灰色の魔女

瀬戸 生駒

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第3章 宴にて

大統領報道官

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 帰ってきた連絡艇を出迎え、幹部食堂へ全員を案内した。
 カージマークラスの船には、0.2Gが最大だけど、ドラム式の「人工重力室」がある。
 船の中でドラムを回し、ドラムの壁に向けて、中から外へのGを作る。
 本来の目的は、トレーニングルームだったりVIPルームだったりするらしいが、この船ではもっぱら「食堂」として重宝している。

「幹部食堂」とは言ったが、別にテーブルや椅子が豪華なワケではない。
 若干ではあるが、床に固定しているソファに余裕があるだけだ。
 船の乗組員全員が一度に食事できるほどの広さもなく、6班に分かれて食事を取る。
 それでも、「幹部用」に空席を残してくれる程度の分別は、全員が持っている。

 私が上座に座ってカップを高く掲げ、乾杯の音頭を取る。
 船橋には副長を残してあるし、次席機関士もいる。
 手堅い運用だけなら、私が指示を出すよりも間違いがない。
 そもそも、「船長」なんていなくても船は飛ばせられるし、指示がないと動けないような無能は、もとから船に乗せていない。

「乾杯!」
 赤ワインやビールで満たされた、カップがぶつかる。
 グラスでないのは、手加減に失敗して割ったときの、後片付けが大変だから。
 雰囲気がスポイルされるのは勘弁してもらおう。

 船務長たちは、「救援劇」の武勇伝を、泡を飛ばしつつ話しているが……0.2Gとはいえ重力があるから、ワインもビールも、カップに蓋は必要ない。
 軍艦では、たいていアルコールが禁止されているが、民間船のカージマーには関係ない。
 余談になるが、無重力、あるいは低重力では、酔いが回りやすいのが、軍艦で禁止されている理由。
 が、数ヶ月から1年に近い長旅もある惑星間航行で、しかも「客」が求めてきたら、貨客船なら断るのは難しい。
 もっとも、この船では「客」には断酒させ、乗組員には許可を出すようにしている。
 たったこれだけで、乗組員は気持ちよく、優越感を覚えながら働いてくれるのだから、むしろお手軽と思う。

 ビールの泡で髭を作って、船務長たちはハンバーグにフォークを突き刺し、むさぼるように食べた。
 いつも以上によく笑うのは……淡々と作業をこなしていたように見えたが、緊張もしていたのだろう。
 それが無事に達成されて、気分が高揚してるんだな。
 私はホストとして、船務長たちの話に相づちを打ったり笑って見せたり……結構気をつかうモンなんよ?

 ぴっ!

 短いコールがあって、船橋の副長から通信があった。
「あの軍艦が母港としていたコロニーから通信です。出ますか?」
「コロニーって、役人か何か? だったら副長が受けて」
「大統領報道官を名乗っています」
 あ……。
 少し心当たりがあったので、次席機関士に目で尋ねた。
「当たっています。
 ビリヤードで言うところのダブルポケットでしたっけ?
 船長……まさかとは思いますが、狙いましたか?」
 私は舌を出してごまかした。

 先に放った2つの岩石。
 1つは砕けて軍艦の横腹にフックをたたきつけたが、もう1つの大きな方は方向を変え、その母港コロニーめがけて飛んだらしい。
 小さな岩石は無数に砕けたが、大きな方もいくつかに砕け、さらに無数の小さなデブリを引き連れて、コロニーを襲ったかな?

 木星の重力圏には、もともとデブリが多い。
 そのため、火星に多い円筒形でソーラパネルを開くタイプではなく、「バームクーヘン型」という、同心円状で、長さを抑えたモノが主流だ。
 機動性が、相対的にではあるが高く、デブリの回避を試みることができる。
 もっとも、試みることはできても、回避できるかどうかは、観測と予測が占める割合が大きい。
 ほんのコンマ数光秒さきで突然発生した無数のデブリが、完全回避できるはずもない。

 ともあれ、「大統領報道官」なら、無視してもメリットはない。
 副長も「コロニー」と言ったから、コロニーが原形をとどめないレベルで壊れたわけじゃなさそうだ。
「いちおう私が話すけど、食事中って言っといて。
 それを含んだ上で今話したいのなら、映像こっちに回して」
 副長は無言のまま、右手の指を2本立て、目の横に上げる略式礼で応えた。
 なんだかんだ言っても、長いこと軍でたたき込まれた習慣は、そう簡単に抜けてくれないらしい。

 ポケット通信機の液晶画面に、白髪で壮年の男の姿があった。
 決して若くはないが整った顔立ちに、きっちりスーツを着て、ネクタイを締めている。

 彼は双方向になっている通信機のカメラ越しに、こちらを見ただろう。

 機関長に指先で合図して、彼の通信機を借りた。
 左手で、自分の通信機の死角になるようにテーブルに置いて、コロニーとデブリが接触する動画を探す。
 視線はともかく、顔は相手に向けて、これ見よがしにライトスーツのファスナーを、いちばん上まで上げた。

 もっとも、視線を泳がしていたのは、相手も同じだ。
 彼は私を見たあと、船務長や彼の部下を、値踏みするように凝視していた。

 私は、人間の顔色が本当に、瞬く間に赤や青、黒や白に変わるのを見た。
 比喩でもメイクでもライティングでもなく、人間の顔色って、こんなにころころ変わるんや。
 けど……なぜ?
 通信を求めてきたのは相手だし、食事中とも告げている。
 それで気分を害したというなら、難癖も甚だしい!

『はじめまして。[カージマー18]船長のケイ=クワジマです』
 かなりの間があいて、返事があった。
『初めまして。コロニー国家メリマックの大統領補佐官を務めます、カルフーンです。
 お食事中の貴重なお時間を取らせ、申し訳ございません』
 機関長が小声でささやいた。
「時差、0.4秒です」
 としても、往復に1秒はかからない。
 ちょっと反応が鈍すぎる気がするが、向こうも誰かが横にいて、指示を出しているのかもしれない。
 私が黙ったのをどう取ったのか、相手は、今度は矢継ぎ早に言葉を続けた。

『お食事……ハンバーグですか。
 船長は食欲旺盛なようで、うらやましいです。
 私は食欲など全く……まして肉など、見るだけで吐き気を覚えます』
『お体が悪いのですか?
 残念ながら医者に心当たりはいませんが、火星には名医もいてると思いますよ?』
 この船にも船医はいるが、外科が専門だし、紹介して引き抜かれたのではたまらない。

『いえ。つい先ほど、無数の肉片を目の当たりにしまして。
 出港の時には手を振っていた彼らが、今はもう肉片です』
『メンタルでしたか。
 大統領報道官ともなれば、気苦労も多いでしょう。お疲れ様です』

 また、彼の顔色がめまぐるしく変わった。
 ひょっとしたら彼の特技なんかな?
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