スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒

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第3章「小惑星パラス」

出航(第3章 完)

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 スラスター剤の補充をすませ、出港許可を待つ。
 かすかにペダルを踏んで、超微速で桟橋を離れた。
 民間の宇宙港では3人のクルーが必須だが、軍にはその制限はない。
 というのも、最悪を想定してだが、戦闘などでブリッジクルーに欠員が出た場合に、欠員を理由に入港拒否ができないというナンセンスを避けるために。
 まして入港よりもはるかに簡単な出港については、言わずものがなだ。

 外部カメラをオンにする。
 カージマーの船首あたりでは、ハードスーツを着た船外作業員がフックを繋いでいる。
 フックに引っかけているワイヤーの先には、くだんの巡洋艦と、その僚艦がいる。
「護衛と監視を兼ねた誘引」というのが建前だ。

 俺は情報を売ってないし、パラス軍も支払いはしていない。
 むしろ、パラス軍に金を払ってスラスター剤を買ったほどで、商売仁義は守っている。
「あのじいちゃん、『礼はする』言うてたのに、結局お金とるんな」
 ガキが愚痴るが、カネなんてものはオンライン上のデータで、ハッキングすれば妙な入金はすぐバレる。
 それで一度信用を失えば、次の航海はない。
 逆に言えば、金を動かさなければいいんだが、大人の会話の裏にある含みがわかるには、まだ早いか。

 俺たちへの依頼人も受取人も、調べてみたらペーパーカンパニーだった。
 そこから裏取りして黒幕まで行けるかどうかはパラスの軍や政府の実力次第だ。
 ただ、少なくとも「敵」は政変なりクーデターなりでコロニーを盗るつもりで、コロニーそのものを吹っ飛ばそうとは考えていないらしい。
 相手の気が変わるまで、多少なりとも時間はあるとみていいだろう。
 少なくとも、俺たちがパラスを離れる程度の余裕は、十分にある。

 削岩機は押収されなかった。
 ペーパーカンパニーとは言え届け先は木星イオで、途中で「押収」なんてすれば、中継コロニーとしての信用に関わる。
 それくらいなら、荷物を降ろすことなくイオに行ってもらった方が、パラスとして利がある。
 黒幕達に計算ミスがあったとすれば、なまじ囮に発破を使ったため、民間桟橋ではなく軍の桟橋に入ってしまったことだろう。
 民間桟橋なら、強盗のような荒事でも、あるいは港湾作業員を買収するなりして中抜きでもできただろうが、軍桟橋ではリスキーに過ぎる。

「14個目フックグリーン……15番グリーン……16番作業中」
 ガキがやる気のない声で、それでもカウントを読み上げる。
 ガキにとっては「踏み倒された」という感覚しかないのだろう。
 実際には目の前で大金が動いているのに気がついていない。

「16番グリーン。出港指示きた!」
 俺はペダルをゆっくり踏み込んだ。
「スラスター4器同調確認。メインハッチ閉鎖確認」
 なまじ経験があると、つい省いてしまう声出し確認だが、ガキにとっては事実上のバージンフリートで、機嫌はどうあれちゃんとやる。
 手加減なしで殴ってしまった埋め合わせは、いずれ考えよう。
 さきに「おっちゃん、ゴメン」と謝られてしまったため、ハードルはかえって上がってしまったが。

「トレイン後端、桟橋こえた。加速ヨシ!」
「前の艦に信号送れ!」

 今回の航海は、トレインが5kmほどしかない。
 それが桟橋を抜けるのに10分以上かかっている。
 惑星の地上を走る車よりも遅い。
「これやったら、木星まで100年かかるで?」

 ああ。この台詞を待っていた。
「大人の会話」ってのを教えてやる。
「そのための『護衛と監視』だ」

「巡洋艦から通信。映像有り!」
「出せ!」
 テーブル中央の3Dモニターに、グラント軍曹の顔が映る。
『これよりパラス宙域外まで同行します』
「たのむぜ」
 そういうと、ガキに怒鳴った。
「シートを起こすな! ベルトを締めろ! 歯を食いしばれ! しゃべるな、舌を噛むぞ!」
 モニターの中の軍曹が彼のシートから立ち上がり、敬礼する。
 脇を締めて肘を立てる、海軍式の正式礼だ。

『航海の無事を祈念しますっ!』

 その声に、背中にすさまじい悪寒が走った。
 全身の毛穴が開き、鳥肌が立った。
 違う! 何か忘れている!
 何かはわからないが、俺は船乗りの本能に従ってシートに深く座り、脇を締めてヘソに力をためた。

 巡洋艦は、アルミニウムを分子レベルにまで砕き、それと酸素を混合・爆発させて推進力を得る。
 カージマーのスラスター推進よりもはるかにデリケートでコストもかさむが、その気になれば惑星大気の底から重力のくびきを引きちぎって、宇宙に出られるほどの加速を得られる。
 それを4隻も使って、トレインを引っ張ろうっていうのが、この作戦だ。
 加速用ブースターがパラスではいくら格安とはいえ、タダではない。
 それをロハでやってもらう。
 ロハ。つまり「カネは動いていない」。
 ついでにいうと、臨検の費用も宇宙港の使用料も、全部ロハだ。
 これで「カネの動かない商談」はまとまったはずだった。
 だが、俺の中の何か、船乗りのカンが危険を告げている。

「加速確認。0.3G……0.5G……」
 ガキのカウントが始まる。
 身体がかすかにシートに沈む。
「記録とってるな? 速度が読めなくなるぞ!」
 惑星上ならGPSで位置や速度はわかるし、惑星間航行中なら恒星の位置から読める。
 問題はメインベルトをトレイン程度の低速で飛ぶことだ。
 恒星の位置変化は測定誤差と誤認しかねない。
 宇宙では、0.1度の誤差が原因で、太陽系の外に吹っ飛ぶ。
 ましてパラスは太陽系公転平面に対して、30度ほども傾いた公転軌道を持っている。
 誤差は平面ではなく、三次元で起こりえる。
 木星の公転タイミングまで勘案すれば四次元だ。
 計算は慎重に、位置測定は正確に!

「……加速2.3G……2.4G……2.5G……くはっ!」
 加速はさらに増し、ガキがたまらず肺の中にあった空気を全部吐き出した。
「ちくしょう! やりやがったな!」

 カージマーというかDD51型は、船殻だけなら10Gにも耐えられる。
 が、中の精密機器はそれよりももろい。
 まして人間は、訓練なしでは3Gで意識を失うこともある。
 大の大人ですら。
 成長途中のガキでは、さらに限界は低くなるだろう。

 一般のイメージに反して、軍人は意外と敬礼をしない。
 軍内部ではともかく、民間人に敬礼をすることはまれだ。
 高位の政治家か軍の認めた賓客か……死地に赴く「英雄」に対してくらいだ。
 だから、グラント軍曹は「敬礼」を送ってきた。
 あれは「別れの挨拶」だったんだ。

 ミサイルを撃ち込んで民間船を沈めれば、パラス軍には長く汚名が残る。
 が。好意で牽引したつもりが、「ついうっかり」軍の基準を適用し、中の人間に損害を与えたところで「不幸な事故」に過ぎない。
 あるいは、減速の苦手なトレインだ。
 木星の公転とタイミングが合わえられず太陽系を飛び出してしまっても、「トレインの操船ミス」になるかもしれない。
 おそらく、軍はそう判断したのだろう。
 バカヤロウ! トレイン乗りの意地を見せてやる!

 俺は鉛でコーティングされたハードスーツを着せられたような重い腕を、うなり声を上げながら動かした。
 あらかじめ丹田に気力をチャージしていなければできなかっただろう。
 が、指は堅く拳を握ったまま、全く動かない。
 ギリギリと奥歯を噛みしめて、断末魔の獣みたいなうめき声とともに、肘でレバーを起こす。
 息継ぎはできない。
 したらその瞬間、総ての力が、気力とともに抜けて果てる。
 レバーに当てた腕を支点にして、拳で思いっきりパネルを叩きつけた。
 ガキなら「パージ!」と言うところだが、さっきからうめき声1つあげない。

 巡洋艦に繋がれたケーブルが、フックもろとも投棄される。
 その瞬間、ふっと身体が浮くような感覚を覚えた。
 シートヘッドに耳元まで沈み込み、シート構造材のフレームすら感じていた椅子のスプリングが、仕事を思い出したかのように、ぽん! と身体を弾いた。
 シートベルトをしていなかったら、コンソールパネルに頭から突っ込んでいただろう。

「「ふっはーーー」」
 タイミングを合わせたわけでもないが、俺が息を継ぐのと同時に、船長席からも大きく息を吐くのが聞こえた。
 最低限、ガキも生きているようだ。

 管制室の外周と天井を覆っている液晶を切って、計器類を直視する。
 赤い警告灯が多い。
「おい、生きているか? 生きているんなら赤を予備回線に回せ!」
 ガキは答えず……肺の中の空気を吐き出してしまって声が出せなかっただけだろうが、左手を挙げて親指を立てた。
 右手はパネルを叩いて、切り替え作業をしている。

「ざっと見、赤が1割に黄色が5割か……。リカバリ……って、ちくしょう! 時計がいかれてやがる!」
 何時間も拷問を受けていたはずが、30分とたっていない。
「時計の誤差修正だ! 急げ! リカバリできなくなるぞ!」
 俺の怒声に、ガキはようやく声を上げた。呼吸が荒い。
「ハァハァ……それなんやけどな。ハァハァたぶん時計は合うてる。座標と記録がイコール。
 どっちもまとめて吹っ飛んでたら……ゲームオーバーや。ユー・ロストって」
「そんなときはコンティニューすればいいんだよ!」
 言って二人は顔を上げ、顔を見合わせて大きく息を継いだ。

「モニター戻せ! 外が見たい」
 返事もなく、天井と壁面が宇宙空間を映した。
 遙か前方に、パラス宇宙軍の巡洋艦4隻。
 反転して、艦首をこちらに向けようとしている。
 艦首には、ミサイル発射口がある。

 ゴクリ。
 生唾を飲み込んで、ガキに叫んだ。
「ヘルメットをかぶれ! ミサイルが来るぞ!」
 しかし、ガキは逆にライトスーツのファスナーを胸まで開き、また大きく息を吐いた。
「たぶん、撃たひん」
 そして続けた。
「せっかくここまでやったんや。ミサイルで沈めたら、今までのが全部無駄になるやん?」
 テーブル中央の3Dモニターを投影する。
「こう斜めに飛ばされてるから、ここで木星軌道と交差して……めっちゃブッチしてフライングになる。
 んで、2年後には太陽系の外……かな?」

「……できるか?」
 何かとは問わない。
 ガキはいつになく真剣な目をして、俺を見た。
 そして頷く。
「誤差修正やなくてゼロベースで計算してみんとわからひんけど」
 そう言うと、再び中央の3Dモニターに目をやる。
「なんとなくやけど、たぶんギリギリで行ける!」
 そうだった。コイツはかつて、文字も理論も知らないのに3Dモニターだけを見て、感覚だけで軌道計算した前科がある。
 信じてみるか。

「はじめから捨てる気やってんな。
 コロニーのゴタゴタをバラされるんがいややったんか、責任全部押しつけて。死人に口なしって!」
 ガキの言葉に、俺は目を閉じて首を左右に振りながら応えた。
「たぶん『軍』……か、その上の政府はな」
 観光と中継貿易で成り立っているコロニーだ。治安悪化は表沙汰にしたくなかったんだろう。
 ついでに……知らずに利用されただけとはいえ、『運び屋』を黙って見逃すのもしゃくに障る、と。
「畜生! グラント軍曹に借りができちまった」
「え?」というガキに、俺は続けた。
「あの敬礼だ。『死ぬな』か『死んでくれ』かまではわからないが、ともあれ『何かやる』ってサインだ」
 その答えに、ガキはまた頬を膨らませた。
「やったら、ちゃんと言うてくれたらええのに。
 おっちゃん、いっつも言うてるやん? 『ホウレンソウ』と、具体的に伝えろって。
 大人やし軍人なんやから、ちゃんとせなアカンわ」
「軍人だから……だ。あれがギリギリだな」
 ガキは唸りつつ、身体に似合わないほど大きな溜息を吐いた。
「大人って不便やな。
 てか、もうちょっと早うわかってたら、木星に行くんも、もっと楽やってんのに」
「そうなったら間違いなくミサイルが来る。
 あれがこの船も、俺もオマエも、ついでにグラント軍曹も、みんな本当にギリギリだ。
 それがわかるようになったら、オマエも一人前の船乗りに、大人に近づける」
「大人って……そんな不便なら、あんまりなりとうない気がしてきたわ。
 一人前の船乗りにはあこがれるけど」
 そう言うと、俺たちは顔を見合わせて笑った。

「と。パラス宇宙軍は?」
「パラスの宙域で駐まってる。宙域外には、たぶん撃てひん」
「だな。『たまたま』そこに他の国の艦がいたら、即戦争だ。
 そもそも民間船でも、この船もイオ船籍だしな」
 そう言うと、俺は唇の端をあげた。

 ガキが手元を操作する。
「切り替えヨシ! 出力最大! オープン回線!」
「深呼吸はすんだか?」
 ガキがわざとらしく、すうっと大きく息を吸い込む。
 そうして親指を立てた。
 俺も親指を立てて、手首を90度ひねった。
 同時に二人の大声が、太陽系に響いた。

「「バカヤロウ!」」

   ◇    ◇    ◇    ◇

 カージマー18はメインベルトを越え、小さな点になっていった。
 噴射炎すらあげていないので、すでに目視は難しい。
 グラント軍曹はレーダーに目をやり、離れていく小さな光に呟いた。
「頼むぜ、ダンナ。俺の退役後の再就職先だろ……」
 そう言うと右手の先でヘルメットの縁をつつく略式礼をして踵を返し、自分のシートに深く座った。
 それから静かに目を閉じた。
 先だって聞こえてきた「バカヤロウ!」という絶叫を思い出す。
 おそらくあれは自分に向けての「生きてるぞ」という返答だろう。
 狸や狐が化かし合いをする中で、こっそり擬態するドブネズミか……俺たちは。
「あばよ……バカヤロウども……」
 そして、心の中で付け足した。
「こんな窮屈な仕事をしている俺も、立派なバカヤロウだな」
 そうして思う。
 バカばっかりの職場となったら、たぶん怒鳴りあいが絶えないが、笑いも絶えないだろう。
 こことは好対照だ。無い物ねだりか。
 そうしてまた、声が漏れた。
「……バカヤロウ…………か」
 薄目を開けて、レーダーに目をやり、遠ざかる光点を一瞥する。
 そして再び目を閉じた。
                               ---第3章・完---
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