スペーストレイン[カージマー18]

瀬戸 生駒

文字の大きさ
48 / 53
第4章 「木星」

敗北のための商談

しおりを挟む
 コロニーに「夜」が来る前に屋敷に戻り、ジャケットを脱いでベッドに横たわったまま、ハンバーガーにかぶりつく。
「ジャンクフード」とはよく言われるが、ピクルスのパリパリ感1つとっても、船の中では味わえない。
 と。ノックがあった。
 黒い執事服に着替えたダラスが、返事も待たずにドアを開け、深々と頭を下げた。
「クワジマ様、お嬢様、旦那様の執務室までご足労いただけますか?」
 よし来た!
 俺は食いかけのハンバーガーを咥えたまま、もう1つ、紙で包まれたままのハンバーガーを手にとって身を起こした。
 ガキがそっくり同じようにマネをする。

 廊下の突き当たりの部屋が、アンドリューの執務室らしい。
 ダラスがノックをすると、返事の代わりにベルがチリンと鳴った。
 ダラスは大きく扉を開けたが入室はせず、ドアの脇を固めるかのように立っている。
 そのまま、右手で俺たちに入室を促した。
 俺たちが部屋に入ると、すぐにドアは閉められた。

 俺たちがさっきいた寝室に劣らないほど広い部屋だが、中央にばかでかい木製のテーブルがあり、椅子が片側4つ向かい合わせに置かれていて、その向こうにさらに背の高いデスクがある。
 そのほかの調度と言えば、一方の壁際に腰の高さくらいの本棚があり、その上に宇宙を模したようなデザインの皿が置かれていた。
 反対側の壁には、中央に小さな絵が1枚あるだけだ。
 それが殺風景と感じないのは、紫がかった茶色をした、ソールまで埋まりそうな毛足の長い絨毯と、さらに重い色をしたカーテン、ローズウッドの壁板のせいだろう。
 天井のシャンデリアといい、これでもかと重厚さをアピールしている。
 正面の窓から差し込む光に、人影が映る。
 ……いや!
 今は「夜」だ。
 つまり「窓」は窓ではなく、差し込む光も外の光を取り入れているのではない。
「は……はははは……」
 部屋の空間といい照明といい、この無駄遣いの仕方は、船乗りの理解を超えている。
 俺は乾いた笑いしか出なかった。

 眩しい「陽光」から目をそらすと、ちょうど正面に黒い執事服に身を固めたジョンソンが立っていて、深々と頭を下げた。
 左手を開いて横に振り、テーブルを促す。
 俺たちが着座するのを待っていたかのように、デスクの人影が動いた。
 勿体をつけてはいるが、アンドリューしか該当する人物はいない。

 案の定アンドリューがガキの正面に位置取りし、ジョンソンは遅れて俺の正面に立つ。
 テーブルを挟んで手を伸ばして握手をし、4人同時に着座する。

「渡してやれ」
 俺が言うと、ガキは勿体をつけながらライトスーツのフロントファスナーを少し開き、内ポケットから1枚の紙を取り出した。
 飾りも何もない無地の事務用紙には、中央に素っ気なく「結果を尊重します」とだけ書かれている。
 ジョンソンが苦い顔をして、「日和る、ですか?」と……外見に似合わず、低い声で言った。
 ゆっくりとだが太く、丁寧な物腰と怒気が同居している。
 生半可なギャングやマフィア以上のすごみを覚えた。
 背中から汗が噴き出す。
 着ているのがライトスーツでなかったら、汗のシミがくっきりとわかっただろう。
 が、ここが勝負所だ。

「ああ、文面は、な」
「聞きましょう」
 ジョンソンではなく、アンドリューが説明を促した。
 固く握りしめた拳の爪が、手の肉に食い込む。
 その痛みで、俺はかろうじて正気を保った。

「委任状の文面は、これだけだ。
 その上で、これは『委任状』で、アンタが持っている。
 つまりは…………」
「カトリーナは、私の手の内にいてる、ですか」
 俺はこくんと頷き、わざとらしい作り笑顔で言った。
「この委任状を1票にするか無効票でゼロにするかは、アンタの才覚だ。
 いや。俺の見立てでは、日和見を決めこもう、勝ち馬に乗ろうってヤツは、少なくとも30人はいる。
 話の運び方と立ち回り次第。アンタの手腕と実績、それで磨いてきたセンスによっては、この1枚は1票にもゼロにも、あるいは31票にもできる。
 それとも、自信がないか?」
 アンドリューが声をあげて笑った。
「安い挑発やけど……たしかに『支持する』なら、確実やけど1票。
 けど、この文面を取り込めるんなら、30票どころか50にもできようね」
「不足か?」
「残念やけどね……」

 くそう!
 乗ってこないか。
 確実に1票を押さえるほうが、確かに紛れがない。
 アンドリュー自身が総領を狙うのではなく、勝ち馬に乗ってナンバー2を狙うのなら、こんな曖昧な文言は受け入れられない。
 …………タヌキめ!
 俺の付け焼き刃の「選挙」知識とは比べものにならないほどの選挙を、時に取り仕切り、時に操作してきた相手だ。
 自らが「候補」となる選挙ならば、裏も表も前例も類例も、徹底的に調べているはず。

「それで?」
 ようやく絞り出した俺の問いに、アンドリューは飄々と答えた。
「DDH24なら先日話したとおり、カトリーナのタクシー代としてお譲りしよう。
 さらに取り分が欲しいんやったら……」
「やったら、紛れひんのをもう1枚書いたらええだけやん?」
 ガキがあっさり言い放ち、アンドリューの口角が上がる。今がタイミングだ!

「2枚目となれば、こちらも欲が出る。
 そうだな。火星のコロニーを2つか3つ、首長ではなくオーナーとして貰いたい」
「あはは。そんなん貰うたって、おっちゃん、すぐ胃に穴が空いてしまうわ」
 軽口を叩きながら話に入ってきたガキの後頭部を軽く叩いた。
「だからオーナーだって言っただろう。
 寝てるだけで唸るほどカネが入ってくる。
 オマエも姫様になりたくないのか?」
「姫様になってドレス着て、『オホホホホ』とか笑うてたら……私が折れるわ! ダボ!」

「本人もそう言うてますし、分に余る欲をかきすぎても自滅するだけやで?
 私も先に支持してくれた者を篤くしぃへんと筋が通らんし、そうなったら財産の散逸は免れへん。
 私はリンドバーグ家として、それを防ぐ義務があるんや」
 そこで言葉を切った。
 こちらの出方を待っている。

 ならば……。
 俺もカージマーのオーナー、零細とはいえ事業主だ。
 彼我の力の差が明確なときの処世術は知っている。
 ふっかけるところはふっかけ、それを押さえ込まれて、端金で手を打つ。
 肝心なのは、最初は背伸びをして、無理目にふっかけることだ。
「無欲」に過ぎると、逆に勘ぐられ、ない「欲」をでっちあげられる。
 ないものを「ない」と証明することはできないが、「強欲」を丸め込めれば、相手は「勝利」に酔って、気持ちよく「端金」を払う。
 その意味では、叩きはしたが、ガキの発言はナイスアシストだ。
 今なら要求を下方修正しても、違和感が出ない。

 俺は握りしめたままの拳……爪が食い込んで血が滲んでいるのも、演出として好都合だ。
「……俺の船。DD51を直してくれ。あれで帰る」
「またこれは、いきなりめっちゃ小さくなりようね」
 不信感をあらわにするアンドリューに、俺は念を押すように言った。
「DDH24はもらえるんだな? あれを転売すれば、分相応な程度の金になる。
 新古ならさらに値が付くし、乗組員をクビにするのも気が重いから、全員降ろしてくれ。
 DD51なら引っ張れる」
「……それはそれで欲がなさ過ぎるんちゃいますか?」
「じゃあ、パージしちまったカーゴの弁償と、先方への違約金。
 火星までのスラスターとブースターの代金だ。
 大きすぎる金額は正直想像がつかないが、これくらいしかリアルなのは思いつけない。
 まだ足りないって言うんなら、アンタの甲斐性で乗せてくれ!」
 自分の貧乏性を自嘲するように、半ばヤケクソ気味に言った俺に、アンドリューが笑った。
「さすがに……今度はこますぎて、私の理解が追いつかんとぅ。
『カトリーナ』も持ち帰ってもらえたら、お互いに都合がええんちゃいます?」
 こちらの取り分を増やしたように見せつつ、体のいい厄介払いか?
「だとよ。姫様!」
 ガキは笑って親指を立てた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...