騎士アレフと透明な剣

トウセ

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第七章

禁書庫に隠された七年前の記憶 (2)

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赤の寮に戻ったアレフたちは教科書を置き、ジャージに着替えて剣柄を手に持っては校庭へ直行した。

校庭にはすでに、リーフとローレンスが芝生の上で待っていた。

赤の寮の生徒たちが到着する頃には、既に黒の寮の生徒が集まっていた。

「げ、合同の授業なのカ」

「オズボーンもいるってことか」

リィンが嫌そうに言った。

アレフも賛同するように相槌を打った。

赤の寮と黒の寮の生徒が全員揃った。

校庭を通る風にローレンスはマントをはためかせながら、生徒全員を見渡した後「ふむ」と頷いた。

「今日は知っている者も多いと思うが、剣術の授業を行う。担当するのは私とリーフ先生の二人で剣術を教えることとなる。では手始めに、リーフ先生よろしく頼む」

「分かりました」

リーフはそう言うと、一歩前に出て、円盤状のアーティファクトを口元に押し当てた。

「皆さんに怪我がないよう剣術を学んでください」

リーフがアーティファクトを輝かせた。

リーフの放った言葉に何かの演出が起きるわけでもなく、何の実感を得ないまま、リーフが「これで大丈夫」というものだから、たちまち生徒の間でざわめきが生まれた。

「静かにしなさい。問題なく皇帝のアーティファクトはワシたちにかかっているとも」

そういったローレンスは、胸ポケットから折り畳み式のナイフを取り出すと、おもむろに自身の手のひらを勢い良く切って見せた。

それを目撃した生徒はもちろん、あのオズボーンだって顔をしかめていた。

しかし、ローレンスが切った手のひらが、流血しているわけでもなく、ローレンスはマジックの種明かしをするかのように、手のひらを見せびらかせて笑って見せた。

「ほれ、大丈夫だ」

アレフは決闘騎士の試験を受けたときに、もとよりその効果がどれほどすごいか知ってはいたが、それでも反射的にローレンスの一連の行動に、思わず目を瞑ってしまう。

「さて、皆のもの。自分の木剣は持っておろうな。無い者は貸し出そう。では、授業を始める」

素振りや打ち合いの稽古、剣の振るい方を一時間ほど受けたときだった。

度々アレフの視界に入ってきたオズボーンが、素振りをしているように見せかけ、木剣を飛ばしてきた。

アレフは突然飛んできた木剣に対応できず、顔面に直撃してしまい、尻もちをついてしまう。

「うわぁ!」

アレフの顔に木剣が直撃したのを目の当たりにした生徒は驚きを隠せなかった。

「おっと、失礼。大丈夫かね、クロウリー君。ああそうだった、皇帝のアーティファクトのおかけで怪我はしないんだったね」

「アレフ!」

その惨劇を見て、エトナとリィンがアレフの傍に寄ってくる。

エトナが倒れたアレフを支え、リィンがオズボーンに啖呵を切った。

「お前、性懲りもなク!」

「怪我はしないんだろ? だったら、問題はあるまい。な?」

オズボーンは取り巻きのクィールとハンズに確認するように邪悪な笑みを浮かべると、それに従うようにクィールとハンズも鼻で笑った。

「お前!」

リィンがオズボーンに向けて木剣を突き出す。

リィンは物凄い剣幕でオズボーンを睨むが、それに臆することなく、見下した目でリィンを見ていた。

一触即発の雰囲気に、周りの生徒が練習を止めて様子を伺いに来ていた頃だった。

「それまでじゃ」

マーガレットがローレンスを連れて、オズボーンとリィンとの間に割って入った。

ローレンスはリィンの突き出した木剣を手で押さえながら、二人の顔を睨み付けた。

「全く何をしているかと思えば、また、お前さんたちが喧嘩をしているのか」

「違ウ! 全面的にこいつが悪イ!」

「ふん」

オズボーンが鼻で笑う。

その姿に、リィンの剣幕もより一層怖くなった。

「アレフは大丈夫かな?」

ローレンスの呼びかけに、アレフは立ち上がり「大丈夫です」と答えた。

その様子を見ていたリィンは構えていた木剣を下ろした。

すると、ローレンスは何か思いついたように「そうじゃ」と呟いた。

「そんなに血の気が多いのなら、決闘騎士の試合をやってみるかな」

リィンはローレンスの方を見て、「試合ですカ?」と尋ねた。

ローレンスは「そうじゃとも」と言い、オズボーンは「いいだろう」と余裕そうに答えた。

「こんな、落ちぶれた国の出身の男に負けるわけないからな」

「誰が落ちぶれた、だっテ?」

「まぁまぁ、落ち着きなさい」

今にも飛び掛かろうとするリィンに、ローレンスは肩に手を置いた。

「それに戦うのはリィンではなく、アレフが行うべきだろう。最初に被害を受けたのはあの子なんだからな」

ローレンスがもう一度、リィンの肩に手を乗せると、リィンに後ろを見るように促した。

リィンは後ろを振り返った。

そこには木剣を強く握りしめ、静かに憤怒していたアレフの姿があった。

授業は一時中断となり、集まった生徒たちの前にアレフとオズボーンが立っていた。

二人の間にリーフが立っており、その隣にはオズボーンが見守っていた。

二人の周りには、石灰で描かれた急ごしらえの闘技台が作られていた。

「ルールは簡単じゃ。どちらか一方が尻もちを付くか、場外へ出てしまうか、木剣を弾かれたら試合終了じゃ。良いな?」

アレフとオズボーンは頷いた。

アレフが決闘騎士の試験で行った木剣を目の前に、左手を後ろに構える姿を取ると、急いでオズボーンも同じ構えを取った。

「残念だったね、クロウリー君。僕は昔から父上に剣術を習っていたんだ。腕前だったら君になんか負けない。悪騎士の娘の飼い主が」

「そのよく喋る口の前歯を折ってやる」

リーフは二人の嫌味にやれやれといった顔をしており、オズボーンは「ふぉふぉふぉ」と笑っていた。

「……。始め!」

リーフの掛け声とともに、オズボーンは「やあー!」と勢い良く木剣を上段から叩きつけた。

アレフは斬撃を受け止める。

勢いは凄まじいが、何とかアレフも打ち返してみせた。

だが、オズボーンは打ち込んでは下がり、また打ち込んでは下がる、といった攻撃の仕方で、じりじりとアレフを場外に追い詰めていった。

「はん。口だけか? クロウリー」

鍔迫り合いになった時、オズボーンはアレフを煽った。

アレフはオズボーンの木剣を払おうとする。

その直後だった。

アレフの行動を見越していたかのように、オズボーンは木剣を素早く引き、アレフの横腹を木剣で叩いた。

「うぐっ!」とアレフは悲痛な声を上げ、見ている生徒たちからはどよめきが走った。

エトナは思わず目を閉じ、リィンは歯を食いしばって、マーガレットはじっとアレフを見つめていた。

しかし、アレフが膝を突くことはなかった。

少し後退りながらも、何とか木剣を持ち構えた。

「はっ。まだやるのか」

オズボーンは退屈しきったような顔に微笑みを浮かべた。

オズボーンが上段に木剣を構えた時だった。

その時だった。

視界に赤い糸がすっと現れ、オズボーンに向けて伸びていた。

アレフが疑問を抱く前にオズボーンが切りかかってくる。

信頼しきっている赤い糸に、アレフは身を委ね、赤い糸を辿るようにオズボーンの左脇からするりと通り抜けた。

オズボーンは当たると思った木剣が空振りをし、目を真ん丸にした。

生徒たちの間からも「おー」といった感嘆の声も上がった。

「ほう」

「すげー、避けタ」

ローレンスとリィンが声を漏らした。

かく言うアレフも十二分に驚いていた。

だが、驚いている場合じゃない、とアレフはすぐさまオズボーンの方に向き直った。

「運が良かったじゃないか、クロウリー」

オズボーンの顔からは怒りの色が見えていた。

オズボーンは木剣を握り直すと、勢いよくアレフに迫った。

アレフの視界には赤い糸が漂っていた。

今度はオズボーンの右脇に向かって伸びており、その通りにアレフはオズボーンの攻撃をかいくぐって見せた。

素早くアレフがオズボーンの方に振り返ると、オズボーンの背中に目がけて、赤い糸が伸びていた。

オズボーンが振り返る前に、アレフはオズボーンの背中に目がけて木剣を振るった。

オズボーンは切り込んだ勢いと、アレフから木剣で背中を叩かれた勢いで、前のめりに倒れ込んでしまう。

「そこまで!」

リーフの掛け声が校庭に響き渡った。

途端、赤の寮の生徒から拍手が生まれた。中には立ち上がり、指笛を鳴らす者もいた。

アレフは乱れた呼吸を整えながら、赤の寮の生徒たちに笑顔でこぶしを突き上げた。

対比するように、黒の寮の生徒たちは落ち込んだ様子を見せていた。

取り巻きのクィールとハンズは、オズボーンに駆け寄って体を支えていた。

各々が喜び落ち込む姿に、リーフは「挨拶してほしいんだけどなぁ……」と苦笑いしながら、ぼそりと呟いていた。

「見事であった。アレフ、それにシリウス・オズボーン。二人ともよくぞ戦い切った」

ローレンスは拍手しながらアレフたちに近づいた。

「シリウス・オズボーン。君は剣筋がいい。試合中、油断しなければ君は勝てていただろう」

立ち上がったオズボーンは今にも泣きそうな顔をして、耳を赤くしていた。

そんなオズボーンに優しくローレンスは微笑んだ。

「アレフ・クロウリー。君は剣術こそまだまだだが、磨けば必ず最強の騎士になるだろう」

オズボーンを慰めたあと、アレフに振り返り微笑みかけた。

「はい学院長。頑張ります」

アレフもにこやかにローレンスへ笑顔を返した。

「さて諸君。もう一度、この勇敢な者たちに大きな拍手を送ろうぞ」

ローレンスが高らかに言うと、アレフは再び拍手に包まれた。

アレフはオズボーンを一瞥した。

オズボーンは口を半開きにしながら放心状態でクィールとハンズに支えられており、とても周りの拍手を聞けている状態ではなかった。

オズボーンの姿にアレフはニヤついてしまった。

オズボーンとの試合が終わり、アレフは赤の寮に帰る道すがら、エトナやリィンに囲まれながら褒められていた。

「四大貴族って大した実力を持ってなかったナ」

「見ていてスッキリしたよ、アレフ」

「アレフがあいつの攻撃を貰った時は、どうなるかと思ったけど。次の瞬間に身軽に県を避けてたのは格好良かったナ」

「偶然、避けれたんだ。大振りに剣を振っていたから、何となくこう避けれるだろうなって」

本当は赤い糸が見えて、避け方を教えてくれたなどとは、アレフは口に出来なかった。

きっと、言ったこところで信用してもらえないし、変な人なんだなと思われてしまうのがとても嫌だった。

「アレフ! リィン! 少しいいかい?」

校庭の方からリーフが大声を上げて二人を呼び止めた。

何事かとアレフたちは顔を見合わせた。

「決闘騎士の試験の話かもしれなイ」

アレフはリィンの言葉に頷いた。

二人がリーフの元へ走っていくと「私も聞きたい」と言って、エトナはアレフたちの後を付いて行った。

「どうしたんですか、リーフ先生」

「アレフ。今日の試合はおめでとう」

リーフはアレフに微笑みかけ、手を差し出してきた。

アレフもその言葉に「ありがとうございます」といい、差し出された手を握った。

アレフとリィンが握手をしたあとリーフが口を開いた。

「決闘騎士の試験についてなんだが……」

やっぱりか、と言わんばかりに、アレフとリィンは笑顔になった。

「まずは、リィン。君が決闘騎士の試験で見せてくれた剣技を買い、決闘騎士の補欠として、これからの練習に立ち会って欲しい」

その言葉にリィンは、驚きを隠せないほど満面の笑みになった。

それもそのはず、そもそも一年生の時点で、決闘騎士の試験にすら受けることは難しいのだから、補欠だろうとかなり光栄なことだった。

「ありがとうございまス!」

アレフはリィンの背中を叩き、一緒に喜びを分かち合った。

「次にアレフなんだが……」

リーフは歯切れが悪そうに話した。

笑顔だったアレフの表情が、一瞬で不安そうな表情になった。

「もしかして、俺は不合格でした?」

アレフの不安は思わず口に出ていた。

リーフは首を横に振り「違うさ」と返事をした。

「最初は補欠にしようと考えていたんだが、君が良ければ学院対抗の決闘騎士の試合に出てみないかい? 春にあるんだが」

「凄いことじゃないカ!」

リィンは自分の事のように、笑顔でアレフの肩を叩いた。

エトナもこれには驚きを隠せられずに笑顔になっていた。

「あー、確かに凄いことなんだが、僕が心配しているのは、精神的な面であってね。春の決闘騎士の試合は、その年の学院の優勝杯を掴むための戦いなんだ。他にも、三年生とかが、騎士団からスカウトを受ける場でもある。そういった場所に、一年生の君が出るのはと思ってしまうのだが、僕個人の意見としては出て欲しくてね……」

リーフは頭を悩ませながら話していた。

その姿を見ても、アレフの意志は変わらなかった。

アレフはエトナの顔をちらりと見ると、エトナは笑顔で頷いた。

「出てみたいです」

リーフの不安そうな表情は消え、真剣な表情へと変わった。

「いいのかい? もし君が試合で負ければ、それは三年生の進路にも響くことになる。セフィラ報道新聞にも、悪評を書かれることもあるかもしれない。それでもいいのかい?」

リーフは何度も確認を取る。

それでも、アレフの決意が揺らぐことはなかった。

「そうだとしてもやりたいんです」

決闘騎士の試験の直前、アレフはエトナに話した言葉を思い出していた。

きっと、それはエトナも思い出していただろう。

今のアレフには、辞退するという言葉は見当たらない。

アレフの真っ直ぐな眼差しを見て、リーフは「分かった」とだけ呟いた。

「なら、今日の放課後、さっそく練習をしよう。君たち二人は、学ぶべきことはたくさんあるからね」

リーフはそう言うと、アレフたちに手を振りながら、職員室へと歩いて行った。

その姿を見送った後、アレフたちはもう一度喜びを分かち合うのだった。
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