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プロローグ 神秘要素はどこいった?

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「これより、ムーンサイド王国第二王子であらせられるウルナ・ライトウォーカー様のご婚約者を決める儀式を始める! 危険なので男性は壁際へ! 女性は間隔を開けて中央へ!」

 王家の儀式を司る神官が三日月を模した杖を掲げ、大声で指示を出す。

 会場に集まった面々はその言葉に従い、男性は壁際へ、女性は中央に集まった。
 その数、実に千人余り。皆ドレス姿だからまるで超豪華なブーケみたい。圧巻だ。

 まぁ、私には関係ないけど神官様の言葉に逆らう訳にも行かないし、中央壁寄りにでも立ってよう。

 神官様の言った通り、今日はウルナ殿下の婚約者を決めるパーティー。
 私はあれ・・を見るために最有力候補と目されるお姉様に着いてきただけだし。あー、早く始まらないかしら?

 そう思い、私、メルダ侯爵家の次女であるアイリス・メルダはわくわくしていた。

 ムーンサイド王家の直系王子の婚約者の選出方法はちょっと余所では見られない貴重な体験が出来る。
 神様や妖精たちが神話やお伽噺といった概念世界に移り住むようになり、滅多に人間たちの前に姿を見せなくなった今、そう言った神秘を纏う存在を確実に見られるのはこの場しかないだろう。

「それでは始める。殿下、前へ」
「ああ」

 ウルナ殿下が頷き、一歩前へ出る。
 その時、ほうっと甘い吐息が何人もの令嬢の唇から零れた。
 黒髪に凛々しい透き通る青いまなこ。物語の王子様が飛び出してきたような力強くて、気品のある姿。
 なるほど。こりゃ令嬢千人集まっても不思議じゃない美形だわ。
 同級生だけど、正面からまともに顔を見たのは初めてかもしれない。確か、入学式の新入生代表の挨拶もしていた気がするけど、あの時私寝てたしな。

 ついついウルナ殿下の容姿に見惚れている間にも儀式は進む。

「愛の使者よ! 透き通る空のごとき青き血の運命をどうか此処に射し示したまえ!」

 神官様がそう天空に呼び掛ける。
 この儀式専用のパーティー会場は天井が開閉出来る仕組みになっており、今は天井が開け放たれ、金色に輝く満月が会場を照らしていた。

 その時。
 月光とは違った光の球体がウルナ殿下の頭上に現れ、それはみるみると形を変えていく。
 光の球体は最終的に真っ白な弓を構えた裸の幼児の姿に変わる。
 辛うじて残った光が諸々を隠しているが、かなり危うい。というか、神秘の存在も規制とか気にするのね。

 変なところに感心しつつ、私は高揚する気分を押さえるのに精一杯だった。やばい、叫びそう。

 だって、だってだって! あれよ! キューピッド! 愛の使者! 今や唯一と言っても過言ではない人間が視認出来る神秘的存在!

 きゃー! 来てよかった! もう誰が選ばれるとかはどうでもいいわ! キューピッドと言えばやっぱり弓矢よねっ、早く射抜く姿を見せて! はやくはやくぅ!

 私が心の中で急かす声に呼応するかのように、小さなキューピッドが弓を構え、矢をつがえる。

 ふと、思う。
 そう言えば、キューピッドの弓矢の先端ってどうなってるのかしら? ここから見るとハートっぽいけど、あれ当たったら普通に刺さらない? どこに当たるのかしら? やっぱ胸? その場合怪我とか大丈夫なの?

 んんー? と首を捻るが、今までこの方法で王子の婚約者は決めてきた訳だし、答えなんてすぐ分かるわよね。

 キューピッドが弦を引き、矢を放つ。

 うおっ! 結構スピードあるな!


 ──すこんっ!


 何とも間抜けでよく響く音が私の額から聞こえた。
 ついでに後頭部からも音がした。

「・・・・・・は?」

「あらあらまぁまぁ! アイリス、おめでとう!」

 カメリアお姉様が国一番とまで謳われる愛らしい顔に笑みを浮かべ、こちらに駆け寄ってくる。何故、ローアングルなのだろうか?

 ──んんんんん?

「いえいえ、いやいやいや! ね、うん、落ち着こう。まぁまぁまずは落ち着きましょう?」

 誰に言ってるんだ? 私。
 もちろん、私よ。私。

 ヤバい。脳内で人格が分裂を始めた。

 とりあえず。

 すっぽん!

 私は額に張りついたそれ・・をすっぽ抜き、確認して一言。

「──吸盤矢かよ」

 しかもヘッドショットだし。

 神秘要素はどこいった?

「アイリス? アイリス! しっかりしてー!」

 カメリアお姉様の呼び声が遠のいていく。

 なるほど。だから間隔を開けて並べって神官様は言ったのか。



 ──ものの見事に後ろ向きに倒れた私は、そのまま意識を手放した。
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