シャッフル・フィアンセ~こちらの方が快適なので、婚約破棄で構いません~

夢草 蝶

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第十八話 諭し、頼まれ、流されて

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「まずは頬を冷やしましょう」

 赤くなった頬を押さえて、むすっとしているアレックスに苦笑しながら、レティシアはスカートのポケットからハンカチを取り出した。

「えっと・・・・・・水道は遠いですね。レクス様、冷水を生成して下さいますか?」

「・・・・・・ああ」

 アレックスは不貞腐れた声音で、レティシアの差し出したハンカチの上に手を翳す。すると、ハンカチが水滴が落ちないギリギリまで濡れた。

(ここまで精緻な水量調整が出来るなんて・・・・・・やっぱり、アレックス様って優秀なんですねぇ)

 感心しつつ、下に誰もいないことを確認して窓の外に腕を伸ばしてハンカチを絞ると、ひんやりと冷たいそれをアレックスの頬に押し当てた。

「──っ!」

 痛むのか、冷たさに驚いたのか、アレックスが片目を瞑って僅かに肩をはね上げた。

「大丈夫ですか?」

「問題ない」

「ふふっ、レクス様がいらっしゃれば、蛇口要らずですね」

「・・・・・・」

 からかうような言葉に、アレックスは少し顔をしかめたが、何も言わなかった。レティシアはレティシアで、こんな軽口が出たことに内心驚いた。

 そっと、アレックスの手がハンカチを押さえるレティシアの手に重なる。
 レティシアは何も言わずに、手を下ろした。
 ハンカチで頬を押さえながら、アレックスは呟く。

「全く、いきなり平手打ちをかましてくるとは・・・・・・相手によっては大問題だぞ」

 怒りはあるらしいが、言外に自分は大事にする気はないと言っている。
 レティシアはシェリアに放ったアレックスの言葉を思いだし、肩を竦めた。

「レクス様、アレはダメです。あまりにも配慮が欠けた発言でしたわ」

「配慮?」

 何のことだ? と首を傾げるアレックスに、一連のアレこそがアレックスの素なのだと再認識しつつ、諭すように話を続ける。

「そうです。確かにシェリア様とジュリアン様の婚約は私たち同様に、王命によって定められたものです。けれど、あのお二人は互いに想い合っていた筈ですよ」

 今でこそ、新たな王命で婚約解消をされてしまった二人だが、婚約中はそれは仲睦まじい、端から見れば誰もが両想いだと分かる恋人同士だった。
 社交の場では、誰かの醜聞や良くない噂が飛び交うが、そういった微笑ましい話だってある。
 レティシアは自身はシェリアともジュリアンとも親しくはないが、そういった話や夜会などで遠目で見た二人の雰囲気から、二人が両想いだということは知っていた。

 それを伝えると、アレックスは暫し閉口したが、

「・・・・・・だからと言って、王命は覆らない」

 元より王命優先、婚約に恋だの愛だのは求めていないアレックスはシェリアの気持ちが理解出来ないらしく、何が悪いんだと目で訴えてくる。

「まぁ、それはそうですが。けれど、あの言い方はないでしょう? ヘンゼル様をご覧になれば、恋という気持ちは一朝一夕で消えるものではないというのはお分かりいただけると思います。シェリア様はただでさえ婚約解消したばかりなのですよ? まだ心の整理だってついていない筈です。なのに新しい婚約者を迎える準備をしたらどうだなんて──シェリア様が怒って当然ですし、一瞬レクス様は意図的にシェリア様を怒らせたいんじゃないかと思いましたよ」

「そんなことをして何になる」

「ええ。レクス様にそのような意図がないことは承知しております。ただ、レクス様の言葉がシェリア様を傷つけたということは自覚しておいて下さいませ」

「・・・・・・」

 懇々こんこんと言い聞かせるように語ると、アレックスは思案顔になった。
 アレックスなりにレティシアに言われたことを咀嚼し、飲み込み、理解しようとしているのだろう。
 その間、手持ち無沙汰になったレティシアは、アレックスの顔を観賞して待っていた。

(やっぱり、綺麗なお顔ですね。見ていて飽きません)

 ロッシーもロッシーで整った顔立ちをしているが、どうやら自分の顔の好みはアレックスのような人なのだなと気づいた。まぁ、だからといって恋に落ちたりはしないのだが。

 無言のまま向き合うレティシアとアレックス。
 誰かが通りかかったら、思わず二度見しそうなシチュエーションだが、幸い誰かが来ることはなかった。

「・・・・・・考えた」

「はい」

「叩かれたのだから、相手にとって不適切な発言があったのだろうということは認める」

「はい」

「けれど、やはり俺にはその気持ちとやらが理解出来ない」

「私も想像しただけで、理解出来ている訳ではありませんよ」

 そう言うと、アレックスと視線が合った。

「想像──想像か」

「はい。想像です」

 生憎恋をしたことがないので、と付け足すと、アレックスは難問の答えを見つけたように、少しだけ顔の筋肉を弛めた。

「俺には恋する気持ちとやらは分からん。だが、それでさっきみたいな目に合うのは御免だ。これからはその恋する気持ちを想像してみることにする」

(──恋する気持ちを想像・・・・・・? アレックス様が・・・・・・?)

「出来るんですか?」

 思わず、レティシアの口から疑問がぽろりと零れた。

「・・・・・・情報が足りん」

 少し考え込んだアレックスが、そう言った。

「想像するにも、想像力を掻き立てる材料が必要だ。だが、俺にはその材料自体が分からん」

「はぁ」

「貴様は出来るのだろう?」

「え? まぁ、一応は?」

 レティシアは自身の感性が一般的だと自負している。
 恋愛小説だって読むし、恋愛ものの劇を見たりする。作り話であっても、理解出来るし、感動したりもする。
 アレックスが何を言わんとしているのか分からず、訊かれるがままに頷いた。

「俺と貴様は三ヶ月は行動を共にする。なら、もし俺がさっきのように不適切な発言をしたら、今のように注意して欲しい」

「──ハ?」

 思いもよらぬ申し出に、間抜けな声を漏らすレティシア。だが、アレックスは至極真剣だ。
 アレックスとて、別に誰かを不快にしたい訳ではない。信念に反することは絶対しないが、改善出来るところは改善するという姿勢だ。
 アレックスのそういう姿勢自体はレティシアは嫌いではない。しかし、協力を頼まれるのは──

(ハッキリ言って──メンドくさい・・・・・・)

 そう思いつつも、レティシアは自身の性分をよく理解していた。アレックスの性格も。
 三ヶ月間、ロッシーとキャサリンを別れさせることに手を抜かなかったアレックスだ。そして、毎度付き合わされたのはレティシアである。
 その日々を思い返せば、最終的に自分がアレックスに振り回されることは容易に想像出来た。
 しかも今はアレックスと一緒に行動せざるを得ないのだ。
 ここで断ってもアレックスが引くとは思えなかったレティシアは、どうせ同じ結末になるのなら、とアレックスの頼みを渋々了承した。

「──分かりました。いいですよ」

「そうか。ありがとう、レティ」

 レティシアは初めて、アレックスの険のない穏やかな顔を見た。
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