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2.いいから服を寄越しなさい

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「はっくち! うう・・・・・・湯冷めしてきたかも」

 体に申し訳程度に張り付いていた泡も薄くなり、濡れていた体も髪も冷たくなってきた。
 今の私の防御力は水に浸したティッシュペーパーといい勝負だろう。

「温かいココアが飲みたい。毛布にくるまりたい。てゆーか、お風呂に入り直したい。てか、服が欲しい。切実に」

 王宮で ブラシ片手に 我全裸。

「あうううー! 思わず一句詠んじゃったじゃない! いやいや、落ち着け。そもそも私どうやって帰るの? 誰か呼んで──いや、全裸だったわ私。王宮で全裸って末代までの恥よ。どーすんのよ」

 色々考えた末、私は目を反らしていた事実を認めた。

 完全に詰んでいる。

 そもそも初期装備がおかしい。全裸にボディブラシで何を守れるというのだ。
 自分の尊厳すら危ういではないか。
 それもこれも、二撃目を食らったままそこで伸びてる馬鹿王子のせいだ。

「ほんっと憎たらしいわね。ああもう! ここに油性ペンがあったらバカっておでこに書いてやるのに! 書く──あ、そうだ! 魔法陣!」

 馬鹿王子が私を呼び出した転移魔法の魔法陣を使えばこっそり帰れるかもしれない。
 私は床に両手をついて魔力の流れを探ってみたが、

「ああ~・・・・・・そりゃそうよね。強制転移の魔法なんて魔力を大量に消費するもの使ったら、魔力なんて残らないか」

 残念な事実に肩を落とす。
 王宮の魔法陣に使われる魔力は国民から税金の代わりに徴収している魔力だっていうのに、なんて無駄遣いしてるのよ!

 だが、今そのことに怒っても、私がこの窮地から脱することが出来る訳じゃない。

「とにかく服よ。服。流石に王子の服剥ぎ取るのもなー。てゆーか、こんな状況でも馬鹿王子の服は着たくないわ。でも寒い! 秋の第一月下旬なのよ? なんで素っ裸で凍えなきゃならないのよ!」

 そんな時。喜ぶべきか、悲しむべきかの瀬戸際のタイミングで部屋に誰かが入ってきた。

「レド王子! こちらの部屋の魔法陣が勝手に動いているとのことですが何を──って、は、裸!?」

 こんな状況だ。どうせボディブラシしかないのだ。
 もう裸を見られようが気にしちゃいられない。

「貴方、確か騎士団のジョン・セレントね。悪いけど何でもいいから服を持ってきていただけないかしら?」

「わー!!! なななな何でそんな平然としてるんですか!? てゆーかビショ濡れだし! 王子も何か床に倒れてるし、一体どんな特殊なプレイを────!!?」
「落ち着いて」

 何かおかしな方向に解釈された。
 王宮騎士団と言えば女性に人気の花形組織なのに随分初心な反応だ。

「いえ! 大丈夫です! 俺口は固いですから! 先日だってレド王子が子爵家のレーテル様と王立学園近くの湖で密会してたのも誰にも言ってませんし!」
「いや。口緩すぎない? 大丈夫? 水溶き片栗粉でも飲む?」

 婚約者一番言っちゃいけない相手にどストレートに言ってしまってる辺り、多分本人の自覚なしに吹聴している可能性もあるわね。
 子爵家の令嬢か~。何か勝手に情報が転がって来たわね。

 が、それもどうでもいい。衣食住という生活基盤の一角が崩壊している私にとって、今は衣服を手に入れる以上に優先させるべきことなどない。

「ととととにかく! 何でもいいから服を着て下さい!」
「その服がないのよ」
「まさか! 全裸で登城したんですか!?」
「とんだ痴女じゃない!? そんな訳ないでしょ!?」
「じゃ、じゃあ、馬鹿には見えない服とか?」
「馬鹿にこそ裸は見られたくないわね」

 ぽんぽんぽんっとキャッチボールのように会話が続くが、こっちはスッポンポンなのだ。
 もう、我慢の限界だった。
 なので、私は強行手段に出ることにした。

「あー! もう! これじゃ埒があかないわ! 貴方、ちょっと脱ぎなさい!」
「えええええ!?」
「この際、贅沢は言わないわ。その騎士団のコート! それなら丈あるし、誤魔化しきれるはず! 貸しなさい! それ着て代わりになる服見つけたら返すから!」
「ちょ、待っ──ぎゃああああああ!!!」

 追い剥ぎという貴族令嬢にはあるまじき行為だが、追い剥ぎ令嬢と全裸令嬢なら前者の方がまだマシだ。
 私は私の人間としての尊厳を取り戻すべく、目の間のジョン・セレントに飛び掛かった。

 騎士のコートを無理矢理剥がす、王太子の婚約者。
 もしこの場に新聞記者がいれば、明日の新聞の一面を飾りそうな絵面だが、いるのは私とジョンと未だ目を回している馬鹿王子だけ。

「よっしゃ! これで一先ず人類が知恵を得た時くらいまでは戻れた! この調子で貴族令嬢に蜻蛉返りよ! さて、次なる装備を手に入れに行きますか。侍女服でも調達出来たら問題なく帰れるし。なら目指すのは侍女室ね!」

 全裸という身動きの取れない行動不能状態から解放された私は、意気揚々と身ぐるみ剥がされて泣いている騎士と伸びた王子のいるカオス空間から脱出した。

「あ、馬鹿王子~。どうせ気絶してるから馬鹿王子でいいですよね? 私が完全体貴族令嬢に戻ったら、今回の件の落とし前はきっちりつけて頂きますから──覚悟しとけよ?」

 恨みの籠った捨て台詞を吐いて。

 うーん。コートを手に入れたのはいいけど、濡れ鼠のままだし、裸足だし。
 ここからだと侍女室って遠いし、一度外に出なきゃいけないのよね。
 なら、まずはタオルとスリッパを装備に加えよう。

 そう思案しながら、装備:ボディブラシ・騎士のコート。状態:ビショ濡れな私はペタペタと王宮の廊下を進んで行った。
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