婚約破棄した元婚約者が田舎まで追いかけてきてますが。〜ごめんなさい居酒屋のモブ君が気になるんです〜

あみえ

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婚約破棄した元婚約者が田舎まで追いかけてきてますが。〜ごめんなさい居酒屋のモブ君が気になるんです〜

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「リーリア!俺が間違っていた。婚約破棄した事は謝るからーー!」


 「どうか戻ってきてくれないか!」と懇願してくる青い目をしたどこぞの王子から、私は視線をふいっと逸らした。
 一カ月ほど前、『他に好きな令嬢ができたから』と婚約破棄してきたのはそちらでしょうに…。私の実家があるこんな田舎くんだりまで出向いてきて、何を今更……


「申し訳ありませんがサイラス様。私はあなたの元へ戻るつもりはありません。件の令嬢はどうされたのですか?」
「う…いや…その…」


 目の前の浮気男が、わかりやすく言い淀む理由を私は知っている。この男、サイラスが惚れた令嬢は、顔は可愛いがとんでもなくわがままで邪悪な性格だという事は知る人ぞ知る事実だった。まぁおそらくサイラスは、内面など知らずに惚れて婚約したものの、本性を知り幻滅し、私に泣きついているのだろう…
 だがそんな理由で戻ってくれと言われて誰が戻るというのだろうか。悪いが、私の性格とてそこまで純真無垢でもなければ慈悲深くもない。

 私があなたに思う感情など、『自業自得』と『ざまぁみろ』ぐらいだろうか
 女を甘く見ているから痛い目にあうのよ


「本当に、違うんだ。俺は本当に君がーー」
「何を言われてももう全て遅いですわ。私のことはどうかお忘れください」


 これ以上話す事は無駄でしかない。と目配せすれば、それを受け取った優秀な執事がサイラスへ近寄りさりげなく玄関へと誘導する。
 

「ま、待ってくれリーリア!ま、まだ話は終わってない!」


 いいえ、終わりよ。必死の顔で見てくるサイラスを見る事なく私は背中を向ける。
 バタンと閉まったドアの音を聞いた時には既に頭の中から浮気男の事など消え去っていた



 時計の針は午後7時。そろそろ町の居酒屋が一番賑わう時間帯。
 さぁ今日もあの人を観察しに行こう。と私はクローゼットを開け放ち一般市民の服装に身を包む

 馬車に乗り込み向かうはあの人が働く場末の居酒屋。令嬢のドレスでは目立ってしまうため、いつも変装して赴くそこは、この田舎町唯一の娯楽施設といってもいいだろう。
 今日も今日とてワイワイと賑わっているようだ


 気になるあの人を初めて見たのは、サイラスに婚約破棄をされ最初こそ落ち込んでいた私が気晴らしにと入ったこの居酒屋でだった。


「あ、いらっしゃいませリーリアさん。いつもの葡萄酒でいいですか?」
「ええ、お願いします」


 薄茶色の髪のその人はにっこりと笑顔を見せると私をカウンター席に案内してからお酒を作りにいなくなった
 そう、私はあの人が気になって仕方がない


 この世界が乙女ゲームや漫画だとするならば所詮彼は『モブ』という存在なのだろう。

 だって存在感がまずないし。なんなら顔も少しぼやけているし。気を抜けば背景に溶け込んでいてどこにいるかわからなくなってしまう。

 そんな彼が持ってきてくれたお酒を「ありがとう」と笑顔で受け取ってそれに口をつけながら気付かれない程度に視線だけで彼を追う

 冒険者のような出で立ちの集団が騒ぐテーブルに、追加のお酒を手慣れた手つきで並べる彼のことを客は皆気付いているのかいないのか、どちらにしてもまったく彼の存在を気にかけていなかった


(あぁ…なんて素晴らしいの…!)


 空気に、背景に、見事に溶け込むその姿はまさにこの世界と一体になっているようで敬服する…!
 
 チャラチャラと派手に着飾る自己顕示欲の塊であるサイラスとは大違いだわ。なんという圧倒的地味さなの…!
 貶していないわ、ものすごく褒めているのよ?


「おかわりはいかがですか?」


 聞こえた声にビクリと肩が跳ねた。
 嘘でしょ?いつのまに背後にいたのかしら。どれだけ存在感がないの。目を離したのなんてほんの数秒なのに、まったく気配を感じなかったわ。


「同じものをお願いするわ。それともう一ついいかしら、あなたに質問をしたいのだけど」

「はい?なんでしょう?」

「あなたのプロフィールを教えてくださらない?」


 「まず名前から」と見つめる私に「え、ええ?」と狼狽える彼の姿に(あ。)と私はあることに気付いた。
 ぼんやりと分からなかった彼の顔の輪郭がほんのすこしはっきりとしてきたのである。
 凄い!大発見だわ…!

 これはもしや彼の日常に『お忍び令嬢の私』が絡むことで彼にとっての日常が非日常になり、モブではなくなってきているということかしら?
 面白いじゃない。このぼんやりと曖昧な存在の彼がどんな顔をしているのか。私が彼に非日常を与えてモブを脱してみせるわ


「リーリア!ここにいたのか!」


 ガランガランと居酒屋のドアベルと共に現れたサイラスにゲンナリとすると同時に思いついた

 ふぅ、と小さく息を吐いて私は立ち上がるとモブ君の腕にするっと自分の手を絡める。


「ごめんなさいサイラス様。私彼のことが気になっているの。」
「えええ!?」

「なんだと!?だれだ貴様は!」


 顔を顰めるサイラスに心の中でニヤリと笑い
 モブ君へと視線を向ければ案の定、見事に混乱しているその顔が先程よりも鮮明になっていた

 あぁ、なんて楽しいのかしら。
 巻き込んでしまうのは少しだけ心苦しいのだけど…
 ごめんなさい。いまのうちに謝っておくわ。だってきっと止めることなんてできないもの


 誤解しないでほしいのだけど、誰でもいい訳ではないのよ?

 だってモブなんて他にもたくさんいるもの。
 だけど違うの。あなたが気になる。


 そうね…覚悟はしておいてくれると助かるわ。
 あなたのそのぼんやりとわからない存在を私が非日常を与えてはっきりくっきり浮かび上がらせてみせるから。
 サイラスもいい駒になるから暫くキープしておきましょう

 だからーーねぇ、居酒屋モブ君。
 私にあなたのすべてをみせてーー?

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