみてごらん」
一通り笑いこけたリグルスニーは白い布切れの説明をした。
アレフは言われたように、先ほど着ていた上級生の服装をイメージした。
すると、一瞬だけ体を締め付けられるような感覚に陥るが、感覚が戻ると先ほど来ていた制服から妙に服が軽く感じた。
アレフは体を見渡すと、イメージしていた黒色のスポーツウェアを着ていた。
隣で着替えていたリィンも少し窮屈そうなトレーナーを着ていた。
お互いに服装を目配せした後、アレフは窮屈そうなリィンの服装をいじってやろうかと考えたが、口を開くよりも早く、リグルスニーが声をかけてきた。
「あなたたち、木剣は?」
リグルスニーに言われて、アレフは自身の体を探った。
ズボンのポケットに入れていたが、着替えたときに消えてしまったのでは、と思わず焦ってしまう。
だがそんなことはなく、着替えたボトムのポケットから剣柄が出てきた。
「大丈夫です」
アレフがかざすように柄を取り出すと、リィンはその柄に食いついた。
「もしかして、それ最新式のやつ?」
「えっと、貰いものなんだ。そっちは?」
「俺のは、二〇〇一年のベルガゥルさ。いいなぁ」
「剣柄に種類なんてあるのか」
羨ましそうにリィンはアレフの持っている剣柄に、目をキラキラさせて釘付けになっていた。
そんな状況を見て、リグルスニーは「さて」と言ってはアレフたちに質問をした。
「あなたたちは決闘騎士の戦い方をしっていますか?」
「もちろん知らないです」
アレフは自信あり気に頷いた。
「なら、先生から一つアドバイスです。木剣はあくまで構えるだけにしておきなさい。使うのはアーティファクトだけにして。じゃないと技量勝負で負けてしまいますから」
リグルスニーが真面目に話を切り出した。
アレフとリィンは、その雰囲気を察するようにリグルスニーの話を聞いた。
「アーティファクトだけで戦うっテ……。そもそも決闘騎士用のアーティファクトの使い方も分からないのにサ」
「授業でやっていないのだから当然です。
だから、今からアーティファクトの使い方を教えます」
リグルスニーがそう言うと、ポケットからアーティファクトを取り出した。
「いいですか。決闘騎士用のアーティファクトは基本的に声を出してアーティファクトを使います。見ててください」
リグルスニーは手に持ったアーティファクトを前に突き出すと、壁に向かって「〝イグニス(炎よ)〟」と唱えた。
アーティファクトから火の玉が飛び出し、壁を少しばかり焦がして消えていった。
いきなり飛び出した火の玉にアレフは少し驚き、生唾を飲み込んだ。
「アーティファクトを起動する言葉を知っていれば、あなたたちでも使えます。アーティファクトの撃ち合いになれば、少しばかりの勝機はあるでしょう」
「ちなみに何パーセントデ?」
「二パーセントです」
リィンが恐る恐る質問をすると、リグルスニーが笑顔で答えた。
アレフたちが更衣室から出てくると、壁際には先ほどの上級生たちがおり、中央にある闘技台の上では、すでに戦闘が始まっていた。
闘技台の上では、リーフと先ほど代表と呼ばれていた坊主頭のショーが模擬戦闘を繰り広げていた。
闘技場に木剣と木剣がぶつかり合う、重く乾いた音が響いていた。
ギリギリ二人がすれ違える幅しかない闘技台の上を、何度も入れ替わりながら、互いに渾身の一撃を叩きこんでいた。
「スゲー!」
隣にいるリィンが呟いた。
それに反応するように、アレフも闘技台から目を離さず頷いた。
リーフとショーが何度か木剣での撃ち合いをした後、突然にリーフが距離を取った。
「来るぞ」と上級生の誰かが言った。
ショーが何かを悟ったように、素早くリーフへの間合いを詰めるが、半ばあきらめたように舌打ちをしていた。
リーフの様子は決闘騎士の初心者であるアレフから見ても、次に何が起こるか予想が出来た。
リーフは革のグローブを付けた左手を前に出して「〝エストインベツス(突風よ)〟」と唱えた。
その瞬間にリーフの手のひらから勢い良く風が噴き出した。
その突風はアレフたちを巻き込むほどの暴力的な勢いで、アレフはとっさに、闘技.場の壁にしがみ付いた。
「うわぁ!」
アレフは思わず情けない声を出した。
だが、あまりの風の強さにそんなことを気にできるほど余裕はなかった。
少しでも力を緩めれば、簡単に闘技場の天井まで吹き飛ばされそうだったからだ。
横殴りの強い風の中、アレフは壁にしがみ付きながらも、闘技台のショーを見た。
ショーはなんとか木剣を床に付き差してこらえているが、その状態が保てたのは、わずか数秒だった。
ショーはうめき声と共に闘技台の上から放り出されて、床に強く打ち付けられた。
それを見たリーフはアーティファクトを止めて、闘技台から降りた。
「ショーは大分強くなったな」
汗一つかいていないリーフは、倒れているショーの傍まで寄ると手を差し出した。
ショーもそれに応えるように、リーフの手を取ると体を起こした。
「先生。あなたがアーティファクトを使うと、こっちに勝ち目がありません」
「それに対応しようと、即座に私の方に間合いを詰めたのは加点だよ,
ショー」
リーフがにこやかに笑うと、ショーも釣られて嬉しそうに笑った。
二人は繋いでいた手を再び握り直し握手をすると、闘技場から拍手が生まれた。
「あれが騎士団総長の実力か」
遠くの方からリィンが喋りながら何事もなかったように、アレフの傍に寄ってくる。
「さっきまで、隣にいなかったっけ?」
アレフの質問に、リィンは知らん顔で首をかしげて返事をした。
「さて、ここからは君たちの出番だ。アーティファクトは用意してある。自分の適性のあるアーティファクトを手にとってくれ。少し時間を取ったあと、一対一の試験を行う」
リーフが上級生たちにそう言うと、その言葉に合わせたように、リグルスニーが沢山のアーティファクトを乗せた台車を運んできた。
上級生たちの前にその台車を停めると、上級生たちは我先にアーティファクトを取りに行った。
アレフたちもその姿を見ながらも、台車の方へ足を運んだ。
「どれ使えばいいんダ?」
二人は台車を覗き込むように、アーティファクトを品定めした。
「決闘騎士学の時みたいに探す方法でいいんじゃないかな?」
アレフの言葉に頷くように、リィンは台車の上のアーティファクトに手をかざした。
何十個も乱雑に置かれたアーティファクトの中から、一つだけ反応を示すものがあった。
青色に光る宝石状のアーティファクトを手に取り、「授業では二個光ったのに」とぼそりと呟いた。
その様子を見た後に、アレフも同じように手をかざした。
手をかざしていると、またしても左目が痒くなり、アレフは左目を擦った。
案の定、アレフが手をかざしたことで残っていたアーティファクトが一斉に反応を示し、アレフたちの後ろにいた上級生たちが一斉に騒めきだした。
少し瞼が赤くなったが、アレフは反応したアーティファクトを見つめるとリーフに声をかけた。
「これって、一つまでしか使えないんですか?」
「ああ、そうだとも。決闘内容にもよるが、今回は基本一つのみで戦ってもらう」
アレフの問いかけにリーフは答える。
アレフは台車の上のアーティファクトの中から、どれにしようか考えていると、リーフが小声で「右から三番目」と呟いた。
アレフはその声の主を見るが、腕を組んで何食わぬ顔で、台車から離れていった。
アレフが右から三番目のアーティファクトを見ると、それは黒色に輝く宝石だった。
アレフがアーティファクトを手に取ると、どこからか声が聞こえた。
アレフは聞こえてきた単語に思わず、「えっ」と驚き辺りを見渡す。
だが、アレフに目がけて声をかけている人は誰もおらず。
不思議そうに思っているとリーフが声を上げた。
「さて、全員アーティファクトは手に取ったかな。先に言っておくが、勝敗は試験の評価として扱わないつもりだ。負けたとしても、決闘騎士になれないわけではない。だから、思う存分戦ってくれ」
リーフが大声で話すと、それに応えるようにアレフや上級生たちは「はい!」と応じた。
その会話の中央にはリィンが立っており、頭を掻きながら照れくさそうにしていた。
「お、真打登場だ」
誰かがそう言うと、談話室にいる生徒たちがアレフの方を見ては歓声を上げた。
アレフはあっけに取られていたが、先ほどのエトナの態度を思い出しては複雑な心境になった。
すぐさま、アレフは隣にいるエトナの顔を伺おうとするが、顔を見る前にエトナに背中を叩かれる。
叩かれた勢いで一歩前に出ては、その歓声を前に笑顔がこぼれた。
「よし、アレフ。闘技場に行く前に意気込みヲ」
歓声の輪に入ったアレフにリィンが声をかけてきた。
「意気込み?」
「ああ、なんていったっテ。一年生の授業初日にスカウト。その上、アーティファクトの適性検査で十個も起動させたんダ。そんな人間の意気込みを誰だって聞きたいだロ?」
リィンの言葉に歓声の輪は一段と大きな声援となった。
アレフは今までに味わったことのない歓声と期待に気持ちが昂った。
アレフはリィンの隣に並ぶと、周りの生徒を見ては息を整えた。
「俺は全然、決闘騎士とか分からないけど、頑張って決闘騎士になるよ!」
アレフは口上を言っては、歓声に包みこまれながらもリィンと共に闘技場へ向かった。
アレフたちが駆け足で向かった闘技場には、リーフとリグルスニー、隣には坊主頭の強面な男と、赤の寮の上級生の数十名ほど立っていた。
生徒たちが全員動きやすそうな服装をしており、アレフは自分たちがマントを羽織っていることに少し恥ずかしくなった。
「お、来たみたいだね」
リーフがアレフたちを見ると、それを追うようにその場にいる生徒の目線が集中した。
周囲の生徒たちがコソコソと話しているが、そんなことを気にせず、リーフは上級生たちの傍に寄るように言った。
アレフたちが傍によるとリーフは生徒たちに向き直った。
「今日は赤の寮の決闘騎士の選抜試験を行います。隣にいる代表騎士のショー・ミグルドを覗く、残り五人を決める試験です。去年は決闘騎士として舞台に立てた者もいるとは思うが、決闘騎士は実力で決めるもの。全員、本気で行うように」
「はい!」
その場にいた上級生たちが闘技場を轟かせるほどに大きな声で返事をした。
アレフは大きな声に体を飛び上がらせるが、上級生の真剣な眼差しを目の当たりにし、心の中で自身に渇を入れた。
「さて、これからアーティファクトを起動する。一語一句聞き逃さないように」
リーフはポケットから円盤状の金属材を取り出すと、口元に押し当てた。
アレフはそれを見ては、学校案内で説明された皇帝のアーティファクトであると一目で理解した。
円盤状のアーティファクトが仄かに青色に光りだした。
「怪我及び死傷を一切禁ずる」
リーフの発した言葉はそれだけだった。
それだけだったのでアレフは困惑した。
アニメのように派手な演出が起きるのかと思っていたが、実際は言葉を聞いただけだった。
アレフとリィンは困惑しながら顔を見合わせた。
リィンが疑問を言いかけたところにリーフの声が聞こえた。
「これで大丈夫。じゃあ、試験を始めようか」
リーフのアーティファクトは既に青色の光は失せていた。
アレフとリィンの困惑には目をくれず、闘技場の壁際まで歩いて行った。
それに従うように上級生たちも付いて行った。
現状を飲み込めない二人が佇んでいると、リグルスニーが傍に寄ってきた。
「アレフとリィンは、まずその服装をどうにかしなくては。さ、さ、こちらへ」
リグルスニーがそう言うと、闘技場の一角にある更衣室まで案内をする。
リグルスニ―に付いて行く二人だったが、この雰囲気に耐えきれなかったのか、リィンが小声でアレフに話しかけてきた。
「状況が全く分からないんだけド」
「僕も」
「リーフ先生が使ったのって、皇帝のアーティファクトだよネ?」
「多分そうだと思う」
「なんか、こう、派手な演出はなかったネ」
リィンの言葉はアレフが抱いていた感想と似ており、アレフはにやけてしまう。
それを見たリィンも釣られてにやけてしまう。
「随分と余裕そうね。チャレンジャー」
更衣室の前まで着くと、リグルスニーがアレフたちに向き直り話した。
アレフたちはにやけ顔を止めて「そんなことないです」と謙遜した。
アレフが更衣室の扉を開け、二人がヒノキの壁に囲まれた部屋に入ると、中は長椅子が一つと壁際にバスケットが数十個並べられていた。
バスケットの中には白い色をした布切れがあるくらいで、特に変わったところは見当たらなかった。
「さて、マントを脱いでください」
リグルスニーがアレフたちの背後から声をかける。
アレフとリィンは思わず目を見開く。
「リグルスニー先生。更衣室から出ないんですか?」
アレフは率直な質問を投げかけた。
ここは男子更衣室で女性のリグルスニーがいるのはちゃんちゃらおかしい話だ。
質問の意図を理解したリグルスニーは大声で笑い始めた。
「はっはっはっ! ああそうだった。別に全裸になれとは言わないです。ほら、そこのバスケットの中にマントを入れたら、白い布切れを羽織るのです」
アレフは少し恥ずかしさを紛らわせようと、きょろきょろとあたりを見渡しては、目に留まったバスケットまで寄った。
すぐにマントを取っては、代わりに白い布切れを羽織った。
バスケットから手に取るまでは分からなかったが、かなり大きな布切れで、アレフの体はすっぽりと覆いかぶさった。
リィンもアレフと同じくして、白い布切れを羽織ると「これはどうやって使うんダ?」とリグルスニーに質問した。
「その状態で、頭の中で強く念じるんだ。動きやすい服装をイメージしてみてごらん」
一通り笑いこけたリグルスニーは白い布切れの説明をした。
アレフは言われたように、先ほど着ていた上級生の服装をイメージした。
すると、一瞬だけ体を締め付けられるような感覚に陥るが、感覚が戻ると先ほど来ていた制服から妙に服が軽く感じた。
アレフは体を見渡すと、イメージしていた黒色のスポーツウェアを着ていた。
隣で着替えていたリィンも少し窮屈そうなトレーナーを着ていた。
お互いに服装を目配せした後、アレフは窮屈そうなリィンの服装をいじってやろうかと考えたが、口を開くよりも早く、リグルスニーが声をかけてきた。
「あなたたち、木剣は?」
リグルスニーに言われて、アレフは自身の体を探った。
ズボンのポケットに入れていたが、着替えたときに消えてしまったのでは、と思わず焦ってしまう。
だがそんなことはなく、着替えたボトムのポケットから剣柄が出てきた。
「大丈夫です」
アレフがかざすように柄を取り出すと、リィンはその柄に食いついた。
「もしかして、それ最新式のやつ?」
「えっと、貰いものなんだ。そっちは?」
「俺のは、二〇〇一年のベルガゥルさ。いいなぁ」
「剣柄に種類なんてあるのか」
羨ましそうにリィンはアレフの持っている剣柄に、目をキラキラさせて釘付けになっていた。
そんな状況を見て、リグルスニーは「さて」と言ってはアレフたちに質問をした。
「あなたたちは決闘騎士の戦い方をしっていますか?」
「もちろん知らないです」
アレフは自信あり気に頷いた。
「なら、先生から一つアドバイスです。木剣はあくまで構えるだけにしておきなさい。使うのはアーティファクトだけにして。じゃないと技量勝負で負けてしまいますから」
リグルスニーが真面目に話を切り出した。
アレフとリィンは、その雰囲気を察するようにリグルスニーの話を聞いた。
「アーティファクトだけで戦うっテ……。そもそも決闘騎士用のアーティファクトの使い方も分からないのにサ」
「授業でやっていないのだから当然です。
だから、今からアーティファクトの使い方を教えます」
リグルスニーがそう言うと、ポケットからアーティファクトを取り出した。
「いいですか。決闘騎士用のアーティファクトは基本的に声を出してアーティファクトを使います。見ててください」
リグルスニーは手に持ったアーティファクトを前に突き出すと、壁に向かって「〝イグニス(炎よ)〟」と唱えた。
アーティファクトから火の玉が飛び出し、壁を少しばかり焦がして消えていった。
いきなり飛び出した火の玉にアレフは少し驚き、生唾を飲み込んだ。
「アーティファクトを起動する言葉を知っていれば、あなたたちでも使えます。アーティファクトの撃ち合いになれば、少しばかりの勝機はあるでしょう」
「ちなみに何パーセントデ?」
「二パーセントです」
リィンが恐る恐る質問をすると、リグルスニーが笑顔で答えた。
アレフたちが更衣室から出てくると、壁際には先ほどの上級生たちがおり、中央にある闘技台の上では、すでに戦闘が始まっていた。
闘技台の上では、リーフと先ほど代表と呼ばれていた坊主頭のショーが模擬戦闘を繰り広げていた。
闘技場に木剣と木剣がぶつかり合う、重く乾いた音が響いていた。
ギリギリ二人がすれ違える幅しかない闘技台の上を、何度も入れ替わりながら、互いに渾身の一撃を叩きこんでいた。
「スゲー!」
隣にいるリィンが呟いた。
それに反応するように、アレフも闘技台から目を離さず頷いた。
リーフとショーが何度か木剣での撃ち合いをした後、突然にリーフが距離を取った。
「来るぞ」と上級生の誰かが言った。
ショーが何かを悟ったように、素早くリーフへの間合いを詰めるが、半ばあきらめたように舌打ちをしていた。
リーフの様子は決闘騎士の初心者であるアレフから見ても、次に何が起こるか予想が出来た。
リーフは革のグローブを付けた左手を前に出して「〝エストインベツス(突風よ)〟」と唱えた。
その瞬間にリーフの手のひらから勢い良く風が噴き出した。
その突風はアレフたちを巻き込むほどの暴力的な勢いで、アレフはとっさに、闘技.場の壁にしがみ付いた。
「うわぁ!」
アレフは思わず情けない声を出した。
だが、あまりの風の強さにそんなことを気にできるほど余裕はなかった。
少しでも力を緩めれば、簡単に闘技場の天井まで吹き飛ばされそうだったからだ。
横殴りの強い風の中、アレフは壁にしがみ付きながらも、闘技台のショーを見た。
ショーはなんとか木剣を床に付き差してこらえているが、その状態が保てたのは、わずか数秒だった。
ショーはうめき声と共に闘技台の上から放り出されて、床に強く打ち付けられた。
それを見たリーフはアーティファクトを止めて、闘技台から降りた。
「ショーは大分強くなったな」
汗一つかいていないリーフは、倒れているショーの傍まで寄ると手を差し出した。
ショーもそれに応えるように、リーフの手を取ると体を起こした。
「先生。あなたがアーティファクトを使うと、こっちに勝ち目がありません」
「それに対応しようと、即座に私の方に間合いを詰めたのは加点だよ,
ショー」
リーフがにこやかに笑うと、ショーも釣られて嬉しそうに笑った。
二人は繋いでいた手を再び握り直し握手をすると、闘技場から拍手が生まれた。
「あれが騎士団総長の実力か」
遠くの方からリィンが喋りながら何事もなかったように、アレフの傍に寄ってくる。
「さっきまで、隣にいなかったっけ?」
アレフの質問に、リィンは知らん顔で首をかしげて返事をした。
「さて、ここからは君たちの出番だ。アーティファクトは用意してある。自分の適性のあるアーティファクトを手にとってくれ。少し時間を取ったあと、一対一の試験を行う」
リーフが上級生たちにそう言うと、その言葉に合わせたように、リグルスニーが沢山のアーティファクトを乗せた台車を運んできた。
上級生たちの前にその台車を停めると、上級生たちは我先にアーティファクトを取りに行った。
アレフたちもその姿を見ながらも、台車の方へ足を運んだ。
「どれ使えばいいんダ?」
二人は台車を覗き込むように、アーティファクトを品定めした。
「決闘騎士学の時みたいに探す方法でいいんじゃないかな?」
アレフの言葉に頷くように、リィンは台車の上のアーティファクトに手をかざした。
何十個も乱雑に置かれたアーティファクトの中から、一つだけ反応を示すものがあった。
青色に光る宝石状のアーティファクトを手に取り、「授業では二個光ったのに」とぼそりと呟いた。
その様子を見た後に、アレフも同じように手をかざした。
手をかざしていると、またしても左目が痒くなり、アレフは左目を擦った。
案の定、アレフが手をかざしたことで残っていたアーティファクトが一斉に反応を示し、アレフたちの後ろにいた上級生たちが一斉に騒めきだした。
少し瞼が赤くなったが、アレフは反応したアーティファクトを見つめるとリーフに声をかけた。
「これって、一つまでしか使えないんですか?」
「ああ、そうだとも。決闘内容にもよるが、今回は基本一つのみで戦ってもらう」
アレフの問いかけにリーフは答える。
アレフは台車の上のアーティファクトの中から、どれにしようか考えていると、リーフが小声で「右から三番目」と呟いた。
アレフはその声の主を見るが、腕を組んで何食わぬ顔で、台車から離れていった。
アレフが右から三番目のアーティファクトを見ると、それは黒色に輝く宝石だった。
アレフがアーティファクトを手に取ると、どこからか声が聞こえた。
アレフは聞こえてきた単語に思わず、「えっ」と驚き辺りを見渡す。
だが、アレフに目がけて声をかけている人は誰もおらず。
不思議そうに思っているとリーフが声を上げた。
「さて、全員アーティファクトは手に取ったかな。先に言っておくが、勝敗は試験の評価として扱わないつもりだ。負けたとしても、決闘騎士になれないわけではない。だから、思う存分戦ってくれ」
リーフが大声で話すと、それに応えるようにアレフや上級生たちは「はい!」と応じた。
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