灰色の魔女

瀬戸 生駒

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第4章 トレイン

サバト

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「持って帰るのも間抜けやし……頭の上の岩塊をパージしたら、それ目がけて全部ぶつけて、ばっくれようか?」
「それはそれで……いろいろな方面に、予想不能な迷惑が及びそうですね」

 距離を置いている連中……おそらく各国の軍艦だと思うが、彼らはこの船が岩石をパージしたあと、つまりは「非武装」になるタイミングを待っているのかもしれない。
 非武装の民間船なら、ローリスクで仕留められるだろうから。

 が。巨大な岩塊を、直に平甲板にくっつけるほど、私たちもバカじゃない。
 せっかくの平甲板には……なんだかわからないけれども、「発注者」がオプションでレールガンもどきを載せていて、ミサイルの数十倍の速度で、ミサイルの発射元を屠る。
 そのテストも請け負っているが、相手が攻撃してくるまでは、こちらからは撃たないと、念を押している。
 カージマーは「民間船」なのだから。

 その上に鉄骨で緩衝エリアをつくって、甲板と、ついでにレールガン? を保護している。
 単純火力で言うなら、岩塊をパージした後の方が、遙かに高くなる。
 教えてあげる義理はないし、質問も受けていないから黙っているけど。

 パージした後というと、この船は「クルーザー」になるが、速力は現在、太陽系有数を自負している。
 アルミニウムを分子レベルまで砕き、それと酸素を混合させて爆発させる推進器は、1つだけでも、地球の地表から分厚く濃密な大気の層を貫いて宇宙空間に出られるほどだが、なぜかこの船はそれが2つもある。
 外宇宙観測船を除けば、そんなバカな速度を出せる船など、オーバースペックも甚だしい。
 たぶんでしかないけれども、本来はこの船の平甲板上には巨大な質量を持った武器が載せられる予定だったのかもしれない。
 そのまえに、持って逃げたんだけど。

「お嬢さんお得意のナインボールで、連中に向けてはじきますか?」
「ちょっと考えさせて」
 もちろん、「やる」「やらない」を考えるんじゃいない。
「どうやれば」狙った相手に、確実に、より大きな「迷惑」が与えられるかを「考え」る。
 トレインの仕事は「岩石を運んで放り投げる」で、「武器を撃つ」のは、できれば避けたい。
 トレイン乗りの矜持だ!

 パーソナルモニターにいくつもの窓を開き、機関長から与えられたデータを元に、それぞれの船(おそらく軍艦)との距離や航路を入れて、ついでに気づいてからの動きをベースに、相手のクセを読む。
 クセがわかれば、こちらに動きがあったときに相手がどう動くか、より精度の高い未来予測ができるから。

 プロのスポーツプレイヤーは、どこにボールを打ち込んだら相手がどこにどんな球をリターンしてきて、それをどう返せば相手のリズムや姿勢を崩せ、それでもはじき返してくるのにスマッシュしてポイントを取るか、じつはサーブの前に、だいたいのメドが立っているという。
 そのためには情報収集が大切になるが、こっそり次席機関士が、それをやってくれている。

「副長、航海士席へ。上下左右360度、全周に岩を投げる!」
「了解! 船を回します!」
 副長の返事を待って、次は機関長だ。
「パージのタイミングは私が出します。順番が飛ぶから、間違えないように!」
「間違えませんったら……」
 航海長の苦笑を遮って、再び副長へ。
「速度維持したままで、上下左右に4回回して。
 ランダムに、私の裏をかくくらいのつもりで!」
「船長の裏をかくのは、いささか荷が重すぎますね。
 ただ、相手の予想を裏切るくらいなら、はるかに簡単です」
「機関長、聞こえたね?
 4回振り回して、30個をバラバラに投げるから、マジで間違えないように!」
「信用ないなぁ……」
 ぼやいてみせる機関長だが、口調とは裏腹に、表情は真剣だ。
 キーボードに両手を載せた。

 と。忘れていた。
「船務長、何か不都合があっても、今回は救命艇の出番はなし!
 ただ、船の不具合に気がついたら、すぐ教えて!」
「ようやく、船務の仕事か。ガハハハハ」
「『客』はどうしますか?」
 あ。マジで忘れてた。
 私は船内放送のスイッチを入れた。
『本船はこれより立体起動を行います。
 総員、近くのシートに座ってベルトを締めて!
 で、5分だけ耐えて!』

「じゃ、はじめ!」
 副長の顔が、歓喜にひずむ。
 Gもあるが、自由にでたらめに、それでいて確実に正確にという無茶なオーダーは、航海士冥利に尽きるのだろう。
 前職が巡洋艦の艦長だったとはいえ……艦長だったからこそか、指示は出せても舵は握れない。
 彼の場合、それを求めてこの船に来たと言っても、過言ではない。

 頭の巨大な岩塊に打ち込んでいるスラスターを全開で噴く。
 使い捨てのつもりなので、残量を気にしても意味がない。
 ゆっくりとかかっていたGが、どんどん強くなり、ふっと抜けたかと思うと、逆方向に数倍のGがかかる。
 あるいは、上へ下へ、前や後ろへと、めまぐるしくGの方向が変わる。
 ボートならともかくシップ、ましてトレインでおきることではない。

 めまぐるしくトレインの方向を変えながら、それでも巡航速度の25snは維持しての芸当だ。
 それも、頭の巨大岩塊に打ち込んだスラスターだけで。
 方向が変わるたび、数テンポ遅れて繋がれた「シャンデリア」が揺れるが、それが接触する寸前のタイミングを見極めて、別方向のスラスターを噴く。
 最初のうちこそ、副長は声を出して「予告と確認」をしていたが、いつの間にか無言になり、舵に集中している。
 トレイン全体を示すディスプレイと、岩石1つひとつに取り付けてある位置情報発信器からの信号、岩石を繋いでいるワイヤーケーブルを示すラインを……2つの目で4つ、時には8つのディスプレイを並立的に目を走らせている。
 そう、カメレオンのように。
 同じ「カメレオン」でも、どこかのコロニーの大統領報道官とは、できが違う。

 そんなGのなか、私は目の前に無数に開いたウインドウ全体をフラットに見て、「Aの4番パージ!」「Pの6番パージ!」と叫び続けた。
 機関長が復唱し、キーボードに乗せた指をたたく。

 この船も、周囲の軍艦も、巡航速度はほぼ同じ。
 パージされた岩石が広がる中に、彼らはつっこんでくるハメになる。
 しかし、岩石との相対速度は、パージのタイミングと方向の誤差で、微妙なズレが出る。
 もちろん、あえてズレを出しているんだけど。
 わずか0.1snのズレだが、音速に近い勢いで、数トンの岩石が飛んでくる。
 かすっただけでも、ダメージはシャレにならない。
 それを、あえて紙一重で躱しつつの「つかず離れず」を相手に強いた。
 軍艦の航海士は呪いの言葉を吐いているか……その余裕すらなく、モニターとレーダーを凝視して、神経をすり減らしているだろう。

 パージした岩石を表すウインドウは、すぐ閉じた。
 私のオーダー通り、私の予想を裏切ろうと、ダンスを踊るようにクルクル回るトレインと副長に、船長の威厳とばかり先読みして、先手を打ってパージの指示を出さなければいけないのだから。
 副長が、前職のキャリアだけで「副長」になったのではないように、私も、この船のオーナーだからってだけで「船長」をやっているんじゃない!

 ウインドウがどんどん少なくなる。
「Mの1番パージ!」
 しっかり5分後、最後のウインドウが消えた。
「「「ふー」」」
 全員から大きく息がもれるが、まだ終わりじゃない。
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