灰色の魔女

瀬戸 生駒

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第2章 ご訪問

×救命隊 ○生死確認隊

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 ここからは、船務長たちの肩につけたモニターカメラ越しで、基本的に無音になる。
 会話は電波ノイズを拾われて「生死確認」がばれれば、あとの作業が面倒になりかねない。
 ハンドサインとゼスチャーだけで意思疎通が求められるが、彼らにとっては慣れたものだ。
 私は無言で、レコーダーをオフにした。
 ここからの「記録」は、残さない方がいいと判断したから。
 そのぶん、モニターを凝視する。

 装甲の亀裂から、彼らは軍艦の中に入った。
 身につけているのはいつものライトスーツとヘルメット。
 ポケットの多いフィッシャーベストを羽織り、左右の腰に拳銃を身につけて、背中には場違いに「削岩機」を背負っている。
 何かの比喩や暗喩ではなく、本当に削岩機だ。
 船務長の「前職」でもあるまいし、自動小銃は必要ない。

 ……ウソ。
 無重力で真空中なら、半端な自動小銃よりも「削岩機」の方が、はるかに殺傷力が高い。
 拳銃の弾は酸素を含んでいて、反動さえ逃がすができれば、真空中でも発砲できる。
 船務長たちは、壁のネジ頭ですら足場にして身体を固定することができる。
 もはや特技と言っていいレベルだ。

 軍艦の中は、石のかけらも含めて、無数のデブリが舞っていた。
 行く先の通路を、濃紺のジャケットを羽織った何人もの男たちが先行している。
 船務長たちは壁を蹴って加速し、彼らの最後尾に追いつくと、追い越しざま、真横に向けて発砲した。
 撃たれた濃紺ジャケットは真横に吹っ飛ぶ……が、それだけだ。
 濃紺ジャケット……要は軍服だが、それも、その下に着込んでいるライトスーツも、防弾防塵の繊維を縫い込んでいて、拳銃の弾では貫けない。
 まして彼らがかぶっているヘルメットは、ハードスーツという船外活動も考慮されたアホほど丈夫なモノで、拳銃弾では、絶対に貫通しない。
 ……そう。「拳銃弾」では。

 真空中では、音は響かない。
 ベースが頑丈で、しかも大きな軍艦では、後ろの人間が撃たれ、壁にたたきつけられても、前の人間は気がつかない。

 が、撃たれた人間は激痛とともに動きが止まる。
 船務長たちは、彼らの背中側につま先をまわして、相対固定のポジションを取った。
 そうして、ヘルメットの、スモーク処理がされたフェイス面に、削岩機を密着させ、トリガーを引いた。

 彼らがどんな表情をしていたのか、スモーク処理のおかげで見えずにすむ。
 数回モニター画面が小刻みに揺れ、スモークガラスが砕け、球状になった赤い水滴が舞った。
 削岩機は、もともと硬い岩石を砕くための専用工具だ。
 貫通ではなく、インパクトの打撃で対象を粉砕する。
 ガラスも軽石も、大差なく。

 動かなくなった彼らのジャケットを剥ぎ取り、自ら着込む。
 サイズが合わなくて、フロントファスナーが閉められなくても気にしない。
 もともと、フィッシャージャケットにアホほど詰めた拳銃の弾倉をすぐに取り出せるよう、ファスナーを締める気などないのだから。
 じゃあ、なぜジャケットを剥ぎ取ったかというと……気休めレベルでも、彼らに擬態するために。
 このへんのノウハウは、船務長が選抜した救命艇の要員には、指示すら必要ならしい。
 瞬く間に、全員がおのおののジャケットを身につけた。

 別の一団が前を行く。
 それを屠って、次のグループを探す。
 それを数回繰り返したところで、正面から来たグループと正対してしまった。

 身構え、射撃姿勢をとる連中に、船務長たちは片足を壁に当てただけの姿勢で、無造作に拳銃を撃った。
 私は以前、船務長に「射撃」を習ったときのことを思い出した。

「当たるまで撃って、当たったらマガジンが空になるまで撃ち続けりゃいいんだ」
 そう言って笑う船務長に、機関長や副長は苦い顔をしたが、「当たるまで撃てば」たしかに「あたる」。
 軍隊のように、3発でワンアクションではなく、弾倉が空になるまでなら、いざというとき残弾を気にしなくていい。
 空になった弾倉はすぐ抜いて、フィッシャーベストに入れている弾倉と交換する。
 耐弾耐刃とはいえ所詮は繊維にくらべ、分厚さと重さを持った弾倉は、効果はともかく、心強いらしい。
 それもあって、ベストには弾倉をアホほど詰めていて、撃ち尽くした弾倉は捨てずに戻す。

 かつて、私も私掠船に遭遇したことがあったが、連中のライトスーツがいびつに盛り上がっていたのを、装甲プレートを埋め込んでいると当時は思ったが、船務長の話に合点がいった。
「装甲を兼ねた予備弾倉」だったのか。

「当たるまで撃つ。当たったら撃ち尽くす」船務長たちと、訓練が身について照準をつけようとする軍艦の乗組員では、とっさの反応速度が違う。
 訓練次第では早撃ちもできるようになるだろうが、狙っている時間があったら、それをすっ飛ばして撃った方が絶対に早い。

 吹っ飛ぶ相手の背中に、やはりつま先を回して、削岩機。
 赤い球が飛び散った。

 しかし、彼らが連絡を入れたのだろう。
 ハードスーツを着た一団が……6人ほどだが、やってきた。
 民間のハードスーツは、人力で動かすのが前提で、補助動力や加速のための装備はない。
 が、軍用はその制限が取り払われ、まさに「パワードスーツ」と呼べる物になっている。

 もしここが船の外だったなら、機動力、つまり俊敏性やパワーで圧倒されただろう。
 が、狭い廊下では、前後移動が速くなったところで、さして意味はない。
 まして、船務長たちは元々「狙って撃つ」なんてマネをしていない。
 トリガーハッピーさながら、ともかく拳銃を乱射する。
 そうして、すれ違いざま、削岩機を押し当てて、引き金を引いた。

 どん!

 ハードスーツが壁に吹っ飛ぶ。
 壁にぶつかった相手に、何本もの削岩機が伸びた。

 ガガガガガガガ!

 次の瞬間、さっきまでは人型のスリムなハードスーツだったモノは、いくつものパーツに粉砕されていた。
 それも、たまたま削岩機が当たったところで、デタラメに。
 今までに数倍する、赤い球を散らして……「中身」もろとも。

 それを繰り返して、6体のハードスーツを粉砕したところで、隔壁が降り始めた。
 まだ動力は生きていたか……少なくとも「頭」は生きている。
 それもそうか。
 どんな船でも、まして軍艦なら、指揮所=艦橋は、船のもっとも安全な場所に作られるはずだから。

 私は、ちらりと時計に目をやった。
 15分が経過している。
 あと5分……は、さすがに無理だろう。
 当初の予定通り、30分かな。
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