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第0256話 ラマ僧
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夜が完全に暗くなった時、緑色の蛍石を彼らが取り出し、四方八方に光を放ち始めた。
李火旺(リーフワン)は「止まらな」と叫ばず、皆が引きしまった表情で歩き続けた。
やがて薄い弦月が空に現れ、銀色の光が大地に降り注ぐように広がった。
車の屋根に立つ李火旺は後方を振り返り、先程まであった黒い塊影が消えていたことに気づく。
「去ったのか?あれは何だ?あのものとは何か?私か?それとも……生まれたばかりの子供か?」
彼の心は揺れ動いていた。
すると牛車が突然止まった。
李火旺は叫んだ。
「止まらな!進め!」
しかし命令に反して車は動き出さなかった。
振り返ると、先程まであった黒い塊影が彼らの前に立ちはだかっていたのだ。
その時ようやく、李火旺は先程見た「黒い輪郭」の正体を認めた。
それは無数の黒羊の群れだった。
黒毛の羊たちは無言で固まっており、まるで木偶のように動かない。
その中央に立つのは、黒皮のラマ(仏教の修行者)だった。
彼の腰には黄色い小鼓がぶら下がり、首と腕には骨片から作った項珠を身に着けていた。
帽子は鶴形で、その下には純粋な黒色の瞳があった。
ラマは険しい表情で李火旺を見つめていた。
彼の顔は奇妙で、黄色と黒が交互に混ざっていたが、それは老人性白斑によるものだった。
この外見から、李火旺は相手が敵意を抱いていると直感した。
突然、ラマが痩せた右手を上げると、毛がほとんどない禿鴟(かじき)が空から降りてきて彼の腕に止まった。
李火旺はその光景を見て、ある日の女人山で白霊淼(はくりょうみょう)と天葬を見ていた時のこと——人食いの禿鴟たちを思い出す。
「リーフワン師匠……このラマ……」春小満(しゅんこまん)が鈴を握り、言葉に詰まった。
「慌てない。
皆は先に行け。
彼の存在を無視して」
李火旺の命令で皆は俯きながら馬車をゆっくり進めた。
彼は屋根から敵を見張っていた。
近づくにつれ、李火旺は黒羊たちが全て歯の抜けた老齢の羊であることに気づいた。
ラマとこれらの羊に、彼は言い表せない違和感を感じていた。
一瞬だけ、眼前の黒羊が白髪の痴呆老人に変わったように見えたが、すぐに元に戻った。
李火旺はその幻覚か現実か判断できなかった。
「咩~」ラマ周辺の黒羊たちが同時に鳴いた。
それに応えるように、李火旺側の白羊群も同じタイミングで鳴き出した。
リホワンは両側の羊たちが次々と叫び声を上げる様子に苛立ちを覚えた。
そのうねり立つ声は耳を痛め、心を乱すほどだった。
「くっ!」
舌先で頬を叩く音と共にリホワンが怒吼すると、即座に羊の群れは静寂に包まれた。
「是福不是祸」老人斑の老僧を見据えながらリホワンは意図的に仮名を名乗った。
耳玖という偽名で挨拶する際も、その声には確信めいた響きがあった。
「リホワン、貴方こそがこの地に来訪した者か?」
老僧の黒目が鋭く光りながら布包みの剣を凝視している。
リホワンは手首に力が入るのを感じた。
老人の下半身には骨組みだけの義足が、その顔は皺と歯茎ばかりが残る死の化身のように見えた。
「おやめなさい!」
白霊淼の太鼓がリホワンの背後で鳴り響く。
老僧も腰に巻いた黄色い布袋を叩き、その音色はまるで亡者の魂を呼び覚ますようだった。
「ドン!」
と同時に両方から太鼓の音が重なり合った瞬間、リホワンの手首が震えた。
二つの鼓の音が奇妙なアンサンブルを奏で、別の存在同士が語り合うように響き合っていた。
線香の時間後、その鼓動は次第に静かになり、重苦しい空気も溶けていった。
禿鷲が天高く舞い上がった瞬間、遠方から黒山羊の群れが彼を覆い隠すように迫り寄せ、その恐ろしい下半身を隠すように後方に移動していく。
その姿を見送った李火旺は油断できないと、他の者と共に前進を続けた。
夜明けまで歩き続け、太陽が出た時、李火旺が止める声をかけた瞬間、全員がぐったりと地面に倒れ込んだ。
息も絶え絶えで呼吸する人々の半数は疲れ、もう半分は恐怖に震えていた。
昨夜のその僧侶はぞっとするほど恐ろしい存在だった。
生者とは思えないほどの醜悪な容姿を持ちながらも、監天司と名乗る存在だったらしい。
李火旺が周囲を見回すと、白霊淼は唇を蒼白に染めながらこちらを見ていた。
「あの僧侶は鼓を使って何か言ったのか?」
と尋ねた。
白霊淼は頷き、「彼は...監天司の者だと告げて、今回は許したが、次からは許さないと言った」と答えた。
李火旺(リーフワン)は「止まらな」と叫ばず、皆が引きしまった表情で歩き続けた。
やがて薄い弦月が空に現れ、銀色の光が大地に降り注ぐように広がった。
車の屋根に立つ李火旺は後方を振り返り、先程まであった黒い塊影が消えていたことに気づく。
「去ったのか?あれは何だ?あのものとは何か?私か?それとも……生まれたばかりの子供か?」
彼の心は揺れ動いていた。
すると牛車が突然止まった。
李火旺は叫んだ。
「止まらな!進め!」
しかし命令に反して車は動き出さなかった。
振り返ると、先程まであった黒い塊影が彼らの前に立ちはだかっていたのだ。
その時ようやく、李火旺は先程見た「黒い輪郭」の正体を認めた。
それは無数の黒羊の群れだった。
黒毛の羊たちは無言で固まっており、まるで木偶のように動かない。
その中央に立つのは、黒皮のラマ(仏教の修行者)だった。
彼の腰には黄色い小鼓がぶら下がり、首と腕には骨片から作った項珠を身に着けていた。
帽子は鶴形で、その下には純粋な黒色の瞳があった。
ラマは険しい表情で李火旺を見つめていた。
彼の顔は奇妙で、黄色と黒が交互に混ざっていたが、それは老人性白斑によるものだった。
この外見から、李火旺は相手が敵意を抱いていると直感した。
突然、ラマが痩せた右手を上げると、毛がほとんどない禿鴟(かじき)が空から降りてきて彼の腕に止まった。
李火旺はその光景を見て、ある日の女人山で白霊淼(はくりょうみょう)と天葬を見ていた時のこと——人食いの禿鴟たちを思い出す。
「リーフワン師匠……このラマ……」春小満(しゅんこまん)が鈴を握り、言葉に詰まった。
「慌てない。
皆は先に行け。
彼の存在を無視して」
李火旺の命令で皆は俯きながら馬車をゆっくり進めた。
彼は屋根から敵を見張っていた。
近づくにつれ、李火旺は黒羊たちが全て歯の抜けた老齢の羊であることに気づいた。
ラマとこれらの羊に、彼は言い表せない違和感を感じていた。
一瞬だけ、眼前の黒羊が白髪の痴呆老人に変わったように見えたが、すぐに元に戻った。
李火旺はその幻覚か現実か判断できなかった。
「咩~」ラマ周辺の黒羊たちが同時に鳴いた。
それに応えるように、李火旺側の白羊群も同じタイミングで鳴き出した。
リホワンは両側の羊たちが次々と叫び声を上げる様子に苛立ちを覚えた。
そのうねり立つ声は耳を痛め、心を乱すほどだった。
「くっ!」
舌先で頬を叩く音と共にリホワンが怒吼すると、即座に羊の群れは静寂に包まれた。
「是福不是祸」老人斑の老僧を見据えながらリホワンは意図的に仮名を名乗った。
耳玖という偽名で挨拶する際も、その声には確信めいた響きがあった。
「リホワン、貴方こそがこの地に来訪した者か?」
老僧の黒目が鋭く光りながら布包みの剣を凝視している。
リホワンは手首に力が入るのを感じた。
老人の下半身には骨組みだけの義足が、その顔は皺と歯茎ばかりが残る死の化身のように見えた。
「おやめなさい!」
白霊淼の太鼓がリホワンの背後で鳴り響く。
老僧も腰に巻いた黄色い布袋を叩き、その音色はまるで亡者の魂を呼び覚ますようだった。
「ドン!」
と同時に両方から太鼓の音が重なり合った瞬間、リホワンの手首が震えた。
二つの鼓の音が奇妙なアンサンブルを奏で、別の存在同士が語り合うように響き合っていた。
線香の時間後、その鼓動は次第に静かになり、重苦しい空気も溶けていった。
禿鷲が天高く舞い上がった瞬間、遠方から黒山羊の群れが彼を覆い隠すように迫り寄せ、その恐ろしい下半身を隠すように後方に移動していく。
その姿を見送った李火旺は油断できないと、他の者と共に前進を続けた。
夜明けまで歩き続け、太陽が出た時、李火旺が止める声をかけた瞬間、全員がぐったりと地面に倒れ込んだ。
息も絶え絶えで呼吸する人々の半数は疲れ、もう半分は恐怖に震えていた。
昨夜のその僧侶はぞっとするほど恐ろしい存在だった。
生者とは思えないほどの醜悪な容姿を持ちながらも、監天司と名乗る存在だったらしい。
李火旺が周囲を見回すと、白霊淼は唇を蒼白に染めながらこちらを見ていた。
「あの僧侶は鼓を使って何か言ったのか?」
と尋ねた。
白霊淼は頷き、「彼は...監天司の者だと告げて、今回は許したが、次からは許さないと言った」と答えた。
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