上 下
14 / 14

14.三分

しおりを挟む
「セイ、生体刻印魔法陣」
「この間弄っちゃったからなー。炎、氷、どちらもないね。雷はあるけど、効果は薄いし、室内だから無理。他も室内では無理かなー。外に出しても混乱の元だろうし、他の建物で大暴れされるのもね。そっちは?」
「治癒と生体操作がメインで自然属性はなし。細胞の塊とはいえ、俺は哺乳類専門だ。そもそもの構造が違うから分解とかも無理だな」
「わんちゃんたちにお願い出来る?」
「・・・・・・・・・・・・」
「そんな顔しないでよ。悪いとは思ってるんだから」

 セイとゼノスが話し合っている。
 内容からして、互いが今使える魔法についてだろう。
 魔法の発動には、魔力と魔法陣、そして魔法執行器官が必要になる。
 魔力は体内で生成可能で、魔力執行器官は脳に存在する器官の一つだ。
 三つのうちのどれが欠けても魔法は使えない。そのうち一つ。外付けで必要になるのが魔法陣。
 魔法の使用率が多い職についている人間は魔法陣を描き込んだ護符や、魔法陣を象った鉄や銀の装飾品を持ち歩いている。中には木製の日用品を彫刻刀や小刀で彫ったりすることもある。

 そんな中でも、少し──いや、かなりの変わり種で、人体に魔法陣を刻むという手法もある。
 大体は激痛を伴うし、体内の魔力や魔法執行器官との無意識下の干渉などの問題もあるから、余程の物好きじゃないと体への魔法陣の刻印は行わない。
 そんな物好きが多い職の一つが研究者だ。

 セイはちょくちょく自分で弄って、その時の研究に役立つ魔法陣を刻印しているらしい。
 ちなみに魔法陣は重ねて刻印出来ないため、面積が足りない場合は他を消去する。こちらは刻印以上に痛いらしく、本人の話だと研究者の中でもセイは刻印の頻度は多い方だそうだ。

 セイがわんちゃんと言ったところで、ゼノスが眉間に皺を寄せた。
 私を魔犬部隊計画の関係者と誤解した時程ではないけど、その顔には不快と怒りが浮かんでいる。
 こちらはさっぱりだが、怒らせた張本人らしいセイは飄々としている。

「わんっ」
「アン!」
「クゥ」
「ばうっ!」
「ワンワン」

 ぴょこぴょこぴょこぴょこぴょこっ!

「うおっ!」

 ゼノスの背後から出てきて、頭や肩や腕に引っ付いている五匹の可愛い毛玉たちにジョンが一歩後退る。
 着いて来てたのね・・・・・・にしてもどこに隠れてたのかしら? ゼノスは体にぴったりのダブルの長めのジャケットを着ているから、隠れるところなんてなさそうだけど。

「やぁ、タマ。ちょっとゼノスを助けてくれない?」
「セイ!」

 セイがゼノスの肩に張りついている白いマリモのような子犬──タマちゃんに目線を合わせて話しかける。
 タマちゃんがゼノスを助ける? どういうことかしら?
 けど、その言葉が地雷だったらしく、ゼノスはますます眉を吊り上げる。

「いい加減にしろ、怒るぞ」
「俺だって何を言ってるか分かってるよ。けどね、俺にも絶対のルールがある。そのためなら手段は選ばないし、使えるものは使うよ」

 ピリピリと空気がひりつく。

「えええー! まさか、ここに来て仲間割れですか!?」
「一触即発っぽいわね。セイのあんな真面目な声聞いたの初めてかも」

 特徴的な間延びした喋り方抜きのセイなんて初めて見た。
 ゼノスはタマちゃんにこの状況を打破するのを手伝わせようとするセイに怒ってるみたいで、セイもセイにとって大事なもののためにタマちゃんに手伝って欲しいようだ。まぁ逃亡中とは言え、セイは研究大好き人間だから、資料や材料や機材が山程あるここを死守したいと思うのは研究者として当然だろう。
 逆に言えば、同じく研究者ではあるがゼノスにとってはタマちゃんたちが大事だということだ。

「止めた方がいいんじゃないですか?」
「んー、そうねぇ」

 どうしようか考えているが、この場で最も早く決断したのは意外な人物? だった。

「わんっ!」
「──タマ」

 尻尾を振ったタマちゃんがペロリとゼノスの頬を舐める。その際に肩に乗っていたミーコちゃんが踏んづけられて「キュウッ!」と痛そうに鳴いた。

「──それはそうだが、俺は──いや、確かにそんなことを言う権利はないがそれでも──・・・・・・わかった」

 ゼノスがタマちゃんと話す。
 小犬のタマちゃんの言葉は犬限定テレパスを持つゼノスしか分からないが、だんだん声が尻すぼみになってるのを聞くに、何か説得されてるらしい。
 じーっと円らな瞳で見つめられたゼノスはどうやら折れたみたいだ。

「セイ」
「はーい」
「吸収した魔力石が炎属性だった場合、タマでも決定打にはなり得ない。ジョン・セレントと協力すれば誘導は出来るだろう。だが、もう一つ必要だ」
「分かってるよ、魔法陣を用意する。確実に殺れるとびきり強力な奴ね」

 セイが自信に満ちた表情で不敵に微笑む。

「場所は?」
「この塔で今一番天井が高くて広い部屋」
「あ、私が落ちかけた?」
「そう。改装中の吹き抜けの部屋」
「分かった。二手に別れるぞ。セレント、俺と来い」
「イエッサー!」

 びしっとジョン・セレントが敬礼をする。畑違いの研究者相手にも従順というか、根っからの部下気質なのだろう。

「私はどうすればいいかしら?」

 戦力にはなれないし、かと言ってここからの単独行動も不安なため何か手伝えることがあればいいんだけど。終始お荷物というのも気が引けるし。

「ライラ姫は俺と一緒ねー。魔法陣の設置手伝って」
「分かったわ」

 という訳で私とセイの魔法陣設置係、ゼノスとジョン・セレントの迎撃或いは誘導係にチームが分かれた。

 その時、廊下にけたたましいベルと館内放送が鳴り響く。

「館内の皆様、現在非常事態が発生しているため速やかに外に避難して下さい! これは訓練ではありません。繰り返します──」

「あ、避難放送。てか、遅っ! 途中でちゃんと隊長に言われたように手配したのにー!」
「・・・・・・ラグからして恐らく予備の機材を使っての放送だな。メインがある部屋もやられたんだろう」
「被害総額いくらいくかなー? 財務部の人のために胃薬作っといた方がいい?」
「ついでに騎士団の分もお願いします! 多分物理的な後始末に駆り出されるでしょうから」
「ならこれ以上被害を出さないためにとっとと始めるぞ」

 話が纏まったところで、即行動開始だ。
 それに際して、私は気になっていた点をゼノスに訊ねた。

「ゼノス、タマちゃんに手伝って貰うって、どうするの?」

「・・・・・・・・・・・・見てれば分かる」

 安易に訊いてはいけなかったかもしれない。
 ゼノスはどこか悲しそうな、辛そうな顔をしたから。
 タマちゃんがぴょんっとゼノスの肩から飛び降りる。その際に何故かもう一度ミーコちゃんを踏んづけた。愛くるしい子達の見えざる上下関係を見てしまった気がする。

 ゼノスの手が優しくタマちゃんの頭に触れる。

「タマ・・・・・・ターコイズ・マーキュリー。終わりの雪華、透きとおる八つの花弁、青と緑の鎖と渇きの星の名。その真名と我が鍵を持って、全ての戒めを解き放たん」

 微かな声で紡がれるのは、何かの呪文。
 それを唱え終わった瞬間。


 ぐるるる、ぐるルル、グルルル・・・・・・。


 ザワザワッとタマちゃんが総毛立ち、軋むような音を立てながら体が大きくなる。

 爪も牙も伸びきり、喉を震わせる音がどんどん大きく、低くなっていく。
 まるで、狼の成長を早送りでみているようだった。

 骨が軋む音がやむ頃には、タマちゃんはふわふわの可愛い小犬ではなく、狼くらいのサイズはある凛々しい白銀の成犬に育って──いや、これは。

「グルルル・・・・・・」

 タマちゃんが息を吐く。それは真っ白な冷気だった。
 体の周りにも小さな氷がきらきらと輝いている。
 考えてみれば、不思議なことではない。だって彼はその道のエキスパートなのだから。だが、この時の私は凄く驚いた。

 これは──。

「ま・・・・・・けん・・・・・・?」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...