スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒

文字の大きさ
44 / 53
第4章 「木星」

家族の晩餐

しおりを挟む
 用意されたスーツは、「素っ気ない」としか言いようのない、ありふれた紺色の量販品に見えた。
 実際には生地や縫製など、見る者が見ればセミオーダーに近い高級品なのかもしれないが、あいにく俺はライトスーツと革ジャケット、生地と言われてもデニムくらいしかわからない。
 やはり紺色のネクタイも、シルクかポリエステルかの区別もつかない。残念だったな。

 そういえば、スーツに袖を通すのは10年ぶり、ネクタイに至っては20年ぶりか。
 いつの間にサイズを測ったのか、用意された革靴のサイズはぴったりだった。
 姿見に自分を映してみたが、うだつの上がらないサラリーマンが一丁上がりだ。

 メシを食うために、食堂に案内された。
 部屋の幅は5mほどだが、奥行きだけは20m近くある細長い部屋に、幅2m、奥行き15mほどのテーブルがあり、白い布がかけられている。
 天井には大きなシャンデリアが2つ、テーブルの奥と壁に燭台という、ここが船ではなくコロニーの中だとはいえ、贅沢な部屋だ。

 テーブルの奥に進もうとしたが、入り口脇で留めさせられた。
 そうか。「主賓」が来るのか。
 ほどなくノックもなしに食堂のドアが開かれた。
 執事長のジョンソンを先頭にして、ブラウンのジャケットを着た男が入ってきた。
 年齢は俺とほぼ同年代で、身長は俺より少し高い程度だが恰幅はかなりある。
 ブロンドの髪をきれいに整えて固めていた。
 その後に続くブルーのドレスを着た少女は……見覚えはあるが、誰だ?
 ブロンド男の娘か?



 ふわりとウエーブのかかったアッシュグレイの髪にブラウンの瞳、首には黒いエナメルのチョーカー……って、ガキだ!
「女は化ける」とはいうが、程度問題だ。
 口紅をひき、頬にも薄化粧をしたら、知らない人間ならレディと誤認する。

 俺が呆けていると、ガキはくるりとターンして見せた。
 ドレスのロングスカートの裾が、ふわりと広がる。
 が、そこまでだ。
 俺はレディとしての教育なんて全くしていないし、できない。
 ガキは右手を伸ばしてVサインを作り、ニヤリと笑った。
「見違えたやろ?」
「少々化けたように見えたが、中身は同じか」
「おっちゃんも、本社から出張してきた課長くらいには見えるで」
「ぬかしやがれ!」

 再会もそこそこに、促されてガキを前にしてテーブルの中央に進む。
 レディファーストとやらか?
 奥まで行くつもりだったが、中央で止められた。そのむこうには椅子がない。
 ブロンドにブラウンのジャケットを着た男が、テーブルを挟んでガキの正面に座る。
 俺の正面には執事長だ。

 足のついたグラスが3つ運ばれ、俺とガキ、そしてブロンド男の前に置かれた。
 それぞれの背中に、黒い執事服を着た男が立つ。
 給仕が入室し、ラベルを見せて、3つのグラスに液体を注いだ。
 炭酸の泡が立つ。
 食前酒か……酒!
「ガキに酒を飲ませるのか!」
 静かに、ただし語気を強めていう俺に、執事長が流すような口調で穏やかに言った。
「もちろんカトリーナ様にも飲めるよう、アルコール度数はほとんどありませんし、形だけだと思っていただければ幸いです。
 もし体質が合わないようでしたら、グラスに口をあてるだけでも結構ですので、お願いします」
「カトリーナ様ぁ?」
「お嬢様です」
 淡々と執事が応えた。
「オマエ、カトリーナ様って名前なのか?」
 問う俺にガキはさらりと応えた。
「やからイニシャルが『K』なんやんか」

 タイミングを計っていたのだろう。執事長が口を開いた。
「紹介を続けてよろしいでしょうか?
 こちらが私の主で、リンドバーグ家の実務を事実上取り仕切っているアンドリュー様です」
 アンドリューとやらが軽く手を上げ、手のひらを見せる。
「シンシナティコロニーへようこそ。
 私の城やから、妹のカトリーナともどもご自分の屋敷くらいに思うて、のんびりしてってください」
「こちらのレディがカトリーナ様。アンドリュー様の異母妹にあたられます」
 きょとんとしてガキが自分で自分を指さし、執事長が頷くと、ニヤリとVサインを伸ばした。
「クワジマ様です。カトリーナ様を無事にお連れくださいました、勇敢な海の漢です」
「ぶっ!」
 盛りすぎだ、バカヤロウ!
「そして末席の私が、この館で執事長を務めますジョンソンです。何なりとご用命ください」
 そう言うと立ち上がり、直角に腰を曲げて頭を下げた。

 久しぶりのスーツだけでも十分に窮屈なのに、形式張った挨拶で、さらに窮屈感が増す。
 食前のセレモニーは終わったようが、テーブルマナーなんて知らないぞ!
 グラスを持ち上げて乾杯のポーズを取る。
 それを見て、ガキが少し遅れて真似る。
 次々に出される皿に、ナイフとフォーク、格好つけて言うなら「カトラリー」を選ぼうとするが、ガキが真似て続くことを考えると、間違いは許されない。
 執事長の前にはコーヒーカップだけだし……最後の頼みとなるアンドリューは、無表情でこちらを見るだけで、カトラリーには手を伸ばしていない。
 俺はだんだんイライラしてきた。

「悪いが、テーブルマナーなんて知らないんで、不作法があっても流してくれ。
 間違えていたら、俺の目の届かないところで笑ってくれてもかまわない」
 ようやくアンドリューが口を開いた。
「身内の非公式な食事やから、そう構えんくてもかめへんよ」
 が、俺は無言で執事や給仕達に目を流した。
 執事長がクイっと顎をあげる。
 連中は深々と頭を下げたあと、ぞろぞろと部屋から出て行った。

「好きに食っていいぞ」
 俺がそう言うと、ガキは鳥の足にフォークを突き刺し、塊のまま口に運んだ。
 アンドリューが大きく息を吐く。
「テーブルマナーがなってないってんなら、そういうのは見えないところでやってくれって言っただろう!」
 鳥の足を口にくわえたまま、ガキは俺とブロンドの間を、きょろきょろと見比べる。
 アンドリューがまた、大きく息を吐いた。
「帰るぞ! さっさとそれを飲み込め!」

 3度目の吐息に俺は腰を浮かしたが、アンドリューは4度目をかろうじて我慢して、かわりに口を開いた。
「ホンマに……カトリーナよりもストレートな方のようやなぁ。
 なら、もって回った言い方よりも、単刀直入にお話ししましょうか。
 あ。食事はご自由に……食べもって聞きようてください」

 巡洋艦の艦長ですら、俺の素性くらいはすぐに調べ上げた。
 リンドバーグの名を出せば、もっと深く、俺の素行まで調べられるだろう。
 そして、この化けたガキの見た目と俺の離婚歴、それが2人だけで何ヶ月も旅をしていることから想像するのは?
 俺は「ガキの情夫で、DV疑惑もあり、さらに共依存かマインドコントロールでガキを支配している」か。
 本当に兄妹の情があれば、一時は恨まれても、別れさせる方がいい。
 が、そうでなくて利害だけを考えるなら、恨まれるよりも、俺を利用してガキを操った方がメリットが大きいと考えるだろう。
 さっきからの大きな溜息は、俺たちのテーブルマナーではなく、情と利を計って、自分の心の内を整理していたな。
 その結果は「利」が勝った、と。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...