道诡异仙

きりしま つかさ

文字の大きさ
344 / 809
0300

第0371話 小頼み

しおりを挟む
長椅に座る李火旺は黙ってその曹百戸を監視し、獄神への線香を上げながら礼を述べた。

理屈としては仏壇に向かう行為は兵家とは思えないが、自分たちのことはほとんど知らないので、この大梁国では兵家に独特の風習があるのかもしれない。

曹百戸が線香を上げ終えると、再び李火旺と記相の前に戻り、李火旺の銅色の面覆いに軽く目をやると尋ねた。

「公公、こんな不吉な場所に来るのは何か用事があるのでしょう?」

「ははあん、曹百戸は直截だ。

わしも遠慮なく言うが、これは耳玖という男で、家内が魔気に入っているらしい。

これくらいの小事なら曹百戸にお任せするだけよ」

目の前の曹百戸が笑みを浮かべながら頷くと、李火旺は心臓が一瞬縮まった。

その反応は予想外だった。

魔気が体に入ったなどということが些細なことのように扱われているようだ。

李火旺は即座に腰の葫を取り上げて中身を全て取り出した。

「曹百戸、これくらいの敬意でどうか」

ところが相手は受け取ろうとせず、その葫を押し返した。

「あー、君がそう言うならわしを外人扱いにするな。

役所こそ違うが、みんな大梁国のためだよ~」

その言葉に記相の口が広がり、「それじゃ曹百戸、この小忙は……」と続けようとしたが、曹百戸が遮った。

「理屈としてはね、わしのような者なら助けるべきだが……」

半刻(約30分)後、記相と李火旺は顔を引きつらせながら牢屋から出てきた。

記相は閉ざされる門に向かって唾を吐きかけ、「何様な奴だ。

こんな小忙にまで頼むなんて!お前たちの門には狴犴(ひがん)ではなく貔貅(びしゅう)をぶら下げろよ!」

と罵声を浴びせた。

李火旺はそれを止めた。

「記相大人、我々は彼らにお願いしているんだ。

少し手伝ってもらうのも当然だ」

「そうは言うものの……」記相は悔しげに両手を叩いた、「あーあ、わしの不甲斐さがいけないんだよ。

君にこんな厄介な奴を見つけてやれなかった」

李火旺はその演技が八割程度だと見抜いていたが、確かに上手く演じていた。

「構わん、些細なことだ。

助けるのは当たり前さ」李火旺は最初から相手の無償援助を期待していなかった。

自分がただ犯人を護送するだけで、白霊淼(はれみょうぞう)が元通りになるなら、この取引はあまりにも安すぎる。

「すまない、本当に申し訳ない」記相は恥ずかしげに謝り続けた。

「記相大人、黙っておくれ。

これ以上言うとわしの気持ちは悪いんだ。

もしどうしても気が済まないなら、この護送について何か知っているようなら教えてくれ」

大梁軍から仕事を頼む場合、知人がいないと不安になるのは当然だ。

「それも構わないさ。

曹老が言った通り、些細なことだよ。

ただし君は今後官途に進まない限り……」

「官途?」

その瞬間李火旺の好奇心が芽生えた。

兵家が自分に護送させる犯人は一体何者なのか。



ふと、李火旺の手が震えた。

朽木如意を掌に載せたまま、彼は記相の言葉を反芻するように呟いた。

「朽木……」

その瞬間、大堂の柱から突然光が迸り出した。

金色の輝きが天井まで届くと、そこには記相の姿が浮かび上がっていた。

「耳玖よ、お前は朽木を捨てたのか?」

声は記相のものではあるが、その中身は明らかに違和感があった。

李火旺は息を詰めて見つめる。

記相の顔が歪み、額から血の滴りが垂れ落ちる。

「お前……」

次の瞬間、光が消えた。

床に転がっていたのは朽木如意だけだった。

李火旺はその場で膝を突き、掌に残った血の匂いを感じ取った。

「不自然だ……」

彼は急いで記相の部屋へ駆け込んだ。

そこには無人のベッドと、未使用の薬箱が残されていた。

鏡の前にある髪飾りから、一筋の黒髪が垂れ下がっている。

李火旺はその髪を手に取った瞬間、記相の顔が浮かんだ。

しかし次の瞬間、その顔が崩れるように歪んでいく。

彼は鏡面に映る自分の姿を見た。

「お前も……」

血色の唇が笑みを零す。

李火旺はその笑い声と共に、朽木如意を天井まで投げ上げた。

光が再び迸り、今度は記相の真実が明らかになった。

「耳玖よ、お前の運命は朽木で終わるのか?」

その問いかけに応えるように、朽木如意は李火旺の手から離れて天井へと消えていった。



彼女は訪れた者の気配を感じ取り、その心素の枯れ舌がわずかに震えた。

複雑な表情を浮かべた李火旺は、ゆっくりと指先でその舌を撫で、さらに棺材釘に留められた舌を観察した。

この物の価値は尋常ではなく、記相が二言も言わずに自分に譲ってくれたことに驚きを禁じ得ない。

彼は相手が自分を何と見なしているのか分からないが、唯一確信できることは相手が誤解しているということだった。

暗い夜色の中、記相は早足で小屋の前まで向かい、戸を開けると既に新しい馬車が待機していた。

白髪の老婦人が顔を覗かせ、「阿哥、どうなった?」

と尋ねた瞬間、記相は軽やかな動きで乗り込み、城北へと進んだ。

「あの袄景教の男が上京したらしい。

我々の約束も果たし、さらに多くの贈り物を渡した。

この恩義は返すだけでは足りない。

帰る準備は整った」

「本当ですか? 本当に良かった! 阿哥、我が家へ戻れるんですか!」

老婦人の顔には少女のような純粋な喜びが溢れ、普段から丁寧に隠されていた表情だった。

彼女は馬車の中から鍋盔を手に取り、小さく砕いて記相の口元に差し出した。

「阿哥、なぜあの袄景の男に対してここまで慎重なのか。

こんなにも待たせたのか」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

白き魔女と黄金の林檎

みみぞう
ファンタジー
【カクヨム・エブリスタで特集していただきました。カクヨムで先行完結】 https://kakuyomu.jp/works/16816927860645480806 「”火の魔女”を一週間以内に駆逐せよ」 それが審問官見習いアルヴィンに下された、最初の使命だった。 人の世に災いをもたらす魔女と、駆逐する使命を帯びた審問官。 連続殺焼事件を解決できなきれば、破門である。 先輩審問官達が、半年かかって解決できなかった事件を、果たして駆け出しの彼が解決できるのか―― 悪しき魔女との戦いの中で、彼はやがて教会に蠢く闇と対峙する……! 不死をめぐる、ダークファンタジー! ※カクヨム・エブリスタ・なろうにも投稿しております。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-

いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、 見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。 そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。 泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。 やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。 臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。 ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。 彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。 けれど正人は誓う。 ――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。 ――ここは、家族の居場所だ。 癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、 命を守り、日々を紡ぎ、 “人と魔物が共に生きる未来”を探していく。 ◇ 🐉 癒やしと涙と、もふもふと。 ――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。 ――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

処理中です...