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二十二話
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慌ただしく処置室に入っていく冬馬を見届けてから、一時間が経った。結局、救急車の中でも冬馬が目を覚ます事はなかった。しかし、ラティーヌが止血をした事で出血量は病院に着く頃には少なくなっているように感じた。
ラティーヌと晴翔は処置室に近い椅子に腰を下ろすと、只々祈った。どうにか無事でいてほしい。二人の間に特に会話はなかったが、気持ちは同じだった。
「おい!冬馬はどうなんだ⁈」
そこへ、栄が慌てた様子で此方へ駆けて来た。
冬馬が処置室に入って直ぐ、無断で仕事を抜けていた事を晴翔が栄に連絡したのだ。勿論尊との間に何があったのか、冬馬に何があったのかも詳細に語った。
黙って聞いていた、栄だったが、
「あのバカがっ!」
と尊に怒りを滲ませると、すぐに病院へ向かうと返事があった。
普段は落ち着いて、何があっても動じない栄だが、この時ばかりは息を切らして、髪も少し乱れており、急いで来たことが見てとれた。
「処置室に入ってから一時間くらい経ちますがまだ・・・」
晴翔の言葉に栄は、
「そうか・・・」
と一言返すと、晴翔やラティーヌの隣に腰を下ろした。ラティーヌが暗い瞳を栄に向ける。
「あいつはどうなりましたか?」
栄は直ぐにそれが尊の事だとわかった。
「連行された奴らから話を聞いて、尊の行方を追っているそうだが、まだ捕まってないみたいだな。」
「今までもこんな事があったんですか⁇」
「ラティーヌ!」
ラティーヌの栄を責めるような口調に晴翔が慌てて止めに入る。
栄は晴翔の牽制を手で制すとラティーヌに向かって話始めた。
「今までも他の連中に嫌がらせをしているのは知ってた。でもここまで酷いのは今回が初めてだ。しかし、いつかはこうなる危険をあいつは孕んでいた。それを承知で雇い続けていた俺にも責任はある。すまない。」
淡々とした口調だが、その中には悔しさも滲んでいた。栄にとっても今回の事は相当堪えているようだ。
「いえ、貴方を責めても、どうしようとない事はわかっているんです。悪いのは絶対にあいつですから。でも、冬馬に何かあったらと思うと冷静でいる事なんてできないんです。私はどうしたら•••」
「ラティーヌ•••」
ラティーヌの悲痛な言葉を聞いて、晴翔が涙を流す。栄も苦しそうに眉を寄せ、俯いていた。重苦しい空気が三人を包む。
バンっ!
その時処置室の扉が開いた。三人は弾かれたようにそちらに目をやる。
数名の看護師がベッドで眠る冬馬を病室に運ぼうとしていた。
「あの!冬馬の具合はどうですか⁉︎」
ラティーヌが看護師たちに縋り付くように容体を尋ねる。
「詳しい話は医師から伝えますので、そちらでそのままお待ちください。」
無常にもそれだけ返すと、冬馬と共に三人の看護師は去っていった。頭に包帯を巻き、点滴の管を付けた痛々しい冬馬の姿にラティーヌは胸が苦しくなった。
そのまま力なく椅子で項垂れる三人だったが、程なくして、目の前に医師が現れた。
「矢野冬馬さんのお知り合いの方ですか?」
「はい、職場の上司と同僚たちです。」
栄が淀みなく答える。
「矢野さんの容体についてお話したいのですが、よろしいですか。」
「はい!」
三人は勢いよく答えた。医師は直ぐに近くの部屋に案内し、三人を座らせた。
医師は一見穏やかに見えるが、ラティーヌたち三人には緊張感がはしる。
「単刀直入に申し上げますが、矢野さんは命に別状はありません。」
医師の言葉に、晴翔とラティーヌが大きく息をつく。
「只、出血量が多かったので当分の間は絶対安静となります。」
冬馬の血の量を思い出し、晴翔がブルっと身を震わせた。
「頭の傷自体はそこまで深く無かったのですが、縦に切れた傷の範囲が思った以上に広く、結果出血量が増えたようですね。救急車が到着するまでに、もし止血をしてなかったら命は危なかったと思います。賢明な判断でしたね。」
ラティーヌは怒りに任せて尊を追わなくて良かったとこの時初めて感じた。そして、自分を止めてくれた晴翔に感謝した。
「今は麻酔で眠っていますが、その内目を覚ますと思いますよ。でも、あちこちに打撲痕もありますし無理はさせないであげてください。」
医師の落ち着いた口調に、三人は平静を取り戻し始めた。
「矢野さんの怪我の具合を見る限り、事件性が高いので、これから警察の方に話を聞かれることもあると思いますが、その時はご協力をお願いします。」
医師は最後にそう告げると席を立った。三人もそれに続いて部屋を後にする。部屋を出た途端、晴翔がその場にへたり込んだ。
「よかった~。」
その言葉で一気に三人の空気が和んだ。
「やっぱり冬馬は強いですね。本当によかったです。今すぐにでも顔が見たい。」
ラティーヌも泣き笑いのような顔で晴翔の背を撫でた。
「俺は一旦仕事に戻る。お前らは明日も休みにしてやるから冬馬についていてやってくれ。」
栄はそう言うと踵を返した。普段は威圧感のある表情だが、この時ばかりはホッとしたような優しい表情だった。
栄が帰った後、すぐに二人は冬馬の病室に向かった。ラティーヌは病室に入ると直ぐに冬馬の様子を観察する。未だに目を覚さない冬馬だが、胸が微かに上下するのを見て、自力で呼吸を繰り返す冬馬に愛しさが込み上げる。それと同時に至る所にできた打撲痕を見て、どんなに痛かったかと胸が軋んだ。
絶対にもう冬馬を傷つけさせない。病室でラティーヌは拳を固く握ると密かにそう決意するのだった。
ラティーヌと晴翔は処置室に近い椅子に腰を下ろすと、只々祈った。どうにか無事でいてほしい。二人の間に特に会話はなかったが、気持ちは同じだった。
「おい!冬馬はどうなんだ⁈」
そこへ、栄が慌てた様子で此方へ駆けて来た。
冬馬が処置室に入って直ぐ、無断で仕事を抜けていた事を晴翔が栄に連絡したのだ。勿論尊との間に何があったのか、冬馬に何があったのかも詳細に語った。
黙って聞いていた、栄だったが、
「あのバカがっ!」
と尊に怒りを滲ませると、すぐに病院へ向かうと返事があった。
普段は落ち着いて、何があっても動じない栄だが、この時ばかりは息を切らして、髪も少し乱れており、急いで来たことが見てとれた。
「処置室に入ってから一時間くらい経ちますがまだ・・・」
晴翔の言葉に栄は、
「そうか・・・」
と一言返すと、晴翔やラティーヌの隣に腰を下ろした。ラティーヌが暗い瞳を栄に向ける。
「あいつはどうなりましたか?」
栄は直ぐにそれが尊の事だとわかった。
「連行された奴らから話を聞いて、尊の行方を追っているそうだが、まだ捕まってないみたいだな。」
「今までもこんな事があったんですか⁇」
「ラティーヌ!」
ラティーヌの栄を責めるような口調に晴翔が慌てて止めに入る。
栄は晴翔の牽制を手で制すとラティーヌに向かって話始めた。
「今までも他の連中に嫌がらせをしているのは知ってた。でもここまで酷いのは今回が初めてだ。しかし、いつかはこうなる危険をあいつは孕んでいた。それを承知で雇い続けていた俺にも責任はある。すまない。」
淡々とした口調だが、その中には悔しさも滲んでいた。栄にとっても今回の事は相当堪えているようだ。
「いえ、貴方を責めても、どうしようとない事はわかっているんです。悪いのは絶対にあいつですから。でも、冬馬に何かあったらと思うと冷静でいる事なんてできないんです。私はどうしたら•••」
「ラティーヌ•••」
ラティーヌの悲痛な言葉を聞いて、晴翔が涙を流す。栄も苦しそうに眉を寄せ、俯いていた。重苦しい空気が三人を包む。
バンっ!
その時処置室の扉が開いた。三人は弾かれたようにそちらに目をやる。
数名の看護師がベッドで眠る冬馬を病室に運ぼうとしていた。
「あの!冬馬の具合はどうですか⁉︎」
ラティーヌが看護師たちに縋り付くように容体を尋ねる。
「詳しい話は医師から伝えますので、そちらでそのままお待ちください。」
無常にもそれだけ返すと、冬馬と共に三人の看護師は去っていった。頭に包帯を巻き、点滴の管を付けた痛々しい冬馬の姿にラティーヌは胸が苦しくなった。
そのまま力なく椅子で項垂れる三人だったが、程なくして、目の前に医師が現れた。
「矢野冬馬さんのお知り合いの方ですか?」
「はい、職場の上司と同僚たちです。」
栄が淀みなく答える。
「矢野さんの容体についてお話したいのですが、よろしいですか。」
「はい!」
三人は勢いよく答えた。医師は直ぐに近くの部屋に案内し、三人を座らせた。
医師は一見穏やかに見えるが、ラティーヌたち三人には緊張感がはしる。
「単刀直入に申し上げますが、矢野さんは命に別状はありません。」
医師の言葉に、晴翔とラティーヌが大きく息をつく。
「只、出血量が多かったので当分の間は絶対安静となります。」
冬馬の血の量を思い出し、晴翔がブルっと身を震わせた。
「頭の傷自体はそこまで深く無かったのですが、縦に切れた傷の範囲が思った以上に広く、結果出血量が増えたようですね。救急車が到着するまでに、もし止血をしてなかったら命は危なかったと思います。賢明な判断でしたね。」
ラティーヌは怒りに任せて尊を追わなくて良かったとこの時初めて感じた。そして、自分を止めてくれた晴翔に感謝した。
「今は麻酔で眠っていますが、その内目を覚ますと思いますよ。でも、あちこちに打撲痕もありますし無理はさせないであげてください。」
医師の落ち着いた口調に、三人は平静を取り戻し始めた。
「矢野さんの怪我の具合を見る限り、事件性が高いので、これから警察の方に話を聞かれることもあると思いますが、その時はご協力をお願いします。」
医師は最後にそう告げると席を立った。三人もそれに続いて部屋を後にする。部屋を出た途端、晴翔がその場にへたり込んだ。
「よかった~。」
その言葉で一気に三人の空気が和んだ。
「やっぱり冬馬は強いですね。本当によかったです。今すぐにでも顔が見たい。」
ラティーヌも泣き笑いのような顔で晴翔の背を撫でた。
「俺は一旦仕事に戻る。お前らは明日も休みにしてやるから冬馬についていてやってくれ。」
栄はそう言うと踵を返した。普段は威圧感のある表情だが、この時ばかりはホッとしたような優しい表情だった。
栄が帰った後、すぐに二人は冬馬の病室に向かった。ラティーヌは病室に入ると直ぐに冬馬の様子を観察する。未だに目を覚さない冬馬だが、胸が微かに上下するのを見て、自力で呼吸を繰り返す冬馬に愛しさが込み上げる。それと同時に至る所にできた打撲痕を見て、どんなに痛かったかと胸が軋んだ。
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