灰色の魔女

瀬戸 生駒

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第4章 トレイン

トレイン

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 宇宙船は、一般に「ボート」と「シップ」に分けられる。
 惑星間航行ができるものが「シップ」で、できないものを「ボート」と呼ぶ。

 惑星間航行のできる「シップ」のうち、単独で飛ぶものを「クルーザー」と呼び、貨物や岩石を連ねて引っ張るものを「トレイン」と呼称する。

 このトレインが、ここ数年間で、劇的に進化した。
 といっても、スーパーテクノロジーが見つかったわけではない。
 誰が始めたのかすらわからないが、大きな岩塊に何本ものワイヤーを繋ぎ、そのワイヤーに岩石を繋ぐという、ただそれだけだ。
 それだけのことで、運ぶ岩石の量を変えず、トレインの全長を短くできる。
 頭の岩塊を大きくして、そこに多くの「スラスター」と呼ばれる推進器を打ち込んで、機動性を向上させることもできる。
 トレインの長さを同じにするなら、かつての「1本」トレインに数倍する質量が運べる。

 もっとも、運搬量が増えれば、ロスも出やすい。
 監視や管理の目が届かず、繋がれたワイヤーから何かのはずみで「荷」がほどけたりもするから。
 対策としては、監視の目を多くするか、岩石すべてに位置情報の発信器をつけるかだが、コストがかさみ、発信器はヘタをすれば海賊を呼び寄せかねないので、どちらも現実的ではない。
 そもそも、ほどけた荷物を再度確保して繋ぎ直すなんて、できるはずもない。

 そこで、トレイン乗りたちは、コロンブスの卵を割った。
 もともと格安の岩石のみを運ぶようにすれば、ロスは無視していい。
 形状から「シャンデリア式」と呼ばれるようになったそのつなぎ方は、「岩石運搬船」と同義語となった。
 高価でロスが許されないものは、機動性も速度もはるかに高いクルーザーで運ぶ。
 多少のロスやダメージ、時間の遅延が許されるのならば、1本トレインに。
 ロスを無視していいくらいの十把一絡げならば、シャンデリア式だ。

 シャンデリア式は、運送料が格安なのも魅力だが、運ぶ側にしたら、質量あたりの実入りも少ない。
 そのため、わざわざ「シャンデリア専用トレイン船」などは作られず、かつてのトレインを流用するのが「当然」だった。
 つまり、先頭の岩塊の「前」に船を固定する。
 それで充分に用は足りる。

 が。世の中には、常識だけでは動かない連中がいる。
 岩塊どころか「小惑星」に近い巨大な岩塊を運び、船へのデブリ衝突リスクを避けるため、岩の後ろに位置を取る。
 岩塊に取り付けた無数のスラスターにカメラをつければ、「前方」はしっかり見えるというメリットもみつかった。
 すでにできていた「岩石輸送は格安」という常識が邪魔をしていたが、値段が十分の1でも、百倍の荷物を運べばいい。

 とびっきりの非常識……現在、太陽系に1つしかないのだから非常識この上ないが、それは平甲板を持つ、つまりは軍用の強襲揚陸艦にも砲艦にもミサイル母艦にもなりえる船をわざわざトレインとして使い、船本体の数十数百倍の巨大岩塊の後ろに張り付いて飛び、荷物を放り投げたあとはアルミ粉末を爆発炎上させる自己推進器を使って、クルーザーになって戻ってくるという、変な船がいる。
 建造と運用の目的は全く意味不明だが、巨大な岩塊を、相場を遙かに超える非常識な高値で運んでいる。
 発注主は……「不詳」。
 ただ、内戦真っ盛りの木星重力圏へ放り投げられた岩塊は、現地の連中にとっては「邪魔」でしかない。
 が、排除しようにも、質量が巨大すぎて砕くのは困難だし、砕ければ砕けたで、無数の岩石群となって、より広い空間で邪魔物になる。
 つまり、木星の混乱をあおること自体を目的としている発注者と、それをほぼ独占的に受注している船がいる。

 その船……船は昔から女性名で呼ばれるため「彼女」とするが、彼女は木星でもメインベルトでも、もっぱら船の名前ではなく、別名で、恐怖とともに呼称されている。
「灰色の魔女」と。

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「お嬢、読書ですか?」
 機関長に声をかけられ、私は読んでいたファイルを皆に見せた。
「なんか火星のテレビ局が、この船のドキュメンタリー作りたいんやって。
 で、冒頭のナレーション案送ってきてんけど、ツッコミが多すぎて……」
「『灰色の魔女』は、船じゃなくて嬢ちゃんだしなぁ。
 昔の仲間の間じゃ、この船は『赤い悪魔』だ」
 船務長が茶々を入れる。
「うっさい、ダボ!」

「なるほど。それで『客』が乗っていたんですね」
 副長がつぶやく。
 あー。船の中を動き回られてうっとうしいからコンテナに詰めてロックして、それで忘れてたけど、今回の航海には「客」が乗っている。
「そっか。ジャーナリストいうんは荷物でわかってたけど、取材対象は木星紛争やなくて、この船そのものか」
「今更だけど、いいもん食わせて提灯記事書かせるもよし、デブリの仲間になって、数を数えるってえのもアリか」
 船務長の場合、バカ笑いがないと、冗談か本気か判断がつきかねる。
「それも却下。けど、オーダーされた場所まで届けたら、コンテナごと捨ててかえるのはアリかもな」

「で、どうしますか?」
「取材を受けてもメリットはないゆーか、今でもオーダーギリギリやのに、宣伝しても意味ないやん?」
 機関長に応えた。
「いえ。そっちじゃなくて、頭の上です」
「ああ。そっちは予定通り。
 木星航路の重要地点にパージして……木星の衛星が1つ増えるかな?」
 発注側のオーダーだ。
 木星の重力圏は、金星の公転と変わらないほど巨大だが、衛星やコロニーが多いため、航路は限られている。
 そこに、巨大な岩塊が浮かんだら、航路は混乱する。
 しかも、木星に対して静止軌道を描いているのなら「そこにあるもの」で諦めもつくが、オーダーは「放り投げるだけ」で、楕円軌道を描きつつ、相対位置を刻一刻と変化させる。
 それでも、木星のコロニーや衛星ドームなどの都市国家群が連携していれば対応策もあるだろうが、連中はいくつもの派閥に別れて紛争中だ。
 横の連絡など、取れるはずもない。
 結果、突然巨大な邪魔者が現れ、混乱に拍車をかける。

「頭の上はそうするとして、小さい岩石群はどうします?」
 副長の問いに、私は人差し指を唇の下に当てて、少し悩んだ。
 この船にちょっかいをかけてくる軍艦やコロニーは、ここのところ激減している。
 弾丸代わりの岩塊も、ほとんど減っていない。
 機関長に聞いた話だと、0.8光秒くらいの距離を開けて、こっそりついてきている連中が1ダースほどいるらしいけれども、攻撃のそぶりはないという。
 先の巡洋艦の二の舞を恐れたか、触らぬ神に祟りなしか。
 もちろん、そう思わせるように、連中の肝を思いっきり冷やしたんだし、何十人かは物理的に骨まで冷えているだろう。
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