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4,童話『薔薇棺の姫君』
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むかーしむかしのお話です。
とある小さな緑豊かな村に、ロザリンヌという心優しく、薔薇の花のように美しい少女がおりました。
ロザリンヌで父と母とともに幸せに暮らしておりましたが、ある日二人は不幸にあい帰らぬ人となりました。
哀しみに暮れるロザリンヌは母の妹である叔母一家に引き取られましたが、そこで待っていたのは更なる不幸でした。
叔母の夫は美しいロザリンヌによこしまな目を送り、怒り狂った叔母はロザリンヌを木の棒で打ち据えました。
また、ロザリンヌの容姿に嫉妬した娘たちも母親に倣うようにロザリンヌをいじめたのです。
ああ、かわいそうなロザリンヌ。
彼女は毎日のように殴られ、蹴られ、奴隷のようにこき使われました。
やがて、ロザリンヌは小枝のように痩せ細り、頬は痩け、白い肌は青ざめるように血の気を失い、かつては小鳥の囀りのようだった透きとおる声も枯れて、老婆のような嗄れた声になってしまいました。
けれど、ロザリンヌはけっして誰も恨みませんでした。
どれほど酷い言葉を浴びせられようと。
どれほど痣をつくろうと。
どれほど血を流そうと。
どれほどお腹がすいて倒れてしまいそうになろうと。
ああ、心優しく憐れなロザリンヌ。
彼女は姿がどれほどボロボロになっても、その心は美しいままでした。
ある日のことです。
ロザリンヌは叔母の言いつけで酷い雨の中、買い物に出掛けておりました。
少女が持つには重すぎる荷物を精一杯掲げ、ロザリンヌはぬかるんだ道を傘をさしながら歩いていました。真っ赤な傘は、両親が生きていた頃にロザリンヌに贈ってくれたもので、今では唯一手元に残った思い出でした。
風が強くなり、ロザリンヌは傘が飛ばされてしまわないよう、柄をぎゅっと強く握り締めました。
その時です。
ロザリンヌは雨風を受け、今にも地に落ちてしまいそうな薔薇の蕾を見つけました。
蕾は大きく膨らんでいて、もう時期美しく花開くであろう寸前でした。
その姿を見たロザリンヌは咄嗟に言いました。
「まぁ、大変! 薔薇の蕾さん、今この傘で雨風を遮ってあげますからね」
ロザリンヌは躊躇なく、大切な傘を薔薇の蕾に差し掛けました。
飛ばされないように薔薇の茨にしっかりと絡ませて、もう大丈夫だと思ったロザリンヌはほっとしました。
「これで大丈夫。この雨風で私はもうびしょ濡れだし、貴方が綺麗な花を咲かせて誰かの心を癒してくれるのなら、きっと父さんも母さんも喜ぶわ」
そう言ってロザリンヌは荷物を抱えて走り去りました。
家に帰ると、冷たい雨に打たれて帰ってきたロザリンヌは熱を出し、寝込んでしまいました。
しかし、いじわるな叔母たちはそんなことはお構い無しでロザリンヌを働かせようと酷い言葉を浴びせました。
けれど、熱に浮かされたロザリンヌにはもうどんな言葉も届きません。
ロザリンヌは、ふわふわと雲の上にいるかのような心地でした。
(ああ、このまま目を閉じたら、父さんと母さんに会えるかしら?)
天国の両親の顔を思い浮かべ、ロザリンヌが意識を手放した時。
ロザリンヌが横たわっているベッドからシュルシュルと薔薇の茨が勢いよく飛び出してきました。
茨はロザリンヌを守るようにくるくるとロザリンヌを囲い込み、ロザリンヌを引っ張り出そうとした叔母や娘の手を茨で刺し、端でただ見ていた夫の胸を刺し貫きました。
叔母たちは悲鳴を上げて、一目散に家から逃げ出しました。そして、二度と戻ってくることはありませんでした。
それから長い長い時間が流れました。
ロザリンヌが暮らしていた村は緑に閉じられ、誰も住む人はいなくなりました。
村は森になり、その森の奥には心優しい少女が眠っていると噂されていました。
ある時、通りがかった王子様がこの噂を聞きました。
少女を憐れに思った王子様は、森の奥でひとりぼっちの少女を弔ってやろうと森の中へ入って行きました。
不思議なことに、葉が鬱蒼と茂っているにも関わらず、王子様はすんなりと森の最奥まで踏み込むことが出来ました。
王子様は、森の奥でボロ屋を見つけ、その中に入ると思わず息を飲みました。
ボロ屋のベッドには、薄紅色の薔薇に囲まれた美しい少女が眠っていたからです。
少女──ロザリンヌは確かに息をしていたのです。
それだけではありません。かつて、酷く虐げられたせいでぼろぼろになってしまった姿も元通りになっていました。
王子様は花に引き寄せられる蝶のようにロザリンヌに歩み寄り、その頬に触れました。
ロザリンヌは確かに息をしておりましたが、そよ体は死人のように冷たかったのです。
王子様が不思議に思っていると、どこからともなく声が聞こえました。
『ああ、ああ、かわいい子。かあいそうな子。こころやさしいロザリンヌ。この子のこころは死んでいる。どんなにいのちを吹き込んでも、こころが死んでいては目覚めない』
その言葉に王子様はどうしたらロザリンヌは目覚めるのかを訊ねました。
『あたためて』
『だきしめて』
『きすをして』
『ぬくもりを』
『ぬくもりを』
『つめたいからだにぬくもりを』
『こおったこころにぬくもりを』
『いのちのいぶきをふきこんで』
『こころがめをさますように』
『こころがいきかえるように』
王子様は不思議な声の示すままに、ロザリンヌを茨の中から抱き起こし、その体を抱き締めて口づけました。
すると、ロザリンヌは僅かに身動ぎ、小さな声を上げ、やがて目を覚ましました。
目覚めたロザリンヌは訳がわからず、辺りを見渡しました。
「ここはどこ・・・・・・?」
呆然とするロザリンヌを王子様は抱き上げて、城へ連れて帰りました。
その時、役目を終えたかのように薄紅の薔薇は全て散り、ロザリンヌを守るようき取り巻いていた茨が地へと落ちました。
お城でロザリンヌは王子様に事情を説明すると、すぐに調べてくれました。
なんと、ロザリンヌが熱で寝込んだ日からもう何百年もの時が経っていたのです。
それを知ったロザリンヌは、ぽろぽろと透明な涙を流しました。
「・・・・・・よかった」
ぽつりと、ロザリンヌが言いました。
「よかった。私は、誰も恨まなかった、憎まずに済んだ。ああ、本当によかった・・・・・・!」
長い長い時間が経って、ロザリンヌを虐げていたいじわるな叔母たちもとうの昔に土へと還りました。
心優しいロザリンヌは、人を恨んだり憎んだりすることを一番恐れていたのです。
けれど、もうその心配はなくなりました。
よかった、よかったと涙を流し続けるロザリンヌを見て、王子様は心を打たれました。
王子様はロザリンヌの前に膝をつき、その手の甲に口づけを落として言いました。
「心美しいひと。どうか私と結婚してください」
その言葉にロザリンヌは戸惑いましたが、目覚める時に、とても温かな、お日さまのようなぬくもりを感じたことを思い出しました。
泣いてしまいそうなほど優しいぬくもりと同じものが、自分の手から伝わってきて、ロザリンヌは知らずに頷いていました。
その後、ロザリンヌと王子様は結婚をしました。
王子様はロザリンヌのために真っ白なお城を建てて、ロザリンヌはお城の庭で薔薇の花をたくさん育てました。
ロザリンヌの植えた薔薇は、毎年美しい薄紅色の花を咲かせました。
それは、かつてロザリンヌを守るように咲いていた薔薇と同じ色でした。
ロザリンヌの薔薇園は平民にも開放され、毎日たくさんの人々が薔薇を見に訪れました。
ふたりはたくさんの人々の幸せそうな笑顔に囲まれて、末永く幸せに暮らしました。
そして、今もロザリンヌと同じ名前をつけられた薔薇の花は人々に幸福をもたらし続けているのです。
──めでたし、めでたし。
とある小さな緑豊かな村に、ロザリンヌという心優しく、薔薇の花のように美しい少女がおりました。
ロザリンヌで父と母とともに幸せに暮らしておりましたが、ある日二人は不幸にあい帰らぬ人となりました。
哀しみに暮れるロザリンヌは母の妹である叔母一家に引き取られましたが、そこで待っていたのは更なる不幸でした。
叔母の夫は美しいロザリンヌによこしまな目を送り、怒り狂った叔母はロザリンヌを木の棒で打ち据えました。
また、ロザリンヌの容姿に嫉妬した娘たちも母親に倣うようにロザリンヌをいじめたのです。
ああ、かわいそうなロザリンヌ。
彼女は毎日のように殴られ、蹴られ、奴隷のようにこき使われました。
やがて、ロザリンヌは小枝のように痩せ細り、頬は痩け、白い肌は青ざめるように血の気を失い、かつては小鳥の囀りのようだった透きとおる声も枯れて、老婆のような嗄れた声になってしまいました。
けれど、ロザリンヌはけっして誰も恨みませんでした。
どれほど酷い言葉を浴びせられようと。
どれほど痣をつくろうと。
どれほど血を流そうと。
どれほどお腹がすいて倒れてしまいそうになろうと。
ああ、心優しく憐れなロザリンヌ。
彼女は姿がどれほどボロボロになっても、その心は美しいままでした。
ある日のことです。
ロザリンヌは叔母の言いつけで酷い雨の中、買い物に出掛けておりました。
少女が持つには重すぎる荷物を精一杯掲げ、ロザリンヌはぬかるんだ道を傘をさしながら歩いていました。真っ赤な傘は、両親が生きていた頃にロザリンヌに贈ってくれたもので、今では唯一手元に残った思い出でした。
風が強くなり、ロザリンヌは傘が飛ばされてしまわないよう、柄をぎゅっと強く握り締めました。
その時です。
ロザリンヌは雨風を受け、今にも地に落ちてしまいそうな薔薇の蕾を見つけました。
蕾は大きく膨らんでいて、もう時期美しく花開くであろう寸前でした。
その姿を見たロザリンヌは咄嗟に言いました。
「まぁ、大変! 薔薇の蕾さん、今この傘で雨風を遮ってあげますからね」
ロザリンヌは躊躇なく、大切な傘を薔薇の蕾に差し掛けました。
飛ばされないように薔薇の茨にしっかりと絡ませて、もう大丈夫だと思ったロザリンヌはほっとしました。
「これで大丈夫。この雨風で私はもうびしょ濡れだし、貴方が綺麗な花を咲かせて誰かの心を癒してくれるのなら、きっと父さんも母さんも喜ぶわ」
そう言ってロザリンヌは荷物を抱えて走り去りました。
家に帰ると、冷たい雨に打たれて帰ってきたロザリンヌは熱を出し、寝込んでしまいました。
しかし、いじわるな叔母たちはそんなことはお構い無しでロザリンヌを働かせようと酷い言葉を浴びせました。
けれど、熱に浮かされたロザリンヌにはもうどんな言葉も届きません。
ロザリンヌは、ふわふわと雲の上にいるかのような心地でした。
(ああ、このまま目を閉じたら、父さんと母さんに会えるかしら?)
天国の両親の顔を思い浮かべ、ロザリンヌが意識を手放した時。
ロザリンヌが横たわっているベッドからシュルシュルと薔薇の茨が勢いよく飛び出してきました。
茨はロザリンヌを守るようにくるくるとロザリンヌを囲い込み、ロザリンヌを引っ張り出そうとした叔母や娘の手を茨で刺し、端でただ見ていた夫の胸を刺し貫きました。
叔母たちは悲鳴を上げて、一目散に家から逃げ出しました。そして、二度と戻ってくることはありませんでした。
それから長い長い時間が流れました。
ロザリンヌが暮らしていた村は緑に閉じられ、誰も住む人はいなくなりました。
村は森になり、その森の奥には心優しい少女が眠っていると噂されていました。
ある時、通りがかった王子様がこの噂を聞きました。
少女を憐れに思った王子様は、森の奥でひとりぼっちの少女を弔ってやろうと森の中へ入って行きました。
不思議なことに、葉が鬱蒼と茂っているにも関わらず、王子様はすんなりと森の最奥まで踏み込むことが出来ました。
王子様は、森の奥でボロ屋を見つけ、その中に入ると思わず息を飲みました。
ボロ屋のベッドには、薄紅色の薔薇に囲まれた美しい少女が眠っていたからです。
少女──ロザリンヌは確かに息をしていたのです。
それだけではありません。かつて、酷く虐げられたせいでぼろぼろになってしまった姿も元通りになっていました。
王子様は花に引き寄せられる蝶のようにロザリンヌに歩み寄り、その頬に触れました。
ロザリンヌは確かに息をしておりましたが、そよ体は死人のように冷たかったのです。
王子様が不思議に思っていると、どこからともなく声が聞こえました。
『ああ、ああ、かわいい子。かあいそうな子。こころやさしいロザリンヌ。この子のこころは死んでいる。どんなにいのちを吹き込んでも、こころが死んでいては目覚めない』
その言葉に王子様はどうしたらロザリンヌは目覚めるのかを訊ねました。
『あたためて』
『だきしめて』
『きすをして』
『ぬくもりを』
『ぬくもりを』
『つめたいからだにぬくもりを』
『こおったこころにぬくもりを』
『いのちのいぶきをふきこんで』
『こころがめをさますように』
『こころがいきかえるように』
王子様は不思議な声の示すままに、ロザリンヌを茨の中から抱き起こし、その体を抱き締めて口づけました。
すると、ロザリンヌは僅かに身動ぎ、小さな声を上げ、やがて目を覚ましました。
目覚めたロザリンヌは訳がわからず、辺りを見渡しました。
「ここはどこ・・・・・・?」
呆然とするロザリンヌを王子様は抱き上げて、城へ連れて帰りました。
その時、役目を終えたかのように薄紅の薔薇は全て散り、ロザリンヌを守るようき取り巻いていた茨が地へと落ちました。
お城でロザリンヌは王子様に事情を説明すると、すぐに調べてくれました。
なんと、ロザリンヌが熱で寝込んだ日からもう何百年もの時が経っていたのです。
それを知ったロザリンヌは、ぽろぽろと透明な涙を流しました。
「・・・・・・よかった」
ぽつりと、ロザリンヌが言いました。
「よかった。私は、誰も恨まなかった、憎まずに済んだ。ああ、本当によかった・・・・・・!」
長い長い時間が経って、ロザリンヌを虐げていたいじわるな叔母たちもとうの昔に土へと還りました。
心優しいロザリンヌは、人を恨んだり憎んだりすることを一番恐れていたのです。
けれど、もうその心配はなくなりました。
よかった、よかったと涙を流し続けるロザリンヌを見て、王子様は心を打たれました。
王子様はロザリンヌの前に膝をつき、その手の甲に口づけを落として言いました。
「心美しいひと。どうか私と結婚してください」
その言葉にロザリンヌは戸惑いましたが、目覚める時に、とても温かな、お日さまのようなぬくもりを感じたことを思い出しました。
泣いてしまいそうなほど優しいぬくもりと同じものが、自分の手から伝わってきて、ロザリンヌは知らずに頷いていました。
その後、ロザリンヌと王子様は結婚をしました。
王子様はロザリンヌのために真っ白なお城を建てて、ロザリンヌはお城の庭で薔薇の花をたくさん育てました。
ロザリンヌの植えた薔薇は、毎年美しい薄紅色の花を咲かせました。
それは、かつてロザリンヌを守るように咲いていた薔薇と同じ色でした。
ロザリンヌの薔薇園は平民にも開放され、毎日たくさんの人々が薔薇を見に訪れました。
ふたりはたくさんの人々の幸せそうな笑顔に囲まれて、末永く幸せに暮らしました。
そして、今もロザリンヌと同じ名前をつけられた薔薇の花は人々に幸福をもたらし続けているのです。
──めでたし、めでたし。
応援ありがとうございます!
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