スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒

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第4章 「木星」

リンドバーグの惣領

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 やがてエレベーター正面の扉が開かれた。
 ほんの数10m先にはばかでかい門がある。
 自分のコロニーで自分専用のエレベーターならば、庭を少し広げるだけで、敷地の中にエレベーターを含む支柱を降ろすことができる。
 それをせず、わざわざ門の外に出したということは……これもテロ対策か?
 エレベータを敷地の中に含むということは、招かざる外敵にもショートカットルートを提供していると言うことになり、それを嫌ったのだろう。

 門が音もなく開き、リムジンが吸い込まれるように入った。
 車窓の眺めから速度が出ていないのもあるが、たっぷり10分も走ったところで、前方に白亜の豪邸が見えてきた。

 純白の柱が林立する、古代神殿をイメージさせる建物だ。
「宮殿」ではなく「神殿」なのは、バルコニーを持たないからか。
 つまり、権力者なり指導者なりが姿を見せて、肉声で呼びかけることを想定していない。
 正面の「神殿」から左右に白亜の壁が伸び、その先には円柱の塔がある。
 俺はふと気がついて指を2本立てて、あえて正面の神殿部分を視界から消し……合点がいった。
 壁の色と中央の神殿でカモフラージュしているが、中世の城だ、これは。

 リムジンは時計回りで正面のロータリーを回り、ガキの側を玄関に向けて駐まった。
 軍服に似た意匠の黒い服を着た男達が2人やってきて、観音開きのドアを開ける。
 まず執事のジョンソンが降りて膝をつき、すぐに立ち上がってガキに手を伸ばした。
 エスコートされるように、ガキが車を降りる。
 ただし、右手は俺の左腕を強く掴んだままだ。
 もろとも、玄関の重厚な扉を開けて、中に案内された。

 俺の予想に反して、玄関ホールは吹き抜けで、高さはあったが狭かった。
 ただ、それは俺の予想が大きすぎただけで、戸建ての家1軒くらいなら建てられそうな広さがある。
 そういえば、映画館でも劇場でも、まずは「受付」があって、ホールはその向こうだな。

 玄関ホールの奥の両側に螺旋階段があり、2階へ。
 螺旋階段の出口が向き合うようにあり、中央に、さらに奥へと延びる廊下がある。
 正面だけのハリボテではなく、しっかり中身もあったか。
 手を引かれて、その廊下を進む。
 ドアの間隔は、歩測でおよそ18歩。
 さらに奥に2枚のドアを残したところで、執事が足を止め、ドアをノックした。
 ノックにベルがチリンと応える。
「失礼します」と声をあげて、ジョンソンが部屋に入った。

 手を引かれてガキが入ったところで、ジョンソンが見た目にそぐわない素早さで身体を入れ替え、俺の入室を阻む。
「これから、ご兄妹水入らずのご面談です。『部外者』の方はご遠慮いただけますよう」
 慇懃無礼とはこのことか。

 俺は、がっしり左手を握ったガキの指を開きながら、ゆっくり告げた。
「どんなプレゼントでもサプライズでも、とりあえず『持ち帰って検討します』だ。
 即答が求められたときは、オマエよりも相手の方が焦っている証拠だ。さらにゆっくりやれ!
 どんなゲームかわからないときは、時間を稼いで観察して、手札を切るのはそれからだ。
 カードを開く前には絶対に俺に相談しろ!」
 そう言うと、ガキはようやくニヤリと口角を上げて応えた。
「手札さえ開かひんかったら、最悪でもタイムオーバーでドローやな!」
 そう言うと、俺とガキは拳をぶつけ合った。

 部屋の扉が閉まったところで、リムジンで俺の向かいに座っていたボディーガードが話しかけてきた。
「申し訳ございませんが……失礼とは存じますが、御館様の品位に関わりますので、お着替えいただけますようお願い致します。
 街までお送り致しますし、お支払いのためのカードも用意しております」
 そう言うと、リンドバーグ家の家紋が金押しされた黒いカードを渡された。
「もちろん、ご用がお済みでしたらすぐに迎えにあがります」
 そうきたか。
 残念ながら、答えは「ノー」だ。

 俺が街……コロニーの別の層にある居住区か、この層にショッピングエリアがあるのかは知らないが、そこに行って車を降りたら、5分もたたずに殺されるだろう。
 犯人はマフィア崩れのチンピラか、度胸試しの若者か。
 そいつらを使って俺を「処理」することが、まずは第1目標となる。
 単にガキに入れ知恵しているだけのオヤジか、あるいは情夫かはわからないにしても、俺は邪魔だ。
 かといって、アンドリューの屋敷の中で俺を消してしまえば、ガキは絶対に反発する。
 その点、俺が勝手に街に出て、チンピラとケンカして殺されても、アンドリューの傷にはならない。
 そのチンピラを探し出して血祭りに、いっそ八つ裂きにでもすれば、むしろガキはアンドリューに感謝さえするってか。
 ……あのガキを甘く見すぎだぜ、アンタら。

「わかった、着替えよう。
 ただ、ドレスコードとかが全くわからないんで、アンタらが見繕ってくれ。
 俺は、図書室か書斎があるなら使わせて欲しい。
 アンタらがどう思っているかは知らないが、航海士は勉強で忙しいんだ」

 ウソではない。
 航法や航路、法律や規則は、覚える以上の速さで変更されている。
 さらに10年に1度は資格更新のテストもある。
 ただ、本当に俺が「調べたい」ものは別にあるのだが。

 本当に図書室はあった。
 新聞縮刷版のライブラリを見ると、過去50年分以上のストックがある。
 俺の記憶に間違いがなければ、前回のリンドバーグ家の当主交代は30年ほど前だった。
 俺は過去の事件事故を探すフリをしつつ、その当主交代の記事をたどった。

 リンドバーグ家ほどになると、当主交代はコロニーの政変やクーデターよりも大ニュースとなる。
 32年前の記事で、それを探し当てた。
 現当主ウイリアムを持ち上げる提灯記事に混じって、一問一答形式の記事があった。

 リンドバーグ家の当主は「惣領制」らしい。
 一族の中でもっとも人望を集めた者が「惣領」になり、まず全資産を受け継ぐ。
 そして惣領の差配で、一族に再分配を行うというシステムだ。
 当然だが総領を支持したお気に入りは多くの分配を受け、破れた側は雀の涙か、あるいはゼロだ。
 そのシステムによって、リンドバーグ家は資産の散逸を防ぎ、当主の権力を高めてきた。

 総領を選ぶのは、相続権を持つ者の互選だ。
 つまりガキは、1/181の相続権を持っているのではなく、181票しかない投票権の1つを持っている。
 ついでに、総領に選ばれる被選挙権もある。
 ただし。現実にガキが当主に選ばれる可能性はゼロだろう。
 外腹妾の娘で、本当に今まで「外」にいたのだから、人望も実績もない。

 なら、なぜアンドリューはガキをあれほどまでにもてなすのか?
 ここからは想像というか、一般常識の範疇だ。
 一般に、相続権者が競合する相続権者を害すると、害した側は相続権を失う。
 もともと何も持っていなかったガキはともかく、アンドリューが失うものは想像を絶する額となるだろう。
 たとえアンドリューが手を下さなくても、ガキが不審死すれば、アンドリューに疑惑の目が向く。
 一度疑惑の可能性が浮かべば……アンドリューを有力な当主候補と仮定した場合に限るが、対立候補との足の引っ張り合いでは、そこらのコロニーの議員選挙よりも苛烈だろう。
 それをアンドリューの目で見るなら、1票を得るか、あるいは総てを失うかだ。

「クワジマ様。お着替えの準備ができました。試着をお願いできますか?」
 と。集中しすぎたか。
 最新の航路や航法を学習しているはずが、実際には30年以上前の新聞縮刷版を見ている。
 不審がられない方がおかしい。
 もっとも、航海士にはこういう時に使える定番の台詞がある。
 定番過ぎて航海士同士では「別のことをしていた」と自白するに等しいが、航海士相手でなければ通用する。
「1宇宙ノットって、地球の公転速度の1/10じゃなかったのか。
 気がついたら時速で1光秒の1/30って……どこのバカが変えやがった!」
 そう。
 かつては地球の公転を基準に1宇宙海里や1宇宙ノットが決められていたが、人類の半数以上が地球以外に住むようになって、地球本位の単位は見直され、「1光秒」という、より客観的な数値が適用されるようになった。
 実際には、どちらもおよそ10,000km/h前後であり、宇宙規模では誤差でしかないが、俺の年齢では前者、ガキの年齢では後者を使う。
 ジェネレーションギャップを自嘲するのにしばしば使われるネタだ。

「基準単位がどうとかいう話はかすかに聞いた気もしますが、専門外で申し訳ございません。
 裾を合わせたいので、ご協力をお願いします」
 ……流したか。
 それでいい。
 俺は言われるままに立ち上がった。
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