花間の高手

きりしま つかさ

文字の大きさ
172 / 262
0100

第0172話 早撃ち名人

しおりを挟む
弦音が夜色に響く。

秋羽はスマホを確認した。

画面には知らない番号が表示されていた。

楚云萱が興味津々と尋ねる。

「誰の電話?」

秋羽は受話器を耳に当てた。

「もしもし、どちら様ですか?」

「姐夫(あにょ)です、小風(こふう)です」相手の声は明らかに昂ぶり、「おーい!姐夫(あにょ)、聞いてくれよ!」

と大音量で叫ぶ。

秋羽の耳が鈍く響いた。

楚云萱もその会話を聞きつけて頬を染めた。

「この野郎、呼び方が親切ね」彼女は内心で舌打ちした。

小風が姉から電話番号を奪い取った直後だというのに。

「あー……お前か?何か用があるのか?」

秋羽は不機嫌そうに尋ねた。

すると相手の声がさらに高まる。

「姐夫(あにょ)、聞いてくれよ!今、女の子とエッチしててさ、破天荒にも10分以上も持ったんだぜ!その子がびっくりして『これが本当のあなたですか?』って訊いてきたんだぜ!姐夫(あにょ)は俺を治してくれた大恩人だぜ!改日は必ずお礼をさせてもらうぜ!」

楚云萱は耳を赤くした。

この野郎、外で遊んで秋羽に報告するなんて……しかし「10分も?」

と秋羽が内心で笑う。

「効果が出たなら結構さ、お礼はいらないよ。

男の子と女の子の関係はほどほどにして、身体を壊すんじゃないよ」

「分かりました姐夫(あにょ)、気をつけます。

ところで俺の彼女がトイレから戻ってきたみたいで……この勢いでもう一度やったら寝るぜ!じゃあねー」

電話の向こう側で女性の甘い声が響く。

「風ちゃん、お帰りー!今日は凄かったわー」そして通話は切れた。

楚長風(ちゅうちょうふう)という男が今まさに快楽に浸っていることだけは想像に難しくなかった。

秋羽は隣の女性をちらりと見た。

「お前の弟さ、女の子と夜更かししてるんだぜ」

「あー……二人ともいいものを持ってないわ」楚云萱は鼻を膨らませた。

「俺は処男だよ?どうして悪いものじゃないわけ?」

秋羽が不服そうに抗議した。

「ふん、信じるもんじゃないわ」

スマホが鳴り出した。

画面には『さーちゃん』と表示されていた。

秋羽は受話器を耳に当てた。

「さーちゃん……」

「小羽(こば)さん?もう帰ってきたの?」

優しい声が響く。

「えっと、姉さんのご親族の方が重病で……治療が必要だったので……その人の症状は深刻でまだ危険期中なんです。

だから今日は泊まりで……明日午前中に帰れるでしょう」

「そうなのね……お大事にね」

秋羽の胸が温かくなる。

「すみません、さーちゃんにお詫びします」彼は内心で呟いた。

「じゃあ寝るわ、おやすみなさい」

「おやすみなさい……」

秋羽が電話を取ると、楚雲萱は警戒するように耳を澄ませた。

彼女は秋羽の会話が終わるや否や、意図的に無関心そうに尋ねた。

「この子は誰だ? 何か特別な関係みたいじゃない?」

「叔母さんです」

「本当の親戚か?」

秋羽は曖昧に答えた。

「まあ……」

楚雲萱が考えるように続けた。

「何か特別な感じがあるわよ?」

秋羽は笑って返した。

「特別なんかじゃない。

ただ姉弟だんだからね、雲萱さん。

ああ、もう決めたのさ。

貴方の家で暮らすことにしたんだ。

その……約束通りにしてよね?」

頬を染めた楚雲萱が腰に手を当てて不満そうに言った。

「このバカ! 一日中そんなことばかり考えてるんじゃないでしょうね? 恥ずかしいわよ……」

するとまた電話が鳴り、夏蘭からの厳しい声が響いた。

「どこで遊んでるの!?」

秋羽は眉をひそめて不機嫌に答えた。

「誰が遊んでいるんだ。

仕事があるんだから!」

「貴方には『仕事』なんてないわ! 私の護衛をするのが貴方の役目よ! 秋羽、今すぐ帰ってきて! それとも二度と戻らないようにする?」

電話は突然切れた。

耳に残るのは煩わしいノイズだけだった。

秋羽は呆然と立ち尽くし、電話を手にしたまま動けなくなっていた。

元々の気分が一気に沈み込み、護衛という仕事にも苦衷を感じた。

自由を制限されるのが辛くてため息が出るほどだ。

楚雲萱が斜め上目線で訊ねた。

「この人は誰?」

「あー……叔母さんの妹さ」秋羽はため息まじりに答えた。

「叔母さんの妹? あなたったら、その妹さんも相当な性格よね。

まるで雌虎みたいじゃない! 貴方の奥さんみたいよ。

秋羽、本当の関係を教えてちょうだい。

正直にね!」

事実が隠せないことに気づいた秋羽は、やっと真実を告げた。

「実は彼女は私の雇主で、私は彼女の家に住んでいるんだ」

「え? あなたは……包食男?」

楚雲萱の目が丸くなった。

「何言ってるのよ! 貴方が包食男だろ! 私は護衛よ!」

秋羽は憤りを込めて叫んだ。

楚雲萱は肩の力を抜き、にっこりと笑った。

「ふーん、あなたはその子の護衛ね。

私が思ってた通りじゃなくて良かったわ。

それにしても、貴方なんて男、顔もイマイチだし体つきも弱々しいし、経験もない新参者だし、誰かが包食する相手にもならないわよ。

私なら……」彼女は秋羽を見つめて続けた。

「あなたを雇ってあげる? 家賃や車代、何でも私が負担してあげる。

毎日貴方と過ごせばいいんだから」

「そんなのイヤだ! 護衛だけよ!」

秋羽は断固として拒否した。

「じゃあ双倍の給料でどう?」

楚雲萱が期待を込めて提案した。

しかし秋羽は首を横に振った。

「契約があるんだ。

一年間だし、全額支払い済みだから、途中で辞められないんだよ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている

甘酢ニノ
恋愛
クラス一の美少女・強羅ひまりには、誰にも言えない秘密がある。 実は“売れない地下アイドル”として活動しているのだ。 偶然その正体を知ってしまったのは、無愛想で怖がられがちな同級生・兎山類。 けれど彼は、泣いていたひまりをそっと励ましたことも忘れていて……。 不器用な彼女の願いを胸に、類はひまりの“支え役”になっていく。 真面目で不器用なアイドルと、寡黙だけど優しい少年が紡ぐ、 少し切なくて甘い青春ラブコメ。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

堅物御曹司は真面目女子に秘密の恋をしている

花野未季
恋愛
真面目女子が、やはり真面目で堅物な御曹司と知り合う純愛もの。 サラッと読める短編です♪

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...