スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒

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第4章 「木星」

シンシナティコロニー

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「オマエのオヤジの具合が悪いらしい。見舞いに花でも持っていくか?」
「あー。たぶん、もう済んでる思うよ?」
 ……「死んでいる」か。
 コイツは文字を覚えるとき、聖書を熟読した。
 聖書には、数多の王について、ぎっしり書きこまれている。
 共和制などない時代の書物だからだが、リンドバーグ家を「資産家」ではなく「王家」とみるなら、個人名はともかく王の振るまい、後継者の振るまい、家臣の振る舞いについては、そこいらの哲学書よりも詳細な記述がある。
 それを徹底的に読み込んだコイツの言うことだ。おそらく間違いはない。
 絶対権力者が死んだ後、「しばらく死を伏せろ」というのは、もはや基本パターンだ。
 そもそも当主が存命中なら、ソイツが後継者を指名すればいい話だ。
 わざわざガキとコンタクトをとって「繋ぎ」をつけようとするのは、後継者の指名をする前に当主が死んで、後継者選びで優位に立とうという腹づもりしかありえない。

「で?」
 短く問う。
 ガキは座ったまま大きく手を伸ばして、あくびをして見せた。
「わからひん。出たとこ勝負やな。
 言うたかて、衛星の王様の、おまけに180分の1が相手やろ?
 私ら木星相手にケンカうってんで。ザコやザコ」
「そりゃそうだ」
 俺も苦笑するしかなかった。

 情報はない。
 情報の入手手段もない。
 となれば、判断材料もないが、希望はある。
 といっても、カージマーを取り戻して、こんなクソッタレな星を離れるだけという、ささやかな願いだ。
 もちろん、ガキは連れて行く。
 おそらくアンドリューとかいう奴らは阻もうとするだろうが、コイツをクソッタレの仲間にすることは、「保護者」として許されない。
 となれば……行動パターンは限られてくる。
 相手の希望・要求の裏目を打って、相手の譲歩を求めるだけだ。
 ……なんだ。単純じゃないか。
「いやだ。それをどうしてもというなら~」だけで渡っていける。
 ガキと目が合った。
 いたずらを企む目だ。
「「くくくくく」」
 右手拳を軽くぶつけ合った。

 ボートはシップを経由せず、直接コロニーへと入港した。
 コロニーの中心軸に宇宙港の桟橋が突き出ているのではなく、逆に穴が空いていて、そこに入るらしい。
 このコロニーになったのは、コロニーの位置が良かったのか……逆か。
 フェアバンクスの艦か上の政府がリンドバーグ家に話を振ったとき、もっとも早くに駆けつけられる場所にいたのが、アンドリューだったというだけだな。
 あと何人出てきて何人と話す必要があるのか考えれば胃が痛いが、胃薬は避けた方がいいだろう。
 知らない連中にしたら、俺がこのガキに入れ知恵して、このガキを操っていると考えるだろうから。
 そんな連中にとっては、俺は間違いなく邪魔だ。
 胃痛と一緒に命までなくしちまったら、さすがにワリが合わない。

 コロニー内の桟橋に入ると、ずらりと黒服が並び、それは港湾区の外まで続いていた。
 正面に白髪長身の男が立ち、深々と頭を下げる。
「お久しぶりです、お嬢様。シンシナティコロニーへご足労いただき、感謝の念に堪えません。
 私がアンドリュー様の執事長のジョンソンでございます。
 お屋敷までご案内致します」
「おひさ? てか、初対面ちゃうん?」
「お嬢様のご誕生披露のパーティで、お目にかからせていただきました」

 ……バカか!
 目もあいてない赤ん坊が覚えているはずもないだろう!
 いや……そういう世界か。
 はるかにスケールは小さくなるが、俺がサラリーマン時代の接待でも、上司や得意先の家族を紹介されたときは「お久しぶりです」が基本で、「初めまして」はまず使わなかった。
 全くの初対面とわかっていても、「ドラマで見たトップスターと勘違いしてしまいました。申し訳ございません」などと相手をおだてあげるのところから始まる。
 そんな茶番劇とストレスから逃げるように、俺は会社を辞めてトレイン乗りになった。

 港湾区の仕切りを出ると、道路が走っていて、片側にタイヤが4つもある本物のリムジンが駐まっていた。両側なら8輪か。
 実物は見たことがないが、黒真珠とやらのような深みのある艶と光沢を持っている。
 後部ドアが観音開きにされた。
 リアシートだけのために、片側のドアが2枚も使われていて、運転席のドアはフロントに別にある。
 促されるまま、リムジンのリアシートにガキの手を引いて乗り込んだ。
 アクション映画ならどちらかが乗り込んだときに車が猛ダッシュして分断するシーンだが、手を握っていれば……ガキを傷つけられない以上、荒事はできないはず。

 ここから市街区になるだろうに、税関のたぐいは全くない。
 コロニーそのものが「私物」か。
 乗り込み際、ちらりと開かれた後部ドアを見た。
 ドアの厚さは薄く見積もっても30cm、あるいは50cmはあるように見えた。
 ほう……。
 唸るほどの財力を見せつけたつもりだろうが、見せたくない物を見たがる俺みたいな人間にとっては……ましてトレイン乗りは、この厚さから別の物を連想する。
「防護隔壁」。
 つまり、テロのリスクが少なからずあるという意味だな。
 自分のコロニー、自分のお膝元でこれなら、他は推して知るべきだろう。

 リムジンの後部座席左奥、つまり1番のVIPシートにガキを座らせ、隣に俺が腰を下ろす。
 向かい合う形で、ガキの向かいにジョンソンとかいう執事が腰掛け、俺の向かいには眼鏡をかけた黒服だ。
 もっとも。眼鏡をかけているものの胸板の厚さといい眼光の鋭さといい、「執事見習い」ではなくボディーガードだろう。
 となれば「何に対する」かがポイントになる。
 守るべき対象はガキだろうが、「何からか?」だ。

 今更俺がガキに危害を加えるとは、さすがに考えていないだろう。
 その気なら、とっくの昔に宇宙に捨てている。
 殺人どころか事故にさえならない。
 となると……「外」か。

 リンドバーグ家は、かなり強引な手法で勢力を拡大してきた。
 犯罪まがいどころか、マフィアを使った犯罪そのものも躊躇せず、さらに軍や警察、時には政府そのものも抱え込んで、事件もろとも商売敵を闇に葬ってきたというのは公然の秘密だ。
 ならば、恨みを持つ者も少なくない…………いや、いないか。
 ここはアンドリュー個人のコロニーらしい。
 そのようなテロリスト予備軍は、わずかでも可能性があるだけで入国拒否できる。
 貧富の格差による住民の反発は?
 ……それもないか。
 そんな貧乏人が、この車を爆破できるほどの高性能爆薬を入手できるとは思えないし、入手できたところでこの車なら、轢き殺してしまえばいい。
 殺意や害意はくすぶっているだろうが、実行できる者はおそらくいない。

 俺の命なんかは、値打ちとしてはゼロだ。
 ボディーガードも大差ないだろう。
 執事長というくらいだからジョンソンはそこそこの値が付くかもしれないが、危ないのなら屋敷にこもっていればいい。
 では、なぜ出てきた?
 ……ガキだ!
 しかし、アンドリューとかいう「兄貴」に兄妹の情があるはずはない。
 それほど情の深い兄貴なら、そもそも俺がガキを拾うこともなかったはず。

 ヒントは少ないが、全くのゼロではない。
 ガキの読みなら、現当主はすでに死んでいる。
 となれば……遺産相続か!

 いや……。
 世間一般に限った話だが、相続人が少ないほど、遺産の取り分は大きくなる。
 単純計算だが、1/181が1/180になるんだ。
 たったそれだけだが、リンドバーグ家の巨大資産を考えれば、あるいはコロニーの1つ2つくらいの差がつくかもしれない。
 それをあえて小さくしようとするのは……さらにいくつか「お家の秘密」があると考えるべきだな。

 リムジンは10分ほど走って、円柱形のビルに入った。
 エレベーターだ。
 木星のコロニーは、ごく一部の例外を除いて「バームクーヘン型」をしている。
 5層の円筒を重ねて居住スペースを確保しつつ、全長を短くすることができる同心円柱型コロニーだ。
 太陽光のエネルギーが当てにならないのとデブリの多さから、集光板を持たない。
 火星に多い円筒型コロニーに比較して、「空」は低くなるが、層を作ることによって同等以上の入植スペースを確保できるのと、外殻の層がデブリなどで破損しても中枢エリアの生存が期待できるというメリットがある。

 俺の[カージマー18]は、書類手続きの便宜上とはいえ、木星の衛星イオ船籍だ。
 そのため、木星のコロニーには少なからずなじみがある。
 バームクーヘン型コロニーは、直径と全長が同じというのが不文律らしい。
 直径3kmほどの小型コロニーなら円柱の上下の面をそのまま壁にして、中に円筒を入れれば済むが、大型コロニーは支柱が必要になる。
 この車の乗っているエレベーターは、円柱の向こうにさらに空間があった。
 となると、支柱の中を貫いている。
 つまりは支柱が必要なサイズのコロニーだな。

 エレベーターの降下速度は、あくびが出るほどに遅い。
 Gの変化による「酔い」を避けるという理由もあるのだろうが、リムジンはエンジンをかけているのかもあやしいほど振動も騒音も感じないし、エレベーターのノイズも聞こえない。
 と同時に、俺たちに対する示威もあると見た。
 何かの企みが発覚して俺たちが逃げだそうとしても、このコロニーのサイズそのものが「檻」となる。
 小型コロニーならばボートを奪って逃げることも可能性としてあるが、このサイズではムリだ。

 ゲームというなら、そもそも俺たちはプレイヤーなのかカードなのか、あるいはただのチップなのかもわからない。
 ゲームのルールもわからないとくれば、出し抜くなんて夢のまた夢だ。
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