闘破蒼穹(とうはそうきゅう)

きりしま つかさ

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第1028話 火菩丹

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広大な谷間は緑の蔭で覆われ、時折燃えるような赤い楓の木がアクセントを添えていた。

谷間の中心には赤色火山岩で造られた広場があり、その中央に十丈(約30メートル)にもなる石台が聳え立っていた。

周囲には多くの人影が集まり、ほとんどが赤い衣装を着ていたため、焚炎谷の弟子であることがすぐに判別できた。

広場の反対側には高さが少し高いプラットフォームがあり、そこから全体を見渡せる絶好の視点があった。

その上に背中を組んで立っている人影は、先ほど大殿で見たとされる薬煉師たちだった。

突然風切り音と共に四つの影が現れ、石台に軽々と降り立った。

唐震、赤い衣装の火の名を持つ女性、そして蕭炎と幻天(パンテン)という名の丹塔客卿長老である。

唐震の姿を見た瞬間、周囲の窃窃の声は自然と静まり返った。

「二人とも準備できましたか?」

唐震が視線を蕭炎と幻天に向けた。

「はい」両者が頷いた。

「私が今回作る薬は『火菩丹』という七品上級のもので、こちらに一部の薬方がある。

それぞれ一人ずつ受け取り、煉製時には分業してほしい」

唐震が手を振ると、二つの巻物が蕭炎と幻天へ飛んでいった。

二人はすぐに霊力で内容を読み取った。

約10分後、蕭炎の目を開いた瞬間、その薬方には一部しか記載されていなかった。

唐震が完全な薬方を共有しない意図も読み取れたが、七品丹薬の価値を考えれば当然のことだった。

「ただ一部でもこれだけ複雑なのに、完成形はどれほどだろうか……この薬煉は確かに上級だ」

「二人とも確認したか?」

唐震が微笑んだ。

「はい」両者が頷いた。

「この丹薬の煉製には時間がかかるため、準備不足で失敗するよう心掛けてほしい。

特に私が期待しているので……」

唐震の表情に重みがあった。

失敗すれば彼にとって重大な打撃になるからだ。

蕭炎と幻天は経験豊富な薬煉師としてその重要性を理解し、異論はなかった。



「老夫は煉薬師ではない。

魂魄の力を操る点では貴方たちほど正確ではないので、薬材の採取は私が担当するが、薬材同士の融合はお二人に頼むしかない」

唐震がそう言い終わると、石台の左右に指を向けた。

そこには二つの石座があった。

「問題ないなら、どうぞご入座あれ」

蕭炎と幻大師は目配せし合い、笑みを交わした。

瞬間、二人の姿が石座に現れ、蓮華座で静かに坐す。

唐震も足先で地面を軽く蹴り、反対側の石座に移動した。

紅衣の少女──火と呼ばれる存在を見やると、厳然とした声を出した。

「炎を練る間は誰一人として近づけぬよう」

「承知致しました」

火が頷きながら項垂れた。

彼女は一瞬だけ蕭炎の方に視線を向けたが、すぐに石台から降りて焚炎谷の弟子たちを指揮し始めた。

全ての準備が整い、唐震の表情が険しくなった。

袖を翻すと巨大な物体が現れた。

その重みで石台自体がわずかに揺らぐほどだった。

蕭炎と幻大師はその巨体を見つめ、同時に驚きの色を浮かべた。

それは丈一間にも及ぶ薬炉──山熔鼎(さんもうてい)であった。

赤銅色の炉身には噴火する火山が刻まれており、見る者の胸に迫るような狂暴な気配を放ち続けた。

蕭炎はその光景を見て、自身の万兽鼎と同等の品質であることを直感した。

「これは天鼎榜(てんていぼう)に載っているものだ。

唐谷主がそれを所有しているとは驚きです」

幻大師が羨望の眼差しで見つめる中、唐震は笑みを浮かべた。

「運良く出会っただけのことだ」

再び袖を振ると、無数の薬材が石台の上空に舞い上がった。

その数は少なくとも百種類以上──七品高級丹薬を作るのにふさわしい量だった。

薬材が現れた瞬間、辺り一面に濃厚な薔薇の香りが広がった。

これらは決して凡庸なものではなく、火菩丹(かぼだん)という難関を突破するためには必要不可欠だった。

唐震の表情はさらに険しくなり、掌で銀色の炎を生み出した。

その炎の中には九条の龍が蠢き、驚異的な威圧感を放ち続けた。

「幻大師、この薬を服用していただきたい。

これにより九龍雷罡火(りゅうこうらいかんは)との親和性が向上し、耐久時間を延ばせる」

唐震が銀色の錠剤を幻大師に投げた後、蕭炎の方を見やった。

「岩鴻(いこく)君は必要ないでしょう?」

萧炎は頷いた。

自身の魂魄には琉璃蓮心火(りゅうりれんしんか)が守護しているため、この異火もその効果を及ぼせなかったからだ。



見ると、唐震もまた笑みを浮かべ、指先で軽く弾いた。

銀色の炎が瞬時に飛び出し、山熔鼎(さんようてい)へと潜り込んだ。

すると「プ」っと音と共に熾烈な炎が立ち上がり、その中にあった九条の小火龍はたちまち成長し、薬炉の中をうろつきながら、銀色の炎を噴き出す。

「皆準備できたら始めよう」

薬炉内の銀色の炎を見つめる唐震の笑みは次第に消え、彼は重々しく言った。

その言葉が途切れた瞬間、彼の目から鋭い光が迸り、両手を広げると空を舞っていた薬材が連続して薬炉へと落ちた。

それらは途絶えることなく薬炉の中に投入され続けた。

これらの薬材が薬炉に入った直後、九条の火龍は低く唸りながら飛び込んで来て、一瞬で飲み込んだ。

すると彼らの体からはますます濃厚な炎が発せられるようになった。

唐震が薬材を精製し始めた頃、蕭炎と幻大師(げんだい)も慌てて心を整え、眉間から霊力が溢れ出し、それぞれの炎で守られたまま薬炉の中へと侵入した。

彼らの霊力が薬炉に入った瞬間、幻大師はほのかに顔を引きつける。

この九龍雷罡火(きゅうりょうらいごうか)は先ほどテストした時よりも遥かに強烈だったからだ。

幸い唐震が事前に与えた丹薬のお陰で、彼も長く耐えられるようになっていた。

「二位、最初の薬材の精製が終わりました。

融合はお任せします」

二人の霊力が薬炉に入った直後、唐震の声が突然耳に飛び込んできた。

その言葉を聞いた瞬間、蕭炎と幻大師は胸を締め付けられるような気持ちになった。

彼らの頭の中では薬方(やくほう)の一部が次々と浮かび上がり、手を動かす準備が始まった。

約20分後、薬炉内の九条火龍が突然体を震わせると、巨口を開いて銀色の炎と共に濃厚な薬香を噴き出した。

それらは薬材の精華であり、粉状や液体・固体など様々な形で薬炉の中に浮かんでいた。

「始めるぞ」

その精純な薬効が現れた直後、唐震の重い声が続いた。

その言葉を聞いた瞬間、蕭炎と幻大師は深く息を吸った。

それぞれの炎を駆使して薬方にあるべき薬液を探し出し、霊力で包み込むと、徐々にそれらを融合させ始めた。

彼らは老練な煉丹術者であり、経験豊富だったため、初めての協業にもかかわらず問題なく作業を進めていた。

唐震はその二人が無事だと見て安心し、すぐに新たな薬材を薬炉へと吸い込み、再び精製を始めた。

石台近くのプラットフォームでは、一団の煉丹術者が既に始まった煉丹作業に視線を向けた。

特に陌大師(ぼくたいし)は顔色が変わっていた。

彼は先ほどまで「蕭炎は異火のおかげだ」と言い続けていたが、現在の光景はまるでその言葉を否定するように迫っている。

彼自身がこの炎に耐えられるかどうかさえ疑わしかったからだ。

唐震の表情が再び緩み、彼は薬炉を見つめながら小さく笑んだ。



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