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第二話 行く手を阻む者たち

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「聖女? 貴女候補にも上がってなかったのに、何で急に──って、そんなことは今はどうでもいいわ! ルルベル、貴女おばあ様のブローチを──って、ああああ! それよ、それ!」

 ルルベルの胸にキラリと輝く大粒のサファイアを認め、ブルーベルはそれを指差して大声を上げた。

「ルルベル! 貴女勝手に──っ!? 何か!?」

 ブルーベルがブローチを取り戻そうとルルベルに歩み寄ると、脇から黒い鞘に納められた剣が伸びて来て、ブルーベルの進行を阻んだ。他数名の男性陣もルルベルを守るように彼女の前に腕を伸ばして立っている。
 そのことに苛立ったブルーベルは、剣の伸びてきた方を睨みつける。
 剣の持ち主は、薄く透きとおる花弁のような淡い色合いのアメジスト色の瞳をした背丈の高い青年だった。
 青年は今にも噛みつきそうな勢いのブルーベルに慌てたり困惑したりすることもなく、冷静に鞘をブルーベルの首に当たるギリギリで留め、無言でそれ以上進めばただでは済まないと告げている。
 しかし、それでもブルーベルは怯まない。目だけで目の前の鞘に納まった剣を退かせと訴えている。

「ご令嬢、申し訳ないが、それ以上ルルベル様に近づくのは認められません。お下がりを」

「私はそこにいるルルベルの姉のブルーベルよ。貴方、その格好は蒼聖院の騎士様ね? 名乗りもしないで女の首筋に武器を当てるなんて、騎士というのは随分野蛮なのね」

 イライラを抑えられないブルーベルは、嫌味たっぷりに青年騎士に毒づいた。

「俺は蒼聖院の騎士、ブラスター・セプテンサーガと申します。今はルルベル様の護衛の任を受けている故、ブルーベル様のご様子だとルルベル様に近づける訳には参りません」

「私がルルベルに危害を加えるとでも? バッカバカしい! ルルベルが聖女かどうかなんてどうでもいいわ。私はルルベルが私の部屋から持っていった物を返してくれたらとっとと引っ込みます。だから退いて」

「お断りします」

「この・・・・・・っ!」

 梃子でも動きそうにない様子のブラスターにブルーベルは青筋を立て、強硬手段に打って出ようとした。
 普段であれば、もう少しは堪え性はあるブルーベルだったが、今はタイミングが悪かった。自身の命と等価とも言える祖母の形見のブローチが妹の手にあることに今は完全に心的ブレーキが壊れていた。
 ブルーベルはロングスカートの裾を引き上げ、床を蹴ると、思いきりブラスターの脛目掛けて蹴りを入れようとし──

「ブルゥウウベルゥウウ────!」

「うぐっ!」

 足を前へ蹴り出す寸前で母親に前から勢いよく後ろへ追いやられた。

「お母様! 何するの! 分かってるでしょ!? ルルベルがしてるブローチは私の──!」

「ええ、ええ。わかってるわ。でも今はいいでしょう? 今は蒼聖院のお偉方がいらっしゃっているのよ。あまり恥ずかしい真似をしないで頂戴」

「はぁ!?」

(なら、そこの盗人は恥ずかしくないって言うの!?)

 客人の手前、体面を気にしている母親にブルーベルは内心で問い掛けた。
 ブルーベルがあのブローチをどれだけ大切にしているかは母親だって知っている筈なのに。
 一番味方して欲しい時に、ブローチを持っていったルルベルを庇うようなことを言う母親に、ブルーベルは怒りを通り越して悲しくなった。
 ・・・・・・が、直ぐ様悲しみよりも怒りが勝り、孤立無援がなんぼのもんじゃい! とブルーベルは母親を押し退けた。

「ぜんっぜん良くないわ! 私は今すぐルルベルにブローチを返して欲しいの!」

「お姉様、そんなに怒っては血圧が上がって倒れてしまいますよ」

「誰のせいよ────!!!」

 わざとなのか素なのか。火に油を注いでくるルルベルにブルーベルが怒髪天を突き抜けると、これは不味いと思った母親が手を叩いた。

「侍女チーム三! ブルーベルを部屋に連れてって頂戴!」

「「「御意」」」

 奥方の命に三人の侍女が秒で終結し、とてつもないパワーでブルーベルを抑え込んだ。

「ちょ、ちょちょちょ────!!! 貴女たち、下ろしなさ──って、怖い怖い! 落ちる──!」

 侍女たちはそれぞれ腕を高く上げて、ブルーベルの肩、腰、足をそれぞれ持ち上げ、獲物を捉えた密林に住まう部族のようにブルーベルを彼女の私室へと連れて行ったのだった。

 あまりにも力業すぎる横暴に、ブルーベルは発せられる限りの声量で叫んだ。

「ふっざけるなああああ! 覚えてなさいよぉおお────!!!」

 ブローチに関しては完全に被害者側であるにも関わらず、ブルーベルの台詞は完全に悪役が逃げ去る際に吐くそれだった。
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