あり得ない状態で婚約破棄を言い渡されました。むしろこっちから願い下げです!

夢草 蝶

文字の大きさ
12 / 14

12.ビーストスライムの生態

 タタタタッと革靴がバラバラに床を蹴る音の中に、パタパタパタという軽い音が混じる。
 私の履いているスリッパの音だ。

 私たちは今、馬鹿の呼び出したビーストスライムを追跡している。

「って、何であんたらまで来てんの!?」

 数メートル先を走るジョンが振り返り、同じ方向へ向かっている私たちに大声で訊ねる。

「んー? ここ、一応俺たちの住まいでもあるからねー。貴重品とか危険物とか山程あるし、あれを野放しには出来ないんだよー」
「ビーストスライムの召喚は完全に想定外だろう? 常勤中にわざわざ対スライム用の装備なんてしてないだろうしな。それなら体に魔法陣を刻印している俺たちがいた方が少しは戦力の足しになるだろう」

 どちらもデスクワークタイプという割りに足が速い。
 それでも普段なら着いて行ける速さなのだが、如何せん今は足に引っ掛けるだけの走るのには向いていないスリッパなので、私がビリだ。
 研究室を与えられている研究者の大半は、研究室で寝泊まりをしている。実家が遠方にあるというのも理由の一つだろうが、誰にも邪魔をされずに己の探求心を二十四時間好きに満たせる独り暮らし状態が心地よいのだろう。
 二人としても、自身の研究室兼居住スペースを魔族に荒らされるのは真っ平御免という訳で、ジョン・セレントたちへ助力を申し出たようだ。

「研究者なら俺よりも館内の事情や魔族の生態に精通しているだろうから有難いですけど、ライラ様まで何でついて来てるんですっ!? しかも顔が怖い怖いっ! 今にも人を殴り殺しそうな表情なんですけど、何に駆り立てられてんの!?」
「心外ねぇ。別に殺しはしないわよ。両頬でも足りなかったようだから、今度は柄の先で額をぶっ叩こうと思ってるだけよ。けど、その前にあのビーストスライムを何とかしないとでしょう?」
「ひぃいいいっ、おかしいって! 何でボディブラシが凶器に見えんの!? てゆーか柄って、それ厚めの本の角くらいの威力ありますよ?」

 ジョン・セレントが蒼い顔で震える。私より先を走っているから、まるで私が追いかけ回して、彼が逃げてるようだ。
 だが、怒りを向けているのはあの大馬鹿野郎。
 ほんとに馬鹿。馬鹿すぎていっそ称賛したいレベルだわ。おめでとう、レド王子。間違いなくこの国一番の大馬鹿野郎は貴方よ。大馬鹿野郎第一位、賞品は悶絶必死の一撃で。
 絶対ぶん殴る。王子とか婚約者とか知ったことか。王族が王宮に魔族を引き入れるとか、下手すりゃ国が終わるレベルだぞ。自殺願望でもあるのか。
 むかっ腹を押さえつつ、ビーストスライムの巨体が擦れ、壁や床などを削る音を頼りに追いかける。
 スライムなら体はぷるんぷるんの筈だが、あの破壊力は質量か。でかかったもんな。

「ねえ! あのビーストスライムはどこに向かってるの? 何がしたいの? 私、あんまり魔族とか詳しくないからただの偏見だけど、スライムってそこまで知能ありそうに見えないし、行動に目的とかあるの?」

 何せ相手はぷるんぷるんの塊だ。ビーストスライムという名前の由来となっている獣の姿を模倣するという性質があるのは知っているが、表情も読めなければ鳴きもしない生物の行動はどう予測するのだろうか? まだ海水の流れに乗って浮遊するクラゲの方が動きが分かりやすいんじゃないんだろうか?

「ライラの言う通りだ。スライムには脳味噌がない。言ってみれば、あれは自己保存本能と自己防衛本能のみを搭載した細胞の集合体のようなものだ。知能がない代わりに、絶対的な物理耐性、再生能力、分裂能力などを持っている。食事をしなくても半永久的に生きられるアンデットとは別種の不死の種族だ。ただ、栄養素を必要とはしないが、自己保存の一環で補食活動を行う」
「捕食? スライムが生き物を食べるなんて訊いたことないけど」

 極僅かとは言え、スライムによる死亡事故は年に数件起きている。だが、捕食されたとかではなく、交通事故のように巨大なスライムに撥ね飛ばされたとか、体内に取り込まれての窒息死とかだったはず。

「捕食じゃなくて補食。力を補うための食事行動。言っただろう、自己保存の一つだと」
「じゃあ、何を食べるの?」
「スライムが体内に吸収出来るものは一つしかない。そして、それを考えるとここに召喚したのは最悪と言えるだろう」
「何なんですか? もう最悪の事態になってますし、勿体ぶられても恐怖心が増すだけなんで、とっとと言っちゃって下さいよ~」

 ジョンの台詞に私もこくこく頷いた。
 あのセイも少し真面目な表情をしているところを斜め後ろから見るに、本当に最悪な状況なのだろう。

「魔力石」

 ゼノスが短く答えた。

 改めて。ここは魔法資料管理塔。主に魔法に関する資料の保管、研究者たちの研究室の提供を目的とする場所だ。
 魔法陣の設置、保管、運営もここで行われている。そして、魔法陣の運営や魔法の実験には魔力が必須。当然、魔力石も数多く保管されている。

 ・・・・・・・・・・・・。

「「最悪だぁああああああああ!!!!」」

 これ以上下はないと思った矢先に底が抜けやがる。
 地獄へと問答無用で直進していく事態に、私とジョン・セレントはただただ率直な感想を叫んだ。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい…… ◆◆◆◆◆◆◆◆ 作品の転載(スクショ含む)を禁止します。 無断の利用は商用、非営利目的を含め利用を禁止します。 作品の加工・再配布・二次創作を禁止します 問い合わせはプロフィールからTwitterのアカウントにDMをお願いします ◆◆◆◆◆◆◆◆

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

「お前の字は子供の落書き」——代筆令嬢の元に届いた十年分の親書、すべて隣国王子の私信だった件

歩人
ファンタジー
子爵令嬢メリッサは、十年間、王の私的書記として親書の代筆を担ってきた。隣国の王子クラウスとの外交文書を毎月一通、彼女が王の筆跡で書き、隣国から届く返信を王に届ける——その繰り返し。「お前の字は子供の落書き。書記など下級官吏の仕事だ」婚約破棄の宴で王が放った一言に、メリッサは筆を置いて去る。翌朝、隣国の使者が困惑する。王の親書の筆跡が違う。慌てた政務官が王に「書き直してください」と求める。王は筆を取る——書けない。その日、王宮にクラウス王子自身が訪れた。「メリッサ嬢に会わせていただきたい」クラウスは静かに、十年前の最初の親書の写しを取り出す。「親書の行間に、毎回一文ずつ私が書いた言葉があります。それは王陛下にではなく、代筆をしてくれていた『あなた』に宛てた言葉でした」メリッサは目を伏せる。十年。三千通。彼女が一度も読まなかった「行間の私信」が、ようやく彼女のもとへ届いた。

『サポートキャラ?致しませんわ。』

菖蒲月(あやめづき)
恋愛
5歳のお披露目会で、キーラ・ウィンストンは見知らぬ子爵令嬢からこう告げられた。 「あなた、サポートキャラのキーラね!」 彼女、エイミー・カワード曰く、ここは前世で遊んだ乙女ゲームの世界。 自分はヒロインで、キーラは攻略対象の情報を教えるサポートキャラらしい。 けれど、情報屋としての顔を持つウィンストン伯爵家の娘であるキーラは、エイミーが語る『ゲームの知識』の中に、数々の不幸な未来を見つけてしまう。 ならば、その未来。 すべて、先に壊してしまいましょう。 これは、ゲームのヒロインになりたかった少女と、現実を生きる伯爵令嬢のお話。 『サポートキャラ? 致しませんわ。』 ※※「小説家になろう」でも掲載中です※※

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

夫の幼馴染に家も財産も奪われたので、彼女が捨てた兄妹を連れて出ていきます〜辺境伯家の住み込み家政婦になった今、戻れと言われてももう遅い~

他力本願寺
ファンタジー
夫の幼馴染に家も財産も奪われ、身一つで追い出されたアリシア。 しかし雨の宿場町で、その幼馴染が実子の幼い兄妹を置き去りにした現場を目撃する。 「私が守る」――血の繋がらないエミルとリリィを連れ、彼女は辺境伯家で住み込み家政婦として生き抜くことを選んだ。 帳簿と観察力、揺るぎない実務能力を武器に屋敷を立て直し、偏屈だが真っ直ぐな辺境伯ヴィルヘルムの信頼を得るアリシア。 子どもたちに「先生」と呼ばれ、家族のような温かさに包まれながら、彼との心の距離も静かに縮まっていく。 やがて王都から元夫と幼馴染が「戻ってきてほしい」と懇願してくるが――。 アリシアは静かに微笑み、こう告げた。 「もう、遅いわ」 追放された有能妻が、子どもたちとの家族愛と辺境伯との恋で本当の幸せを掴む、ざまぁと甘さの両方を味わえる完全復讐再生ラブストーリー。