国民の監察医（こくみんのかんさつい）

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第0160話「人を潰す」

午後。

万相市。

伍軍豪が肉まんを袋に入れたまま、一人ずつ配り始めた。

昨日の夜が何事もなかったかのように。

江遠の番になると、追加で牛乳一本を渡した。

「小江はまだ若いから、体が伸びるかもしれないよ」

「江法医がもう少し大きくなると、車も特別車が必要になるわ」同中隊の仲間は肉まんを一気に食べ終え、「伍軍豪は優しいな」と笑みながらタバコを渡した。

「江村の人たちのことばかり考えないで、みんなで計画を練ろう」

彼らは午前四時過ぎに旅行団の行程を確定し、五時には出発。

六時間かけて山南省最西端の万相市へ到着。

寧台県のような観光資源が乏しい地域とは違い、万相は山南では比較的大きな観光地だった。

自然と文化があり、ハード面も整備されており、来山南なら最初に訪れるべき場所と言えるほどだった。

李建業が参加した旅行団、つまり容疑者が所属する団体は午後万相市で昼食をとり、ホテルに入ったら自由行動時間。

伍軍豪率いる第一中隊を中心とした逮捕班はホテル内で逮捕を計画していた。

江遠を同行させたのは、人物と靴の特定が主目的だった。

もしホテルで捕まえられなかった場合、江遠は監視カメラから人を探す必要がある。

近くに停まっているコスチュームリ（注：原文「考斯特里」の誤記か？）には大隊教官が乗っていた。

彼と万相市刑務所副長は旧知で、会話しながら双方の行動を調整していた。

地元での逮捕には地元警察の参加が必要だった。

一時間以上の待ち時間が最も気が重かった。

車内でスマホを見ながら伍軍豪は後悔した。

「ここでも捕まえられる場所だ。

実際、運転手に連絡すれば高速道路の料金所で一網打尽にする」

江遠は笑って黙った。

途中いくつかの案が検討されたが、最終的にホテルを選んだのは時間と余裕を考慮したからだった。

運転手に連絡するなら、その人が何かしら怪しい動きをするかもしれない。

電話中に漏れる可能性もある。

最も重要なのは江遠たちが到着するのに時間がかかる点だ。

現在の待ち時間を確保することで、もし何らかの事態が発生しても対応できるのだ。

寧台県警の警察官たちは追跡を続けるべきかと提案した。

死刑請求には証拠が不十分で証明連鎖も不完全だからだ。

しかし伍軍豪と黄強民は待機を嫌っていた。

李建業が万相市に到着している時点で、寧台県警の追跡は困難だったし、追跡しても得られる情報は何もないかもしれないからだ。



彼女が知っているのは、最長二日以内に旅行団が万相市を離れて他県へ移動するという事実だ。

その際の監視はさらに困難になるだろう。

問題は李建業に対する全員の無関心さにある。

彼を捕まえれば得られる情報量は増大するはずだ。

食事を終えて30分後、一行が一斉にバスに乗り込んだ。

長陽市からの地元警備隊と同行して既に1週間以上経過し、基本的な規律遵守の習慣が形成されていたようだ。

約35分かけてホテル到着。

万相市警察署の刑事たちはフロントホールに直行し、チェックイン手続きを見守っていた。

寧台県警の刑事は姿を見せなかった——李建業が彼らを認識する可能性を恐れたためだ。

犯罪現場を再訪した人物であれば、その場所で往復した刑事たちの顔も記憶しているかもしれない。

一中隊のメンバーは李建業の部屋に潜伏し、廊下の両側にも人員配置していた。

彼がエレベーターから降りる瞬間を逃さないよう準備万端だ。

伍軍豪は人質奪還における経験と創造性を持っていた。

その指揮下で一中隊員たちは、万能カードを持つ者もいればハイドライド・プライヤー（水圧式チェーンソー）を携えた者もおり、李建業が部屋に入ればチェーンロックを施すことを防ぐための対策を講じていた。

江遠から見れば、一中隊の取り組みは明らかに過剰武力だった。

ハイドライド・プライヤーを持った副長の任務は理論上「チェーンロック切断」だが、実際には部屋内のトイレに4人の巨漢が待機していた——彼らは李建業を圧迫するための準備を整えていたのだ。

江遠は想像すらできなかった。

この李建業という容疑者を20数名の馬鹿でかい男たちが取り囲む光景——日本映画でもここまで描かれるはずがない。

李建業は無関心にエレベーターへと向かった。

伍軍豪が江遠を叩くと同時に、二人は即座にエレベーター前へ駆け寄った。

このホテルの各フロアには2名ずつ警備員が配置され、李建業の部屋は2階にあるため、彼が通常通り降りればその場で捕まるはずだった。

「廊下に出たぞ」と両者のヘッドホンから同時に声が響く。

伍軍豪と江遠は即座に消防通路を駆け上がった。

実際には李建業は既に廊下に閉じ込められていた——彼自身はその事実に気付いていなかったのだ。

電子錠の回転音が鳴り響く瞬間、十数名の馬鹿でかい男たちが低頭して無言で廊下から殺到した。

ロマンチックな逮捕劇や男同士の信頼関係、魂と肉の対決など一切ない——ただ肉体の衝突だけが繰り広げられる。

江遠が駆けつけると、170cmの李建業は既に2名の巨漢に壁に押しつけられていた。

顔面が歪んでいた。

その左右には各々180cm以上の男たちが側腹を押し付けながら腕を固定していた——彼らの肩は彼の肋骨に直接圧迫されていたのだ。



李建業は伸腿する暇さえなく、二人の男が地面に伏せてその脚を腋で締め上げていた。

彼の太ももは壮漢の腕よりも細く、膝関節には拳が突き刺さるように押しつけられていた。

この格差戦争——約100ポンド対1000ポンド——江遠が見たのは、農家の豚を屠殺するような光景だった。

手錠をかける過程すら、心臓に突き刺さるナイフのようにゆっくりと確実に進行していた。

「名前は？」

伍軍豪が手錠を固定した後、首根元の男の腕を引っ張りながら李建業に尋ねた。

李建業は無言だった。

彼の視線は江遠に向けられていた。

「犯したことを知ってるか？」

伍軍豪が声高らかに叫んだ。

李建業は目を瞬き、僅かに眉を上げた——その瞬間、江遠を見つめる眼差しが変わった。

「寧台県の？」

この一言で、ある刑事が悟り出していた。

この男が関わった事件は単一事案ではなかった。

だが彼の犯行の洗練度と気魄からは、単発の新手犯罪者とは到底思えなかった。

「連れて帰る」伍軍豪は黙って指示を出し、場所取り調べが始まった。

運動パンツのベルトさえも引き抜かれた。

李建業は荷物を持って宿泊していたが、全てが旅行ケースに詰められていたため、そのまま運び出された。

人間と証拠品は一台の車で、残りの人員は全員がペンを手に旅行団全員から聴取書を作成させた——共犯者や証言があれば連行する。

数時間の移動後、寧台県に戻った時刻は既に夜だった。

刑務所全体が待機している。

人員と士気では、何か重大な案件を前にした時のそれとは比べ物にならなかった。

「DNA採取、指紋採取、足跡採取、サンプル採取……」人間の証拠を目にして刑科中隊長陸建峰はまずそう指示し、一通り確認してから伍軍豪が押収品を次々と提示した。

「身分証明書が三枚。

それに紐付く銀行カード、携帯電話用ICカード——これはネットで購入したものだろう」最初の物を見た黄強民は驚きを隠せなかった。

「催告屋ならそんなものは必要ない。

これだけ揃えるのに相当な費用がかかっているはずだ」

伍軍豪が身分証明書の写真部分を見せると、黄強民は細かく観察した——その人物と李建業に二三割の類似点があった。

この程度の類似度でも多くの場所で通用するほど、写真の鮮明さは高い。

つまりプロ級の犯罪者であることは明らかだった。

「身分証を調べて過去の事件を探れ」黄強民が新たな戦略を指示した——二中隊長劉文凱に取り調べを任せた。

劉文凱と伍軍豪は一文一武で、黄強民が最も信頼するチームだった。

彼は街角でのパトロールなら劉文凱が最適だが、取り調べでもその腕前は評価していた。

命令を受けた劉文凱はまずトイレに立ち、鏡の前に立った。

大背頭を丁寧に梳き、大量のヘアオイルを塗り込み、最後にドライヤーでセットした。

準備が整い、彼は落ち着いて取り調べ室に入った。



劉文凱が勢いをつけて、犯人を圧倒するつもりでいた。

「タバコ一本、何か食べ物も持ってくるように。

」李建業が先に口を開き、要求を出した。

劉文凱は驚いて見つめた。

通常、このような状況での要求は、犯人が自白の前触れとなることが多い。

しかし目の前の李建業は...

劉文凱は瞬時に理由を悟った。

「他の現場でDNAや指紋を残したことがあるのか？」

李建業の身分については複数回調べていたが、生物情報以外には隠す術がなかった。

李建業は一瞬だけ硬直し、「へっ」と笑いながら劉文凱に指を突きつけて、一種の古風な調子で言った。

「これじゃあ面白くねえだろ」

劉文凱はその手口をよく知る。

自らを「古株」と称する男たちの間では、このようなやり取りは常套句だった。

シャワー室で背中を剃るという策もすべて無効になり、劉文凱は穏やかに笑みを浮かべてポケットからタバコを取り出し、李建業が差し出した指に一本挟んだ。

李建業の煙草を点火させた後、劉文凱は言った。

「アカン物があるなら潔白に話せ。

何か言いたいことがあるなら言ってみろ。

そうでないと、牢屋でアカン物を持ち込まれて、詐欺師呼ばわりされるぞ」

李建業が口角を上げて煙草を見つめ、「利群か、男らしいタバコだな」と言った。

劉文凱は彼の様子を見て、一息吸い終わるまで待ってから尋ねた。

「どうして我々が君を捕まえたのか、知ってる？」

「寧台県の建物で突き落としたやつ？」

李建業は無関心そうに答えた。

劉文凱はその「突き」の一言だけで、犯人がほぼ彼であることを確信した。

現場外での情報なら、被害者胡磊が掃除用具の柄で突き落とされたことなど誰も知らなかったはずだ。

「何を使って突き落としたんだ？」

劉文凱は即座に質問を投げた。

「ほうきの柄さ」李建業は煙草を吸いながら煙を吐きながら答えた。

凶器が特定された瞬間だった。

次に動機について尋ねる。

「なぜ胡磊を殺したのか？」

「殺すつもりじゃなかったんだ。

金銭を得るだけだと思ってた。

俺は回収会社のふりをして、借金返済を要求するように装った。

彼は3000円以上払ってくれたが、それ以上の要求には抵抗してきた」

李建業は首を横に振って若い者の無知さを嘆くような表情を見せた。

劉文凱の目尻が跳ねた。

「回収会社のふりとはどういう意味だ？」

「俺は以前回収会社で働いていたから、その手口を使っている。

なぜ他人に働く必要があるんだ。

自分でやればいいじゃん」

「債権証書を持っていないのか？」

「そんなものいらないさ。

借りた人のリストがあれば十分だ」李建業は得意げに言った。

「現代の会社は怖がりすぎなんだよ。

何でもかんしょく破壊とか言っても、実際には直接現金を要求すれば、ネットで借りた連中は全員払ってくれるんだ」

「お金を取ったけど返済処理はしないのか？」

「返済は相手の問題だ。

俺に関係ないさ」李建業は笑顔で言った。

劉文凱は内心でこの男は完全に強盗だと突っ込みたかったが、借金名義での強盗の方が効果的なのかと疑問を抱いた。

「借りた人のリストはどこから手に入れたんだ？」

劉文凱はつい尋ねてしまった。



「ネットで売っている」李建業が言ったあと、唇を動かして続けた。

「身分証もネットで買った」

「うん……」劉文凱は李建業の率直さに胸が苦しくなり、呼吸を整えてから改めて尋ねた。

「胡磊が三〇〇〇円以上渡したのに、なぜ殺した？」

李建業は笑った。

その笑い方は皮肉そのものだった。

「自分で窓から上がってきたんだよ」彼は続けた。

「当時は掃除用具を持っていて、あいつを脅かそうと思ってたんだけど、この野郎が勝手に上がってきて『もう迫ったら飛び降りる』と脅した」

李建業の目つきがぼやけたように回想するように言った。

「一人もいない窓際に上がっていく様子を見て、思わず笑ったんだよ」

李建業は再び皮肉な笑みを浮かべて続けた。

「そのとき思ったのは──」

劉文凱は一呼吸置いて尋ねた。

「ちょうど何が？」

「ちょうど完璧な殺人だった。

ネットの人たちもよく議論するやつだろ？」

李建業は笑顔を消して残念そうに言った。

「でも刺すべきじゃなかったんだよね。

検死時に胸の変化があったのか？あいつを脅かしたとき、落ちないから刺さざるを得なかった」

劉文凱はその表情を見つめながら、ますます得々と語る彼が気持ち悪くなってきた。

意図的に話をさえぎって尋ねた。

「その後現場に戻ったのか？」

「気づいた？」

李建業は無邪気に笑った。

劉文凱は答えず、「なぜ戻ったんだ？」

と続けた。

「こんなに見事な事件なんて滅多にないから、鑑賞してみるのも悪くないさ。

写真撮っておけばいいじゃん」李建業の表情がさらに狂気じみてきた。

劉文凱はため息をついた──つまり彼のスマホには犯罪証拠が残っているということだ。

そのとき劉文凱は先ほど見たスーツケースの中にもマフラーと縄のようなものが入っていたことを思い出し、席を立って外に出て黄強民警部補に言った。

「黄さん、彼のスーツケースの中身も犯罪現場の凶器かもしれない」