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第0037話「証拠収集」
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牧志洋も身を乗り出して、その数人の指紋を凝視した。
爪先を中心に残る断片的な指紋は、全体の面積もさほど大きくなく、中間部が完全に押印されていないようだった。
「時間がかかりすぎたかな?」
と牧志洋は肩を落とした。
「200本以上のブラシで銅粉を使ったのに、これでは完全な指紋が出せないんだよ」
江遠はカメラを取り出し、可能な限り鮮明に撮影した後、立ち上がりながら写真を見つめ、「多少乱れても、十個ほどの特徴点は抽出できるはずだ」と述べた。
牧志洋が足を上げて指紋を覗き込むと、「この形態も曖昧だし、線条もぼやけてるのに、十個もの特徴点なんてどうやって?」
と驚いた。
「前の放火事件の指紋を見ればわかるさ」と江遠は俯身してさらに数枚撮影し、現場写真を撮り始めた。
「あのケースではもっと酷い状態だったんだ」
牧志洋が頭をかかげ、「俺の連想能力って……あー、お前ならではだな。
他の刑事だとこの案件は手に負えないだろうよ」
同じ指紋でも県警の現地調査班が発見した場合、痕跡鑑定科は意図的に冷めた態度を示すだろう。
「こんな程度の破損状態なら、老厳や小王さんもマッチングできないはずだ」
指紋の完全度が少し高ければ二人とも拒否するに違いない。
完璧な指紋なら誰でも一致させられるが、欠損した指紋はその分苦労するものなのだ。
放火事件レベルの破損では、単なる苦労を超え、専門家級の痕跡鑑定官のエネルギーを消耗させる。
こんな頭を使わせるような事件で、ただ数台のバイクが盗まれただけなら、担当警官は申し訳なさを感じるだろう。
江遠は謙虚に、「俺は指紋専門だからね。
派出所なら別の方法があるかもしれない」
「方法はあるけど、それで解決できるとは限らないよ。
バイク泥棒は流動的に活動してるからね。
金がなくなるか危険を感じたら次の場所へ移るんだ。
まるで旅行みたいに」
周塔が現場筆記を終えて戻ると、牧志洋の後半の発言に賛同した。
「確かに。
『穴ばたき』はしないってことだね」
「早く特徴点を抽出するしかないさ」と江遠は諦めていた。
時間が経てば指紋が判明しても犯人が逃げてしまうという現実の問題もある。
例えば、二人が数千キロ離れた別の都市へ向かい、地元の捜査機関と連携して逮捕に動く場合、ガソリン代や高速料金、残業手当、宿泊費を無駄にする羽目になるかもしれない。
牧志洋より年上の周塔は江遠の行動原理が理解できなかった。
彼は多忙な仕事を習慣化し、寡言を守ることに慣れていた。
江遠が荷物を整理する手伝いをしてから、直ちにマンション外の駐車場へと向かった。
到着後、三人はそれぞれゴム手袋とマスクを装着し、排水溝に身を乗り出して動画で確認した煙草の火やごみを探り始めた。
二人一組が大きなビニール袋を持ち、短時間で満足そうに立ち上がった。
「ここまで汚染されていると、煙草の火だけ使えるかもしれない」江遠はため息をついた。
排水溝には多くの煙草の火があった。
彼は全て拾い上げ、小さな証拠袋に一つずつ入れ始めた。
その動作だけで江遠は一時間以上かかった。
牧志洋は疲れた様子で手袋を外し、鼻を押さえながら嫌悪感を表したがすぐに放した。
「水浸しのごみでもDNA検査できるのか?」
「問題ないよ。
煙草の火はDNA保存能力が高いんだ」江遠は煙草の火を観察しながら言った。
「発酵していなければ、10年前のものでも測定可能だ」
「そんなに凄いのか?どうして?吸った時に染み込んだからか?」
牧志洋は師匠と共に事件解決に携わる日々だが、そのような詳細には関心がなかった。
江遠は頷き、「一つは長時間吸うこと、もう一つは煙草の構造が外部環境からの侵食を防ぐことだ。
DNA検査時には綿を取り出すだけだから簡単なんだ」
「だから我々派出所ではいつも言うんだよ。
犯罪も学ぶ必要があるってさ。
現代なのにまだ煙草の火を現場に捨ててくるなんて……我々は事件解決の際、証拠が至る所にあると言っているんだ」周塔は笑いながら首を横に振った。
老練な補佐官である周塔とは対照的に牧志洋は鋭く見抜いていた。
「彼らも意図して証拠を残すわけではない。
ただ気力が尽きているだけだ。
ある時師匠と命案現場に行った時に見た光景だが、犯人が人を殺した後通り抜けた際に煙草を吸い、火を捨てていた。
彼らはそのことを知らないのではなく、当時は思考が停止していたんだ。
緊張し切っていたから」
「そう言うなら逆に窃盗の方が楽で、証拠も残りにくいんじゃないか?」
周塔が言った。
「殺人犯は一回きりだから経験不足なんだよ。
窃盗は繰り返すから慣れっこだ」牧志洋は要約を始めた
「凶悪犯罪現場は複雑で、遺体がある大規模プロジェクトのようなものさ。
窃盗は小規模プロジェクト。
最初から大規模に挑む人は間違いやすい」
江遠が証拠袋を軽く振った。
「帰ろう。
DNA鑑定の結果が出るかどうか分からないけど」
「尽きせぬ努力、それだけだよ」周塔は長い移動で成果を期待しつつも、失敗から得た経験に深く共感していた
江遠は僅かに頷いただけだった。
彼にとって初めての完全な事件解決プロセスだった
爪先を中心に残る断片的な指紋は、全体の面積もさほど大きくなく、中間部が完全に押印されていないようだった。
「時間がかかりすぎたかな?」
と牧志洋は肩を落とした。
「200本以上のブラシで銅粉を使ったのに、これでは完全な指紋が出せないんだよ」
江遠はカメラを取り出し、可能な限り鮮明に撮影した後、立ち上がりながら写真を見つめ、「多少乱れても、十個ほどの特徴点は抽出できるはずだ」と述べた。
牧志洋が足を上げて指紋を覗き込むと、「この形態も曖昧だし、線条もぼやけてるのに、十個もの特徴点なんてどうやって?」
と驚いた。
「前の放火事件の指紋を見ればわかるさ」と江遠は俯身してさらに数枚撮影し、現場写真を撮り始めた。
「あのケースではもっと酷い状態だったんだ」
牧志洋が頭をかかげ、「俺の連想能力って……あー、お前ならではだな。
他の刑事だとこの案件は手に負えないだろうよ」
同じ指紋でも県警の現地調査班が発見した場合、痕跡鑑定科は意図的に冷めた態度を示すだろう。
「こんな程度の破損状態なら、老厳や小王さんもマッチングできないはずだ」
指紋の完全度が少し高ければ二人とも拒否するに違いない。
完璧な指紋なら誰でも一致させられるが、欠損した指紋はその分苦労するものなのだ。
放火事件レベルの破損では、単なる苦労を超え、専門家級の痕跡鑑定官のエネルギーを消耗させる。
こんな頭を使わせるような事件で、ただ数台のバイクが盗まれただけなら、担当警官は申し訳なさを感じるだろう。
江遠は謙虚に、「俺は指紋専門だからね。
派出所なら別の方法があるかもしれない」
「方法はあるけど、それで解決できるとは限らないよ。
バイク泥棒は流動的に活動してるからね。
金がなくなるか危険を感じたら次の場所へ移るんだ。
まるで旅行みたいに」
周塔が現場筆記を終えて戻ると、牧志洋の後半の発言に賛同した。
「確かに。
『穴ばたき』はしないってことだね」
「早く特徴点を抽出するしかないさ」と江遠は諦めていた。
時間が経てば指紋が判明しても犯人が逃げてしまうという現実の問題もある。
例えば、二人が数千キロ離れた別の都市へ向かい、地元の捜査機関と連携して逮捕に動く場合、ガソリン代や高速料金、残業手当、宿泊費を無駄にする羽目になるかもしれない。
牧志洋より年上の周塔は江遠の行動原理が理解できなかった。
彼は多忙な仕事を習慣化し、寡言を守ることに慣れていた。
江遠が荷物を整理する手伝いをしてから、直ちにマンション外の駐車場へと向かった。
到着後、三人はそれぞれゴム手袋とマスクを装着し、排水溝に身を乗り出して動画で確認した煙草の火やごみを探り始めた。
二人一組が大きなビニール袋を持ち、短時間で満足そうに立ち上がった。
「ここまで汚染されていると、煙草の火だけ使えるかもしれない」江遠はため息をついた。
排水溝には多くの煙草の火があった。
彼は全て拾い上げ、小さな証拠袋に一つずつ入れ始めた。
その動作だけで江遠は一時間以上かかった。
牧志洋は疲れた様子で手袋を外し、鼻を押さえながら嫌悪感を表したがすぐに放した。
「水浸しのごみでもDNA検査できるのか?」
「問題ないよ。
煙草の火はDNA保存能力が高いんだ」江遠は煙草の火を観察しながら言った。
「発酵していなければ、10年前のものでも測定可能だ」
「そんなに凄いのか?どうして?吸った時に染み込んだからか?」
牧志洋は師匠と共に事件解決に携わる日々だが、そのような詳細には関心がなかった。
江遠は頷き、「一つは長時間吸うこと、もう一つは煙草の構造が外部環境からの侵食を防ぐことだ。
DNA検査時には綿を取り出すだけだから簡単なんだ」
「だから我々派出所ではいつも言うんだよ。
犯罪も学ぶ必要があるってさ。
現代なのにまだ煙草の火を現場に捨ててくるなんて……我々は事件解決の際、証拠が至る所にあると言っているんだ」周塔は笑いながら首を横に振った。
老練な補佐官である周塔とは対照的に牧志洋は鋭く見抜いていた。
「彼らも意図して証拠を残すわけではない。
ただ気力が尽きているだけだ。
ある時師匠と命案現場に行った時に見た光景だが、犯人が人を殺した後通り抜けた際に煙草を吸い、火を捨てていた。
彼らはそのことを知らないのではなく、当時は思考が停止していたんだ。
緊張し切っていたから」
「そう言うなら逆に窃盗の方が楽で、証拠も残りにくいんじゃないか?」
周塔が言った。
「殺人犯は一回きりだから経験不足なんだよ。
窃盗は繰り返すから慣れっこだ」牧志洋は要約を始めた
「凶悪犯罪現場は複雑で、遺体がある大規模プロジェクトのようなものさ。
窃盗は小規模プロジェクト。
最初から大規模に挑む人は間違いやすい」
江遠が証拠袋を軽く振った。
「帰ろう。
DNA鑑定の結果が出るかどうか分からないけど」
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