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第15話 クレームには中指を

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 夕日が事務所に差し込む午後5時。土師は携帯を両手で支えながら頭を何度も下げ続けていた。

 嫌味な声色がスピーカーから漏れ、隣に座っている安保にも聞こえてきた。そのあまりに一方的な物言いに、流石の安保も眉を顰める。

「はい……はい、申し訳ありません。いえ、もちろんでございます、はい……ではお伺いさせていただき、改めて……はい、恐縮ですがお願いいたしま、あっ」
「……大丈夫ですー? 土師くん」
「あはは、電話切られちゃいました……」
「ふーん。ざっくり聞いてましたけど、今回の件、土師くんだけが悪いんじゃないんですよね? 割と5:5くらいの印象だけど」
「まぁ……でも、やっぱりお客様相手ですし、これもお仕事ですから……でもやっぱ、あんだけ言われると凹むなぁ……」

 土師は携帯を握りしめたまま、机に伏せる。まだ気持ちの切り替えが難しいようで、あー…、だの、でもなー…、だのと唸り続けていた。

 失敗・クレームはずるずると考え込まず、上司に報告の上どう取り戻すかを即座にに考えるべき、というのが一般論だが、いかに社会人といえども人間。嫌なことを言われれば普通に凹む。

 うなだれ続ける土師の姿を見て、安保は思案する。何だかんだ、土師は可愛い後輩なのだ。
 やってしまったことは彼自身が解決しなければならないが、彼のメンタルを持ち上げるくらいなら、手伝ってやっても良いだろう。

 安保は善意100%の気持ちで、土師に話しかける。
「土師くんよ、一つアドバイスをあげよう」
「え? は、はい。なんでしょうか……?」

 神妙な様子の安保を見て、土師は頭を持ち上げ佇まいを正す。そして安保は、信託を告げる巫女のように重々しく口を開いた。

「――中指を飼いなさい」
「……はい?」
「心に、中指を飼いなさい」
「ちょっと何言ってるのかわかんないんですが……」
 困惑する土師を意に介さず、安保は語り始める。

「君の心に、中指を飼うのです。そいつは土師くんが理不尽な目に遭った時、相手にイラっとした時、常に相手方に対して大きく、そして美しく中指を立ててます。土師くんが悪いとか関係ない。心の中指は常に君の味方をしてくれる。中指は君とともにあり、どのような状況でも中指を立てる準備をしてくれている。土師くんはそんな中指を、心に飼うべきなんです。わかりますね?」
「えっ、ぁ、えぇっ……?」
「わからないですか、ではより詳しく語りましょう――」
「やめろ安保!! 土師を洗脳するな!!!」
 実は最初から事務所に居た澤山が、ドクターストップならぬ上長ストップをかけた。

 安保は唇を尖らせながら、澤山のほうを振り向く。
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよー。後輩に、メンタルを健康に保つためのアドバイスしてるだけじゃないすか。邪魔しないでくださーい」
「何がアドバイスだ、完全に宗教勧誘だろ。いいから、土師をこっちに寄こしなさい!」
「………………」
「心の中指を立てるな!!」

 その後土師は、安保の奇行のおかげで気持ちが切り替わり、中指を飼うことなく落ち着いてトラブルに対応することができたのだった。
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