灰色の魔女

瀬戸 生駒

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第2章 ご訪問

削岩機

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 隔壁がしまる。
 空気が抜けるのを防ぐためだったり、火災の拡大を防ぐためでもあるが、そもそも戦闘中の軍艦なら与圧されていないので、その意味では無用の長物だ。
 実際今までは、1枚の隔壁も降りていなかった。
 それが作動したということは、船務長たちの足止めだな。
 気づかれたか。
「ちっ!」
 私は小さく舌打ちして、拳を握りしめた。

「火災」には、爆発も含む。
 爆風を止めるため、船の外壁と同じ、強くて固い金属が使われる。
 機関砲ならともかく、手持ち式の機関銃では歯が立たないレベルの。

 が。船務長たちが手にしているのは、削岩機だ。
 固い岩を砕き、穴を穿つために特化したアイテムだ。

 船務長が指で四隅を指し、若干中指を浮かした拳を作って、ノックの仕草をした。
 彼の部下が頷き、削岩機を押し当てる。

 ガガガガガガガガ!

 例によって音はしないが、モニターの画面が小刻みに震えた。
 震えつつも、ほどなく船務長が指した場所、4ヶ所から光が漏れた。
 フイッシャーベストの肩辺りから、ペンのような棒を抜き出し、その穴にいれる。
 ペン型のそれは、小銃にも使えるようにアレンジされた、小型の炸薬だ。
 対戦車砲にも使われるソレの爆発力は、当然だが戦車の装甲を、角度によっては貫けるとか。
 それはさすがに眉唾としても、戦車の外部装備に多少なりともダメージを与えられる。
 船の中で使った日には……隔壁がなければ、船務長自身も危ないかもしれない。

 その炸薬弾を小改造して手榴弾のように手元スイッチをつけ、作動までに数秒の時間があるようにしているらしい。
 もっとも、船務長たちのソーセージと区別のつかない指を使い、無重力下でオモリも使えないのを目分量でセッティングしている。
 作業した本人たちですら、作動マージンはわからないだろう。

 ピカー!

 4つの穴から強い閃光が出て……それだけだ。
 削岩機で穴を広げ、人がくぐれるサイズにして、隔壁を越えた。

 いくつかの、「中身入り」のヘルメットや自動小銃を握ったままの手首が浮かんでいたが無視して……次の隔壁に目をやる。
「まずいかも……」
 隔壁の枚数が読めない。
 今回のようにスムーズに処理しても、1枚に1分はかかる。
 私はまた、時計に目をやった。

「あって4枚、たぶん2枚でしょう。」
 私の胸中を察して、副長が教えてくれた。
「あのサイズの艦で、船務長はほぼ真ん中からはいって、今彼らがいるのは、中央のチューブです。
 たいてい、あの手の軍艦の艦橋は、まさにそこにあるんです。
 あとは、脱出の非常誘導灯を逆に進めば、すぐつきますよ」
「それ、おしえてあげんと!」
 思わず通信をしようとマイクを引き寄せるのを、副長が優しく制した。
「船務長ですよ。矢印が出ていたら、逆に進むに決まってるじゃないですか?」
「言われてみたら、そやなー。ククク……」
 言われて私も気がついた。
 順路があったら逆に進むのが、あの連中だ。

 果たして、2枚の隔壁を破った突き当たりに、明らかに今までと比べ物にならない、頑丈そうな隔壁が降りていた。
時計に、また目をやる。
「これはてごわそう……」
 呟く私に副長は、「一番手早く終わりますね」と苦笑した。

「ほえ?」
 私のあげた間抜けな声は、船務長には届いていない。
 彼らは今まで通り4隅に、強引に穴を穿つと、残っていたペン型爆弾をすべて穴のなかに放り込んだ。

 ピカーッ!

 これまでで一番強い閃光が走った。
 船務長の肩が揺れたのでなければ、扉か、あるいは船そのものが震えたか。
 直後、闇が軍艦内を満たした。
 中央指揮所もコンピュータ端末もレーダーも、ひょっとしたら生命維持装置の末端も飛んでしまったかもしれない。
 中央が死ねば、生命維持装置は「生存優先」の大原則にしたがって、与圧しようとする。
 が、艦の中も外も穴だらけなのだから、吹き出された空気は艦の外へ排出される。
 船務長たちはその空気の流れに乗って加速し、速度を維持したまま壁を蹴って方向を変え、「出口」をめざす。
 ところどころで出会った乗組員だった方々と挨拶する間も惜しんで、連絡艇へと戻る。
 何度かは「コミュニケーション」だろうが、蹴りを入れて自分たちの姿勢を制御しつつ。

 この船。カージマーもそうだが、ブリッジ(船橋や艦橋)では、まずハードスーツを着ることはない。
 そこで、金属製の機器類が壊滅するほどの爆発があったんだ。
 ……乗組員の無事を祈念するのが、船乗りのマナーだな。
 思いはしたが意味はないだろう。
 小さく舌の先を出すにとどめた。

「船務長の連絡艇を拾う。航路このまま!」
 ブリッジクルーにそう宣言して、連絡艇に通信を飛ばした。
「嬢ちゃんか。残念ながら負傷者は見つからななった」
「で?」
「汚れたし汗もかいたんで、シャワーを浴びたい。
 部下に怪我人はいないと思うが、一応メディカルを使わせてくれ」
 さすがに、いつものバカ笑いも、今ばかりは自粛かな?
 そうアンニュイな気持ちでいたら、ちゃっかり「報酬」を要求してきた。

「腹が減った。分厚いステーキ、レアだ!」
「ダボ! ステーキは帰り!
 今は……そうやなー。ハンバーグ。レアも認めてあげる♪」
「ハンバーグはしっかり火を通しやがれ! がははははは」

 私は船内放送に切り替えて、乗組員全員に聞こえるように言った。
「船務長と勇敢な同士のおかげで、事故の救援終わったよー。
 で、船務長のリクエストで、今日はハンバーグ!
 特別にワインとビールも解放します!」
「「「おお!」」」
「船務長が戻ってから争奪戦スタートな。
 アルコールは、それなりには残しておいてあげて。
 船務長が暴れても、今回ばかりは、よー止めひん思うわ」
 言い終わってふぅっと息を吐く私に、機関長がきれいなウインクを送ってきた。
 間違ってはいなかったらしい。

 すぐに連絡艇に通信を切り替え、「聞こえた?」と。
「おう!」という返事を待って、一言付け足した。
「ハンバーグはともかくお酒は……慌てないとなくなるかもよ~」
「バカヤロウ! なんだそりゃ!」
「だから急いで帰っといで」
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