国民の監察医（こくみんのかんさつい）

きりしまつかさ

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第0063話「穏やかな日々」

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毒物検査が必要だと聞いた途端、額に傷を負った男は顔色を変えた。

慌てて叫んだ。

「いやだ、いやだ。

傷害鑑定もしない」

老練な刑事の吴法医（ごほうい）は江遠が口走ったとばかり思っていたが、眼前の男の反応に違和感を覚えた。

「貴方たちが傷害鑑定を拒否しても構わない。

でも私を麻薬中毒だと偽装するなんて……告発しますよ」そう言いながら男は身を翻して外へ向かう。

「頭の傷も包帯で処置しないんですか？」

吴軍（ごうぐん）は硬い対応を避け、笑顔で話しかけつつ手勢を示した。

すると男はさらに狼狽し、そのまま突進して外へ飛び出した。

まるで漁網に向かって泳ぎ出す魚のようだ。

そこには刑事たちが待ち構えていた。

「頭に傷があるんですから包帯を当ててあげましょうよ」吴軍は声を上げ手勢を指揮した。

周囲の刑事たちは即座に業務を中断し、網のようになったように取り囲んだ。

男の額からは血が滲み出ており、ますます激しく抵抗する。

「私は包帯なんてつけないわ。

放して！他の場所で鑑定させろ」

しかし今や刑事たちの腕の中で動けない。

カニに捕まった小エビのように。

吴法医は予想外の展開に驚き、江遠を見つめていた。

男の様子が明らかにおかしかった。

「いやだ、いやだ。

私は鑑定を拒否する権利があるんだ」

「動くな。

また動き出せば手錠をかけるぞ」刑事は優しい吴軍とは違い厳しい声で言った。

傷口から血が滲む男は力を使い果たし、ため息をつきながら地面に座り込んだ。

「車に轢かれて来たんだよ。

貴方たちとグルだろ……私は無実なんだ！」

「部屋へ連行する。

陸隊長（りくたいちょう）に電話する」吴軍は経験豊富で、こういう暴れ者の扱いには慣れている。

江遠も含め三人の刑事が男を傷害鑑定室へ運んだ。

間もなく刑事技術中隊の中隊長陸建峰（りくけんぽう）が駆けつけた。

彼は新型薬物が蔓延した頃に寧台県の薬物検査実験室を設立し、数多くの毒窟を摘発した人物だ。

しかし寧台県は小さな田舎で消費力も低いため、新型薬物の流行期が過ぎると再三の厳格な検査後、実験室は閑古鳥が鳴くようになった。

陸建峰という立派な中隊長は地域の禁煙宣伝員に近い存在になっていた。

久しぶりに麻薬疑惑の男が現れたので、彼は大荷物を抱え駆けつけた。

所属する吴軍と江遠に会釈した後、興味津々に様々な包装の簡易検査キットを取り出した。

その中から一方形のパッケージを選んだ陸建峰は、何週間もホテルに行かないとでも思えるほど真剣な表情で外側を剥がす。

そこに「陽性」「陰性」「無効」という漢字が並び、それぞれ四角い枠が記されていた。

下方には小さく「モルヒネ」「メタンフェタミン」「MDMA」「ケツ酸塩」「大麻」の文字が書かれていた。

陸建峰は笑みを浮かべながら言った。

「尿検査をしてみましょう。

それでダメなら毛髪検査、それでも認めないなら血液検査です……」

「本当に薬物なんか使っていないんだ」と破額の男は次第に怯えていく。

彼の顔が青ざめ、怒りを込めて叫んだ。

「金を騙し取ろうとしただけだよ！それくらいまでしてやるのか？それくらいまでしてやるのか？」

「どうぞお入りください」と陸建峰は大笑いしながら言う。

この男の口調は明らかに酔っているように聞こえるが、その一方で江遠の推測を裏付けるものだった。

尿検査のプロセスは妊娠検査とほとんど同じだ。

陸建峰は楽しそうに尿管を握りしめながら笑い続けた。

破額男は手のひらが汗ばみ、椅子から身動きもできずにいた。

結果が出るまでの時間は短かった。

「氷毒です」と陸建峰はため息をついた。

「君のアイデアはもう時代遅れだね。

今や『氷妹』なんていう言葉もないのに……」

「そ、それは間違いだ……」破額男は棺桶に入る気すらなかった。

「間違っていたら再検査すればいいさ」と陸建峰は無関心そうに言った。

「幻覚を見ているのか？酔い太りして警備室で詐欺を働こうとしたのか？」

「金が尽きたから……」破額男は納得しきれていない様子だった。

「金がないなら警備室に来ればいいんだよ。

たまにはこういうこともあるさ」と隣の刑事はニヤリと笑った。

「これこそ我々の勝利だ！いこい、いこい……」

その刑事は三中隊所属で、獲物を抱きしめるように破額男を引き寄せながら、エゴンに感謝の言葉を述べた。

「これは江遠が見つけてくれたんだよ。

若い目だからね」と法医の江遠は謙虚に笑った。

犯人を捕まえるのは天からの縁結びだ。

誰もが喜々としていた。

江遠は丁寧に笑みを返し、新人のように振る舞っていた。

夕日の中、彼はオフィスに戻ると、抽屉からソフト中華を一箱取り出して師匠の元へ届けた。

……

帰宅時間になり、江遠は自転車で家路についた。

川辺の木陰が後ろに消え、夜風が頬を撫でる。

穏やかな時間が過ぎていく。

江村マンションに到着すると、スーパー前から声援と好奇心の声が湧き起こり、彼は止まらざるを得なかった。

「出張だったんだ」と江遠は一般論で説明した。

「法医でも出張があるのかね」

「うちの県の人間が他県で死んだんじゃない？」

十三婆は大声で尋ねた。

「そういうわけじゃないさ」と江遠は返すと、ふと十三婆の言葉に共感を覚えた。

六婆は続けて言った。

「江遠さん、二週間も帰ってこなかったのか？こんなに長時間出張なんて初めてだわ」

六婆は祖父뻪の人物で、江遠は立ち止まって答えた。

「約二週間ですね」

「そうすると一日一具体解剖していれば、二週間で十人近く死んだことになるんじゃない？」

六婆が嘆いた。

「本当に大変そうだね」

「そんなに多くないよ」と江遠は笑った。

「それじゃあどうしてこんなに帰ってこなかったの？」

六婆の問いかけに、江遠は答えを返す前に自転車から降りた。

彼はポケットを探りながら言った。

「……えっと、ソフト中華を師匠に届けたいんです」

するとエゴンが笑顔で答えた。

「いいね、お前の心配りはいつもありがたいよ」

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