灰色の魔女

瀬戸 生駒

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第1章 DDH-24[カージマー18]

プロローグ

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「相席よろしいですか?」
 不意にかけられた声に、私はトーストを咥えたまま、声の主を一瞥した。
 赤いライトスーツに革ジャケットを羽織った、二十歳過ぎの男性だ。
 髪の毛は淡いブラウン、あるいはくすんだブロンドか?
 挨拶のつもりか、サングラスを少し上に上げて、目を見せた。
 瞳の色はグリーンがかったブルー。
 若干垂れ目気味だが、美形のカテゴリーに辛うじて入れられる程度には整った顔立ちだ。
 身長は190cmはあるだろうが、無重力空間では人間は縦に伸びやすい。標準身長くらいだと思う。

 とりあえず「及第点」を与えて、私はこくんと頷いた。
 ただし、それだけ。
 辛うじて及第点の男を相手に、せっかくのパリパリトーストをあわてて飲み込み、ましてシャキシャキのサラダを無駄にしたくはない。
 言い換えるならば、及第点ではあるが、トースト以下、かな?

 ここはメインベルトに浮かぶ中継コロニーの、宇宙桟橋に隣接された軽食ブースでの一コマ。
 無重力で宇宙を旅してきた船乗りは、コロニーの「地表」に降りる前に、ここで軽食をとったり仮眠したりして時間を潰すのが常だ。
 そうしないと、コロニーのサイズにもよるが、急激なGの変化に身体が対応できず、地上に降りてもベッドで出航まで突っ伏しているか、最悪トイレで吐き続ける羽目になるから。
 もっとも、ベテランの船乗りなら、すぐ地上に降りるエレベーターに乗っても身体の許容マージンが大きく、軽いめまいを覚えるくらいですむけれども、あわてて地上に降りたところで、さして意味はないだろう。
 それくらいなら、完全なゼロGから、宇宙港の0.1G以下とはいえ重力に身体を慣らしつつ食事を楽しむ方がいいに決まっている。
 コロニーには「地表」があり、フレッシュな野菜も採れるのだから。
 船乗りにとっては、フレッシュで歯ごたえのある野菜は、最高級のステーキよりも、ある意味貴重品と言える。

 ストローを挿した蓋付きカップのホットミルクを時折口に含みながら、無言で口を動かした。
 相席になった男はひっきりなしにしゃべっているが、私は、食事は無言で手早くが習い性になっていて、聞いてやる義理はない。
 そのうち、相手は身振り手振りを交えだし、声のボリュームもどんどんヒートアップしているが、食事が終わるまでの風変わりなBGMとでも思うことにしよう。

 順番が前後したけど、私はケイ=クワジマ。
 アッシュグレイの髪の毛を肩の長さでそろえている。
 身長は170cmに若干届かないし、胸も若干……形はいいけど、サイズが……成長期やもん!
 と、言い張っているが、実は正確な生年月日は自分も知らない。
 もちろん、生まれた木星には記録があるだろうけど、火星で資格を取るとき、試験の日付を誕生日にして、年齢も受験可能年齢に水増ししたので、私には生年月日が2つある。
 そもそも、火星と木星では公転周期が違うから、「1年」と言っても差があるし、さらに宇宙船の中では地球時間に準拠してるので、年齢は意味がない。
 けど、計ったらちゃんと2mm大きくなっていたので、成長期だ!

 と。
 いきなり、男の手が私の頬に触れた。
 思わず吹き出しそうになるのを辛抱して口の中のホットミルクを飲み込み、改めて男を見た。
 男は口の端を若干あげて、にやけながら尋ねてきた。
「いくらだ?」

 ????

「Bセットやから。メニュー表見たらええやん?」
 確かに人類の半分は文字が読めないが、文字の読めない船乗りはいない。
 それなりの広さを持つラウンジは、ライトスーツに上着を羽織った、つまりは船乗りで賑わっている。
 彼自身、全身で「俺は船乗りだ!」とアピールするような格好をしているが、ひょっとしたら船乗りに憧れて格好をまねているだけの、コロニーの住民かな?
 船乗りに憧れるんなら、格好よりも、まず文字を覚えろ!

 どん!

 私の言葉と表情をどう汲み取ったのか、男が激高して、力任せにテーブルをたたいた。
 0.1Gに満たないラウンジの重力で、ふわりと皿が浮き、まだ半分以上残っているサラダが宙を舞って、べちょりと床に落ちた。
 ううう……胸に行くはずの栄養が~~~!

 私は椅子を蹴って立ち上がり、男の顔を指さして怒鳴りつけた。

「ダボ!」
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