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大橋の上で
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その日、私は大橋の上にいました。
特に目的もなく、街をぶらついていて辿り着いたのです。
石造りの橋の上は、多くの人々や馬車が行き交いしていています。
ふと、大きな影が私の頭上を通りすぎました。
影を追って橋の欄干に手を掛けて下の川を見下ろすと、一羽の白鳥がその真っ白な翼を広げて行水をしていました。
白鳥がいるなんて珍しい。そう思った私は注意を払って身を乗り出し、よく白鳥を見ようとしました。
背後から心臓が飛び出そうなほどの大きな制止の声がしたのは、その時です。
「早まるなぁ────ッ!!!」
「え? ぎゃあっ」
何かが物凄い勢いで突進してきて、私はそれと一緒に大橋の上で重なるように倒れ混みました。
行き交う人々もなんだなんだとこちらを見ています。
「な、なんですか・・・・・・」
背中の痛みを堪えながら起き上がると、私の上にいた人は私の肩を掴み、大きく揺すって説得してきます。
「リリア嬢、ヤケを起こしちゃあいけないよ! そりゃ、君も深く傷ついているのだろうけれど、だからってうら若き乙女が身投げなんてするもんじゃあない。女の数だけ男はいるんだ。きっといい出会いがあるさ!」
「・・・・・・はぁ」
何を言ってるんでしょうか。この人は。
いきなり現れたのは侯爵令息のセオン様でした。
藍色掛かった黒髪と、サファイア色の瞳。黙っていれば憂いを帯びた美男子なのに、一度口を開けばお喋り好きで声が大きいと有名な。
良くも悪くも社交界で注目を集めている人です。
そんな彼は、どうやら勘違いをして私を突き倒したらしいです。
「今日はこんなに天気もよくて、春の女神も微笑む陽気だというのに、君が死んだら皆の心が雨模様になってしまう。凌ぐ傘もなくてどこに行けるというのか!? とにかく、バカなことしちゃあいけないよ」
「セオン様」
「何だい?」
「誤解です」
「ん?」
「私はただ、あそこにいる白鳥を見ようと身を乗り出していただけなのですが・・・・・・」
ありのままを説明すると、セオン様は「はくちょう」と小さく呟いて、私が指差した方を見遣ります。
ようやくセオン様が上から退いてくれたので、私も砂埃を払って立ち上がりました。
「おお、おお! 恋する乙女の純心もかくやと言った白羽。美しいなぁ。なるほど、潔白の心の持ち主であるシエナ嬢はあの純白に心惹かれて魅入っていただけだと。いやはや失敬。僕の早合点だった」
セオン様が帽子を取ってお辞儀をされたので、私は謝罪を受け取り頷きました。
「まぁ、別に構いませんけれど、セオン様は何故、私が大橋から飛び降りるなんて勘違いを?」
私、そんな今にも世を儚みそうな追い詰められた顔でもしてたんですか?
そう訊ねると、誤解とわかったからか、セオン様は非常に答えづらそうな素振りでぽつぽつとお答えくださいました。
「いや、あんなことがあった矢先だからね。ご令嬢が街中で一人というのも変だし、まさかと思ってね」
「だとしても、真っ昼間にこんな往来で身投げする人はいませんよ──ああ、いえ、私に身投げする気はありませんが」
昼の人通りの多い場所じゃなかったら身投げしてたのかと愕然とした表情からまた誤解させたと気づき、すぐさま訂正しました。
とは言え、セオン様の疑問ももっともなので、一つ一つ説明することにしました。
「セオン様が仰る通り、今日は天気が良くてお出かけしたくなっただけです。一人なのは──そうですね。まぁ、私にも一人になりたい時はあるので」
本来であれば侍女なり護衛なりを連れて外出しなくてはいけないのですが、今日はどうしても一人でいたくてこっそり屋敷の裏門から抜け出してきてしまったのです。
「シエナ嬢・・・・・・」
何故一人になりたいかを察したらしいセオン様が心配そうなお顔をされました。
身投げは杞憂ですが、ええ、確かに。セオン様が仰ったあの件は私の中に静かに毒の根を下ろしております。
ですが、それを関係のないセオン様に打ち明けるのは戸惑われました。
「私は大丈夫ですよ。それにこちらこそ先日の件は申し訳ありませんでした。皆様の歓談の場を邪魔してしまい」
「シエナ嬢が謝ることではない! あれはどお考えてもエリオ殿が悪い! 全く、何を考えてるんだ、彼は!?」
ぷんすかと怒りを露にするセオン様に、私は苦笑いを浮かべました。他にどんな顔をすればいいのかわからないのです。
先日、公爵家のパーティーが開かれ、その場に私もセオン様もおりました。
そして、その場で大変な騒ぎが起きたのです。
突然、とある令息が婚約者に対し、婚約を破棄すると宣言したのです。
場は一時騒然。
婚約破棄を宣言された令嬢は事態を飲み込めず、その場に佇むことしか出来ませんでした。
婚約破棄を宣言した令息の名はエリオ。
主宰である公爵家にも縁ある伯爵家のご令息です。
そして、そのエリオに婚約破棄を言われた令嬢こそ、この私、シエナなのです──。
特に目的もなく、街をぶらついていて辿り着いたのです。
石造りの橋の上は、多くの人々や馬車が行き交いしていています。
ふと、大きな影が私の頭上を通りすぎました。
影を追って橋の欄干に手を掛けて下の川を見下ろすと、一羽の白鳥がその真っ白な翼を広げて行水をしていました。
白鳥がいるなんて珍しい。そう思った私は注意を払って身を乗り出し、よく白鳥を見ようとしました。
背後から心臓が飛び出そうなほどの大きな制止の声がしたのは、その時です。
「早まるなぁ────ッ!!!」
「え? ぎゃあっ」
何かが物凄い勢いで突進してきて、私はそれと一緒に大橋の上で重なるように倒れ混みました。
行き交う人々もなんだなんだとこちらを見ています。
「な、なんですか・・・・・・」
背中の痛みを堪えながら起き上がると、私の上にいた人は私の肩を掴み、大きく揺すって説得してきます。
「リリア嬢、ヤケを起こしちゃあいけないよ! そりゃ、君も深く傷ついているのだろうけれど、だからってうら若き乙女が身投げなんてするもんじゃあない。女の数だけ男はいるんだ。きっといい出会いがあるさ!」
「・・・・・・はぁ」
何を言ってるんでしょうか。この人は。
いきなり現れたのは侯爵令息のセオン様でした。
藍色掛かった黒髪と、サファイア色の瞳。黙っていれば憂いを帯びた美男子なのに、一度口を開けばお喋り好きで声が大きいと有名な。
良くも悪くも社交界で注目を集めている人です。
そんな彼は、どうやら勘違いをして私を突き倒したらしいです。
「今日はこんなに天気もよくて、春の女神も微笑む陽気だというのに、君が死んだら皆の心が雨模様になってしまう。凌ぐ傘もなくてどこに行けるというのか!? とにかく、バカなことしちゃあいけないよ」
「セオン様」
「何だい?」
「誤解です」
「ん?」
「私はただ、あそこにいる白鳥を見ようと身を乗り出していただけなのですが・・・・・・」
ありのままを説明すると、セオン様は「はくちょう」と小さく呟いて、私が指差した方を見遣ります。
ようやくセオン様が上から退いてくれたので、私も砂埃を払って立ち上がりました。
「おお、おお! 恋する乙女の純心もかくやと言った白羽。美しいなぁ。なるほど、潔白の心の持ち主であるシエナ嬢はあの純白に心惹かれて魅入っていただけだと。いやはや失敬。僕の早合点だった」
セオン様が帽子を取ってお辞儀をされたので、私は謝罪を受け取り頷きました。
「まぁ、別に構いませんけれど、セオン様は何故、私が大橋から飛び降りるなんて勘違いを?」
私、そんな今にも世を儚みそうな追い詰められた顔でもしてたんですか?
そう訊ねると、誤解とわかったからか、セオン様は非常に答えづらそうな素振りでぽつぽつとお答えくださいました。
「いや、あんなことがあった矢先だからね。ご令嬢が街中で一人というのも変だし、まさかと思ってね」
「だとしても、真っ昼間にこんな往来で身投げする人はいませんよ──ああ、いえ、私に身投げする気はありませんが」
昼の人通りの多い場所じゃなかったら身投げしてたのかと愕然とした表情からまた誤解させたと気づき、すぐさま訂正しました。
とは言え、セオン様の疑問ももっともなので、一つ一つ説明することにしました。
「セオン様が仰る通り、今日は天気が良くてお出かけしたくなっただけです。一人なのは──そうですね。まぁ、私にも一人になりたい時はあるので」
本来であれば侍女なり護衛なりを連れて外出しなくてはいけないのですが、今日はどうしても一人でいたくてこっそり屋敷の裏門から抜け出してきてしまったのです。
「シエナ嬢・・・・・・」
何故一人になりたいかを察したらしいセオン様が心配そうなお顔をされました。
身投げは杞憂ですが、ええ、確かに。セオン様が仰ったあの件は私の中に静かに毒の根を下ろしております。
ですが、それを関係のないセオン様に打ち明けるのは戸惑われました。
「私は大丈夫ですよ。それにこちらこそ先日の件は申し訳ありませんでした。皆様の歓談の場を邪魔してしまい」
「シエナ嬢が謝ることではない! あれはどお考えてもエリオ殿が悪い! 全く、何を考えてるんだ、彼は!?」
ぷんすかと怒りを露にするセオン様に、私は苦笑いを浮かべました。他にどんな顔をすればいいのかわからないのです。
先日、公爵家のパーティーが開かれ、その場に私もセオン様もおりました。
そして、その場で大変な騒ぎが起きたのです。
突然、とある令息が婚約者に対し、婚約を破棄すると宣言したのです。
場は一時騒然。
婚約破棄を宣言された令嬢は事態を飲み込めず、その場に佇むことしか出来ませんでした。
婚約破棄を宣言した令息の名はエリオ。
主宰である公爵家にも縁ある伯爵家のご令息です。
そして、そのエリオに婚約破棄を言われた令嬢こそ、この私、シエナなのです──。
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