灰色の魔女

瀬戸 生駒

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第1章 DDH-24[カージマー18]

木星

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 木星。
 太陽系の惑星の中で最大の質量を誇り、「太陽になり損ねた惑星」とも呼ばれることがある。
 観測によると、中心部では水素が核融合を起こしているらしく、かすかに発光し、自ら発熱していることがわかっている。
 が、一般的には「1つ目」の方が有名だ。
 太陽系の交点平面に対し完全に直立しているので、この惑星がリングを持っているとわかったのは、20世紀になってから。
 最初期には4つしか衛星を持たないと思われていたが、観測を進めるたびに衛星が増えて、今は「最低70個」が正解らしい。
 功名心に駆られた天文学者がデブリと呼べるような、直径数メートルのものまで「衛星」として発見申請してくるので、とっくに数えるのを諦めた。
 惑星の質量が巨大なため、デブリやデブリもどきの衛星を、時には彗星すら飲み込んで、どんどん自分の質量を増やしている。
 数万年後か数億年後には、本当に「第2の太陽」になるかもしれない。
 もっとも、それを観測できるほど、人類という種が長命とは思えないけれども。

 私の船は、DDH-24[カージマー18]と登録している。
 船籍は火星。
 平甲板を持つ貨客船で、全長248メートル。
 赤に近い朱色をしている。
 民間の貨客船だが、木星は今、そこを拠点としていた大富豪の遺産相続がこじれて、事実上の内戦状態になっている。
 そんなところにわざわざ出かける観光客など、まずいない。
 スクープ狙いのジャーナリストか、非公式に有力者と面会を望むワケアリくらいだ。
 こいつらは「部屋でじっとしていろ!」という5歳児レベルの躾もできていないので、船内のカーゴブロックに閉じ込めて、ロックをかけている。
 というわけで、「本命」は平甲板を利用して船体よりも遙かに巨大な岩塊を乗せ、ついでに20本近いケーブルをつないで、大小の岩石もまとめて引っ張っている。

 ……正確じゃないな。
 火星で初期加速をもらって、この船もろとも木星へ向けて飛んでいるだけ。
 この船の役目は、巨大岩石に無数に打ち込んでいる「スラスター」と呼ばれる推進器を操作して、より正確に届けるための舵であり、舵を動かすためのコントロールだ。
 なにせ、火星から木星までは光でも45分もかかる。
 とっさのアクシデントに対応するためには、誘導する船は近ければ近いほどいい。
 が、木星が危なくなっている今、ヘタにふゆふよ飛んでいたら、何かの間違いで沈められかねない。
 最も安全なのは、巨大岩石の裏側に張り付いているのが一番だ。

「船長。ポイントまで0600。データ送ります」
「ありがと」
 次席航海士に手を上げ、声と動作で礼を示した。
「船長」というのは、私だ。
 木星紛争の初期に、どさくさに紛れてこの船を手に入れたら、流れで船長にされてしまった。
 もっとも、自分にOLが務まるとも思えないから、結果オーライかな?

 ついでだから、自己紹介でもしておこう。
 私はケイ=クワジマ。
 肩まで伸ばしたアッシュグレイの髪にブラウンの瞳を持つ。
 年齢は……わからない。
 木星のしかるべきところには記録もあるだろうけど、そのために冒険をするほど無謀じゃない。
 火星で、船を動かすための資格(航海士)をとろうとして、どうも年齢が足りなかったっぽいので水増しして、つでに試験の日を生年月日にした。
 当時は幼かったし、それのメリットもデメリットもわからなかったから、それで押し通すことにした。
 体重は不明。
「不詳」じゃなくて……体重を量るためだけに1Gを作るなんて浪費はできないから、マジでわからない。

「航海士」は、少しややこしい。
「正航海士」というか「航海士長」は、いろいろあって空席だが、次席航海士を「航海士長」、彼の部下を「次席」と呼称している。
 ただ、この船が竣工してからこうなんで、別に不自由はない。
 その次席航海士は、この船に乗るまで巡洋艦の艦長をしていたという変わり者だ。
 いざとなれば、彼に職務や判断を丸投げできるほどのキャリアもあって、「副長」を兼ねてもらっている。

「機関士」と「次席機関士」も、元軍人。
 とあるコロニー国家で、警察官兼軍人だったのをスカウトした。
 ブリッジクルーから、何かにつけて「機関士長に気をつけろ」と言われているが、優しい兄貴分くらいにしか思えないし、この船の中でバカやらかして、デブリの仲間入りをするほどの愚か者とは思えない。

 ブリッジクルーの最後は、「船務長」。
 彼の職歴は……まー、「自由な交易船の渉外担当」とでもしておこうか。
 傷と髭の隙間に顔があるという風体が、その本質を表しているとも言われるが、よく笑う船橋のムードメーカーで、重宝しているのも事実だし。

 そのほかにも、トータルで100人に近い乗組員がいるが、彼らは求人を出して応募してきた連中ではなく、船橋要員を慕ってついてきた連中で、船橋要員が私に敬意を示しているから、彼らも私に、それなりには敬意を示してくれている。
 あと、この船は「トレイン」と呼ばれるタイプの、連結された貨物を連ねて飛んでいるが、実は貨物を捨ててしまえば、自己推進力(アルミニウムを分子レベルまで粉砕して酸素と混合させ爆発させる動力炉)は、戦艦すら凌駕する。
 というのも、戦艦ですら基本1つしかない動力炉を2つ並べているし、ライフル弾を縦に真っ二つにしたような形状をしていて、単純質量は半分くらい。
 つまり、出力と質量比で言えば、4倍に近いのだから。
 それでいて、初期加速は出航するときに港でもらって、方向の微調整はスラスターと呼ばれる推進器を多用するため、コスパはすこぶるいい。

 ただ、標準装備の固定武装はない。
 ブリッジクルーの紹介で「武器員」を入れなかったのは、いないから。
 ただし、完全非武装でもない。
 荷主が自衛のためと新兵器の実験をオプション契約で依頼してくることも多いので、自分でもわからない武装が積まれていたりする。
 そのへんは副長と機関士長に丸投げしている。
 よーわからひんし。

「通信士」は、実は私が兼ねている。
 通信技師の有資格者だから。
 もっとも、「天然でケンカを売る」とかで、ブリッジクルーからは別に雇うことを何度も具申されているけれども、船橋要員を並べて採用面接をしたら、全員が次回選考をばっくれたので、未だ決まらずにいる。
 あとは医師資格を持つ「船医」もいるし、必要最低ラインはヨユーで満たしている。
 男100人の中に女が私だけだと物騒な気がするかもしれないけれども、男たちが互いに牽制し合って、私は未だ「乙女」のままだ。
 まー。無理矢理私をどうこうしたら、たぶん昇天する前にデブリの仲間入りが確実なので……そんなバカはこの船にはいない。
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