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第九話 ルータス公爵の思惑 Side:ルータス公爵家 その2
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アンジェラ男爵夫人が王妃に「魔力を暴走させてしまうラン殿下を魔法使いの元へ預けてみては?」と提案した翌年、四歳になったばかりのランは宮中から姿を消した。
まだ幼かったランは元々公の場に現れることは滅多になかったが、それでも全く姿を見ないとなれば不思議に思う者のちらほらと出てくる。
ある日、高位貴族の一人が国王夫妻に「ラン殿下はどうしたのか?」と訊ねた。
国王夫妻は「ランは魔法の修練を積ませるため、相応しい者の下へ預けている」と答えた。
その答えに王子を預けるに足る人物はどのような者なのかと、一時期社交界はその話題で持ち切りになった。
そんな中、侍女から件の話を聞いていたラリーガは興奮し、震えていた。
──間違いない。ラン殿下は濃霧山の魔法使いの下にいる。
何と言う僥倖か。
ラリーガは歓喜して、この年の侍女のボーナスを三倍に増やした。
アンジェラ男爵家に濃霧山の魔法使いとの縁があるのは間違いない。
この情報を使わない手はラリーガにはなかった。
そしてもう一つ。ラリーガは他の者が知らない情報を握っていた。
それが当時二歳のアンジェラ男爵家の末姫・シアラのことだ。
アンジェラ男爵夫人が王妃にランを魔法使いの下へ預けたらどうかという話をした時に、アンジェラ男爵夫人は「自分の末娘もこのまま魔力が安定しなければ、魔法使いの下へと預けるつもり」だと言った。
もし、そうなれば確実に魔法使いとの縁を結ぶことができる。
そして、二年後。アンジェラ男爵家の末娘がどこかへ預けられたことが部下の調べで分かったラリーガは、待望の時と動き始めた。
──シアラと息子、ラリオの婚約だ。
男爵家であることなど些末なこと。魔法使いの弟子となったシアラをラリオの婚約者にして婚姻を結んでしまえば、濃霧山の魔法使いは義娘の師になり、第二王子は義娘の兄弟子になり、魔法使いとの縁故を持つアンジェラ男爵家は親戚になる。
それに魔力の強い娘を娶れば、より強い魔力を持つ孫も産まれる。ラリーガにとって、この婚約は得でしかなかった。
だから、年齢が近いなどという理由でシアラに下級貴族の次男や三男との婚約話がいかないように、シアラが魔法使いの下にいるということが他へ漏れないようにと色々と画策していた。
アンジェラ男爵家の動向を見つつ、焦らしに焦らされてようやく、一年半前にとうとうシアラが帰ってきた。
その二年前にはランが王城へ戻っていたため、シアラも学園入学の一年前くらいに帰ってくるだろうと予測していたラリーガはすぐさま行動に移した。
本来であれば絶対にしない男爵家への訪問。
そこで、ラリーガは満を持してアンジェラ男爵に息子、ラリオとシアラとの婚約を持ちかけたのだ。
アンジェラ男爵はこの婚約に難色を示し、この時は了解を得られなかった。
公爵家との縁談など、男爵家にとっては破格の話だろうに受け入れられなかったラリーガはこめかみをひくつかせたが、一時の感情で長年温めてきた念願を台無しにするわけにはいかないとぐっと堪え、その後も何度も何度もアンジェラ男爵家へと足を運んだ。
その間に、何度かアンジェラ男爵の子供たちともすれ違った。
ある日、この頃からあちこちに姿を見せていた双子が彼女たちよりも頭一つ分小さな少女を挟んで廊下を歩いているのを見かけた。
その少女は朝日を浴びて輝く新雪のような真っ白な髪と、ピンクダイヤモンドのようなつぶらな瞳をした愛らしい少女で、双子からは「しーちゃん」と呼ばれていた。
まだふくふくとした丸い頬を緩めて笑う少女がシアラ・アンジェラだとラリーガは確信した。
アンジェラ男爵も夫人も整った顔立ちをしており、シアラは特に平民から貴族の妻になった母親に似た顔立ちをしていた。
あれならラリオも気に入るだろうと決めつけたラリーガは、絶対にシアラをラリオを婚約者にすると気を引き締めた。
何度も何度も交渉を続け、時には権謀術数を駆使して圧力を掛け、一年が経とうとした頃、ようやくアンジェラ男爵は折れ、ラリーガはラリオとシアラの婚約を取りつけた。
その頃にはアンジェラ男爵家の内情にも更に詳しくなり、ランが妹弟子であるシアラを溺愛し、本当の妹のように扱っていることも知っていた。
婚約が決まった際には、ランが直接ルータス公爵家にやって来て釘を刺していったほどだ。
このことを上手く使えば、血族と王族の婚姻というルータス公爵家の長年の悲願も叶うかもしれないとラリーガは思った。
ルータス公爵家は爵位や家格には問題なかったが、野心的すぎるという理由から王家からは嫌煙されており、一族の中で王族と婚姻を結んだものはいなかった。
しかし、シアラとランの関係を利用すれば、その願望成就にも手が届くかもしれなかった。
まさに、ラリーガにとってシアラは幸福を招く青い鳥だった。
婚約が決まると、ラリーガはラリオを自室へ呼び寄せ、シアラとの婚約について伝えた。
ラリーガは話が固まるまでラリオにこの話を全く伝えていなかったため、ラリオは寝耳に水だと驚き、震えていた。
だがラリーガは念願叶った歓喜により、息子の様子に気づかず、そのままシアラが魔法使いの教え子であること、ランの妹弟子であることを伝え、魔法使いとのコネクションや王家との縁故を得るという目的を明かし、シアラを丁重に扱うよう言い含めた──はずだった。
なのに何故、こんな事態になっているのか。
自分の目的を承知しているはずの息子はシアラに婚約破棄を突きつけ、こともあろうに生きた地雷娘と婚約するという。どうしてだ。
答えは簡単だった。
ラリーガがラリオにシアラとの婚約を告げた時、ラリオの心は大荒れだった。
公爵令息である自分の婚約者がこともあろうか、男爵家の娘。最高位の爵位を持ち、隆盛を誇るルータス公爵家の自分が。
父親のあんまりな采配に、ラリオは内心で怒り狂い、ラリーガの話をまっっっっったく聞いていなかったのである。
ラリオの反応で半年越しにその事実に気づいたラリーガはもう一度言った。
「こ・の・お・お・ば・か・も・の・がぁ~~~~!!!」
まだ幼かったランは元々公の場に現れることは滅多になかったが、それでも全く姿を見ないとなれば不思議に思う者のちらほらと出てくる。
ある日、高位貴族の一人が国王夫妻に「ラン殿下はどうしたのか?」と訊ねた。
国王夫妻は「ランは魔法の修練を積ませるため、相応しい者の下へ預けている」と答えた。
その答えに王子を預けるに足る人物はどのような者なのかと、一時期社交界はその話題で持ち切りになった。
そんな中、侍女から件の話を聞いていたラリーガは興奮し、震えていた。
──間違いない。ラン殿下は濃霧山の魔法使いの下にいる。
何と言う僥倖か。
ラリーガは歓喜して、この年の侍女のボーナスを三倍に増やした。
アンジェラ男爵家に濃霧山の魔法使いとの縁があるのは間違いない。
この情報を使わない手はラリーガにはなかった。
そしてもう一つ。ラリーガは他の者が知らない情報を握っていた。
それが当時二歳のアンジェラ男爵家の末姫・シアラのことだ。
アンジェラ男爵夫人が王妃にランを魔法使いの下へ預けたらどうかという話をした時に、アンジェラ男爵夫人は「自分の末娘もこのまま魔力が安定しなければ、魔法使いの下へと預けるつもり」だと言った。
もし、そうなれば確実に魔法使いとの縁を結ぶことができる。
そして、二年後。アンジェラ男爵家の末娘がどこかへ預けられたことが部下の調べで分かったラリーガは、待望の時と動き始めた。
──シアラと息子、ラリオの婚約だ。
男爵家であることなど些末なこと。魔法使いの弟子となったシアラをラリオの婚約者にして婚姻を結んでしまえば、濃霧山の魔法使いは義娘の師になり、第二王子は義娘の兄弟子になり、魔法使いとの縁故を持つアンジェラ男爵家は親戚になる。
それに魔力の強い娘を娶れば、より強い魔力を持つ孫も産まれる。ラリーガにとって、この婚約は得でしかなかった。
だから、年齢が近いなどという理由でシアラに下級貴族の次男や三男との婚約話がいかないように、シアラが魔法使いの下にいるということが他へ漏れないようにと色々と画策していた。
アンジェラ男爵家の動向を見つつ、焦らしに焦らされてようやく、一年半前にとうとうシアラが帰ってきた。
その二年前にはランが王城へ戻っていたため、シアラも学園入学の一年前くらいに帰ってくるだろうと予測していたラリーガはすぐさま行動に移した。
本来であれば絶対にしない男爵家への訪問。
そこで、ラリーガは満を持してアンジェラ男爵に息子、ラリオとシアラとの婚約を持ちかけたのだ。
アンジェラ男爵はこの婚約に難色を示し、この時は了解を得られなかった。
公爵家との縁談など、男爵家にとっては破格の話だろうに受け入れられなかったラリーガはこめかみをひくつかせたが、一時の感情で長年温めてきた念願を台無しにするわけにはいかないとぐっと堪え、その後も何度も何度もアンジェラ男爵家へと足を運んだ。
その間に、何度かアンジェラ男爵の子供たちともすれ違った。
ある日、この頃からあちこちに姿を見せていた双子が彼女たちよりも頭一つ分小さな少女を挟んで廊下を歩いているのを見かけた。
その少女は朝日を浴びて輝く新雪のような真っ白な髪と、ピンクダイヤモンドのようなつぶらな瞳をした愛らしい少女で、双子からは「しーちゃん」と呼ばれていた。
まだふくふくとした丸い頬を緩めて笑う少女がシアラ・アンジェラだとラリーガは確信した。
アンジェラ男爵も夫人も整った顔立ちをしており、シアラは特に平民から貴族の妻になった母親に似た顔立ちをしていた。
あれならラリオも気に入るだろうと決めつけたラリーガは、絶対にシアラをラリオを婚約者にすると気を引き締めた。
何度も何度も交渉を続け、時には権謀術数を駆使して圧力を掛け、一年が経とうとした頃、ようやくアンジェラ男爵は折れ、ラリーガはラリオとシアラの婚約を取りつけた。
その頃にはアンジェラ男爵家の内情にも更に詳しくなり、ランが妹弟子であるシアラを溺愛し、本当の妹のように扱っていることも知っていた。
婚約が決まった際には、ランが直接ルータス公爵家にやって来て釘を刺していったほどだ。
このことを上手く使えば、血族と王族の婚姻というルータス公爵家の長年の悲願も叶うかもしれないとラリーガは思った。
ルータス公爵家は爵位や家格には問題なかったが、野心的すぎるという理由から王家からは嫌煙されており、一族の中で王族と婚姻を結んだものはいなかった。
しかし、シアラとランの関係を利用すれば、その願望成就にも手が届くかもしれなかった。
まさに、ラリーガにとってシアラは幸福を招く青い鳥だった。
婚約が決まると、ラリーガはラリオを自室へ呼び寄せ、シアラとの婚約について伝えた。
ラリーガは話が固まるまでラリオにこの話を全く伝えていなかったため、ラリオは寝耳に水だと驚き、震えていた。
だがラリーガは念願叶った歓喜により、息子の様子に気づかず、そのままシアラが魔法使いの教え子であること、ランの妹弟子であることを伝え、魔法使いとのコネクションや王家との縁故を得るという目的を明かし、シアラを丁重に扱うよう言い含めた──はずだった。
なのに何故、こんな事態になっているのか。
自分の目的を承知しているはずの息子はシアラに婚約破棄を突きつけ、こともあろうに生きた地雷娘と婚約するという。どうしてだ。
答えは簡単だった。
ラリーガがラリオにシアラとの婚約を告げた時、ラリオの心は大荒れだった。
公爵令息である自分の婚約者がこともあろうか、男爵家の娘。最高位の爵位を持ち、隆盛を誇るルータス公爵家の自分が。
父親のあんまりな采配に、ラリオは内心で怒り狂い、ラリーガの話をまっっっっったく聞いていなかったのである。
ラリオの反応で半年越しにその事実に気づいたラリーガはもう一度言った。
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