灰色の魔女

瀬戸 生駒

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第4章 トレイン

エピローグ

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    ◇     ◇     ◇     ◇

「だぼ? なんだ、そのナマリは?
 木星あたりからの難民か?」
 言って男は、さらにニヤニヤする。
「難民なら、よけいカネが欲しいだろう。
 いいぜ。言い値の3倍でどうだ?」
 ほう……。
「もっとも、こっちは俺入れて7人だけどな。クククク」
 男がそう言うと、彼の後ろのテーブルにいた6人が立ち上がった。

 はぁー。
 見た目に反して、気前のいい兄ちゃんかと思ったけど、要は一人頭、半額のつもりか。
 陸に上がった船乗りは景気よく金を使うのが、ある意味ステイタスだ。
 それを値切ってどうするつもりだ?

 私が吐いたため息をどう理解したのか、男が手を伸ばし……その手を横から伸びた手がむんず! とつかんだ。
「なんだ、てめえ!」
 男の怒声を聞き流し、彼はこちらにキレイなウインクを送って、笑みすら浮かべて問い返した。
「お嬢の言い値の3倍って、大きく出ましたねー。
 アンタはそう見えて、どっかの資産家の御曹司ですか?」

 笑いながらも、握った手に力を込める。
 船乗りの証であるライトスーツは、簡易宇宙服にも代用できるが、衝撃やダメージを逃がすことはできない。
「てててて……。
 この野郎! 俺の胸元を見て……」
 言われて彼のジャケットの胸元を見ると、サメのマークに、やはりサメっぽい単語があった。

 ?????

「サメさんの船?」
 きょとんとして問う私に、男は痛みに顔を歪ませつつも、意地もあるのだろう、無理矢理な笑顔を作った。

 痛みに声の出せない男にかわって、後ろのテーブルで立ち上がった6人のうちの一人が、言葉を引き継いだ。
「金をもらって気持ちいいことして、プラス安全な航海がいいか、それとも港を出た途端にデブリの仲間入りがいいか? ってことだ!」
 そう言うと、くるりと背中を向けた。
 ジャケットにはやはり、サメのイラスト刺繍。

「サメ好きなんやね。
 私の船は……そーいうたら、みんな何が好きなんやろ?」
 言いつつ、顎の先で、腕をつかんだ男性の、胸元を指した。
 全員の視線が、彼の胸元に集まる。

 そこには赤い糸で小さく、弾丸と文字が刺繍されていた。
「カージマー」と。

 ………。
 …………。
 男たちが言葉と、顔色を失う。
 やがて、絞り出すように、かすれた声がもれた。
「あ……赤い悪魔……」

 そうして、私の顔でなく、頭を見た。
「ひっ……。は……灰色の魔女……」

 その言葉を待っていたかのように、いくつかのテーブルの下で、カシャン! と音がした。

 テーブルの下に手を下げて、椅子に座ったまま、やや小太りの、傷だらけの男が「ガハハハハ」と笑い出した。
「いいかぁ。当たるまで撃つ。当たったら残り全部たたき込む。それで解決だ」
「ちゃんと精密に、3点が理想ですが……確かにこの姿勢では、それがベストかもしれませんね」
 長身の男性が、紳士的な笑みを浮かべた。
 が、場にそぐわなすぎて、かえって凄みに感じる。

 カチカチカチカチ……。

 腕を捕まれた男も、立ち上がった6人の男たちも、小刻みに顎が震えてコトバが出せない。
 それどころか、身体が完全に硬直して、座ることすらできないでいる。

「た……たす……たすけて……ください……。
 すみません申し訳ありませんごめんなさい許して……」
 涙すら浮かべて、ようやく呪文のように謝罪のコトバを紡ぎ続ける男から目をそらし、私は自分の船の仲間に声をかけた。

「今回の支払いは、この人たちがみてくれるって」
 その声に、男たちは首がもげそうな勢いで、コクコクと何度も頷いた。
「お姉さん。Bセットもう1回! サラダ大盛りで!」

 固唾をのんで成り行きを見守っていた野次馬も多かったが、何もおこらず肩透かしを食ったことに、不満の声すら漏らした。
「海賊の端くれなら、腕つかまれたくらいでビビってんじゃねえぞ!
 見かけだおしの三流か!」
「ナンパもできない、喧嘩も怖いって、おめえら海賊の格好してるだけのチンピラだろう!」

 しかし、鮫の一味は言い返すことも、野次馬を睨み付けることもできなかった。
 目の前にいる私が本当に「灰色の魔女」だったら、下手な動き、ひょっとしたら視線やそぶりだけで、彼らの人生は終わる。
 運良く戻れても、港を出た瞬間にデブリの仲間入りをするのが、自分達だと悟ったろうから。
 海賊にとって、「カージマー18」の名は、同業の海賊も、敵になり得る軍よりも、まして警察などより、はるかに恐ろしいらしい。

 カージマーのクルー一行が食事を終えて店を出たのを確認して、つとめて小声で呟いた。
「魔女ならババアだろう! あんな幼い魔女なんて、反則じゃねえか!」
「本物の魔女は不老不死で、姿も自由自在らしい。
 ババアの魔女は、まだ見習い。
 本物の魔女は……不老不死の……アレだ。
 魂も命も取られずにすんで、まだよかったと思うことにしようぜ」
 そう言い合うと、自分達の船に直帰することを決めたようだ。
 街をぶらついていて鉢合わせしたら、間違いなく蜂の巣にされる。
 その後のやり取りも想像できただろう。
 自分たちの死体を立ったまま見下して、きっと……かならず言うんだ。

「誰かの知り合い?」「まだ知り合ってなくて、コレからも知り合わないやつだろう」
 そうして何事もなかったように、コロニーを笑いながら散策して、ウインドウショッピングやグルメを楽しむんだ。
 そんなのに巻き込まれないための安全な場所は、自分達の船の中しかない!

 バカ。
 隔壁や真空で隔てられた聞こえないはずの音を聞いて、てんで勝手に話す連中の言葉を聞き分けられなくて、船長ができるか!
 ちゃんと聞こえてるよ!
 私は、自分の左右の男たちに、目で尋ねた。
 キズ男は唇の端をあげたが、長身の紳士は左右に首を振った。
「今はまだ」ダメらしい。

 そんな私たちが小さくなるのを、サメの一団は固まって、阿呆のように見送った。
 やがて周囲を見渡し、それらしい一団がいないのを確認して、連中は背中を向けて走り去った。

   ◇    ◇    ◇    ◇

 後日、このコロニー周辺を拠点とする私掠船「ブラックシャーク号」が、浮遊しているのが発見された。
 軍の調査によると、デブリ群に遭遇しての「事故」らしい。
 角度が悪かったのか、船内に入ったデブリ群が荒れ狂い、船郭のみを残して、中身は原形をとどめていなかった。
 特に、乗組員は、ヒトとしての形状を残している方がまれだったという。
 もちろん生存者はなし。コンピュータもレコーダーも、完全に壊れていて、データの復元は困難。
 軍の事故調査官は、一連のレポートの欄外に「灰色の魔女」となぐり書きしていたが、もちろん「公文書」としては無視された。

 が、みんなわかっている。
 これが「魔女の呪い」だということに。
 もちろん、誰もが知っている。
 自分たちが魔女に立ち向かう「勇者」でないということは。

 そうして「魔女と手下たち」は、不幸と迷惑を周囲にまき散らして、今も宇宙を飛んでいる。
 この文章を魔女が読んだら、おそらく著者に言うだろう。

「うっさいわ、ダボ!」

           ---END---
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